第二十四話 トーク&トーク
――僕たち五人はシャナさんの提案で、それぞれ別れた後の話をすることになった。待って、僕は頂上での記憶があるところからぷっつりと途切れてるんだけど……。
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「私はシャナさん達を先に行かせた後、“イーブル”の幹部である無礼なスカタンクをボコ……ごほん! えー……倒しました。そのあとにスバルさんと合流して頂上に向かい、まあその後は“アロマセラピー”の連続ですね……」
「俺は頂上で倒れているアリシアさんと、黒いポケモン――ダークライに出くわした。そして俺は奴とバトルをして……あっけなく意識を失った。そして今に至る、というわけだ……くそっ、あの野郎……!!」
「僕はシャナさんと一緒に頂上に行きました。シャナさんが戦ってるうちにアリシアさんと話をして……この、羽根を託されました。その後、ダークライにその羽根を渡せと脅されて……すいません、その後の記憶は全く……」
「わ、私? 私は“イーブル”のバソンを倒した……というよりは相討ちだったかなぁ……。で、ミーナさんと合流して頂上へ向かったときには……えっと、なんかダークライが去っているところで……」
スバルがここまで話すと全員が僕の方を向いた。視線が痛い……。
な、なんでみんな僕を見るの!? つまり『お前がやったのか、ダークライを?』ってこと?知らないよ、逆に僕が知りたい! 誰か僕に状況の説明を! もしくは僕の記憶を呼び覚ませるポケモンを連れてきて!!
「それでね……なんかカイは性格が変わってて“波導”を使えるようになっていた」
「はっ……!?」
ちょ、ちょっと待って!? 波導!? 嘘でしょ!?
「『カイ』はその“波導”を使ってアリシアさんを救った」
『……』
一同、沈黙。特にアリシアさんの驚きようがすごかった。目を見開いている。多分、スバルかミーナさんに僕がアリシアさんを助けたってすでに聞かされていたんだろうけど……。その救った状況がね……。性格が変わったとかいう『僕』が、“波導”でアリシアさんを救ったって言うんだからね。そりゃ驚き。
「私からはこれぐらいだけど……」
そう言うとスバルはなぜかちょっと顔を赤くした。なんでだろうね。本当にまだ熱があるんじゃないの?
一通り話し終えたところでシャナさんは腕を組んで唸った。
「しかし謎だ。俺は知らなかったぞ、カイが二重人格だなんて」
いや、違いますシャナさん! 断じて違うんですって! ちょっと! どうしてミーナさんまで頷いちゃってるんですか!? 違う!
「……スバルさん」
と、ここに来てはじめてアリシアさんが口を開いた。
「そのカイさんのもうひとつの人格は果たして本当にカイさんなんでしょうか?」
「……と、言うと?」
シャナさんが身を乗り出す。
「もしかすると、それはカイさんではなく、他人の人格……魂がカイさんの体を借りたのでは?」
いきなり話がブッ飛んだ。すると、スバルは複雑な表情でアリシアさんを見て……。
「『彼』は言っていました……自分が何者かまだ言えないと。自分はカイの敵じゃないって……」
「……アリシアさんは、もしかしてわかるんですか? その誰かさんの正体が?」と、ミーナさん。
確かに、アリシアさんはエスパータイプだから“もう一人の僕”の正体をわかっても不思議はない。
「……確かに私の目にはカイさんに二つの“流れ”が見えます」
『流れ?』
全員が声を合わせてペラップ返しに聞いた。
「その流れの内の一つは、完全にカイさんとは別の流れなので……恐らくは他人の魂だと思います」
「つまりカイは二重人格ではない、と?」
最初からその説を支持していたのはあなただけですよ、シャナさん……。
しかし……。僕はふと、あるひとつの疑問が頭をよぎった。
「アリシアさん、あなたならその魂が誰のものかわからないんですか?」
そう、エスパータイプの彼女ならばあるいはそれを知ることができるかもしれない、と考えての質問だ。しかしアリシアさんは……。
「残念ながらそれは……。正直に申し上げますと、他人の魂を他の誰かの体――しかもまだ人格が宿っているその体に宿っているというのは前代未聞です。技術的に神業に近いですよ」
「エスパータイプでも無理なんですか?」と、スバル。
「エスパータイプでも、ゴーストタイプでも不可能です。出来るとすればそのポケモンは……まずただ者ではないでしょう」
それなら本当に神様の仕業なんじゃない? ……とか、冗談をいってもこの現実からは逃れられないね……。
「まあ、とにかくカイに被害がないのであれば、ひとまずは置いておいてもいいんじゃないか? この問題は」
シャナさんがひとまず話を落ち着かせるために言った。たしかに、そうですね。あくまでこの話のメインは僕ではない。アリシアさんだ。
「じゃあそろそろ本題に入ろう……アリシアさん」
「はい」
アリシアさんはシャナさんに呼ばれて、緊張した声を出した。そして……。
「隠さず話してくれないか? あなたが知っていることを」
あれ? なんかシャナさんのこのセリフ、デジャビュ……。
★
「ある時期を境に、各地では悪夢と似て非なる“ナイトメアダーク”という現象が起こり始めたのを私は察知しました。私たちクレセリアは悪夢を察知し晴らす力があるので、この現象に気づくのにさほど時間はかかりませんでした」
悪夢と似て非なるもの……悪夢よりよほど質が悪いけどね。
「アリシアさんは、そのNDがダークライが引き起こしたものだと知っていたのか?」
これはシャナさんの質問だ。それに対しアリシアさんはこくりとうなずく。
「はい。大抵の場合、私たちが察知した悪夢はダークライが引き起こしたものですから、今回もそうだろうと思っていました。ただ、今回のナイトメアダークはいつもと違う点がありました」
「違う点?」
スバルが首をかしげる。
「ダークライが引き起こす悪夢というのは大抵、“ナイトメア”という特性が原因であってわざとではないんです。なのでそれは仕方のないこと……。しかし、今回のナイトメアダークは、ダークライの特性ではなく明らかに人為的で悪質なものでした。」
「それで、原因を探るために『空のいただき』へ?」
シャナさんが訝しげにたずねた。だけど、アリシアさんと最初に会ったとき、彼女はすでに原因を突き止めていたような……? 案の定、アリシアさんはゆるゆると首を横に振った。
「確かにそれもありましたが、私があの山に登った最大の目的は……」
そこまで言うと、アリシアさんは僕を見た。ああ、つまりあれを出せってことだね。僕は隠しておいた羽根を取り出す。え? いったいどこに隠してたかって?
「アリシアさんの最大の目的、それはこれですね?」
僕が黄金に光る羽根をみんなに見せると、アリシアさんを除く全員がその羽根に見入った。キラキラと輝きを放つその羽根は、まるでおとぎ話に出てくる伝説の不死鳥ポケモンの羽根のようだと僕は思った。
「なんですか? これ……」
スバルは羽根に魅了されてしまったようで、視線を離さずに言った。
「これは、“三日月の羽根”というものです」
『三日月の羽根!?』
僕らはまるでコーラス隊になったかのように全員で大合唱した。僕らの言葉にアリシアさんは神妙にうなずく。
「“三日月の羽根”……それは私の先祖が代々各地に散らばらせ、守り続けているものです。悪夢を祓う力があります」
『悪夢を祓う!?』
待って、悪夢を払うと言うことは……それはNDも例外ではない……?
「この羽根があれば悪夢は祓えますがが……“ナイトメアダーク”に対してはこの羽根では不完全です。恐らく全ての“ナイトメアダーク”を祓うことはできないでしょう。この羽根ひとつで……この里一帯ぐらいでしょうか?」
「それでも祓うことはできるんだろう?」
「祓うだけです。消滅させられる訳ではありません」
シャナさんの言葉にアリシアさんは間髪いれずに答えた。
「あなた方のうちの一人は目撃していると思います。あの“黒い霧”を」
「黒い霧……」
スバルが小さく呟いた。どうやら心当たりがあるようだ。
「あれが“ナイトメアダーク”の、いわば本体です。あれを消さない限りは“ナイトメアダーク”は増え続けることでしょう。」
増え続ける? つまり……繁殖するってこと!?
えぇ!? それっていつかのシャナさんみたいなポケモンがこれから増えていくってこと!? ……あ、シャナさんがため息をつきながらこっちを見てる……なんでわかったの!?
「つまり、NDを完全に無くすには“三日月の羽根”だけでは足りないんだろう? 後は何が必要なんだ?」
「“三日月の羽根”はいわば『欠片』です。“ナイトメアダーク”を消滅させるための……。今必要なのは『欠片』を取り込むための『器』です」
器……。
「『器』に『欠片』を取り込んで初めて“三日月の羽根”は本来の形に戻り、“ナイトメアダーク”を祓うことができるでしょう」
その『本来の形』って……?
「それは――“満月のオーブ”……と呼ばれるものです」
「満月の……」
「オーブ……?」
僕とスバルが続けて声をあげた。“満月のオーブ”なんて聞いたことがないなぁ。まあ、僕が知らないのは当然だとしても、この場の誰も――ましてや探検隊だったシャナさんも知らないとなると、やっぱりあまり名が知られていないらしい。
「その“満月のオーブ”を完成させることができれば、NDを完全に祓うことができるんですね?」
ミーナさんの言葉にアリシアさんは(何度目かわからないが)神妙に頷く。
アリシアさんが『空のいただき』に登ったのは、“満月のオーブ”を完成させるために、『欠片』である“三日月の羽根”を集めるためだった。しかし、NDが消滅するのを恐れたダークライがアリシアさんを……始末しようとした――。
「なるほど、大体の話はわかったが……根本的な謎がひとつだけ残っている」
シャナさんが三本しかない指を器用に一本だけ伸ばして言った。
「ダークライは……“イーブル”は、なぜ各地にNDを発生させたのだろうか?その目的はなんだろう?」
「それは……わかりません。私にはなんとも……」
★
話は一段落した。
全員に言葉はなく、気まずいとも気が休まるとも違う空気が僕らの間に流れた。ゴムできた緊張の糸が、張りすぎて伸びきって弛んでしまったようである。しかし、一生続くかと思われる沈黙はある一言で唐突に破られた。
「皆さんに……お願いがあります」
そう声を上げたのは、アリシアさんだった。その言葉を受けた僕らはアリシアさんを見る。……『お願い』?
僕らの視線がアリシアさんの言葉を促すことになった。彼女はゆっくりと口を開き、こう言った。
「私の代わりに……“満月のオーブ”を完成させてくれませんか?」
「……え?」
今……なんて?
「いったい……どういうことだ、アリシアさん」
僕らが“満月のオーブ”を……?どうして?僕らが協力するのは悪くないけど、“私の代わりに”ってどういうこと? 僕がそう聞いてみると、アリシアさんは……。
「……あなたたちですから、申し上げるのですが……。私はもう――」
彼女は一度言葉を区切り……。
「――翔べないんです」