第十八話 混戦、混乱 前編
――空のいただきを目指すカイたちの前に現れた“イーブル”の幹部・バソンとクーガン。ミーナはクーガンを引き付けて、スバルはバソンの相手をすることになった。が、バソンの強力な“ハイパーボイス”を前に、スバルは苦戦を強いられていた。
★
「ハァアイパァアーーーボォイィイスッ!」
バトル開始早々、バソンの“ハイパーボイス”が空気をかき鳴らす。
キィイン!!
「うわぁ!」
スバルは思わず耳を両手で押さえ込んで塞いだ。目をつぶって“ハイパーボイス”をやりすごす……はずだったが。
「う……ぐっ……!」
――耳を塞いでもこの音量!? まずい……頭がッ……!
「もう……いやっ!」
スバルはバソンがいる方へ“電気ショック”を放った。早くこの馬鹿でかい音量をどうにかしなければならない、とスバルは思った。
放たれた電撃はまっすぐバソンに向かって飛んでいく。が、バソンが勢い良く足を踏み鳴らすと、彼はそのまま高く飛び上がって電撃をよけた。でかい体躯に似合わぬ跳躍である。しかし。
「隙だらけだよッ!」
そう、宙にいる間は攻撃を避けられない。 スバルはこのチャンスを逃さなかった。
「“十万ボルト”!」
彼女が放った“10万ボルト”は、空中のバソンへ一直線に向かっていった。今度こそ命中する。スバルはそう確信したが……。
「“ハイパーーーボイス”ッ!」
「なっ……!!」
バソンの口から空気を激しく震わせる音波が、“十万ボルト”を弾き返した。
「おぅらはぁくぅうちゅううせぇんがとぉくいぃ(おらは空中戦がとくい)!」
“ハイパーボイス”で“十万ボルト”を相殺したバソンは、そのままスバルの目の前で着地する。そして……。
「おぅらはぁせぇっきんんせぇんもとぉくいぃい(おらは接近戦もとくい)!!」
バソンはスバルの顔ほどもあるのではないかと思わせる拳を振り上げた。
「“メガトォンーーパァァンチ”ッ!!」
「あ……」
避けられるはずも、なかった。
★
「さあ、こっちですよ〜! クー・ガ・ン・さ・ん!」
ミーナはいまだにクーガンを誘導中だった。もちろん、挑発しながらの誘導であるから、クーガンの追い方は“猪突猛進”の一言につきる。
「待ちやがれごらぁ! てめぇ、勝負しやがれぇ!!」
「あとちょっとですよー」
しかし、そんなクーガンを軽くあしらうミーナ。自称案内役(ガイド)たるもの、客(?)の態度ぐらいで取り乱してはいけない。こういうトラブルは迅速に対処すべきなのである。
ミーナは走り続けて、やっと四方が岩の壁に囲まれた空間にたどり着いた。所々岩の間から草や苔が生え、花が咲いている。
「よし……ここでいいですね……」
ミーナは立ち止まり、追いかけてくるクーガンと向き合った。追い付いた彼の方は肩で息をしている。
「ゼェ、やっと、追い付いたぜ、ハァ、覚悟しろぃ、嬢ちゃん!」
「だから私はぁ! ……まあいいです、頭が小さい相手には言ってもわからないでしょう。さっさと始めましょう?」
「なっ……!」
ミーナの『頭が小さい』という発言には、さすがにクーガンの額の血管がはち切れそうになる。
「てんめぇ……! さっきから調子に乗りやがってぇえ! “辻斬り”ッ!!」
クーガンは、怒りに任せて“辻斬り”を放った。しかし、そんな単調な攻撃を対処できないミーナではない。
「“エナジーボール”!」
ミーナは素早く深緑色の球を放出、“辻斬り”を相殺した。
煙が二人の間の視界を遮る。 と、その煙を飛び越えて、クーガンがミーナに飛びかかり、鋭い爪を振りかざす!
「“切り裂く”!」
「きゃ……!?」
ミーナは間一髪のところでかわそうとするが、やはり間に合わずクーガンの爪がミーナにかすった。バランスを崩すミーナ。
「へへ、お嬢ちゃん、俺を怒らせた礼だぜ! くらえッ!」
「だから、私は“お嬢さん”じゃないって……」
ミーナが顔を歪めながら、抗議と共にクーガンの方を向く。すると……?
「え……」
……クーガンは、なぜかミーナに背を向けていた。そして、クーガンは叫ぶ。
「“毒ガス”ッ!」
ブフォーー!
紫とも、くすんだ茶色とも見分けがつかないガスが、辺りに充満した!
「きゃああああッ!?」
ミーナは悲鳴にならない悲鳴を上げた。それもそのはず、至近距離からのクーガンの“毒ガス”の臭いは耐えがたいものがあるからだ。……スカタンクという種族柄、というのもあるが……。
「へっ! この“毒ガス”は、普通の技とちーっと違うぜぇ!? 長くとどまり続けて毒を回らせるんだ。せいぜい苦しむこったなッ!」
クーガンはそういって高笑いをした。ミーナの方は鼻がひん曲がりそうな臭いと、回ってきた毒とでむせ返った。頭がクラクラする。
「……うっ……臭い……! こ、こんな仕打ち……許せません……!」
カッ!
ミーナの両目が見開かれた。そして、ミーナは背中の花をすべて開花させる。
「がーっはっはっはっ!! ……は?」
高笑いをするクーガンも、ミーナの様子に怪訝そうに眉をひそめる。
「……何してやがる?」
クーガンが言う横で、ミーナは背中に咲かせた花から、充満した毒ガスの煙を――吸収した。
「なっ……何する気だ!? 自滅するつもりかッ!?」
ミーナは、クーガンの叫びもお構い無しにどんどんガスを吸収していく。そのたびに背のはなの色が鮮やかなピンクから薄汚い紫色へ染まっていった。
「……さっきから、お嬢さん、お嬢さん言ってますけどねぇ、あなた……! いくら案内役でも……この仕打ちは、許せませんッ!」
そして、ミーナの全身が、光り輝き始めた。
「食らいなさいッ!
――“シードフレア”ッ!!」
――爆風が、吹き荒れた。いや、爆風と言うよりも衝撃波の方が近いかもしれない。高密度の衝撃波――“シードフレア”は、四方八方へ飛び、草を飛ばし、岩を砕いた。それはもちろん、クーガンにも降り注ぐ。
「ぐぁああああ!?」
クーガンは吹っ飛ばされ、近くの木に激突、情けない呻き声をあげた。それを見たミーナは、ふん、と鼻をならしてクーガンに言った。
「何度いっているかわかりませんけど、シェイミに性別は――ありませんっ!」
★
「くくく……久しぶりだな」
黒い謎のポケモンは、不気味な眼光を称えながら空中から僕らを見下ろしていた。
「……」
シャナさんを取り巻く気配が一瞬にして極限の緊張に変わる。 そして、その黒いポケモン下に横たわっていたのは……!
「ア、アリシアさんっ……!」
目をそらしたくなるような傷をいくつも負い、ぐったりと横たわるアリシアさんの姿が……!
「アリシアさん!」
僕は目の前に敵がいるのも忘れてアリシアさんに駆け寄った。
「ア、アリシアさん! 大丈夫ですか!?」
返事がない、気を失ってる……? にしては、異常なほどぐったりしている!
「……お前」
シャナさんは鋭くポケモンをにらんだ。
「何をした……!?」
そううめくように言ったシャナさんの声は、今までにないぐらい低く、怒りをたたえていた。 しかし、そんなシャナさんを見ても、黒いポケモンはなんの態度の変化も見せなかった。
「別に何も? ただ私は、そこのクレセリアが後に我々の邪魔をすると見越して、消そうとしたまでだよ」
「消そうとした、だと……? あの時、俺たちの町を襲い、カイを攻撃した時のようにか……!?」
「そうする事に何か問題でもあるかな?」
「……」
シャナさんは、黒いポケモンの言葉を受け、強く拳を握った。それと同時に、その手首から炎が吹き出す。
「カイ……下がってろ」
ビクッ!
い、今のって……シャナさんの声……? なんて威圧感……!
「やるのかな、私と?」
黒いポケモンは、そういったと同時に片手を挙げた。すると……?
アリシアさんと僕の体が浮き上がって、頂の隅に飛ばされた。
うわっ!
……今のは、“サイコキネシス”! 邪魔者は端にいろってことか……。
「くく、そこまでやる気なら、相手にしてやらないこともない。なにせ、相手はあの“爆炎”だからね」
「お前だけは、容赦しない……!」
「ふん、疑問だね。どうして見ず知らずのポケモンのためにそこまで怒れるのか……」
「自分の都合で命を消すなど……許せるはずがない!」
「ふーん……君はお人好しか、意外だね」
「これ以上お前と話をするつもりはない!」
「そうかい」
黒いポケモンは興味無さそうにそう言うと、白い髪に隠れた青白い眼光を光らせた。
「……来なよ」