第二十五話 新たな出発
――四人で報告をし合っているうちにアリシアさんの口から飛び出た“翔べない”の一言。それははいったい、どういう意味だろう?
★
僕は思わず呆けた声をあげてしまった。待って……? 今のは聞き違い? “翔べない”……? 翔べないってどういうこと?
……それってまさか……?
「……翔べないと言うのは、文字通り浮遊ができないと言うことです。ダークライから受けた傷は……思ったより深かったようです……」
そういったアリシアさんの顔は、少し陰っていた。
「……そんな」
「クレセリアである私は、翔べなければ移動できません。だから……あなたたちにお願いしたいんです。私を助けてくれたあなたたちなら信頼できます」
「……しかし、俺たちは“三日月の羽根”も“満月のオーブ”もどこにあるかわからない」
「大丈夫です。ある程度の場所は私がわかります。なので、その場所へ行って“三日月の羽根”を探して欲しいのです」
アリシアさんはいくらか切羽詰まったような声で言う。
「私が翔べなくなった今、あなたたちにしか頼めないのです。信じられるのはあなたたちしかいません、お願いします!」
僕らは顔を見合わせた。正直な話……断る理由がない。
「“満月のオーブ”を完成させることができれば、NDからポケモンたちを救える。喜んで協力させてもらうよ……いいだろう?」
シャナさんが僕とスバルを見たので、僕らは同時に頷いた。
「もちろん!」
「私たちからしたら願ってもないことだよね!?」
スバルが嬉しそうに言うと、横にいるミーナさんも顔を輝かせる。
「わたしも出来るだけ協力します! 成り行きですけどここまで一緒にやって来たんですから!」
僕たちの言葉を聞いたアリシアさんは心の底から安心に満ちた顔になった。そして、静かに首をもたげる。
「……ありがとうございます……!」
しかし……“ナイトメアダーク”、か……。いったい彼らはポケモンたちをNDにかけて何をしようというんだろうか……?
「いったい……NDになったポケモンは、最後にはどうなってしまうんでしょうか……?」
僕がふと言った言葉に全員が表情を沈ませて沈黙する。そんな中アリシアさんは、今まで躊躇っていたことを吐き出すように静かに言った。
「……自我を失い、最後には魂を奪い取られ……。抜け殻になったその状態は……死と同じでしょうね」
最悪だ、そんなこと……。僕は、いつかヤド仙人に聞いた“星の停止”という現象を思い出す。
少し前にあったそれは、英雄によって食い止められなければ、すべてが灰色に染まり自我を失ったポケモンたちで一杯になっていたそうだ。
そんな悪夢みたいなことが今、違う形で起ころうとしているんだ……!
「“ナイトメアダーク”はダークライという種族の中でも、あのダークライにだけ使える能力……ダークライだけが授かった邪悪なものです」
アリシアさんが鋭く目を光らせる。怒気を強めていったその言葉に、シャナさんが強く頷く。
「だからこそ……だからこそ俺たちが止めなければいけないんだ。いまこの危機を救えるのは俺たちだけだ。みんな、必ず“満月のオーブ”を完成させよう」
全員が頷いた。
そう……僕達がアリシアさんに会って、ダークライと対峙したのも、“満月のオーブ”の完成を頼まれたのも、すべては偶然ではないはず。“イーブル”のやろうとしていることを阻止するために僕らはここに集まったんだ。もちろん不安もあるけれど……頑張らなきゃね。
「そう言えばアリシアさん。この羽根ってNDを消すことはできないけど、追い払うことは出来るんですよね?」
僕はさっきアリシアさんがした話を思いだし、尋ねる。せっかく“三日月の羽根”があるのにNDに困ってるポケモンを放っておくのはできないよ。
「はい」
「じゃあ、この里のポケモンたちを救ってあげられない?」
「え!? カイさん……!?」
ミーナさんが驚いた様子で僕を見る。まあまあ、ここは任せてください!
「“三日月の羽根”は使うと無くなっちゃったりしちゃうんですか?」
「いえ、それはありません。悪夢を祓う力は一度きりですが、羽根は残ります」
「じゃあこの里のポケモンに使っちゃダメですか!? お願いします!」
「私は構いません。皆さんがいいとおっしゃるなら。では里の中心で使うといいでしょう」
「やった! そうときまったら里の中心に行きましょう!」
よし、善は急げだ。一気にいくよ、里の中心へ!!
★
「あ、ちょっとカイ!?」
カイがスバルの叫びを無視して部屋を飛び出してしまった。スバルは慌てて後を追う。
「もう、カイったら! 走ったらすぐ息切れするくせにどうして急ぐの!?」
「カイさん私がいないと里の中心がわからないじゃないですか!」
スバルに続くようにミーナも部屋を出て走り出す。部屋の中にはアリシアとシャナの二匹だけになった。
「……」
「……」
お互いに沈黙する。しかし、アリシアが先に言葉を紡ぎだした。
「あの……カイさんのことで話があるんですけど……」
「どうしたんだ?」
「カイさんには……あまり無茶をさせない方がいいと思います。彼はあまり体力がないでしょう?」
「あまりというか、かなり」
「あれは多分、もうひとつの魂がカイさんに負担を少なからずかけているからだと思うんです」
「そうなのか?」
シャナが少し驚いた様子で声をあげると、「いっ……!?」と傷を押さえた。まだ安静にしていないと傷が痛むらしい。
「だ、大丈夫ですか?」
アリシアが心配そうに声をあげる。それにたいしてシャナは情けない声で答えた。
「だ、大丈夫……多分……!」
★
「ちょっとカイさーん!?」
走っている僕の後ろで間延びした叫び声が聞こえた。どうやらミーナさんが僕を呼んでるみたいだけど……?
「あなた里の中心がどこかわかっているんですかー!?」
「あ……」
そうだった!
僕は摩擦音が出るぐらいの勢いで急ブレーキをかけた。そしてミーナさんが追い付いてくるのを待つ。あれ、その横にスバルもいるや。
「もう……里の中心がどこかもしらないで走って行っちゃうんですから……。あれ、でも丁度良く中心に来ちゃいましたね」
「ねえ、早く“三日月の羽根”を出してよ、カイ!!」
スバルがキラキラした目で僕を急かす。僕は持っていた羽根を取り出した。すると、羽根はその輝きを一層強めたかと思うと、ひとりでに浮かび上がった。そして――。
――黄金の粒子を散らし始めた――。
「わぁ……!」
「キレイ……!」
「神秘的ですねぇ……!!」
僕らは口々に感想を漏らし始めた。まるでそれは、黄金の雪のようだった。優しい光を放つ粒子は、風に乗って僕たちを中心に里中へ散らばっていった。
「ミーナ! ミーナ!?」
僕らがしばらくの間里に舞い降りる黄金の雪景色に見とれていると、遠くからミーナさんを呼ぶ声が聞こえた。僕らがその方を振り返ってみると、向こうから長老さんが走ってくるようだった。
「ミーナ! 不思議なことが起こった! 急に黄金の粒子が降ってきたかと思うと、病気だったシェイミたちが治り始めたんだ!」
「長老様、落ち着いてください。実は……」
ミーナさんは“三日月の羽根”についてと、僕たちが空の頂で体験した出来事を話した。長老さんはその話を目を丸くしながら聞いていた。
「まさか……そんなことがあったのか……」
そう言うと、長老さんは僕らの方を見る。
「あなた方には……いろいろと無礼なことを……! それなのに、この里のものを救ってくれてなんと感謝を言えばいいのか……」
「いえ、そんな! いいんです!」
僕は、長老さんがまさか頭を下げると思わなかったので、慌てて手を振る。
「わかってくれればいいんです!」
後ろでスバルがそう付け加えた。君ねぇ、ちゃっかりそんなことを……!
「長老さん……ひとつだけ、お願いを聞いてもらっていいですか?」
僕は改めて長老さんに真剣に向き合った。
「なんだね?」
「この里のことなんですけど……ミーナさんの提案を受け止めてくれませんか?」
そう。ミーナさんの夢は、ここを観光地にすること。その夢は、長老さんが受け入れてさえしてくれれば、叶えられないものじゃないんだ。
「……それは……うぅん……」
長老さんは唸ってしまった。いや、ここはもう一押し!
「お願いします、長老さん!」
「……今回の件は、この里が――わしが外の世界のことを知ろうとしなかったせい……。ミーナが、これからこの里を守っていく世代がそうしたいと言うのなら、わしはそれを受け入れるべきなんだろう」
それってつまり……!?
「ミーナと、相談しよう」
「長老さん!」
「長老様!」
やった! 長老さんがミーナさんの夢をわかってくれた!
「カイ」
見ると、スバルが照れ臭そうに「やったね」っと呟いた。そして、僕らは二人でハイタッチした。
★
“三日月の羽根”を使ってシェイミたちを“ナイトメアダーク”から救って数日。僕らは、里の入り口にいた。
「土砂崩れの方は、私たちで撤去しておきました。これでトレジャータウンに行けると思いますよ」
「ありがとう。ミーナさん。」
三人を代表するようにシャナさんが言った。ミーナさんはふるふると首を横に振る。
「お礼を言うのはこっちの方です。あなたたちには里を救ってもらったのだから……いくらお礼を言っても足りません」
「今回の功労賞はカイだよね!!」
スバルが僕の肩を叩いて元気良く言った。
「あはは……」
僕は素直に喜べずに曖昧に笑った。本当の功労賞は……“もうひとりの僕”だ。
「あと、アリシアさんもありがとうごさいます」
「いえ、私は何も……逆にカイさんたちやミーナさんに助けられました」
アリシアさんがそこまで言った時、長老さんが一歩前に出た。そして厳かに言う。
「本当に、君たちには感謝している。そして、今までの無礼を許して欲しい」
いえいえそんな。
「これからこの里はミーナと一緒にいい方向へと導こうと思う」
「はい!」
ミーナさんの表情は晴れやかだった。やはり長老さんがミーナさんの意見を受け入れてくれたのが嬉しいらしい。
「じゃあ、俺たち三人はトレジャータウンへ向かう。アリシアさんはここで待っていてくれ。ギルドの誰かに迎えにいくように言うから」
シャナさんが気持ちを改めて言った。
「待っています」
アリシアさんがそう答えたあと、シャナさんは全員を見渡す。
「よし、みんな準備はいいな? ――いくぞ、トレジャータウンへ!」
★
「まったく……バトルの素人に負けるなんて、君たち本当に“イーブル”の幹部?」
ダークライは、目の前で恐縮している二匹に向かって言った。クーガンとバソンである。
「うぉおおおお! まぁあけたぁあああああ!!」
「だ、だってあいつ……めちゃくちゃなんすよ! 空飛べるなんて聞いてねぇし!!」
「……君たち、幹部降りる?」
ダークライは今までにないぐらいにねっとりとして恐怖を駆り立てるような声で静かに言った。これには、幹部の二匹も黙るしかなかった。
「ふふ……。まあいいさ。あいつらを消す方法はいくらでもあるし……それに、今回は思わぬゲストとも会えたしね」
が細く笑う横で幹部二匹は、その不気味な笑いが醸し出すダークライの威圧に竦み上がった。
「……この先が楽しみだね――“もうひとりのカイ”」