第二十六話 ただいま
――シェイミの隠れ里を発った僕たち。ギルドがあるトレジャータウンまで、なんのトラブルもなく進んでいく……はずだったんだけどね。一つだけ問題が……!
★
「――やっぱり無理だッ!!」
じとっ。
僕とスバルはもう何度目になるかわからない叫び声の発生源を横目で見た。
その発生源というのは言わなくてもわかってもらえると思うが、それはもちろん彼のことで……。
「ちょっと? それ何回目ですか師匠?」
スバルはうんざりとキレぎみの真ん中ぐらいの声音で彼の方を向いた。
彼――シャナさんは、道の近くにある手頃な木の幹にぐったりと手をつけてしゃがみこんでいる。
「だって考えてもみろ! 俺は一度探検隊を辞めたんだぞ!? しかも! “二度と戻ってこない”と宣言してしまったんだ! 今さら戻ったらどうなるッ!? “何で戻ってきた?”みたいな雰囲気になるだろッ!?」
シャナさんのもう何度目になる超悲観的思考な発言に、僕はため息をつく。それって今さら言ってもしょうがないじゃないか……。
スバルの方は、すでに呆れを通り越して額の血管を浮き出していた。
「んだからッ! 言われたからってなんだっていうんですかぁああッ!? いい加減にしてくださいよ!!」
シャナさんに業を煮やしたスバルは立ち止まっているシャナさんの足を押した。本当は背中を押したかったんだろうけど、残念なことにそうするには身長差がありすぎる。
「行くんですッ!」
「嫌だッ!」
「行けッ!!」
「無理だッ!!」
「駄々をこねないッ!!」
「駄々じゃない! 拒絶反応だッ!!」
「もっとたちが悪いッ!!」
なんだろうね……。このやり取りは、さながらイヤイヤをする子供とそれをしかる母親のようだ。
……しかしシャナさん、バトルの時とは大違いだね……。
「もう! これじゃあ、いつまで経ってもギルドへ行けないじゃないのーー!」
スバルがついに大声をあげて、イライラを爆発させた。そして、シャナさんに一言。
「わかった! じゃあ勝手にしてください! そのかわり、私たちがギルドに着いたら師匠の失恋話を言いふらしてやるーー!!」
すくっ。シャナさんが立ち上がった。な、ど、どうしたんだろう……? 僕が若干引き気味になっていると、彼は魂を抜かれたように道を歩き出した。
「……行こうか」
するとスバルはパッと顔を輝かせて……。
「やっと行く気になってくれましたねっ! カイ、行くよっ!」
「……」
これは……。スバルとシャナさんの立場が微妙に逆転しているような気がするのは、僕の気のせいかなぁ……? 僕はシャナさんにほんの少し同情しながら二人の後をついていった。
★
「ついに、ついた……!」
僕は思わずそう小さく叫んでいた。僕たちの目の前のアーチが目的地の到着を告げている。アーチの向こう側では、さまざまなポケモンで活気立っていた。
そう、僕たちはトレジャータウンへとたどり着いたんだ!
「すごーい!! ここがトレジャータウン!? 私がいた町よりでかい!」
スバルが目を輝かせて叫んだ。確かに、このトレジャータウンはスバルたちのいた所より広くて、ポケモンの数も多い。一方、久しぶりであるはずの場所に戻ってきたシャナさんは、
「帰ってきてしまった……」
と、頭を抱えていた。
トレジャータウンのなかに入ってみると、まるでお祭りか何かのように露店や何やら色々な建物がごっちゃになっている。そこを行き交うポケモンたちの姿もまた様々であった。そして遠くにある丘の上には、他の建物の何倍の大きさの黒い建物がそびえている。
「うわぁ、ものすごい活気……」
僕が思わず圧倒されていると、スバルも同じく頷く。
「さすがギルドがある町だよね! カイ、早くギルドへいこう」
「え、あ、ちょっと!?」
スバルは僕の腕を引っ張ってギルドの方へ歩いていく。腕が痛い……!
「ほら、師匠! 行きますよ!」
「……」
「しつれ――」
「わかったわかった! 今行く……」
そういうシャナさんの語尾は完全に小さくなっていた。
★
僕らはトレジャータウンを抜けたところにあるギルドへ向かった。しかし、僕らはギルドと思われし建物に着いたとき……口をあんぐりと開けた。(もちろん、シャナさんは除く)。
「なに……? ここ……」
スバルが僕の気持ちを代弁するかのように呟く。
目の前にそびえる建造物は確かにギルドで合っているはず。はずなのだが……。
「これは……ドーム?」
目の前のギルドは天井がドーム状になっていた。外壁の質材は恐らく黒く塗られた木の板で出来ているんだろうけど、とても木で作ったとは思えない。繋ぎ目とかどこにあるんだろう……? とにかく、物々しい雰囲気が漂っている。
「なにこれ、要塞?」
僕が思わずポロリと漏らすと、シャナさんが首を振って、
「いや、ここがギルドだ」
と言った。
いや……これは、なんというか――。
「――悪趣味」
スバルが、僕が言おうかどうか迷っていた言葉をスッパリと言い放った。
「「……」」
僕はもちろん、シャナさんですらスバルのこの言葉を否定しなかった。
でも、目の前に広がる要塞……いや、ギルドの入り口を見て僕はふと疑問を感じた。
「ここ……入り口が閉まってますけどどうやって入るんですか?」
そう、ギルドの巨大な入り口は、黒塗りのがっしりとした木の扉で閉じられていたのだ。取っ手がないから自力での開閉は不可能。ちなみにそのとびらは神秘的(?) な模様が装飾されている。
すると、シャナさんは早口に僕らに言った。
「……ここに立っていれば、入れてくれる」
「はい?」
立っていれば?
「どういうこと?」
スバルが首をかしげながら聞く。すると……?
「――ヨウコソ、我ガギルドヘ」
「「うわぁ!」」
いきなり響いた抑揚のない声に、僕とスバルは同時に叫んだ。
待って! 今、入り口の扉が……しゃべった!?
「ど、どどどどどういうこと!?」
スバルが僕の肩をつかむ。いや、僕に言われても……!
しかし、僕ら二人の驚きはこれで終わらなかった。これだけでパニクっている僕ら二人の前で、さらにものすごいことが起こったのだ。扉の上らへんに覗き穴のような小さな穴があるのだが、そこから……?
ギョロッ!!
「「ひぃいいいいッ!?」」
目がぁ、目がぁ!?
穴からギョロッと目玉が見開かれたぁ!?
「なんなんですか師匠ぉ!」
「スバル、落ち着いてぇ! 叫ぶなら一緒に……!」
「驚ロカセテ、申シワケアリマセン。ワタシハギルドノ見張リ番、ダンバルノルペールト申シマス」
僕とスバルが完全に取り乱していると、目玉がそう言った。
「え……ダンバル?」
この目玉さんはポケモンだったの!?
「あ、確かに。よく見たらこの穴からダンバルが覗いてるんだ」
ようやく冷静さを取り戻したスバルが、扉の上の目玉――ダンバルのルペールさんを見て言った。スバルの言った通り、扉の上には穴が開いてある。その穴は丁度ダンバルの一つ目ほどの大きさだ。なるほどね。覗き穴かぁ……。
「ワタクシハ、ギルドニ訪レル客ヲ中ニ入レテモイイカドウカ見極メマス。ドウゾ、ソノママオ待チクダサイ」
無機質で抑揚に乏しい声だった。僕は頭の中で、聞きにくい言葉を理解するのに少々時間がかかった。
「は、はぁ……」
僕らはガチガチに固まってルペールさんが中に入れてくれるのを待った。この緊張感が半端じゃない。言葉じゃあらわせないよ。
「ン、ンンーーーーー?」
ルペールさんはギョロギョロと目玉を動かしてうなった。どうやら僕らが怪しくないかどうか査定しているらしい。正直なところ、ギョロギョロと目玉が前後左右に動く様は、見ていて気持ち悪いことこの上ない。
「ン、ンンーーーー!?」
そんな中、ルペールさんの目玉がある一点を凝視したまま止まった。
「ンンーーーー!? マサカ……ソコニイルノハ……!?」
ルペールさんの声が若干うわずった。え? 誰のこと?
僕はルペールさんの視線の先を追う。そこには……?
「マサカ……シャナサン……!?」
「……あー……」
シャナさんはきまずそーに頬をかく。そんなシャナさんを見てルペールさんはせわしなく目玉を動かした。
「マサカアノ“爆炎”ノ!? コ、コウシテハイラレナイ! ドウゾ中ヘ!!」
ルペールさんがそう言うのと同時に、僕らの目の前の扉がゴゴゴ……、と音を立てて開いた。恐らく“念力”かなにかで開けたのだろう。
そして最後にルペールさんは「シャナサンガ帰ッテキターーー!!」と叫んで見張り穴から消えてしまった……。
「……なに……? 入ってもいいの?」
スバルの質問に答えられる者がいるはずもない。……しょうがないので僕らは恐る恐るギルドの中へと入っていくことにした。
★
ギルドに足を踏み入れてみると、まず目の前に受付があって、その向こうには扉がある。扉は開け放たれていて、中の様子をうかがうことができた。どうやら広間のような所みたいだね。その広間にはポケモンたちの姿がまばらにある。全員探検隊なのだろうか?
と、その時。受け付け付近で作業中だったらしいポケモンが一匹、僕らの方を向いた。
白と緑の二色が目立つ外見に胸には赤い角のようなものがある。凛とした目が特徴のサーナイトというポケモンだ。
「……あれ……?」
サーナイトさんは僕らの姿を見ると、突然顔色を変えた。
「え……シャナ……!?」
「……ひ、久しぶりだな、レイ」
完全に逃げ腰な上、格好悪いほど緊張した声音なシャナさんはレイと呼ばれたサーナイトさんに言った。
レイさんの方は驚きで目がこれでもかというぐらい見開かれている。
「え? あ、か、帰ってきたの……? えぇ? えぇえええ!?」
「えっと、げ、元気だったか……?」
どうやらシャナさんは、どうやって声をかければいいかわからないらしい。スバルがそんなシャナさんを見て小さくため息をついた。と、レイさんは……?
「……や、やっと……! やっと帰ってきたーーーー!! え、ちょ、みんな! みんなぁああああ!!」
レイさんは、ギルド中に響き渡るんじゃないかってぐらいの大音量で叫んだ。
な、なにっ!?
「……帰りたい……!」
「あ、ダメですよ師匠」
シャナさんが真っ直ぐ回れ右をしようとするのをスバルがすかさず止める。そんななか、ギルドの階段の方からドタバタと複数の足音が近付いてきた。ん? 今度は何?
近付いてきた足音はだんだんとうるさくなってきて……?
「ミナサン、コチラデスヨーーーーー!!」
『うわあっ!?』
さっき見張り穴にいたルペールさんを筆頭に何匹ものポケモンたちが僕らの方へ雪崩れ込んできた!
「おう、本物のシャナかお前」
「会いたかったですよーーーー!!」
「まったく、どれだけ心配したと思ってるんだ、コノヤロー!」
「噂で聞いた通りの人だぁー!」
「ウワァーーーーー!! シャナサーーーーーン!!」
「おい! お前ら、ちょっと待て! 潰れるぅうううう!」
始めから順番にブーバー、ガーディ、マルマイン、エネコ、そしてダンバルのルペールさんが声をあげた。そして最後に、そのポケモンたちに圧死されそうなシャナさんの叫び声。
そんな受付での騒ぎに気づいた探検家たちが、なんだなんだ、といった感じでちらほらと僕たちのところへ集まってきたりしていた。
彼らに押し潰されないように先に避難していた僕とスバルは、その様子を呆然と見守っていた。うわ……すごいね……。
「……いったいなんの騒ぎだ?」
と、そのとき。僕らの騒ぎにまた別の声――低く威厳のこもった声が響いた。
シャナさんの周りに集まっていたポケモンたちが一斉にその声がした方へ振り返る。
まるで地獄の番人のように鋭い目と牙。頭には薄紫のギザギザしたたてがみがあって、背中には六枚の羽がついている。胴体の色は黄緑色だった。しかし何よりも僕が驚いたのはそのポケモンの手だった。なんと、本来手があるはずのところに……頭がついていたのだ!
サザンドラという種族らしいそのポケモンは、群がるポケモンたちの中にシャナさんの姿を見つけると、そこに近づいて来た。
「……お前なのか? シャナ」
「……ええと、ラゴンさん……お久しぶりです……」
「……」
「……」
――沈黙。そして……?
「“竜の息吹”ッ!!」
「うおわぁ!?」
ラゴンと呼ばれたサザンドラさんは、行きなりシャナさんに向けて攻撃を仕掛けてきた! シャナさんは慌てて放たれた“竜の息吹”を避ける。
「お前、いったい何年もどこに行ってやがったんだ!? ギルドのメンバーをさんざん心配させやがって! 一発攻撃させろ!」
「もうやってるじゃないですか、勘弁してください……」
シャナさんは心の底からやめてくれ、という顔をしていた。
「ふん……まあいい。とりあえず、全員打ち合わせ通り行くぞ」
打ち合わせ? なんのことだろう……? 僕とスバルは完全に蚊帳の外で成り行きを見守っていると、ラゴンさんの声を受けたポケモンたちは一斉にうなずいた。そして……?
「それじゃあみんな行くぞ、せーの――」
ラゴンさんの合図で、みんなが一斉に深く行きを吸って……?
『――おかえりなさい!!』
「……」
“おかえりなさい”――。
その言葉を受けたシャナさんは、一瞬大きく目を見開いた後、なんとも言えない――嬉しいような、照れくさいような、はたまた目に浮かべたものを隠すような表情になった後、彼らを真っ直ぐに見据えた――。
「――ただいま」