第十七話 頂上へ
――空のいただきの頂上に向かう僕たちの前にいきなり現れた“イーブル”の幹部・クーガンとバソン。正直どちらも強そうで僕は終始びくついてたんだけど、ミーナさんが僕たちに先に行けと促してきて……?
★
「皆さん、ここは私に任せて行ってください!」
ミーナさんが幹部二人の正面に立って僕たちに叫んだ。
「いや、しかし……!」
シャナさんはどうにも言う通りにできかねない様子で微妙な叫びをあげる。
「大丈夫! ここからは案内役(ガイド)がいなくても頂上にたどり着けるはずです!」
「そういうことじゃない! ミーナさん、相手は“イーブル”幹部、しかも二匹だ!」
シャナさんがそう言うと、なんとミーナさんは僕たちに背を向けたまま――ふっ、と笑った。
「……シャナさんは優しいんですね。……お客さんを心配させては案内役(ガイド)の名がすたります! 必ず後を追いますから! さあ、行って!」
「……」
シャナさんは一瞬苦渋に満ちた表情をしたが、やがて決心がついた様子で……。
「……わかった。行くぞ!」
シャナさんは僕とスバルを促した。僕は息を整えて、走り出すシャナさんの後を追う。が、なぜかスバルは……そこから動かなかった。
「スバル! 何してる!?」
「師匠……」
スバルは黒い瞳に強い光をたたえて言った。
「私……残る!!」
「な……!」
シャナさんと僕は驚いたのなんのって!
「いったい何言ってる!? 来るんだスバル!」
「だって! 相手は二匹でしょ!? ミーナさんを置いてなんかいけない!」
「スバルさん……」
ミーナさんは嬉しいような、驚いたような声を漏らした。しかし、師匠であるシャナさんは……。
「ふざけるな!」
……やっぱり許すはずがなかった。
「相手は“イーブル”の幹部だと言ってるだろう!? お前の敵う相手じゃない!」
しかし、スバルはシャナさんの叫びを受けても怯まなかった。
「でも! 私にも、足止めぐらいはできる! 合流したときは、必ず無事でいますから……大丈夫です、行ってください!」
「スバル!!」
「行って!」
「ふん! 行かせねぇよッ!」
と、師弟の間の会話に、空気の読めないスカタンクのクーガンが、シャナさんの方に突進してきた。が、スバルはそれにすぐさま反応して“十万ボルト”を放つ。
「うおっ!?」
びりびりとクーガンは電撃を受け一瞬怯んだ。
「さあ……行ってください!」
ミーナさんも叫ぶ。シャナさんはそれで決心がついたようだ。
「……二人とも、無事でいてくれ!」
シャナさんはそう言って再び走り出した。僕も心のなかで叫ぶ。二人とも、無理しないでね!!
「――行くぞ!」
★
「おいおいおいおい! 二匹逃がしちまったじゃねぇか!」
クーガンが私たちのほうを見て恨めしげに見つめながら、ドスを効かせて言う。
「わかってるだろうな!? メスだからって容赦しねぇぞ!!」
クーガンがそういうと、ミーナさんはげんなりした様子で小さくつぶやいた。
「シェイミに性別はなんですけどね……」
「え……?」
私は耳をぴくぴくさせた。え、シェイミって性別無いの? そんな私の疑問をよそに、ミーナさんはぶつぶつと何かを言い始めた。
――まったく、よく勘違いされるんですけど、いい迷惑ですよね。性別無いのにミーナちゃんミーナちゃんって、失礼にもほどがありますよ。このクーガンもメスをバカにしたような言い方で、私にもスバルさんにも失礼ですよね。あのスカタンクむかついてきました。無性のポケモンに、“ちゃん”とか“君”とかつけたら失礼に当たるって知らないんですか?まったく。スバルさんや、シャナさんとカイ君みたいに“さん”付けしてくれるの嬉しいんですけど――。
あ、あのー……。ミーナさん? なんか怒りのオーラとか出てますけど……?
「うおい!! 俺の話し聞いてんのかぁ!?」
クーガンが自分にかまってもらえずムキになって叫んだ。あ、こいつの存在を忘れていた。
「じょ、上等だよ! 今は男女平等の時代だから!!?」
私は、話の相手をしてくれない“イーブル”幹部のために、適当にそう答えておいた。でも、本当は“イーブル”を相手にするのはやっぱり怖い……。
そこに、さっきまで独り言をしていたミーナさんが、私に寄り添ってきた。
「……ありがとう、スバルさん。正直、「行って」なんてことを言ったけど、二匹も相手にするのはどうしようかと考えてました」
「ミーナさん」
うん、そうだ。私は今一人で戦うんじゃないんだ。ミーナさんがいれば大丈夫。
一方、クーガンのほうは、二人を逃がしてしまったことが(あと、話を無視したことも)相当頭にきたらしくぎりぎりと歯軋りをして叫んだ。
「おい、バソン!! この生意気な嬢ちゃん二匹に一発お見舞いしてやれッ!」
「お嬢……!?」
「えぇえええ!? いぃのぉおおおお!?」
ミーナさんの抗議の声の上に、バクオングのものすごい音量が重なった。いちいちうるさいなぁ。 でも、相手はあの“イーブル”の幹部! そのポケモンの一発……何が来るの……!?
「きますよ!」
ミーナさんもいつでも動けるように身構える。
――しかし、私は思い知らされた。このバクオングの前では、どんな準備も身構えも無意味だということに――。
「いっっくぞぉおおおお!」
バクオングは大口を開ける。そして……?
「ハァアイプワァアアアアアア――ブォイィイイイイイスッッ!!」
「なっ……!!」
グァン、グァン!!
空気がものすごい振動で伝わる!! そして……!
――……ィイイイイイイインン!!
な、なにッ!? み、耳がッ……!? 私はあわてて耳をふさごうとしたが……!
「う、わぁあああッ!!」
――プツン。
意識が……途切れた――。
★
そろそろ頂上に着く頃かな? 僕たちは、頂上に行ったはずのアリシアさんを追って、空の頂を上り続ける。
毎度のことだけど、僕のはいは爆発寸前、足のほうもガクガクしている……!
相変わらず少し先を行くシャナさんは、息ひとつ乱していない。しかし、僕はそんなシャナさんにふらつきつつも、しっかりとついて行っているつもりだった。無論、僕の体力が上がったとかじゃなくて、僕がかなり無理をして走っているだけのこと。う……目の前がチカチカする……!!
「もうすぐ頂上だ。急ぐぞ!」
シャナさんは鋭く叫んだ。今度ばかりは状況が状況なので僕を心配するようなことは言わない。僕にとってはむしろそれがありがたい。僕のせいで、シャナさんの足を引っ張りたくないから……。
「頂上に出るぞ!」
シャナさんの声に、僕は前のほうを見た。……最後の道のりを抜け、茂みの向こうが開けてくる……!!
そして、僕らは二人で頂上についた――。
「――来たね。ずいぶんと遅いご登場じゃないか……」
頂上についた途端、僕たちの前に響いた声。僕とシャナさんは、目の前にたたずむ声の“主”に、目を見開いた。
「……お前は……!?」
★
――ィイイイイインン……。
はっ!
私は、変な耳鳴りを頭に残したまま目を覚ました。慌てて周りを見渡す。すると、私のすぐ近くでミーナさんが必死に私に何かを語りかけているのが口の動きで見えた。だけど……。
――ィイイイイインン……。
さっきからこの耳鳴りのせいで私の目の前に広がっている景色から聞こえるはずの“音”が、何も聞こえない。それに、妙に頭が痛い。ガンガンする。
何!? いったい何が起きてるの!? 私の身に……?
「……さ……、だ……!?」
ちょつとずつ耳鳴りが遠ざかって、外の世界の“音”が戻ってきた。
「スバルさんッ! 大丈夫ですか!?」
「え……あ……」
まだ頭のなかがぐぁんぐぁんとなって、目が回る……。
「な、何が起こって……?」
「バクオングの技です! もろに受けて、気絶を……!」
「がーーーっはっはっはっ!」
クーガンがミーナさんを遮り、大声で嘲笑うような声をあげた。その瞬間、私の頭がキィンと響いた。もう! 叫ばないでよ!
「まさか、一発食らっただけで気絶する奴がいるとはなぁ! はっはっはっ!」
「いったい、何をしたのよ!」
ミーナさんが叫ぶ。彼女も、私まではいかないがダメージを負っているようだ。
「したもなにも、こいつはただ“ハイパーボイス”を放っただけだぜぇ? ただ、こいつの音量が破壊的なおかげでちょーっと耳のいいやつは、鼓膜が破れたり、今みたいに気絶したりするんだよっ!」
「そぉおおおだよぉおおおお!」
ィイイン!
うわっ! もうやめてよ! 頭が割れる……!
「こんなのをいっぺんに相手してたらまずいですね……」
ミーナさんは切実な声で呟く。どうしよう……? 私、自分で残るって言ったクセにさっそくミーナさんの足を引っ張ってるじゃない……!
「ふん、俺たちを相手にしたのが運の尽きなんだよ、嬢ちゃん方!」
「……嬢ちゃん……!?」
ミーナさんの声音が一瞬にして変わった。そして……?
プチッ!
「だぁかぁらぁ……私は性別不明なんですって……! もう許しません……!」
う……? 何だかミーナさんの様子が……?
「スバルさん、私があのスカタンクをボコ……引き付けますから、バクオングをお願いできますか?」
「え……」
私がバソンを!? 無理無理無理!
「じゃ、お願いしますね!」
「ま、待って……」
「ちょっと! そこのスカタンクさんッ!」
ミーナさんは私が抗議の声をあげようとした瞬間、私の耳元で叫んだ。
キィイン!
うわ!
「あなた、さっきからバソンさんしか攻撃してないじゃないですか! もしかして……弱くて技が出せないんですか?」
「なっ……!」
ピキッ!
ミーナさんの挑発にクーガンの血管が限界まで浮き出る。
「自分が弱いのを隠すためにバソンさんの力を自分の力みたいに! それじゃあ、“ウインディの威を借るキュウコン”ですね!」
うわぁ……! 全国のウインディとキュウコンの皆さん、すいません!
「一匹じゃなにもできないんですか!?」
ブチッ!
「あぁあああああ!? じょおううう等じゃねぇええかぁあてめぇえええ!!」
ミーナさんのとどめの言葉がクーガンの何かに触れてしまった……!
「ごらぁ! 表出ろやてめぇええ! サシで勝負してやらぁああああああ!!」
「お、ひっかかった!」
ミーナさんは小声で言った。そして、森の方へ走り出す。
「こっちまで来てください! サシで勝負しましょう!」
「待てやぁああああ!」
クーガンは、ミーナさんを全速力で追いかけた。だんだんと姿が小さくなっていく。
「……」
私はその様子を呆然と眺めていた。取り残されたのは、私とバソン、二人のみ。バソンのほうは、私のほうを眺めて叫んだ。
「おぉおおらのあいてはぁあああ、おまえかぁあああいぃいいいい!?」
★
「……お前は……!」
シャナさんが語尾を震わせて叫んだ。空の頂の頂上で待ち受けていたのは――。
「くくく……。ひさしぶりだね……」
青い目を光らせ不気味に笑う、黒い謎のポケモンだった――。