第二十九話 親方様を探せ 1
☆
――暗い――。
ここはいったい……どこなの……!?
目は何かで隠されて視界は暗い。手足を動かそうとすると、何かで縛られていて自由がきかない。なに……!? なにが起こってるの……!?
「……始めろ」
耳元で誰かの声がした。その瞬間――。
「――ッ!!」
痛いッ……!
全身を伝うなにかに貫かれるような衝撃……!
痛い、痛い、痛い!! やめて、やめてッ!!
「きょ……は、せい……る……!」
いやぁッ!! 痛い! お願い、やめてぇッ!!
――誰か……助けてっ……!!
★
「……! は……っ……!」
私はわらのベッドから飛び起きた。な、なんなの!? 今のは……!?
「はぁ……はぁ……!」
今のは……夢? だけど、夢なら何でこんなに息が苦しいの? 心臓の鼓動が止まらないの?
私は乱れる息を整えるのに必死になった。
嫌な夢……! 私は自分の手を見てみると、その手は小刻みに震えている。嫌……! 怖い、あの夢が……! 誰か……誰かいないの……!?
「はぁっ、はぁ……! 誰かっ……!」
お願い、独りじゃ淋しい……! 私は部屋全体を見渡した。見ると、横には規則正しく肩が上下しているカイの後ろ姿があった……。
「……っ、カイ……!」
私はカイの名前を呼んだ。だけど彼は深い眠りに落ちていて目を覚ましそうにない。でも……誰かがそばにいる――それだけで私は息の苦しさも、手の震えもなくなった。私はカイがいることの安心して、もう一度ベッドに身を預けた。
――やっぱり、独りの夜は怖いよ……夢を見るのが怖い……!
そう思いながら、私は気づかないうちに再び深い眠りについた――。
★
「スバル、朝だよ!」
ギルドについてから一夜明け、僕は日が昇りきったのにいまだ寝息をたてているスバルに声をかけた。
え? 僕はいつ起きたかって? 僕は夜明けと共に起きるのが習慣付いてるからね。……はい、そこ。年寄りみたいとか思わないように!
「スバル起きろー!」
わらのベッドの上でなぜかうつ伏せに寝ているスバルにもう一度声をかけた。すると……?
「ん……。もう起きなきゃダメ?」
スバルはうっすらと目を開けて言った。その目はまだトロンとしていて、いわゆる寝ぼけ眼だ。
「もう朝礼もとっくに終わってる時間だよ。僕たち以外はみんな起きてる」
「あぁ、そう……。ふわぁー……!」
スバルは起き上がってあくびを一つした。この時間まで寝たのに、まだ寝足りないのかな?
僕たちは食堂へ向かって、朝から贅沢なシェフさんの料理を堪能した。このギルドのポケモンたちは毎日シェフさんの料理を好きなものだけ食べているのか……。うらやましい……! と、そこへ……。
「あ、いたな。おーい! お前たち!」
入り口から僕らに向かって呼び声がかかった。スバルと僕はほぼ同時にその方を向く。ラゴンさんだ。
「二人とも、食べ終わったら俺の部屋に来い。話がある」
「「話?」」
僕らはお互いに顔を見合わせた。ラゴンさんが僕らに話したいことって……? なんか怖くて想像できないんだけど……。
★
と、言うわけで僕らは早速二階の一番奥にあるラゴンさんの執務室に向かった。ここは本来親方の部屋らしいんだけど、いまはラゴンさんが使いたい放題……らしい。レイさんが言っていた。
「お前たち、ギルドにはもう慣れたか?」
「はい」
まぁ、まだ一夜しか経ってないけどね。
「よし。じゃあ本題に入る。話と言うのは他でもない……実は、二人に頼みたいことがあってな」
「頼みたいこと?」
スバルが耳をピクピクさせて聞き返した。僕らに頼みたいことってなんだろう? ギルドの人たちじゃダメなことなのかな?
「親方様が消息不明なのは二人ももう知っているだろう。ギルドとしては早急に親方様を見つけたいところだ……」
ラゴンさんは親方の話になると遠い目になってため息をついた。……親方様にはずいぶんと困らされているらしい。
「そこで親方様を探しに行きたいんだが……。昨日レイが予知夢で、ある
映像を見たらしい」
「「
映像?」」
僕らは綺麗にハモった。
レイさんって未来を見ることができるの!?
「レイはサーナイトという種族柄、時々未来が見えるらしい。大体はたわいもないものが見えるらしいが、稀に重要なものがみえる。その時は俺に報告するようにいってるのだが……」
ラゴンさんはそこまでいって身を乗り出す。僕らは少々たじろいだ。サザンドラの顔の迫力は満点だ。
「今回の“みらいよち”でレイは……お前たち二人が親方様と話している場面の
映像が見えたらしい」
「ということはつまり……」
いち早くことを察したスバルが首をかしげながらこう言った。
「私たちが親方様を見つけられるかもしれないから、私たちに親方様を探せ、と?」
「そうだ。理解が早くて助かる」
ラゴンさんはニヤリと笑ってそう言うと、どこからか古そうな紙切れを僕らに渡した。覗いてみると、それは地図だった。
「それは未開の地を開拓すると雲が晴れて見れる地域が増える、いわば不思議な地図だ。探検隊になったら渡す決まりだが、まあ今回は特別に譲ってやろう」
ラゴンさんは顔のついた手で地図の上に描かれた大陸の極東を指差す。
「ここが俺たちのいるギルドだ。そして、レイが見た
映像の場所と思われるのは……」
彼はギルドより西にある森を指差した。
「“忘却の森”のすぐ近くにある“出逢いの森”というダンジョンだ」
ダ、ダンジョン!? 僕は飛び上がりそうになった。それは決して探検に行けるという嬉しさからそうしたわけではない。
「ダンジョンって、入るたびに地形が変わって強いポケモンがウジャウジャいるところでしょう!? そんなところに今から僕らが行くんですか!?」
「ははは! 心配するな、“出逢いの森”は確かにダンジョンだが、近所のガキどもの遊び場程度のダンジョンだから、探検隊でないお前たちでも大丈夫だ。出てくるポケモンも進化前の虫ポケモンばっかりだし」
そ、それならいいんだけど……僕はラゴンさんの言う“ガキども”と同じぐらいの体力があるか心配なんだよね……。
「話はわかったな? 親方様を連れ戻せたらお前たちも晴れて探検隊になれるんだからな。張り切って行ってこい」
「そうだよ……探検隊! 私は探検隊になりたいんだから親方様を連れ戻さなきゃね!! カイ、頑張ろうね!」
「う、うん……」
ラゴンさんの“探検隊になれる”の一言でスバルがいきなり元気になったぁ……。
★
トレジャータウンで準備を済ませた僕たちは、早速“出逢いの森”へ向かうことにした。
様々な種類の木々からなるこの森は、ラゴンさんの言う通り強いポケモンは出てこず、散歩がてらに寄るのに最適なダンジョンとみえる。
「しかしさぁ、ラゴンさんに『親方の特徴は?』ってきいたら……『見れば一目でわかる』だって。それでどうやって探せって言うんだろう……?」
スバルは大きくため息をついて僕に愚痴った。早く探検隊になりたいスバルからすれば、どんな些細なことにも苛立ってしまうのだろう。
一目でわかるって言うからには恐らく親方様は普通のポケモンと違うところがあるんだろう。でも何が違うんだろう? 見た目? 性格? 強いて言うなら……威厳??
「まあとにかく、地道に探していくしかないよね……あまり期待はしないけど」
今の僕にはスバルにそういう言葉しかかけてあげられなかった。
ダンジョンで僕たちの前に現れたポケモンたちは、スバルが先陣を切ってバンバン倒していった。僕も何か出来ればよかったんだけどね……スバルが「別にいいよ」って言って先に倒しちゃうから……。
そんなこんなでダンジョンを半分ぐらい抜けた僕たち。しかし、ふとスバルが僕にこんなことを言ってきた。
「ねぇ……何か変じゃない?」
「はい?」
スバルがいきなり立ち止まって神妙に言うもんだから、僕は思わず呆けた声を出した。
「変? 何が?」
僕も立ち止まってスバルに聞き返した。すると彼女は特徴的な長い耳をピクピクさせて警戒体勢に入る。
「敵が……いない。静かすぎる……」
「えぇ?」
「何か……来るよ」
「何? 何が来るの!?」
スバルが低い声で呟く。ちょ、ちょっとどうしちゃったの、スバル!?
と、そのとき。いきなり森の木々がざわざわと揺れ始めた。
何!? 風が吹いていないのに何で木の葉が揺れてるの!?
――ざわざわ――。
まるで、スバルが警戒をしているように僕も気を付けろ、と木々が注意を促しているようだ。なんだか僕の全身の毛も逆立ってくる。
「――来る!!」
スバルがそう鋭く言った瞬間――。
ビュオッ!
僕らのからだが簡単に吹き飛ばされてしまいそうなほどの突風が吹き荒れた!!
「「うわっ!?」」
スバルと僕は同時に叫んだ。僕は足に力をいれてなんとか踏ん張る。スバルは近くの木にしがみついて飛ばされないように踏ん張っていた。
突風は吹き止むことを知らずに僕らを襲う。段々と僕の体はズズ……と風に押されて後退していった。
「カイッ、掴まって!!」
スバルが僕に手を伸ばす、だけど届かないよッ!
「だ、だめだよ……! 届かない!」
「カイ! 風に負ける気!?」
「いや、そういう問題じゃ……」
スバルの訳がわからない言葉に僕が思わず突っ込もうとすると、足の力が抜けて……?
――体が浮き上がった――。
「あ……!!」
「え……!?」
待って、これって……!?
「うわぁあああああああッ!!」
「カイーーーーーッ!」
スバルの叫びが一瞬にして遠くへ消えた。僕は突風にさらわれてどんどんスバルと離れていく……!!
――もうだめだ……意識が……!