第二十八話 チームを残してくれたのは
――シャナとラゴンは一通りお互いの意見を交換し合った。しかし、シャナにはラゴンにまだ聞かなければならないことが残っていた。そう、それは先程ラゴンにあしらわれたあれのことで……?
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「さて、話は大体わかった。シャナ、お前ももう上がっていいぞ」
ラゴンは話は終わりだ、と言わんばかりにくるりとシャナに背を向けた。しかし、シャナはここまで来て引き下がるわけにはいかない。
「ラゴンさん、結局誰なんですか!? 俺のチームを残してくれたのは!」
「ん? ああ、そういえばまだいってなかったか?」
ラゴンは再びシャナに向き直り、またあの意味深な笑みを浮かべて彼を見る。
「チームを残してくれたのは誰か? それを知りたいなら今から回れ右をしてギルドの三階へ向かえ。金の毛並みをした九尾のあいつが待っているはずだぞ?」
「……それってまさか……」
ラゴンさんの部屋から出た僕たちは、言われた通りに一階の受付へと向かった。
スバルは部屋から出た瞬間「なんか追い払われちゃったみたいだなぁ」と呟いた。確かに僕もそう思ったんだよね。やっぱり二人で込み入った話でもあったのだろうか?
一階の受付へ向かうと、先程のサーナイト――レイさんが待ち構えていた。彼女は僕たちの前に立つ。
「あなたたちがシャナの弟子さんたちね! さっきは自己紹介できなくてごめんね。私はレイというの。ギルドの弟子よ、よろしくね」
「よろしくおねがいします!」
スバルが元気よく答えた。あれ……僕も弟子扱いされてるけどいいのかなぁ……? レイさんはニコリと華のような笑顔をこちらに向けていう。
「お腹空いたでしょ? 今から食堂に向かいましょう! ……といっても、また二階に戻ることになるんだけどね」
「ここがギルドの食堂よ」
「……うわぁ」
「広い……?」
レイさんに案内された食堂を見て、僕らは思わずそう呟いた。
食堂はホエルオーがまるまる入ってしまうのではないかというほど広かった。そこに長い木のテーブルが列をなしている。この時間帯は弟子たちがすでに食事を済ませてしまったのか、食堂には誰もいなかった。しかし、奥の厨房らしきところからはいまだに湯気か蒸気らしきものが上がっている。誰かいるのかな?
レイさんは厨房へのカウンターに手をついてなかを覗く。
「シェフー! シェフいるー!?」
レイさんは厨房奥に向かってこれでもかってぐらいに大声を張り上げた。しかし、厨房からの反応はない。
「シェフー!!」
レイさんがもう一度叫ぶ、すると……?
「うるせぇええええ!! 大声を出すなぁ! 何度言ったらわかるんじゃゴルァ!!」
レイさんと同じぐらいの大音量で叫びながら、さっき受け付けにいたブーバーが出てきた。この人がシェフ?
「やっと聞こえたわね……。シェフ、二人のお客さんに料理を作ってあげて」
「ああ、噂の“シャナの弟子”たちか」
らって噂になってるの? っていうか、また僕もシャナさんの弟子扱いされてるんだけど……。するとシェフさんは厨房のカウンターから僕たちを見下ろす。
「あんたら、何が食いたいんだ」
ぶっきらぼうにシェフさんが聞いてくる横でレイさんが補足をいれる。
「彼はブーバーのシェフよ。何でも好きなものを作ってくれるわ。遠慮なく言ってね」
レイさんはそういった後少し姿勢を低くして僕たちに近づき「ただ……ちょっと気むずかしいから、気を付けてね」と小声で言ってくれた。
名前自体がシェフなの? この人……。内心でそんなことを思いながらスバルを見てみると、彼女は目をキラキラさせて「何にしようかなぁ……?」とか言っていた。ほんとに、スバルったら、レイさんの話聞いてたのかなぁ……。
★
シェフさんが作ってくれた料理は……とてつもなくうまかった! 何て言うんだろう……とにかく言葉に表せないぐらいにうまかった! 僕は今までこんなに美味しい料理を食べたことはない!僕とスバルは、今までにない料理にしばらく舌鼓をうっていた。そして、僕らのお腹が一杯になった頃……。
「ん? あれは……師匠?」
スバルがふとそんな声をあげた。僕とレイさんは同時にスバルを見る。
「どうしたの?」
僕が尋ねるとスバルは腑に落ちない顔になる。
「うん、今食堂の前を師匠が通りすぎたんだけど……こっちに来るかと思ったらそのまま通りすぎちゃったんだよね」
「え、なんで?」
たしかシャナさんはまだごはんを食べ終わってないはずなんだけどね。食堂を通りすぎるなんて……ごはんを抜く気かなぁ。
「うーん……これは、なにかあるね」
「はい?」
スバルがいきなり立ち上がってそう言うもんだから、僕は思わず呆けた声を出してしまった。なにかあるって、なにがあるの?
「レイさん、これは師匠に何かありますよね!?」
スバル? なんで目を輝かせてるのかな?
「そうね……あれはなにかある感じよね」
え? レイさんまでなんで目を輝かせて立ち上がっているんですか!? 僕は慌てて足がもつれそうになりながらも、食堂を出ようとする二人を追う。
「い、いったいシャナさんに何があったっていうんですかぁ!?」
「それを知るために今からいくんでしょ!」
「そうよカイ君! 今からそれを見に行くんじゃない!」
「二人ともシャナさんに何があったか知らないのに、なんで何かあるってわかるんですか?」
僕の言葉に、二人はお互い顔を見合わせて……。
「「女のカン?」」
「……」
恐ろしい……。
★
どうしてラゴンさんはいつでも俺に対してだけ意地悪じみた回りくどい言い方をするんだ!?
俺は親方代理に対する行き場のない怒りのやりどころに困った。そのせいか自然とギルドの三階に向かう足取りに力が入ってしまう。“金の毛並みをした九尾のあいつ”とまで言われて正体がわからないやつはいない。恐らくあいつのことを言っているんだろう。
しかし、だからこそわからない。なぜあいつが俺のチームを維持させたんだ!? ……とにかく、三階に行けば全ての謎が解ける!
ギルドの三階は、外から見れば丁度ドームの部分に位置する。早い話が三階は天井がドームになっている――言わば展望台だ。なぜギルドに展望台などがあるのかという疑問は後で誰かに聞いてくれ。
三階の展望台にいくのは本当に久しぶりだ。五年ぶりぐらいだと思う。
床は規則正しい升目のタイルで敷き詰められていて、空模様を際立たせるために照明は切られている。床の上に置かれているものが何もないせいで展望台はいつでもがらんとして殺風景だ。
そんな薄暗い展望台の奥のガラス張り付近に、そいつは俺に背を向けて夜の空を眺めていた。くすみがひとつもない艶(つや)やかな金の体毛、九つの尻尾はゆっくりと揺れていてまるで何かを誘うような動きだ。そして、俺の気配に気づいて振り返ったそいつの瞳は澄んだ紅色の――きつねポケモン・キュウコンだ。
俺はその姿を見た瞬間、今まで言うはずだった様々な疑問――チームについての疑問が、もの見事に消え去ってしまった。
「……リオナ……?」
キュウコン――リオナを見た俺は何て言葉をかければいいかわからなかった。頭が真っ白になる。
――五年という歳月は、こうも女性というものを美しくするらしい。
俺がリオナを最後に見たのは五年前――つまり俺の中では、リオナの姿は五年前で止まっている。目の前にいるのは……本当にリオナか……?
「……久しぶりね、シャナ」
「あ、ああ……」
リオナが静かな声で言う。俺と彼女との距離は結構あるはずなのに、まるですぐそばで囁きかけてくるようだ。まずい……! 心臓がバクバクいって何がなんだかわからなくなってきた……。落ち着け、俺!!
「……リオナ、なんだな? 俺のチームを……残してくれ、たのは」
待て……俺ってこんなに上がり症だったか!? まずい……一瞬でも目を合わせたら俺はまともじゃいられなくなるッ!! 本題だけ聞いたら早くここから立ち去らねば!
リオナはしばらく視線を夜空に向けていた。そして俺を見た後……。
「……そうよ、私からお願いしたの。あなたが帰ってくるまで解散を待って欲しいと……」
「ど、どうしてそんなことを……? 俺は君が……――」
「――フッた相手」
「……」
俺がやっと勇気を絞り出して言おうとした言葉を、リオナはコンマ一秒もかけずにスパッと言い切った。ぐっ……今のはグサッと来たぞ。
そう、俺は五年前ギルドを発つとき彼女に破局を言いわたさた。リオナは俺に愛想をつかした、だからそんな彼女が俺のチームを存続させるなんてありえない……と俺は思っていた。しかし、実際は違った。なぜ彼女はそんなことを……?
俺が答えの見えない疑問を頭の中でエンドレスリピートさせていると、リオナはニコリと微笑を浮かべた。
「あれとこれとは別よ。私はただ……あなたをギルドの“仲間”として、あなたのチームは解散させてはいけないと思っただけ」
リオナはそこまで言って一旦言葉を区切る。
「必ず戻ってくると信じていたわ……お帰り。これで私のしたことも無駄じゃないと証明されたわね」
「リオナ……」
リオナがそこまで言い終わると、今までの記憶――ギルドで過ごしてきた記憶が一気に呼び起こされた。ダンジョンでの探検の日々、依頼が成功したときの依頼人の笑顔、そして……リオナと過ごした日々――。
あの日々はとても輝かしかった。俺は……今からでもそんな日々を取り戻すことができるだろうか……。
「……リオナ」
「何?」
「できたら……俺と、もう一度……」
「……もう一度?」
「もう一度――」
俺は今までに感じたことがなかった緊張を味わいながら次の言葉を発しようとした瞬間……。
「ちょっ……! スバルおさないで!」
「……」
……なんだ今のは。
俺たちは後ろから聞こえた(俺にとっては聞き覚えがある)声に、後ろを振り返った。見ると、やはりチビども二人と……プラスアルファでなぜかレイが物陰に隠れていた。カイは誰かさんのせいで隠れきれなかったみたいだが。
こいつら……!!
「何をやってるんだッ……!?」
せっかくリオナに思いを告げられるあと一歩のところだったのに! こいつら……空気を読みやがれ! 俺が今の言葉を言おうとするのにどれだけ勇気を振り絞ったと思ってるんだ!!
俺は三匹が隠れているであろう物陰に大股で近づいた。大人げないとは言わないでほしい。
「お前ら……いったいそこで何をしていてやがる……!?」
『あははは……』
案の定物陰には苦笑いをする三匹の姿が。
「……いつからそこにいやがった? 三人を代表して……レイ、答えろ」
「え、あ……『久しぶりね、シャナ』らへんから……」
「……」
はじめからしっかり聞いてんじゃねぇかあああああッ!!
「だってねぇ、ほら、気になるじゃない。師匠の元恋人が誰なのか……」
黙れ、イエローミニマムデビル。どうせお前から見に行こう、とか言い出したんだろうが!!
「ぼ、僕は被害者です! 二人に引きずられてこんなことに……!」
聞いちまったらお前も同罪なんだよ!!
「てめぇら……いい加減にしやがれぇッ!」
「うわぁ! シャナが怒ったわ、“テレポート”っ!」
レイは二匹を連れて“テレポート”で逃げやがった!
「逃がすか、待ちやがれ!」
こんな恥ずかしいところを見られてただですむものか! なにより、一番重要なことを言うときに限って邪魔しやがって!
俺はあいつらを追うために展望台から下へ向かう階段をかけていった。
「まったく、私のことは無視かしら……」
★
シュン!
僕らがレイさんの“テレポート”で行き着いた先は……ある部屋の前だった。
ふう! 怖かった……シャナさんが怒ったらやっぱり怖いなぁ……。
「あ、危なかったわ。さすがにあのタイミングはまずかったかしら」
「あの……ここはどこですか?」
スバルが辺りを見渡しながらレイさんに尋ねる。
「ここはあなたたちに割り当てられた部屋よ。ギルドの二階ね。今日はもう遅いからもう寝た方がいいわよ」
レイさんはそう言ってさっさとどこかへ去ってしまった。
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部屋に入ると、わらのベッドが二つ敷いてあった。僕らは早速眠気に誘われてそのベッドに横になる。
「……今日まで色々あったね」
スバルが天井を見ながらポツリといった。そうだね、思えばほんの数十日前まで里で過ごしていたのが遠い昔みたいだ……。リンとヤド仙人はどうしてるかな……無事かなぁ。
「でもね、カイ」
スバルは視線を天井から僕に移す。
「私、カイといるここ数十日間はすごく楽しいかも。……明日からも頑張ろ」
「うん……そうだね」
……そうだ。今は里の心配をしてもしょうがない。明日からまた頑張っていけばいいじゃないか。なにより、今の僕は一人じゃいんだから。
――これからもよろしく、スバル。