第四十三話 バトル!――VS“ヤンキーズ” 大将戦 後編
――デザートスナイパー・サスケを前に苦戦を強いられるシャナ。「俺に力を見せて見ろ」というサスケの言葉に、シャナは……?
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「“つじぎり”ッ!!」
サスケは“つじぎり”の黒い刃をあらゆる方向から一斉に打ち出した! これをすべて受けてしまえばシャナは確実にダウンしてしまう。“つじぎり”が迫るなか、周りの光景がスローモーションに見えるシャナの脳裏に、サスケが放った台詞がよみがえる。
『五年前のあんさんの強さはこんなものじゃなかっただろう。なぁ……? もっと俺にあんさんの強さを見せてくれやッ!!』
「……」
――落ち着け。彼の言う通り、昔の俺ならこんなことで狼狽しなかったはずだ。
シャナは目を閉じた。手首の炎の噴出をやめ、自然体な姿勢になる。そして――。
――すべての“つじぎり”を、よけた――。
無駄のない最小限の動きだけを使い、紙一重で技をよける。そして避けきれないものは“炎のパンチ”などで相殺した。
「……やるねぇ、あんさん」
砂嵐から中の様子を見ていたサスケは、思わず呟いた。シャナは技の相殺を終えるとすぐさま体勢を正す。
「そろそろこの砂嵐にはおさらば願おうか!」
「それは叶わねぇなぁ。そんなら砂嵐の中の“かげぶんしん”の本体である俺を叩くしかねぇぜ! 砂嵐を操作しているのは俺だからなぁ! あんさんに見えない本体を叩くことができるのかい!?」
「できるさ……こうすればなッ!」
シャナはそう叫んだと同時に拳を地面に思いっきり叩きつけた。
「――“ブラストバーン”ッ!!」
その瞬間、鼓動のような地鳴りとともに地面が割れたかと思うと、そこから炎の柱が噴出した。シャナを中心に噴出した炎は、徐々に範囲を広げて砂嵐に迫っていく。
「なっ……!?」
サスケが叫ぼうとしたのと、炎がフィールドを覆ったのはほぼ同時だった。
★
な、なんだ……!?
いきなりフィールド中に炎の柱が吹き上がった!?
「シャナの“ブラストバーン”だッ!」
ルテアさんが嬉々とした表情で叫んだ。“ブラストバーン”って……炎タイプ最強と言われるあの技!?
炎は砂嵐のなかでも威力を失うことなく噴出する。砂のザザッ、という音に混じって悲鳴のような声が聞こえた。その瞬間、いままで吹き荒れていた砂嵐が一瞬にして晴れた。
「あ! あそこ、師匠だッ!」
スバルがフィールドの中心を指差しながら叫んだ。僕がつられてその方を見ると、確かに肩で息をしているシャナさんが見えた。
サスケさんの方はというと、多分“ブラストバーン”の一つがヒットしたのだろう、シャナさんから数メートル離れた場所で倒れた状態から上半身を起こしているところだった。
「ぐぅ……今のは効いたぜぇ、あんさん……!」
「……はぁ、っ……まさか“ブラストバーン”を受けて倒れないとはな……」
シャナさんの“ブラストバーン”は、“爆炎”の名に恥じぬ威力だった。
おそらく、サスケさんはタイプ相性に救われたんだと思う。ワルビアルは地面タイプもかねているからね。
「先輩ファイトー!」
「頑張るですー!」
ムーンさんとショウさんが引き続き応援する。
「楽しくなってきたなぁッ! 行くぜぇ!“じしん”!!」
サスケさんは体躯に似合わぬ跳躍をし、両足を思いっきり踏み鳴らした。ドォンとフィールド中を地鳴りが襲う。
シャナさんは“じしん”の衝撃波が来る前に足のバネを使い、思いっきり跳躍して技をよけた。空中で華麗に宙返りした彼は、地面に落ちるときにサスケさんに向かって蹴りの体勢に入る。
「“かわらわり”ッ!」
「でたっ! 足を使った“かわらわり”だッ!」
ルテアさんが興奮したように叫ぶ。“かわらわり”って腕を使うだけじゃないのか。
「“かわらわり”!」
サスケさんは同じ技でシャナさんを迎え撃った。両手に力を込める!
ドンッ!!
二人の技がぶつかり合う音が僕の耳にまで響く。拮抗しているように見えていた二人の技は、段々とシャナさんが押す形になった。
「やはり上から技を放ったシャナの方が有利か」
「そりゃそうだ。重力を味方につけろと教えたのはこの俺だぜ?」
観客席のバンギラス――ランティフさんとラングさんが言った。なるほど、重力か。
「ぐうっ……!」
ついにサスケさんがキツそうな声をあげた。カガネとギンジがベンチから立つ。
「「兄貴ぃ!!」」
「おらぁッ!!」
サスケさんは仲間の声を受けて力がはいったのか、シャナさんを力で押し退けた。しかし、その拍子に出来た隙をシャナさんは見逃さなかった。姿勢を低くし、爆発的なスタートダッシュでサスケさんの懐に入る。
「“スカイアッパー”ッ!」
「ぐはぁあッ!?」
――決まったぁ!!
シャナさんの拳がサスケさんの顎にクリーンヒット!! 会場が爆発したようにわき立った。そして、サスケさんは一瞬ふらついて、その後バタリと仰向けに倒れた。
「やった師匠ーーー!!」
「さすが先輩ッ!!」
「すごい迫力ですー!!」
「「兄貴ぃ!!」」
カガネとギンジが倒れたサスケさんに駆け寄った。
「ショウ!」
「はいはい先輩ただいま参りますッ!」
シャナさんの叫びに、ショウさんは弾かれたように駆け出した。シャナさんはゆっくりとフィールドからベンチに戻ってくる。
「やりましたね師匠ー!」
スバルが、ドカンとベンチに腰かけたシャナさんに羨望の眼差しを向けながら叫んだ。すると彼は……?
「……疲れた」
その一言だけポロリと漏らした。
「勝利後の第一声がそれかよ」
ルテアさんが呆れたように呟いたので、僕は思わずクスリと笑ってしまった。シャナさんらしいや。
★
「いい勝負だったぜぇ、あんさん」
少ししてから、気がついたらしいサスケさんがこちら側のベンチにやってきてシャナさんに手を差しのべた。シャナさんはその手を掴む。
「こちらこそ。あんたは強い、サスケさん」
「五年のブランクを感じさせないバトルだったなぁ。弟共! 挨拶しやがれ!」
サスケさんが後ろに向かって叫ぶと、いやそーな顔のカガネとギンジが黙礼をしてきた。僕は慌てて軽く頭を下げる。スバルは……嫌そうに会釈していた。
「それにしても、ずっと思っていたんだがよぉ。あんさんは何で五年間も活動を停止していたんだい。理由が思い浮かばねぇぜ」
「……」
サスケさんが握手を交わしながらそう言うと、シャナさんの目付きがピクリと変わった。
そうだ。
確かにそれは、僕とスバルが気になっていたことだ。シャナさんは今まで探検隊をやめた理由を僕たちに話したことはない。
「……それを聞いてどうするんだ」
「気になるじゃねぇか。噂じゃ一度の依頼失敗で探検隊を辞めたと聞くが、まさかここまで強いあんさんが、果たして一度の依頼失敗で探検隊を辞めるとは到底思えねぇのさ」
「……あんたには関係のないことだろう」
シャナさんはいつもよりいくぶんか冷たく言い放った。握手していた手を離す。
「師匠……?」
異変を感じたスバルが小さく声をあげる。シャナさんは、過去を詮索されたくないのかな……?
「悪いが、失礼する」
「あ、ちょっと、師匠ー!?」
えぇ!? シャナさん、僕らを置いてさっさと階段を上がっちゃった! 怒ってる? 怒ってるの!?
「おい、シャナ!」
ルテアさんが慌てて後ろを追いかけた。
「……どうやら、嫌われちまったみたいだぜぇ」
サスケさんがおどけて肩をすくめた。スバルはさすがに申し訳ないと思ったのか、ペコンと頭を下げる。
「すいません! うちの師匠が……」
うーん、どっちが師匠かわかったもんじゃない発言だなぁ……。
「ああ、いいってことよ。俺も詮索しちゃいけねぇとわかっていながら尋ねたんだ」
サスケさんはカガネさんからサングラスを受け取ってかける。そしてスバルと僕の頭を軽くぽんぽんっ、と叩いて、シャナさんと同じく一階への階段に向かった。カガネとギンジは腰巾着のようにサスケさんの後をついていく。そのさいに、僕らにガンを飛ばすのを忘れない。
最後まで良い感じのしない人たちだなぁ……。
「サスケさんは良い人だったね。……後ろの二人は微妙だけど」
僕は彼らが過ぎ去った方向を向いて立っていたスバルに言う。……しかし、返事が帰ってこない。スバル?
「どうしたの、スバル?」
「……カイ」
スバルは半ば棒立ちになって僕に小さく呟く。
「……変なことが起こった」
「は?」
変なこと? 変なことってなに?
僕がそう聞き返そうとした瞬間、スバルは僕の手をとって走り始めた! え、ちょ、ちょっと何するの!?
「サスケさんを追いかけるよ!」
「なんでー!?」
意味が全くわからないよスバルー! サスケさんを追いかけるって、いったい、どういう……意味っ!?
ぜぇ……。息が切れてきた……!
★
スバルは、僕の腕をぐいぐい引っ張って階段を上がり、今からギルドに出ようとしていた“ヤンキーズ”の三匹に追いついた。スバルが大声で「サスケさんッ!!」と叫ぶ。
すると、三匹が全員僕らのほうに振り返った。声の主がわかったカガネとギンジはすかさずスバルの前に立ちはだかる。
「ケッ! 何しに来やがったんだ!?」
「気安く兄貴の名前を呼んでほしくないっすよ」
「うるさい、君たちに用はないッ! 私はサスケさんと話がしたいから引っ込んでてよ!」
す、スバル……それは言い過ぎのような気が……! その証拠に、言われた二人は血管を限界まで浮き立たせていた。怖い……!
「……なんだい嬢ちゃん、まだ俺になんか用かい」
サスケさんは二人を押しのけて、僕らを見下ろしながら低い声で言った。やっぱり怖いよ……。
「サスケさん……。あなた本当はさっきのことで怒ってるんじゃないんですか? 『どうしてあんさんはあんな言い方をするんだ。あれはあんさんだけの問題じゃねぇ、俺たちの問題でもあるのに』って……」
「……」
スバルがそういった瞬間、僕は見てしまった。サスケさんの、サングラス越しの瞳が揺れたのを。
「じょ、嬢ちゃん……なんであんたが俺の考えを一字一句正確に言えるんだい……!?」
……まったく状況が理解できない。
つまりスバルは、さっきシャナさんが『あんたには関係ない』といったことに対して、サスケさんが感じたことを言ってのけたっていうの!? サスケさんや僕が狼狽しているのにかまわず、スバルはさらに続けた。
「サスケさん、初対面であるあなたが師匠の言葉に対して『俺たちの問題』っていったのは……。あなたが昔……師匠にあこがれて探検隊になったらですね?」
スバルは、もうすでに確信を持っているかのような言い方でサスケさんに詰め寄った。彼はしばらく呆けたように立っていたが、やがてもうお手上げだという風に両手を挙げる。
「参った、なんで嬢ちゃんが俺の考えを知っているかは知らないが――その通りだ。俺はまだあんさんが探検隊にいた頃に、あの姿にあこがれて探検隊に入った。ワルビルのときにな」
そうだったんだ……。サスケさんは、シャナさんにあこがれて……。
「あんさんが探検隊を辞めたと聞いたときには驚いた。だから数日前、復帰した瞬間に俺は、あんさんが探検隊を辞めた理由を聞こうと狙っていたんだ。五年間もこの瞬間を待ったんだぜ! ……だが、さっきみたいに言われちゃあ、あこがれである俺が怒る理由には十分だろ?」
「……ええ」
スバルは暗い顔をしながら答えた。
気になる。シャナさんはどうして、探検隊を辞めてしまったのだろう? 過去に何があったのだろう? もし彼に、探検隊に復帰するきっかけが訪れなかったら、今でもその過去に縛られていたのだろうか?
「しかし嬢ちゃん、あんたは何で俺の考えを……」
「あ、え、わ、私もう帰りますねッ! すいません、変なこと聞いちゃって!」
スバルは、サスケさんに核心を突かれた瞬間、慌てふためきながら僕の手を再び掴んだ。乱暴に一礼してダッシュで“ヤンキーズ”から離れていく。
……す、スバル痛い! 腕がちぎれるーッ!
★
トレジャータウンを少し出ると、鬱蒼とした森が現れる。旅をするポケモンのほとんどはこの森を抜けてやってくる。
そして今、一匹のポケモンがその森を抜けて眼下のトレジャータウンを見つめていた。
「いやはや、やっとたどり着きましたねぇ。一時はどうなるかと思いましたが……」
そのポケモンはほっとしたように一人呟くと、てくてくとトレジャータウンに向かって歩き出した。
「ここも何年ぶりですかねぇ。皆さん元気にしているでしょうか……」