へっぽこポケモン探検記




















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第四章 “ギルド”編
第三十六話 バトル!―― “カイ”VSウィン 後編

「――ウィンドモード!」

 ウィンは叫んだ。もとの場所で待っている仲間のため、そしてこの勝負に勝つため、彼は再びウィンドモードを発動した。すると……。
「……あれは……!」
 ウィンの姿が変化した。
 茶色の毛が水色に変わるのは今まで通り、しかし背中に生えた翼は二枚でなく、四枚。
 そして尻尾は二本に枝分かれして、ただでさえ神秘的な姿が、ここに来てさらに神々しさを増していった。
「行きます――“一陣の烈風”」
 ウィンは静かに翼をはためかせた。だが“カイ”は、ただその一つのアクションに、危機感を覚えて身構える。
「“まも……」
 ヒュッ!
「!」
 “守る”よりもはやく“一陣の烈風”は“カイ”を襲った。辺りに土煙が舞う。
「ぐッ……あ……!」
 避けられずに直撃を食らった“カイ”は、今回のバトルで初めて痛みに呻いた。
「“カイ”!」
 スバルは思わず駆け出しそうになる。しかしそれをリヒトが止めた。
「最後まで見届けろ、このバトルを」


 ――同じ技のはずなのに……なんだ、この桁違いの強さは……!?
 たった一発の攻撃は“みきり”の速度を上回る、いわば疾風(はやて)の刄(やいば)。たった短時間バトルしただけでここまで進化を遂げたウィンに、“カイ”はただ、驚きを隠せなかった。
 ゆっくりと彼は立ち上がる。その顔には……微笑み。
「……そうか……これが君の本当の力か……!」
 鋭い眼光でウィンを見据える。ウィンもまたこのバトルを楽しむかのように微笑を称えていた。
「全力で行きます。受けてください!」
「……私も全力で挑む!」
 “カイ”はそう叫んで両手をパンッ、と合わせた。ウィンはそれを見て、ここに来て何が出るのかと身構えた。
「――“森羅万象の波導”」
 “カイ”はそう叫んで両手を横に広げた。その瞬間……。
 ……ヒュオ……。
「――疾風の舞」
 彼の詠唱と同時に、周囲の風がなびいた。しかし、そよ風程度だったそれは、時間が経つにつれ強風に変化していく。
「“一陣の烈風”!」
 “カイ”の不思議な力にただならぬものを感じたウィンはすぐに技を繰り出した。今度は一発ではなく、無数の刄を放つ。
 しかし、その無数の刄は“カイ”に当たることはなかった。何故なら、“カイ”の周りにまとわりつくように吹く風が、同じように刃を形成しウィンの攻撃を相殺していったからだ。
「……風を操る“波導”ですか」
「否、自然の力を借りる“波導”だ。岩をも両断する“一陣の烈風”には、同じく風の力で対抗する!」
 目では確認できない速さで、二つの風が衝突を繰り返す。全ての刄が相殺されると、今までの風の音が止んで耳が痛くなるような静寂が訪れた。
「……バトルを長引かせるのはどちらにとってもよくない……次で決めるか?」
 “カイ”の言葉に、ウィンは静かに頷いた。
「お互い最高の技で決めましょう」
 そして、再び静寂が訪れる。
「“終焉の疾風”!」
「“森羅万象”!」
 二人が同時に叫んだ。その瞬間、ウィンの姿が消える。いや、消えたのではない。目に見えない速さで移動しているのだ。
「――草よ」
 一方“カイ”は両手を合わせた後そう叫んで、地面――草木が生え、蔦がはびこっている――へ手をつけた。全身は青い波導で包まれている。
 すると、地面がズルズルと音を立て始め、そこから巨大な蔦が生き物のように動いた。
「――“千草の舞”」
 せわしなく動き回る蔦は、不可視な速度で飛び回るウィンを叩き付けようと、あるいは絡め取ろうとした。
 二人の攻防は一進一退。“カイ”の近くに一陣の風が吹いたかと思うと“カイ”に傷が増えていく。と思えば巨大な蔦は、ウィンの移動を妨げ、翼を絡め、体を叩きつけた。一般のポケモンバトルを超越した戦いは、見る者をただ圧倒した。そして……。
「――フィニッシュ!」
ウィンがそう叫んで、二人は動きを止めた。巨大な蔦は糸が切れた人形のように地面に落ちる。

 そして沈黙が辺りを包む中、二人は静かに倒れ込んだ――。





 まぶたの間から淡い光が差し込んだ。
 “カイ”はうっすらと目をあけた。段々と意識がはっきりしてきた。ゆっくりと体を起こす。すると。
「あ……起きたの? ……どっちのカイ……?」
 スバルが“カイ”の顔を覗き込んで静かに聞く。
「……私だ」
「あ、そっか……。一人称が違うのって、助かるね……」
 スバルは複雑な表情で乾いた笑みを見せた。スバルの後ろには先に目を覚ましたウィンと、親方のウィントが“カイ”を心配そうに見つめている。
「……勝負は、どうなった?」
「どっちも倒れちゃった」
「どうやら、引き分けのようです……」
「でもぉ、二人ともすごかったよぉ!?」
 ウィントはきゃっ、きゃっ、と奇声をあげてはしゃぐ。よほど二人のバトルに興奮したらしい。
 “カイ”はそんなハイテンションな親方に苦笑しつつ、立ち上がってウィンと向き合った。
「……どうやら新しい力を手にいれたようだね。とてもいい勝負だった」
「こちらこそ、あなたのおかげで……仲間を守る力が、ひとつ手に入りました。ありがとうございます」
 二人は、お互いに固い握手を交わした――。





「――もう行くの?」
 奥地から少し離れた森の中。胡蝶の剣を懐から出したリヒトのもとに、透き通った声が響き渡る。その声の主は、スバルだ。
「……ああ。あいつ……ウィンの力を見れただけで十分だ。おれは、おれのいるべき場所に戻る」
「……そっか……少し寂しいな」
 スバルの言葉に、フードの中のリヒトの瞳が揺れる。
「……怒っていないのか?」
「え?」
「さっき……おれはいきなりお前に攻撃した。それを怒っていないのかと聞いている」
「怒ってないわけないよ!さっきまでプンスカだったんだからねっ!」
 スバルは赤い電気袋のついた頬を膨らませる。しかしそれも一瞬のことで、すぐにもとの表情に戻った。
「……でも、まあいっか、って思って。リヒトにも色々事情があると思うしね。まあ、だからといって手段を選ばないのはどうかと思うけど」
「……貴様は変わったやつだ」
「あ、そう。それって誉めてるの? 呆れてるの?」
「……」
 リヒトはスバルのその質問には答えずに、胡蝶を頭上でクロスさせ、静かに唱える。
「胡蝶の壱――“空間転移”」
 すると、リヒトの周りに紫色の球体が発生し始めた。スバルは一歩下がってその様子を見守る。
「私、リヒトが想っている人を守れるように、あなたを応援してるから!」
 リヒトはそう叫んだスバルの顔を見て静かにこう言った。

「……感謝する」

 そして、スバルがなにかを言い返す前にクロスした剣を降り下ろした。
「――“転移”」
 そして、スバルの目の前で球体をまとったリヒトは一瞬のうちに消えた――。
「……さよなら、リヒト」




 一方、“出逢いの森”奥地の時空ホールの前にウィンが立っていた。“カイ”はその後ろについていく。
「……いくのか?」
「……はい。ここに入ったら、永遠の別れになるのかもしれませんね」
「……心が通い合っていれば、お互いの距離は関係ない……それがたとえ異世界でも」
「……そうですね」
 ウィンは名残惜しそうな口調でそう言い、時空ホールと向き合った。と、踏み出そうとした足を止め、また“カイ”を振り返る。
「……ひとつ、伝言をよろしいですか?」
「ああ」
「“あなたは、決して弱くなんかありません。危機に陥ったスバルさんを全力で守ろうと一歩踏み出したあの勇気こそが、紛れもなくあなたの強さです”。
 ……カイさんに、今の言葉をお願いできますか?」
「……確かに受け取った。必ず本人に伝えておこう」
「……ありがとうございます」
 ウィンの顔は晴れ晴れとしていた。今度こそ時空ホールに歩こうとしたウィンの背中に、“カイ”はある言葉を投げかける。
「君のその力……気を付けた方がいい。力とリスクは比例する。……ウィン、お別れだ」
「……さようなら、カイさん」
 ウィンはそう言い残し、時空ホールへと消えた。
 あとに残ったのは、静寂と、ぽっかりと開いた時空ホール。
「じゃあ後は僕の仕事だよー。下がっててねー!」
 いつの間にやら時空ホールの目の前に立っていたウィントが元気に叫ぶ。そして……?
「ぴかっとひらめき、さらっとかいけつ! 時空ホールぅうううう……閉じよっ、塩っ!」
「……」
 首をかしげたくなるような謎の呪文と共にウィントがVサインを作った両手を高くあげると、開いていた時空ホールは……跡形もなく消え去った。
「えぇええええ!? 何っ、今の呪文!?」
 あとからやって来たスバルも、そう突っ込んだ。


「……終わったんだね……」
「……ああ。私もそろそろ意識をカイに譲らなければ」
「あ、そっか。……また会える?」
「君が望むのなら」
「……ありがとう」
 スバルがそう言うと、“カイ”はひとつ頷いて目を閉じた。そして静かに体が傾いて、スバルはそれを受け止めた。
「……帰ろう、ギルドへ」





 元の世界に戻った二人のポケモンは、迫り来る危機に幾度なく立ち向かっていくことになる。
 しかし、それはまた別の話――。

ものかき ( 2014/03/07(金) 11:36 )