へっぽこポケモン探検記




















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第四章 “ギルド”編
第三十四話 親方様を探せ 6
 ――“出逢いの森”奥地にたどり着いた僕たちの前にあったのは、“時空ホール”という代物。ウィンさんはこれを知っているみたいだけど……なんだろう、“時空ホール”って?





「時空……ホール?」
 なんだそれ?
 僕は首をかしげながら奥地の真ん中にぽっかりと口を開けている黒い物体を見つめた。
「なんですか? これ……」
 僕はウィンさんを見て聞いた。彼は険しい表情を崩さずに答えた。
「時空ホールは、文字通り他の時間、他の世界を行き来できる穴です」
「え? じゃあウィンさんはこれで……」
「……ええ、これを使って過去に戻るつもりでした。でも、何でこんなものが一人でに……?」

「――それはねぇ、僕が説明してあげるよ」

 いきなり明朗な声が奥地に響いた。その声は尾を引いて奥地中にこだまする。だ、誰……!?
 僕らは声のした方を振り返る。そこには……?
「やっほー!」
「……え」
「あ、あなたは……!」
 僕らの前に見たこともないポケモンと、黒いマントが……なぜか手を繋ぎながら近づいてくる。僕らは各々声をあげた。何で手を繋いでるんだ……?
 どちらかというとウィンさんは黒いマントを見て驚いているようだ。知り合いなのかな……?
「あ、あなたッ……!」
「貴様ッ……ウィン!? ……なぜここに……!?」
「……それはこっちが聞きたいですね。“ルナティック”の四天王、しかもその中でも最強とあろうあなたがこんなところで、しかも手を繋いで……」
「黙れ、斬り伏せるぞ。これには深い理由がある。聞くな、そして何も言うな」
「……なるほど、僕にあんな格好つけた台詞を残して消えたくせに、こんなところで油を売っているということですか」
「だから違うと言っている! これは不可抗力だ!!」
 ウィンさんは何やら黒いマントとヒソヒソと話している様子だった。この人たち何?
 疑問符が僕の脳内に一杯になった、そのとき……。
「カイーーー!!」
 この声は……!
 毎日聞き慣れた声。そして、ずっと聞きたかった声……! 僕は声のする茂みの中を見た。すると、ひょっこりと長い耳がひょっこりと出てきて、ピカチュウがこちらに向かってきた。
「スバルーー!! こっちだよ!」
 僕らはお互いに走った。そして目の前で両手を合わせる。
「カイ、無事だったんだね! 風に飛ばされたときはどうなるかと思ったけど……」
「スバルも! 本当によかった! 必ず会えるって信じてたよ、突風で怪我とかしてない!?」
「やだなぁ、私はそんなこでどうにかなるほどヤワじゃないよ」
 ……ごもっとも。





 お互い無事に再会した僕らは、はぐれている間の情報を交換した。
 オレンジ色のポケモンさんはビクティニという種族でウィントさんというらしい。そして驚いたことに、黒いマントの人はリヒトというらしく、ウィンさんと同じく違う時間から来たらしい。あ、だからウィンさんを知ってたのかな?
 僕の方もウィンさんのことを説明した。やはりスバルも驚いた様子だった。
 ウィンさんとリヒトさんもお互いに情報交換をしているらしい。あまり穏やかな雰囲気とは言えなかったがヒソヒソと会話をしていた。


 一通り会話が終わったあと、ウィンさんがウィントさん(名前紛らわしい……)に近づいた。
「ウィントさん。あなたはさっき、この時空ホールについて“僕が説明してあげる”とおしゃっていましたね」
「うん」
「いったいそれはどういうことですか?」
「うーん……? そおだねぇ、まずは友達の証としてグミちゃんあげるー」
「うわっ、な、なんです……もぎゅ!」
「はい、カイにもー」
「うわ、え……もぎゅ!」
 ウィントさんはウィンさんと僕に白いグミとだいだいグミを押し込んだ。ん? 意外とうまい……。


「この時空ホールはねぇ、説明しようとするとかなり昔の話まで遡らないといけないんだ。長くなるけど、いい?」
 ウィントさんがそう言うから、リヒトさんを除く全員が頷いた。……僕とウィンさんは口をモグモグしながらの頷きだったけど。
「……君たちは、“星の停止”、というのを知ってるよね」
「はい……この星全体の時間が止まった暗黒の世界、ですよね?」
 僕はみんなを代表するような形で言った。ウィントさんは「カイ物知りぃー」と言ってきた。……照れるなあ。今更ヤド仙人のレクチャーが役に立った。
「そう、カイが言ったのが“星の停止”――この世界が過去におきかけた現象……」
「ひとついいですか、ウィントさん」
 ウィントさんが説明を続けようとしたとき、ウィンさんがそれを遮った。
「ん? なに?」
「ここでは、“星の停止”が実際に起きたのではなく、起きかけたんですか?」
「うん、そうだよ?」
「それでは辻褄が合わないのでは? 僕……僕たちは“星の停止”を迎えた暗黒世界から過去に行くために時間だけ渡って来たんです。次元は越えていません。ここが未来なら、“星の停止”を迎えていなければなりませんし、過去なら僕の知り合いがいるはずです。でも、ここは……」
「君……時空ホールが何で出来てるか、考えたことあるぅ?」
 ウィントさんはウィンさんの指摘には答えず、逆にそう質問してきた。いきなりのことに、ウィンさんは苦い薬を飲み込んだような表情で言葉を詰まらせた。
「……時空ホールが何で出来てるか、ですか……?」
 僕にはさっぱりわからない。
「……わかりません」
「時空ホールはねぇ、“切り捨てられた選択肢”の集まりなんだ」
『切り取られた選択肢?』
 僕を含めたその場にいる全員がペラップ返しに聞いた。
 ウィントさんはうーん、とうなって目を閉じたあと、なにかを思い付いたようで近くにあるリンゴの木を指差した。
「あそこの木にリンゴがありまーす。みんなならどうするぅ?」
 え!? いきなりだなぁ……。
「僕なら食べるなぁ……」
「私はトレジャーバッグに入れる」
「僕は……バッグを持っていないので、放っておきます」
「……斬る」
「うんうん、みんな違うことをするみたいだね。でも……今言ったあらゆる可能性のなかで、実際に未来で実行されるのはひとつだけだよね?」
 ……そりゃ、食べちゃったらバッグに入れられないもんね。
「じゃあさあ、もしカイが言ったみたいにそのリンゴを食べちゃったとしたら、他の三人が言った可能性は、どこへいくのかな?」
『……』
 全員が沈黙した。なんか話が哲学的な方向に……。
 ウィントさんは僕らの反応もお構いなしに話を続ける。
「未来っていうのはねぇ、つねに無限の選択肢の中から選ばれるんだ。その選択肢は様々な生物の一挙手一投足、現象の小さな変化で数えきれない量になる」
 ウィントさんはここで一旦区切った。
「でもね、その無限の選択肢のなかで未来に選ばれるのはたった一つ。その他の選択肢は切り捨てられる。ある場所にね」
「まさか……それが時空ホール……?」
 スバルがおずおず、と言った感じで言う。ウィントさんは「その通りぃ!」といって指でVサインを作った。
 まずい……僕だけ話についていけないよ……。
「時空ホールは、そんな未来に選ばれなかった選択肢の海。そのなかで選択肢たちは、またどこかで“未来”として拾われるのを待ってるんだ。僕たちの世界は君たち――ウィンとリヒトから見れば、いわば“切り取られた選択肢が別の誰かに拾われた別の未来”。分かりやすく言うなら、平行世界(パラレルワールド)だね。だから“星の停止”とかそれらしい単語は出てくるけどここは君たちが知っている世界じゃない」
「つまり僕たちは、時間を越えるだけのはずが空間まで越えて別世界に来てしまったと言うことですか?」
「そ」
「でも、なんで二人はそんなことになっちゃったの?特にリヒトは自分の力で時間を渡れなくなっちゃったし……」
 スバルはいくらか心配そうな声でウィントさんに聞いた。僕がちらりとリヒトさんを見ると、彼はフン、と鼻を鳴らす。
「ああ、それはねぇ、この時空ホールのせいだよ」
 ウィントさんは奥地にぽっかりと口を開けた時空ホールを指差した。ここでウィンさんは当初の疑問を再び切り出す。
「なぜこんなところに時空ホールがあるんです?」
「星の停止を免れたこの世界だけど、時間が止まりかけた影響でまだまだ時間の壁が不安定なところが多いんだー。で、時々なんの前触れもなく時空ホールが開いちゃう時があるの」
 じゃあまさか、あのとき僕たちを襲った突風は、時空ホールが開く時に起きたものなの!? ダンジョンのポケモンたちがいきなり強くなったのも、この影響で……。
「君たちはタイムスリップをするときにこの時空ホールに引き寄せられちゃったみたいだねぇ。リヒトがこの世界の脱出に失敗したのは、君が“時間転移”をしたからだよ。ここは別世界だから“空間転移”じゃなきゃダメ」
「貴様……なぜ“空間転移”のことを……!?」
 リヒトさんは狼狽ぎみに聞く。ウィントさんはへへん、と鼻を鳴らす。
「エスパータイプをあなどっちゃぁいけないよ?」
 ウィントさんの自信たっぷりな口調にリヒトさんはぐっ、と詰まる。
「ウィンは、この時空ホールを通って、僕が時空ホールを閉じたら、もとの場所に帰れるよ」
 ウィントさんのその言葉を聞いて、僕はホッと息をついた。よかった……ウィンさんはもとの世界に帰れるんだ。
 ウィントさんはえっへんと胸を張って最後にこんなことを言う。
「この時空ホールを閉じるのがギルドの親方である僕の役目なんだ」
「「へーぇ……」」
 僕とスバルが同時に声をあげる。ウィントさん、すごい……。
 ……ん? 今、なんて……?
「「ギ、ギルドの親方ッ!?」」
僕とスバルの声がシンクロした。ま、待ってギルドの親方って……! じゃあ僕たちが探してた親方って……。
「そうだよー。僕はウィント=インビクタ。ビクティニのギルドの親方だよー」
「な……!」
なんだってぇええええ!? ウィントさんがギルドの親方ーーー!?





「でー? 君たちはどうするのぉ? 今すぐもとの場所に帰る?」
 ウィントさんがウィンさんとリヒトさんを見て言う。ウィンさんは少々険しい表情になった。
「できればそうしたいですね。もとの世界に仲間を待たせていますし……」
 そうか……。じゃあもうウィンさんとはお別れなのかな……。しかし、この場でそれに異議を唱える者がいた。
「――いや、貴様にはまだやってもらうことがある」
 え……?
 もちろんこう言ったのは、黒いマントを被ったリヒトさん。当たり前だけどウィンさんは大きく目を見開く。
 やってもらうこと……?
「何を言っているんです?」
「そこのリオル」
 リヒトさんはウィンさんには取り合わずに声をあげる……え、僕?
「な、なんですか?」
 リヒトさんのただならぬ威圧に、僕の声が裏返った。
「お前……ウィンと戦え」
 ……ん?
「……はぃいいいいい!?」
 僕がウィンさんと戦うぅううう!? なんで!?
「リヒト! あなたなんのつもりでそんな……!!」
 ウィンさんはリヒトさんの前に立ちはだかって、険しい表情で抗議する。
「“リミットブレイク”で解放された“破壊の神”の力を確かめる」
「なッ……! だからといって、どうしてカイさんと……!」
「あいつは普通のリオルではない。お前の相手にはうってつけだ」
 なんの話をしているか全くわからないんだけど……。ウィンさんと戦う? そんなの……。
「お断りします」
 僕はスッパリと言った。ウィンさんも“ルナティック”の野望を前に仲間の元に行きたいだろうし、僕だって、バトルなんてする体力がない。
「……貴様、バトルを拒むつもりか」
 リヒトさんが凄みをきかせて僕に脅しをかけてくる。うぅ、怖い……。だけど……。
「い、いきなりそんなことを言われても困ります。無理です」
「……それが貴様の答えか。ならば……」
 リヒトさんは中途半端に言葉を区切って懐から弓が張ってある不思議な剣を取り出した。そして……?
「白閃の参――“烈光”」
 リヒトさんがそう叫んで剣についた弓をはじく。すると……?
 一筋の閃光が一瞬にしてある一点に向かって飛んだ! その標的は……?
「――え?」
「スバルッ!」
 僕は思わず叫んで一歩前に、スバルの方へ踏み出した。間に合うはずなんかないなのに。……でも!
「届けぇええええッ!」
 嫌だ! もう誰も……!
 誰も傷つけさせないッッ!!
 僕は全速力でスバルの前へ! そして――。

 ――まばゆい光が、周りを包んだ――。


ものかき ( 2014/03/05(水) 12:49 )