第四十話 バトル!――VS“ヤンキーズ” 先鋒戦
――どうしよう! 僕らはひょんなことから、探検隊“ヤンキーズ”と戦うはめになっちゃったよ!! もう、ムーンさんが誰か呼んできてくれるはずだったのに! あれ、そう言えばムーンさんは?
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「大変なのです、大変なのですー!」
ムーンはギルド内をせわしなく走り回った。道行く探検隊は何事かとムーンを見るが、本人がそのまま走り去ってしまうので理由が聞けるわけもない。そんななか。
「大変なので――」
「――うるさいなぁ、何が大変なんだよ」
すれ違いざまにガーディがムーンに声をかけた。声変わりのしていない男の子の声。
ちなみにこのガーディはシャナが帰ってきたときにいたギルドの弟子の一人だ。
「あ、ショウ!! いいところに来たです! 大変なのですー!!」
「だから何が大変なんだよ!?」
いい加減その台詞は聞き飽きたというふうにガーディ――ショウがうんざりして聞き返す。
「スバルと変な奴らが言い争っちゃったです!」
「スバルって誰だったっけ? 怪我人は出てないんだろ? じゃあいいじゃん」
「よくないです! これから必ず怪我人が出るのですー!」
ムーンはショウを引っ張っていこうとするが、ささやかな抵抗をするショウ。
「ちなみに、何で言い争ってんの?」
「え? 変な二人組がシャナさんの悪口を言って、それをスバルが……」
「なにぃいいいい!? 先輩の悪口だとぉおおおお!?」
先程まで興味の欠片もなかったショウの態度が一変、逆にムーンを引きずって行く形になった。
「案内しろムーンッ! 先輩を悪く言うやつは神(アルセウス)様が許してもこのショウが許さんッ!!」
★
まさか、こんな形で地下一階を見ることになるとは思わなかった。なんと地下一階はフロアが丸々バトルフィールドになっていたのだ!!
「うわぁ! 天井がひろーい!」
スバルの叫びが“ひろーいひろーい”と、幾重にもこだまする。
不幸にも、バトルフィールドには誰もいなかったためバトルはすぐに開始できる状態だった。誰か使ってればよかったのに。
「バトルは三対三の団体戦。先鋒、中堅、大将に別れて多く勝利した方が勝ち、でいいよなぁ?」
「ああ、構わない」
サスケさんの提案に、シャナさんは二つ返事で承諾した。双方がバトルフィールドの端に寄って作戦会議を開いた。
「先鋒、中堅、大将を決めるぞ」
「大将は師匠でいいよね」
スバルがコンマ数秒足らずで言い切ったのでシャナさんは苦笑いをする。僕は先程から喉が干上がって声が出せない。情けないね、わかってるよ。
「わかった。じゃあ先鋒は……カイ、大丈夫か?」
「だ、だいじょばないです」
緊張してんのかなぁ、僕。まさか武者震いなんてあり得ないし。
「初戦は大事だよね。よし、じゃあ私が流れを掴んでくるよ!!」
僕の様子を見たスバルが元気良くそう言った。た、助かるよスバル。だからといってバトルは免れないんだけど……。
★
バトルフィールドにはスバルが立ち、その横に設置されたベンチに僕とシャナさんが座る。
何でかわからないけど、バトルフィールドの観客席にはギャラリーたちがチラホラと姿を見せ始めた。誰かが言いふらしでもしたの? と、その時。
「あ、先輩見つけた!」
「シ、ショウ……もっとゆっくりです……」
ガーディがものすごいスピードでムーンさんを引きずりながらやってくる。
先輩ってシャナさんのこと?
「先輩っ! 悪口をほざいているのはどこのどいつです!? 自分が成敗しますっ!!」
ショウと呼ばれたガーディが、シャナさんに詰めよって言った。せ、成敗……。
「ショウか、いいところに来たな。今からバトルをするから怪我人が出たときはよろしく頼む」
「先輩の頼みとあれば喜んでっ! このバトル、見届けさせてもらいますよ」
さっきの“成敗宣言”はどこへやら。そんなものはころりと忘れて観戦モードに入ったショウさん。それを見たムーンさんはため息をついた。(ちなみにさっきの会話からわかったけど、ショウさんはどうやら医療担当のようだ。)
相手の先鋒は先ほどシャナさんをけなしまくっていたドクロッグ、カガネだった。
「ケッ、俺の相手はあんたかよ。後で泣いて謝っても許さねぇぜ」
「ははっ、君からコテンパンにできるなんて、今日の私はツイてるかも」
「ああん!?」
スバルが挑発を挑発で返すと、見事なほどに相手はそれに乗っていた。いいぞ、スバル! 自分のペースに持ち込めてる!
「へぇ、あの子わかってるじゃないか。バトルは開始前から始まってることを」
僕の横にいるショウさんが呟いた。
シャナさんは立ち上がって本来なら審判が立つはずの場所におかれているコインを手にとる。
「先攻、後攻を決めるコイントスを行う。裏か表を決めてくれ」
「ケッ、裏」
「じゃあ表」
「じゃ、投げるぞ」
シャナさんは三本の指を器用に使ってピィーン、とコイン(あのコインってもしかして僕らが普段使っているポケかな)を弾いた。
出た面は――裏。
「先攻はカガネ――バトルスタートだ」
★
僕はまず驚いた。バトルスタートの合図ってそんなにナチュラルに宣告されるものなの?
「ケッ! “だましうち”!」
先攻をもらったカガネは、百発百中の“だましうち”を繰り出した。カガネの姿が消える。なかなか厄介な技だ。スバルが避けられないじゃないか!
「“電気ショック”」
しかしスバルは慌てる様子もなく、“電気ショック”をひとつの方向にではなく全方向に分散して放った。すると?
「グエッ!?」
スバルの後ろで、もう少しでスバルに届く位置にいたカガネが悲鳴をあげた。どうやら、電撃のひとつがヒットしたらしい。
「まずいっ! 兄貴ぃ! そいつ遠距離攻撃型っすよ! “だましうち”は不利っす!」
ベンチにいたギンジが叫ぶ。不利ってどういうこと?
「“だましうち”は必ず相手に当てられる技。つまり、受ける側からすれば必ず相手が“来てくれる”んだ。そしてスバルは直接触れなくても攻撃できる“遠距離技”を多く持つから攻撃される前に今みたいに防げる」
シャナさんが横で僕に分かりやすく説明してくれた。なるほど、スバルは今の長い説明を一瞬でやってのけたのか。
「それよりも先輩! なんであの子は“電気ショック”をあんな風に撃てるんですか!? あの技を“でんげきは”みたいに撃つ奴を初めて見ましたよ!!」
ショウさんが信じられない、といった様子で叫んだら、シャナさんは当然のように頷いて……。
「あいつは電撃のコントロールに関しては天才だ」
『て、天才……!』
僕ら全員がハモった。シャナさんの口から天才という単語が出てしまった……。
「ケッ、それなら“ヘドロ爆弾”!」
カガネはどうやらバトルスタイルを変えるようだ。喉袋を気持ち悪いぐらいに動かして、口から数十発のヘドロをうちだす。
「わっ? うわっ!」
スバルは四足歩行でせまりくるヘドロを避けた。かわされたヘドロはバトルフィールドにべチャリと落ちる。
するとどうだろう、スバルの避ける場所が時間と共に少なくなっていくではないか! スバルもそれを感じ取って“しまった”という表情になる。
「ケッ、かかったな! “ヘドロ爆弾”!」
「くっ……!」
今度こそ避けられなくなったスバルは覚悟を決めたようで、頬っぺたの電気袋に力を込めた。
「“10万ボルト”!」
スバルの前に迫ったヘドロを“十万ボルト”で追撃する。しかし。
「ケッ! バカめ!」
ブワッ!
「きゃあっ!?」
カガネが叫ぶと同時に、“十万ボルト”を受けたヘドロが……霧と化した!?なんで!?
「うっ……ゲホゲホッ!」
スバルはその霧を吸い込んでしまい、むせる。その間にカガネがスバルの方に走ってくる。危ない!!
「“かわらわり”ッ!」
「わっ!」
スバルは“かわらわり”を避けるために後退した。だけどそこには、さっきの“ヘドロ爆弾”が……!
ズルッ!
「きゃあっ!?」
地面のヘドロを踏んでしまったスバルは、滑って背中から倒れてしまった。ジュッ、という毒に溶かされる嫌な音が鳴る。スバル……!
「っ……!」
スバルは毒の痛みに顔をしかめた。ショウさんはそれを見ながら冷静に分析をする。
「あの子は最悪の選択をしてしまった。まさかあのヘドロを“十万ボルト”で相殺しようとするなんて……まさか、戦闘未経験ですか?」
シャナさんは弟子のピンチでも同じく冷静に答えた。
「そのまさかだ。スバルは毒タイプとの相手とは……というかバトル自体数回しかしていないから、“ヘドロ爆弾”に電気技を当てると、ヘドロの水の成分だけが電気分解して、粉塵状の毒になることをあいつは知らない」
……今の説明、理解できた部分がありませんでした。何語? 暗号?
「とにかく、あの子は状態が“毒”になったこと間違いなしですよ。この圧倒的不利な状況をどうするんですか?」
うわぁ……! スバルどうなっちゃうの……!?
しかし、懸念するショウさんやきょどる僕と違って、シャナさんは冷静にこう言った。
「あいつは実践で急速に進化していくんだ、最後までバトルの行方はわからないさ」
★
「なんか地下でバトルやってるらしいぜ」
すれ違った探検隊の一人の言葉に、受け付けに戻ろうとしていたレイは慌てて探検隊を呼び止めた。
「すいません、地下でバトルって……誰と誰ですか?」
「いや、片方は“ヤンキーズ”らしいけど、もう片方は見たことなかったって言ってたな、新入りかな?」
「ああ、さっきはピカチュウが戦ってたってさ。なぁ、気になるから俺らも見に行くか」
「や、ヤンキーズって……あのダイヤモンドランクの? しかも、新入りのピカチュウって……スバルちゃん?」
レイは思わず持っていた書類を落とした。
「やだ! スバルちゃんの初バトルは見ておかなきゃ! ――“テレポート”!」
――レイは、スバルのバトルの事を知り合いに“テレポート”で連絡して回った。それはもう隅から隅まで。そのせいか、スバルのバトルの事はギルドの弟子たちはもちろん、なぜかルテアにまで知れ渡った。
「なにぃっ! スバルがバトルだと!? 俺が見に行かずに誰がいくッ!? ここでじっとしてたら“槍雷”の名が廃るぜ!!」
部屋でくつろいでいたルテアがいきなり飛び上がるので、横にいたフーディン――フォンが静かに顔をあげる。
「どうしたのだルテア?」
「俺のダチの弟子が……というかシャナの弟子が、バトルしてるんですよ! 俺、見てきます!」
「ほう、“爆炎”の弟子か……。なら私も観戦させてもらうとしよう。ラングとランティフも呼ぶか」
ルテアが部屋を出ると、フォンも立ち上がって“テレポート”をした。
――こうした感じで、スバルが毒を受けている頃には観客席のほとんどが埋まっていたのだった――。