第三十話 親方様を探せ 2
――親方捜索のため“出逢いの森”へと訪れたカイとスバル。しかし、いきなり吹き荒れた突風で二人は離ればなれになってしまい……?
★
もう……! 何だったの今の突風は! おかげでカイとはぐれちゃったじゃない……!
突風が止んだと同時に私は目を開けて回りを見渡した。突風のせいで木の葉がたくさん地面に落ちていたりしていた。はっきり言って、これが体に当たったせいで切り傷がいっぱいなんだけど……。
森は、先程の突風が嘘だったかのようにな静けさを誇っている。この森の木は根がしっかりと張ってあるのか一本も倒れていない。
……誰かさんもこれぐらい踏ん張ってくれればよかったのに!
……カイ、大丈夫かなぁ?派手に飛んでいったから変なものにぶつかってなかったらいいんだけど……。
とにかく、考えていても始まらないね。ひとまずカイを探しにいかなきゃ……。
私は森のなかを再び歩き始めることにした。たしか、カイが飛んでいった方向は……?
「うわぁっ!?」
どてん!!
痛っ……! 足元に注意が散漫していたせいで、私は何かにつまづいて派手に転んだ。もう、何なの!? 私は半ばやけぎみになって、つまづいたなにかを確認しようと振り返った。
「……ん?」
なにこれ?
私がつまづいたものを見てみると、それは――黒い布のようなものだった。
「何……? マント?」
恐らく黒いマントのようなそれは、私の体がすっぽりと収まってしまうほどの大きさ……つまりピカチュウサイズ。そして、そのマントにはそれ相応の膨らみが……つまり誰かが入っているってことなのかな……?
まさか……ね。
私はその得体の知れないマントの膨らみに向かってツンツン、も指でつついてみた。……反応無し。
どうしよう……? これめくってみるべきかなぁ……? でも、なかにいるのがポケモンなら、気を失って倒れてるってことでしょ? 怪我をしているかもしれないから、確かめるべき……?
まあとにかく、ちょっと怖いけど確かめて見る必要はありそうだね……。よし。私は恐怖半分、好奇心半分でその黒いマントをちょっとめくってみた。そこには――。
「……え……」
――右目に切り裂かれたような傷を持ったピカチュウがいた……。
「……え!? ちょ、ちょっと!? あなた、大丈夫!?」
右目に傷を持ったピカチュウは気を失って倒れていた。
――あの突風のさなか、もし飛ばされて木にぶつかったりしていたら……!
最悪な考えが頭をよぎった。私は慌ててそのピカチュウの体を揺さぶってみる。と、その時……。
パチッ。
ピカチュウが目を覚ました。そして、いきなり俊敏な動きで立ち上がったかと思うと――?
「何だ貴様は?」
――いきなり私に長い剣を突きつけてきたぁっ!?
「ひぃっ!!」
え、ち、ちょ、ちょっと待って!? 何、どういうこといきなりぃっ!?
「ま、待って、何するの!?」
私は思わずうわずった声を出した。私とピカチュウの持った剣との距離……わずか数センチ足らず!! しかもその剣は透き通った
碧い刀身で、斬れ味が抜群そうだし……!
「……貴様……何者だ?」
マントについたフードの部分だけあらわにしているピカチュウは、殺気を全身から醸し出して私にいった。
あなたの方が何者なの!?
「わ、私はっ、スバル! 見ての通りピカチュウだよっ! ……今は」
最後の言葉は小さく呟いた。するとピカチュウは……?
「そんなことは見ればわかる」
カチン。
なら聞かないでよね。なんなのこいつ、偉そうに!
ピカチュウは私への警戒を緩めずに辺りを見渡した。
「ここは、どこだ?」
「……え?」
「どこだと聞いている」
ピカチュウは私に向けた剣の切っ先をさらに近づける。わ、わかったよっ! もう……!!
「こ、ここは“出逢いの森”って言うダンジョンだよ! そこにあなたが倒れていたから……」
「……なんだと?」
ここに来て初めてピカチュウは私に突きつけていた剣を下ろした。ふう……。死ぬかと思った……!!
「……おれの“時間転移”が失敗したとでも言うのか……? いや、胡蝶に限ってそんなことが……?」
「……いや、あのー……?」
ピカチュウは完全に自分の世界に入ってぶつぶつなにか呟き始めた。何を言っているんだろう、この人……? “時間転移”?
この人、頭のネジがちゃんとついてるのかな? ちょっと心配になってくる。さっきの突風で変なところを打ったのかも……。
「……そこをどけ」
今度は何を思ったのか、ピカチュウは私にそう言ってきた。もう! この人命令以外できないの!?
「なんで?」
「巻き込まれたくなかったら言う通りにしろ。下がれ」
「わかったよ、もう……下がればいいんだね」
私が渋々数歩後ろへ下がると、ピカチュウは持っていた剣を懐へしまった。そして今度は刀身が桃色をした二本の剣を取り出した。先ほどの剣よりは少し短く細い。
うわ……、この人武器屋? っていうかさっきの剣……どう見ても自分の身長よりも長いのにどうやってしまったんだろう……? 謎だ……。
ピカチュウはその二本の神秘的な剣を頭上でクロスさせる。
「胡蝶の弐――“時間転移”」
ピカチュウが静かに言うと同時に、彼の周りを群青色の球体が包み込んだ! なにこれ!?
「――転移」
そう言うと同時にクロスさせていた剣をふり下ろした!!すると――?
パリンッ!!
「――なっ……!?」
「うわっ!?」
群青色の球体は派手な音をたてて粉々に砕け散った。その欠片は私にも降り注いだが、すぐ消えてしまった。
「……“時間転移”が、出来ない……だと……!?」
ピカチュウは何かの失敗に、顔をこわばらせて声を震わせながら呟いた。んー。私には何が何だかわからない……。
でもひとつだけわかるのは、彼はどこかに行きたがってるってことだけ。でも行けないみたいだね……。
「そんなことがあるはずが……!? ……っ!」
ピカチュウはそう呟いたと同時に、自分の左肩をもう片方の手で押さえた。ん? まさかこの人……。
「……怪我してるの?」
私はピカチュウに近づいた。ちょっと怖いけど怪我をしているんなら話は別。放っておくわけにはいかない。
「ちょっと見せて」
私がピカチュウの前まで来ると、再び彼はさっきの
碧い剣を取りだし私に突きつけた。
「来るな、必要ない」
断固としたその声には、少しばかりの動揺が含まれていた。やっぱり、元の場所に戻れないのがこたえているらしい。今彼に必要なのは、冷静さだ。それを取り戻させるには話を聞く必要があるね。どちらにしても手当ては必要だけど。
「何が“必要ない”なのか……あなた、説明できる?」
「……なに?」
私の(自分でもちょっと意地悪だな、と感じた)質問に、ピカチュウはわずかながらの隙を見せた。私はそれを狙ってピカチュウの肩をつかんで強引に木の根に座らせる。
「何をす……!」
「おとなしく私にしたがってよね。怪我人なんだから」
「……」
私は抗議をしようとしたピカチュウを遮った。ピカチュウは呆然として言葉をつまらせる。私はそんなピカチュウを尻目に、バッグの中を探った。
あ、あった、オレンの実! 私はそのオレンの実を適当な大きさにわけてピカチュウに渡した。
「はい」
「手当てなど必要ないと……」
「あなたが嫌って言うなら、私が無理矢理口に押し込むけど?」
「……」
(脅しに近い形で)ここまで言うと、ピカチュウはやっとオレンの実を手に取って食べ始めた。意外に素直だ。よろしい。
「あなた、名前は何て言うの?」
「お前に名乗る必要が――」
「こっちは名乗ったんだから、そっちも名乗るのが礼儀でしょ」
私がそう言うとピカチュウは、「ぐっ……」と言葉をつまらせた。
「……おれは……」
ピカチュウは一瞬躊躇った後、静かな声で言った。
「――リヒト、だ」
「そう、リヒトね。よろしく。……それで? あなたはいったいどうしてここに?」
「わからない。おれは元の時間に戻るはずだった……」
時間……?
「その……さっきから思ってたんだけど、あなたって……タイムスリップでもできるの?」
「……ああ」
「……!」
……これは驚いた……! 私と同じピカチュウのはずなのに、なんでリヒトのほうは時間移動なんてすることができるの……?
……まあいいや。
「そう……。じゃあ、それも含めて話を聞かせてくれない? 私になにかできることが、もしかしたらあるかもしれないから。」
★
「……さ……、だ……」
ん……? なんだろう、誰かの声が聞こえる……ような。
「起きてください! 大丈夫ですか?」
誰かが僕に言うのと同時に、僕は自分の体がその声の主に揺さぶられているのを感じた。ゆっくり目を開けてみると……なんだろう?茶色い体の誰かが目に入った。
ぼやけた視界を晴らすためにまばたきを数回すると、声の主がはっきりと見えてきた。
「……よかった。気がついたのですね」
「……あ、れ……?」
目の前にいるのは、茶色いふくよかな毛並みに、とんがった耳――イーブイだった。
そして、僕はそのイーブイに釘付けになっていた。視線を離すことが出来ない。なぜなら……。
「……? あの、僕の顔に何かついていますか?」
――そのイーブイが、透き通った蒼い目をしていたからだ――。