第四十四話 不思議な力と、恋と不安
――“ヤンキーズ”とのバトルが終わった矢先、サスケさんの一言がシャナさんの何かに触れてしまったらしく、彼はさっさと姿を消してしまった。しかしそんな中、スバルはいきなりサスケさんの心中を言い当てた……!?
★
スバルはサスケさんたちの前から逃げるように立ち去った。僕の腕は彼女に引っ張られ今にももげそうだ。
「ちょっとスバルどこまで行くのさ!?」
僕の叫びはスバルの耳に届かなかったらしい、ついに僕らは二階の自分たちの部屋の中に入った。そこでスバルはやっと僕を解放する。
「ぜぇ、はぁ……。スバル、どういうことか説明してくれるよね……」
「はぁ……はぁ……」
僕が息切れしながら尋ねると、スバルは僕とは違う意味で息を荒げていた。おそらく、精神的なものからくる息切れだろう。
「カイ……。どうして? どうして私は、サスケさんの心中をわかってしまったんだろう……」
「スバル……」
スバルはひどく狼狽している様子だった。自分でも何があったか理解できていないらしい。僕はスバルの両肩に手を置いて、ゆっくりと彼女を座らせた。
「とりあえず落ち着こう。何があったか、ゆっくりでいいから僕に教えてくれない?」
「……うん……」
スバルは不安そうに両指を絡ませた。その手は小刻みに震えていた。
★
「おいシャナ待てよ!」
ルテアは数メートル先を逃げるように歩くシャナを追いかけていた。場所はギルドを離れトレジャータウンの道中だ。
「止まりやがれッ!“十万ボルト”の用意はできてんぞッ!!」
「……」
ピタッ。
ルテアが脅し文句を放った瞬間、シャナの歩みが止まった。その隙にルテアはシャナに追い付く。
「おい……大丈夫か?」
「……いきなりあそこを飛び出したのは、大人げないことだというのはわかっているんだ。……だが、詮索されるのが怖かった……過去を」
ルテアが何かを言う前に、シャナは自ら言いたいことを早口に吐き出した。握りしめたその拳は小さく震えている。
「シャナ、落ち着け。大丈夫だ、あれはお前と俺、そして親方以外誰も知らない。そうだろ? ……フィールドを離れたのは正解だった。弟子の前で取り乱した姿をさらすところだったからな」
ルテアの言葉が終わると同時に、シャナは力無く民家の壁に片手をつけた。そして弱々しい声で呟く。
「……あぁ、ルテア……やっぱり俺は無理かもしれない……探検隊に復帰するなんて……」
「おいおい、何を弱気になってるんだ。さっきのバトルを楽しんでたじゃねぇか」
ルテアは努めて明るい声を出した。こいつは一度弱気(チキン)になったらまずい、と思いつつ。
「なあ、戻ろうぜ。そろそろ全体会議が始まる時間だ。さっさと平静になってくれよ」
★
スバルは深呼吸を何度も繰り返して自分を落ち着かせた。そして先ほどの経緯を話し始める。
「さっき……サスケさんが私たちの頭を軽く叩いたよね」
「うん」
シャナさんが一階に上がってしまったあとに、サスケさんが挨拶がわりのつもりでやってたね。
「私そのとき、サスケさんが心のなかで何を思っているのか知りたいと思っていたんだけど……。そしたらね、その瞬間……流れ込んできたの……彼の感情が……」
「……えぇ!?」
そ、それって……! ど、どういうこと!?
「すごく鮮明だった……サスケさんの怒りが……まるで私が怒ってるみたい、彼の怒りのはずなのに……」
「スバルは、その感情が気のせいじゃないのか確かめるためにサスケさんの所へ行ったの?」
「うん」
そしたら見事にどんぴしゃだったわけだ……。
まさかスバルは、サスケさんの心を読んだ?彼女が望んだ通りに――?
そんな芸当がスバルにできたの? それって……すごいじゃないか!
「ねぇスバル! サスケさんに触れたら彼の気持ちがわかったんでしょ!? なら僕のことも触れたら読める!?」
「え……」
僕はスバルの手を取った。僕が今考えている驚きを、スバルに伝えられるかもしれない!
「……っ」
しばらくすると、僕の頭に鋭い痛みが走った。すると――?
『――どうしてあんさんはあんな言い方をするんだ。あれは俺たちの問題でもあるのに――』
えっ……。
この感情……怒り……?
なんか、怒りの中に、寂しさと、もどかしさと、モヤモヤと……。いろんな感情が入り交じってる……。
うっ……。頭が痛い……。
僕はスバルの手を離した。スバルは僕を見て「大丈夫?」と聞いてくる。
「……スバルはなんともない?」
「うん。なんか逆に怒りがスッ、と消えていった感じ」
「僕は逆に……スバルの言うサスケさんの怒りが流れ込んできた……」
てっきり僕の気持ちがスバルに伝わるかと思ってたけど……。
これって……スバルが感じ取ったサスケさんの感情が、僕に移動した……ってこと?
「……スバル……これってすごいことじゃない? 君が望めば、他人の感情を読むことができるんだよ?」
「……嫌っ……私、怖いよ……こんな得体の知れない能力(ちから)……」
スバルの目から一筋の涙が流れた。……かわいそうに。たぶんいきなりこんなことが起こったから取り乱しちゃってるんだ……。
「……スバル」
僕はスバルの手を取ろうとした。しかし、彼女はビクッ、と手を引っ込める。また感情が自分に流れることを……触れることを拒絶した。
「……ごめん」
スバルはうつむいて、消え入りそうな声で僕に言った。……ふぅ。
「……あのね、スバル。とりあえずこの能力については隅に置いておかない? 根詰めて考えてもいいことないよ」
「……カイ」
「確か得体の知れないものかもしれないけど、この能力は、スバルがニンゲンだった頃の手がかりかもしれない! ……でも触れるのが怖かったら、無理しなくてもいいよ」
僕の言葉に、スバルが弱く頷いた。よかった、とりあえず落ち着いたみたい。
しかし……スバルのこの力は一体なんなんだ? やっぱりスバルがニンゲンだったころと、何か関係が……?
……まあいいや。これも考え始めたらキリがない。
「それにしても、シャナさんの過去は謎だなぁ……」
僕はしばらくして、思い出したように呟いてみた。スバルが僕の方を向く。
「師匠は自分から話すことはないけど、ルテアなら何か知ってるかもしれない」
「……ルテアさんに聞いてみる?」
僕のその言葉が合図になったように、スバルは静かにうなずいた。もうさっきの出来事のショックから立ち直っているようだ。
僕とスバルは同時に立ち上がった。
★
僕らは一階から順にルテアさんの姿を探した。だけど、なかなか姿が見つからない。何でこんなときにすぐ現れてくれないんだろう? と、その時。
曲がり角の向こう側から金の毛並みのキュウコンが現れた。
「あ、リオナさんだ」
スバルが目を輝かせながら言って、早足にリオナさんにかけよる。スバルに気づいたリオナさんは、“あれ?”という表情になる。
「君は確か……」
「スバルです! 師匠……シャナさんの弟子の。あの……ルテアを見なかったですか?」
「ルテア……? 彼なら今会議中じゃないかしら」
「「会議?」」
ルテアさんに会議は世界一似合わなそうな感じだけどね。
「一体なんの会議なんですか?」
「探検隊連盟と救助隊連盟の合同会議よ。ギルドの三階で行われているわ」
「えー!? じゃあルテアさんとしばらく話ができない……!」
「……」
スバルはしばらくリオナさんをじっと見つめていたが、やがてこんなことを言った。
「リオナさん! 今から時間ありますか!?」
「「ええ!?」」
僕とリオナさんの叫びが重なった。まさかスバル、リオナさんから話を聞こうって言うんじゃ……?
「師匠の話を聞かせてください!」
……ああ、やっぱり……! なんてことだ、まさかシャナさんの失恋相手から話を聞こうだなんて……! 手段を選ばないにもほどがある。そんなことリオナさんがするわけ……!
「……いいわよ」
ありえない……って、えぇ!?
「ただし、ご期待には添えないかもしれないけどね。小さいお弟子さん」
リオナさんがそう言いながらウインクをした。チャ、チャーミング……。
僕がふと横を見ると、同性であるスバルがなぜか顔を赤らめていた。
★
僕らはギルドを離れてトレジャータウンへ出た。リオナさんの案内で、トレジャータウン一美味しいというカフェに入る。
「ご注文は?」
ウェイトレスっぽいベイリーフが僕たちに注文を取りに来る。僕ら三人は適当に注文をした。
「さて、聞きたいことはシャナのことだったかしら?」
「師匠がどうして探検隊を五年間辞めていたのか、その理由です」
「……うーん。本当のことを言うとね、私にもわからないの」
「「えっ」」
僕とスバルは同時に声をあげた。確か、リオナさんはシャナさんの恋人だったんだよね? なのに知らないの?
スバルが僕と同じことを言うと、リオナさんの目が大きく開かれた。
「どうして、あなたたちがそれを知ってるの……?」
振ったときの台詞もバッチリですよ。僕とスバルは二人で頷きあった。せーの……。
「「『ネガティブなチキンとは私、もう付き合えないわ』」」
「……」
リオナさんは前足を頭につけて心底困った表情になった。
「……ルテアね……しょうもないことを言いふらしたのは……」
「あの……つかぬことをうかがうんですけど、本当にそんな台詞を?」
僕は控えめに尋ねてみた。すると彼女は心底後悔するような表情でテーブルに突っ伏す。
「うー……! 本当はあんなこと言うつもりじゃなかったのに……」
あ、ということは不本意ながらも実際に口にしてしまったわけだね。シャナさん、お気の毒に……。
「やっぱり師匠は、リオナさんにもどうして探検隊を辞めようと思ったのか話してくれなかったんですね?」
「ええ……。ただ、あのとき彼は依頼をひとつ失敗していたの」
「どんな?」
スバルが食いつく。
「誘拐犯を捕まえる依頼よ。その当時トレジャータウンを恐怖させた“黒衣の拐(さら)い屋”という誘拐犯――」
「「黒衣の拐い屋??」」
変な名前……。
「今じゃ知っているポケモンはほとんどいないわ。五年間で風化してしまった名前よ。……いまだに捕まっていないというのに、ね」
つまりシャナさんは、その黒衣の拐い屋を捕まえることに失敗したのがきっかけで探検隊を……辞めた。僕が来るまで――。
「でも、本当はそれは建前で、もっと別に理由があるはずですよね?」
スバルが眉を潜めながら言う。リオナさんはゆっくり頷いた。
「私がいくら言っても、絶対に教えてくれなかった、彼は……。そして、ギルドを去った」
「リオナさんは、どんな理由だと思いますか?」
僕のその質問に、二人は驚いたように僕を見た。え? 僕何か変なこと言った?
だって、シャナさんは確かにネガティブだけど、彼みたいな性格なら、一度失敗したら絶対に捕まえるまで諦めなさそうな感じだけど。責任感が強いから。
「……いままで、考えたことなかったわ……。どんな理由か……。聞き出そうとはしたけど」
そう言ったリオナさんの表情は、儚く寂しげだった。
「私……もっと別の彼との話し方があったはずだったのに、あんなことになってしまった……無理に聞き出すだけでは、駄目だったのね」
「まだ遅くないです!」
スバルが目をうるわせて叫ぶ。
「師匠だって、多分まだ……! だから……」
スバルはここで言葉に詰まってしまった。しかし、言いたいことはリオナさんに伝わったらしい。彼女は静かに目を閉じた。
「……ありがとう」