第三十五話 バトル!―― “カイ”VSウィン 前編
――“烈光”は凄まじい速さで一直線にスバルに迫った。それをかばってスバルの前に出たカイは……?
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スバルとカイを巻き添えにした光の矢は閃光を撒き散らした。
「カイさんッ! スバルさんッ!」
それを見たウィンは今にも駆け出しそうな勢いで叫んだ。そしてリヒトに詰め寄る。
「リヒトッ! あなたいったいなんてことを……!」
「大声で怒鳴るな。耳障りだ」
攻撃を放った当の本人はしれっとした様子で弓剣をしまう。そんなリヒトにウィンはさらに表情を険しくした。
「いくらあなたでも、まだ戦闘慣れしていないあの二人に“烈光”など……!」
「でもウィンー? 見てみなよぉ、あそこをっ!」
横で見ていたウィントは、きゃっきゃっ奇声をあげながら二人がいた方向を指差す。
「二人とも……無事だよぉ?」
「え……」
ウィンが我が目を疑いながらウィントが指差す方向へ目を凝らす。そこには――?
「……あれ……」
いきなり迫ってきた光の矢に、思わず目を閉じて身構えていたスバルは、いつまでたっても衝撃が来ないのでうっすらと目を開けてみる。すると――?
「――どうやらまた会えたようだね、スバル」
「……か、“カイ”……?」
スバルの前に立っていた“カイ”は、手を前につき出してスバルたちの周囲にバリアのようなものを張り巡らせていた。耳の下のふさがピンッ、と張っているあたりこのバリアも“波導”だと思われる。
「……た、助けてくれたの……?」
スバルは恐る恐る“カイ”に尋ねる。すると……?
「……私はそうしたつもりだが、あちらからしたら私を誘き出すための攻撃らしい」
そう言ってバリアを解除した“カイ”は、少し離れたリヒトを見据える。
「君の思惑どおり、私は君たちの前に現れた。何がしたいのかはっきりさせてもらおう」
「おれが望むのはただひとつ。お前とウィンをバトルさせることだ」
リヒトはいつもより強い口調で“カイ”に言う。
状況を把握できないウィンはリヒトにヘルプを求めた。
「もちろん、どういうことか説明してくれますよね?」
「言っただろう、“こいつはただのリオルではない”と。こいつにはもうひとつの魂が宿っている。その魂が仲間の危機を感じて現れた。ただそれだけのことだ」
「説明する手間が省けたね。早い話がそういうことだ。それで……」
“カイ”はウィンに向き直る。
「私は彼とバトルすればいいと」
「……」
ウィンは“カイ”からただならぬ気迫を感じた。今までのカイとは比べ物にならない、立っているだけで発せられる独特のオーラに、ウィンは彼がただ者ではないことを感じ取った。
「……わかりました。あなたとのバトル、受けましょう。そうでもしないともとの世界に戻らせてくれそうにありませんし」
――なにより、いま僕の体がこの人と戦いたいと無意識に感じている……。
ウィンは本音を心のなかに留めておいた。そして、二人の了解を得たリヒトは満足げにマントをなびかせた。
「――決まりだな」
★
“出逢いの森”の奥地で二匹のポケモンが対峙した。一方は蒼い目をしたイーブイ――ウィン。もう一方は眠っていた魂が覚醒したリオル――“カイ”。
「お手柔らかにお願いします」
「こちらこそ」
リヒト、スバル、ウィントは端でそれを見守った。……スバルは心なしか表情が険しい。リヒトはスバルのジトッとした視線を感じた。どうやら先程の攻撃が気に障っているらしい。
「先攻は譲る」
“カイ”はウィンに叫んだ。叫び声が奥地にこだまする。
「では、遠慮無く――“水の波動”!」
ウィンは目にも止まらぬ早さで水色の塊を打ち出した。まっすぐ“カイ”に向かっていく。“カイ”は両手を重ねるような動作をしたあと、腰に力を入れ片足を下げる。
「“波導弾”!」
高密度なエネルギーの塊はウィンの放った“水の波動”を相殺する。二つのエネルギーがぶつかり合い、一瞬お互いの視界が塞がれた。
「! ……“水の波動”が使えるのか」
「よそ見は無しですよッ!」
「!」
“カイ”が驚いている間にウィンは彼の目の前に躍り出た。“カイ”は完全に無防備だ。技を当てる絶好のチャンス。ウィンはそう確信し、尻尾を硬化させて降り下ろした……その時。
「「“アイアンテール”!」」
二人同時に叫んでお互いに硬化させた尻尾をぶつけた! そして弾き飛ばされた二人はズザザッ、と地面を滑りながら距離が開く。
――技を……読まれた?
お互いに距離を取ったままになりながらウィンは内心焦った。
あの“アイアンテール”は絶対に当てられると思った。しかしほぼ不意打ちに近かったのにも関わらず、“カイ”は同じ技を――しかも溜めを入れた自分と同じタイミングで出したのだ。もし同時に技を出していたとしたら、確実に先手をとられていただろう。
――接近戦では分が悪いですかね……。
そう感じたウィンは次の一手を打つため大きく息を息を吸い込んだ。そして。
「“火炎放……」
「“先取り”」
「!」
ウィンが技を撃とうとする直前にそう叫んだ“カイ”の方から、“先取り”によって威力の上がった“火炎放射”がウィンを襲う。
「うわっ!」
慌てて飛びのいたがあと一歩で間に合わず炎を食らった。全身に文字通り焼けつく痛みが伝わる。
「ぐっ……!」
「波導使いを舐めてもらっては困る。小手先の技は予想済みだ」
“カイ”は数メートル先のウィンに向かって凛とした表情と声音で叫んだ。
「もう! こんなところで“火炎放射”を使ったら火事になるよっ!」
「……」
はじっこで聞こえた某ピカチュウの抗議は無視する。咳払いで厳かな雰囲気を取り戻し、“カイ”は仁王立ちになって叫んだ。
「――本気で来い」
「……」
“カイ”がここに来て初めて怒声に近い叫びをあげた。その瞬間、ウィンの蒼い目が大きく見開かれる。
「……っ……本当に、僕の悪い癖ですね……。“カイ”さんは、最初から全力で挑まなければならない相手なのに……」
ウィンは小さくよろけながらも足を踏ん張りその場に立ち上がった。
「……いまのあなたの言葉で目が覚めました……僕の全力をぶつけます! 受けてください!」
「ああ」
“カイ”の返事を受けたウィンは固く目をつぶり、そのあとすぐにカッ、と目を見開いた。そして――。
「――ウィンドモード!!」
★
「……あれは……なに……!?」
最初に声をあげたのはスバルだった。しかし、声を出していない『カイ』も同じ気持ちだったに違いない。“カイ”は大きく目を見開き、上空に浮かんだ彼をまっすぐに見据えた。
――本来茶色であるイーブイの毛は、今は幻想的な空の色に染まり、背中には二枚の翼が現れ、いくつかの羽根がハラリと地面に舞い落ちる……。
神々しいと言っても決して大袈裟ではないその姿に、その場にいる全員が思わず見入ってしまった。……一人を除いては。
「変わっていない……?」
誰にも聞こえないように呟いたのは、リヒトだった――。
「行きますよ、“カイ”さん!」
「……! あ、ああ」
ウィンの叫びで我に帰った“カイ”は思わず身構える。いったいあの姿からどんな攻撃が繰り出されるのか?
「――“一陣の烈風”!」
ウィンがそう叫んで翼を振ると、そこから刹那的な速さで、突風と共に無数の刄が“カイ”に迫った!
――“波導弾”では間に合わない……!?
「……っ、“守る”!」
“カイ”は全身の力を抜いて神経を研ぎ澄ました。無差別な方向から飛んでくる疾風の刄を紙一重で避け続ける。
――厄介な技ですね……。しかし、“守る”は連続で出せませんよ!
ウィンは立て続けに刄を放った。案の定『カイ』の“みきり”は途切れる。しかし。
「“ボーンラッシュ”!」
筒を持つように手を丸め、眼前で両手を合わせて離すと、“カイ”の波導と同じ色の長い棒が出てきた。それを目にも止まらぬ早さで振り抜き、無数の刄を打ち落とした。
「はぁ……はぁ……な、なんですって……!?」
肩で息をしながら一部始終を見たウィンは、『カイ』の強さに戦慄した。この人は、いったい何者ですか!?
一方“カイ”はウィンが息を切らしたのを見て、“ウィンドモード”は激しく体力を消耗することを知った。しかし、体に負担をかけているのはカイの体を借りている彼も同じだった。これ以上バトルを長引かせるのはどちらにも不利。
――ならば、これで決める。
“カイ”は、“一陣の烈風”を使い息を乱している空中のウィンに向かって走った。そして、バネを最大限に使い跳躍し、ウィンの懐に入った彼は……?
「“インファイト”ッ!」
「しまっ……!」
ウィンが気づいたときにはもう遅かった。捨て身の格闘技はウィンの体にクリーンヒット、その勢いで十発近い回数の拳と蹴りを叩き込んだ。二人はそのまま地面に落ちて……。
「――勝負はついた」
“カイ”は地面に倒れて立つことができないウィンにそう告げた。ウィンは悔しさで「ぐっ……」と呻く。ウィンドモードも限界を越え解除されてしまった。
――ダメだ……。立とうとしても力が入らない……! もうここまでか……!?
「――諦めるのか?」
「!」
ウィンの頭のなかに声が響いた。その声は、ついさっきまでバトルをしていた者――“カイ”の声だ。
ウィンは首をあげて目の前にいる“カイ”の姿を見た。彼はウィンに背中を向けつつも、静かに声を上げている。
「君が立ち向かおうとしている敵は、みな遥かに強大だ。……仲間を守りたいのなら、私にだって負けてはいられないはずだ。そうだろう?」
「……! な、かま……」
その瞬間、ウィンの記憶の奥底から様々な“仲間”の顔が目まぐるしく移り変わる。
父と母、いつか会おうと約束したソラや兄弟たち。フィノンと、ウィンたちに運命を託したレンレン村のポケモンたち。
スカイ、アランとガラン、レイとサン、無月と長……いくどなく危機を共にした同志たち。そして……チームメイト・ルナ。守るべき者、ヒナタとカズキ――。
「そう、だ……僕はっ……こんなところでッ……!」
――こんなところで、負けていられないんだッ!
ドクンッ!
ウィンは立ち上がった。四肢に力を込め、悲鳴をあげる体に鞭を打った。全身が熱くなり、強く脈打つ。しかし、それに構わずウィンはありったけの気力を使い叫ぶ。
「勝負は……まだ終わっていません!」
「……」
“カイ”は静かに立ち止まった。そして、ウィンに向き直る。その目には先程よりも強い闘志が宿っていた。
「……来い」
“カイ”の叫びに、ウィンの目が大きく開かれる。そして――。
「――ウィンドモード!!」