第十五話 謎の病、謎の声
――僕のせいで半ば強引に里を追い出されてしまった僕ら。でも、なんだかそれには理由があるようで……?
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「謎の病は、ここ数ヵ月の間に急に流行り出したものです」
ミーナさんは静かに語り出した。
「シェイミたちが、こう……何て言ったらいいんだろう……魂を抜かれたみたいにぼうっとして、動かなくなってしまったんです」
「動かなくなった……?」
シャナさん始め僕らの顔が険しくなる。僕も、なんか心当たりが……。
「ひとつ聞きたい。その……“病”にかかった奴から……黒い、なにかが出てなかったか?」
シャナさんが、(過去に経験した事もあってか)苦々しく聞いた。すると……
「……なぜわかったんですか……?」
ミーナさんはマメパトが豆鉄砲食らったような顔をした。僕らは顔を見合わせる。そして同時に……。
「「「ナイトメアダーク……!?」」」
シャナさんは語尾を上げて、僕は呟くように、スバルは完全に断言した様子でハモった。出た……。いつかの“イーブル”の余波が……!
「え……え? 皆さん心当たりが……?」
ミーナさんは心底驚いたようすだった。それもそのはずだ。あっちが“謎の病”と言っているぐらいなのだから、NDは彼らにとって未知の存在だったに違いない。
しかし、NDは各地で起こっていて名前もそれなりに知れ渡っている。なのに彼らが知らないと言うことは、この里の世間へのうと……ゴホン、ここが隠れ里だと言うことを改めて思い知らされる。まあ、世間知らずな僕が言えた義理じゃないんだけどさ。
「あの病についてなにか知っているんですか!?」
ミーナさんはずいっとこちらに詰め寄った。
「ミーナさん、残念ながら病ではないんだあれは……」
シャナさんはNDについて細部にわたって説明した。シャナさん自身が実際にそれに陥っていたのを言わないのは、彼のささやかなプライドか。
「と、いうわけで……本当なら、里だけでどうにかなる問題じゃないんだ、この“病”は」
「でも、長老さんは、あれを里が引き起こした病だと思ってるんでしょ?」
スバルが攻撃的に言う。たしかに、これがシャナさんが言うところの“ちゃんとした理由”だろう。
「今回ばかりは、余所者を受け付けないのが仇になっているな」
「わ、私……長老様にいまのこと言わなきゃ……!!」
「無駄だと思う。一度追い出された俺らのいったことなんか、あの人が信じるとも思えない」
「ねぇ、私達これからどうするんですかぁ?」
三人が立て続けに声をあげた。これは、話がいよいよこんがらがってきているなぁ……。
『―――……!』
ん?
今のは……。
なにか聞こえた……? 前にもあったような……。
僕は三人が騒がしくしているなかで、一人耳をすませた。
『――た……い……!』
聞こえた……。声だ! 声が聞こえる! なんだろう、うまく聞き取れない……。
「みんな静かにッ!」
僕は叫んだ。三人は、僕のいきなりの声に水を打ったように静まった。
「な、なに……カイ……?」
スバルが聞いてくるけど、今はそんなどころじゃない。
『――……け……さ……!』
うーん……。
「こっちだ!」
僕は声がする方に向かって走り出した。
「ちょ、ちょっとカイッ!?」
★
僕は、さとの入り口から山脈の麓らへんまで一気に走ったから、行きも切れ切れで深呼吸するのも一苦労だ。……走るんじゃなかった。と、その時。
『助けて下さい!』
聞こえた!
今度は完全に聞き取れる。助けて……って、何をすればいいの?
「どこにいるの!?」
『山の麓です!』
「山の……?」
ここって、周囲が山なんだけど……やっぱり、空のいただきのことをいっているのかな?
僕は再び走り出した。ぜぇぜぇ言ってるけど、助けを求めてるポケモンに比べたら、これぐらいは……!
『ここから“空の頂”』と書かれた看板の前を通りすぎると、そこはうっすらと生い茂った森が山の入り口をぽっかりと開けていた。中は薄暗い。
「ここにはいるの……?」
いまさらだけど、ここ怖いんですけど……。
『近いですよ! そこに入って、えっと……右にいってください!』
「……獣道ですけど?」
『お願いします! 厳しいでしょうけど!』
走っただけで息切れする僕を殺す気かい……?
「……もう!」
僕は自分の体にムチを打って走り出した。そう言えば、スバルたちがついてきてないけど、ま、いいや。
「君は……君は誰なの?」
『えっと……今説明しなくてはなりませんか?』
「そ、そうですよね……」
獣道を掻き分けて、僕は森の中を進む。ときどき枝に引っ掛かったりしたけど、そこは無視する。
と、木が伸び放題になっている獣道のなか、急に視界が開けた。いや、開けたというよりは、木々が強引に何かでなぎ倒されたせいで視界が開けた、というのが正確かな? 何かの技を受けてボッキボキに折れた感がある。
「すみません、ここです!」
と、僕のなかで鳴り響いていた声が、今度は肉声で僕の耳に届いた。
「どこ!?」
僕はなぎ倒された木々の間をぬって声を張り上げた。
「ここです!」
「……あっ!」
見つけた! 倒れた木々がいくつも重なっている場所に……下敷きになっているポケモンが!
「え、ち、ちょ、大丈夫……ですか!?」
ポケモンさんは、ピンクと黄色のツートンカラーで、頭が三日月形。羽のようなベールをまとっていて……なぜか木々の下敷きになっていた!
「や、やっと助けが来てくれました……!お願いします、どうにかこの木々をどかしてくれないでしょうか?」
「え、えぇ!?」
この木を? 僕が!?む、無理だよそんなの……!
「カイー!!」
遠くから響いた声が、だんだんと近づいてくる……スバルだ!!
「おーい! こっち! 大変なんだよ!」
★
「うわ! あなた、だれ? ……ていうか大丈夫!?」
ながわからないポケモンの前に追い付いたスバルたち。
「とにかく、まずはこの木をどけた方がいいですね」
ミーナさんは、切羽詰まった声と落ち着いた声の真ん中ぐらいの声を出した。でも……この大きな木の重なりをどうやって取り除くのだろうか? 正直、僕の力ではろくに役に立ちそうにない。
「ここは俺が」
と、シャナさんが一歩前に出た。おお! ここは師匠の出番ですねっ!
「下がっててくれ」
僕ら三人に言う。シャナさん、何をする気なんだろう……?
「なるべく当てないようにするが、当たったらすまない」
シャナさんはポケモンさんを見ながらいう。ポケモンさんは痛そうな顔に、ちょっと不安をプラスしたような顔になった。
「は、はい……」
「いくぞ」
シャナさんは、そう宣言したあと、技を出す構えをとる。そして……。
「“炎のパンチ”!」
重なった木々のうちの、一番でかい一つに、シャナさんは拳を打ち込んだ。
ドォン! バキバキッ!
木がものすごい音をたてて、ミシミシと折れた。そのすきに、ポケモンさんはすぽっと木々から抜け出した。
「すんごい威力……」
スバルが目を見開いて驚いたけど、僕もおんなじ表情だったと思う。抜け出したほうのポケモンさんはというと、ヨロヨロと浮かび上がった。え、空飛べたの!?
「あ、ありがとうございます。おかげで助かりました」
ポケモンさんは、ところどころ傷だらけだ。
「大丈夫……?」
「ええ、自力で回復できます。“月の光”」
すると、ポケモンさんの体がやさしい光に包まれた。そして、体の傷が瞬く間にいえてくる。すごい……!!
★
ポケモンさんの回復が終わったところで、スバルは不安げにポケモンさんに聞いた。
「あなたは誰? どうしてこんなところで木の下敷きになっちゃってたの?」
「……私はクレセリアという種族のポケモン……名はアリシアと申します」
クレセリア……綺麗なポケモンだなぁ……。
「私は、あるものを探しにこの山の頂上へ行こうとしていたのですが……」
「空のいただきの頂上!? 案内役(ガイド)もつけないでどうしてそんなところへ……?」
ミーナさんが我が目を疑うような口調でアリシアさんに言った。自称案内役(ガイド)のミーナさんが言うんだから、空のいただきは結構な山らしい。
「え、が、ガイド? すみません、そういうことをあまり知らなくて……。早くあそこの頂上に行かなければ……と思っていたのでそれで、入り口から入ったらここでトラブルに遭いまして……」
「トラブル?」
何があったんだろう、アリシアさんに……?
「複数のポケモンに襲撃を受けまして……木をなぎ倒して私の動きを封じられてしまったので、あなた方に助けを求めた、というわけです」
なるほど……。うん? でも、アリシアさんはどうやって僕に頭に響くような声を届けたのかな?
すると、僕の表情からをれを察したアリシアさんは言う。
「ああ、あの声のことですね?あれはテレパシーです」
テレパシー!?
「ええ、失礼とは思いましたけど……何しろ一刻を争うもので、テレパシーであなたに助けを求めました」
「どうして僕だったの?」
正直、助けを求める相手を間違ってると思うんだけど。
「あなたはほかのポケモンより感性が鋭いので……。私も弱っていたので、そういうポケモンにしかテレパシーを送れなかったのです」
「うそ、僕の感性が鋭い!? まさか、“波導”も読み取れないのに!?」
まさか、何かの偶然で僕にテレパシーが通じただけだ!
「とにかく、助けてくれてありがとうございます! 先を急いでおりますので失礼します。お礼はまた後ほど!」
「えぇ!? ちょっと、一人で行くんですか? 空の頂を!?」
ミーナさんはあわてて叫んだ。アリシアさんはすでに立っている木の背丈ほど浮かび上がっている。
「すみません! でも、早くしないと……!」
アリシアさんはあせりながら僕たちにとって衝撃的な一言を放った。
「――ポケモンたちを、“イーブル”のナイトメアダークから救えなくなります!!」
「な……!!」
アリシアさんは僕たちの驚きをよそに、高速で飛んでいってしまった。
「え、ちょっと待って! アリシアさーーん!!」
いっちゃった……!!
「ねぇ、どうしよう!! イーブルだって!」
スバルがあせって僕に言った。それに、“ナイトメアダーク”のことを……?
「とにかく、追ったほうがよさそうだな」
シャナさんは、すでにそういっているそばから獣道から出ようとしている。ミーナさんもそれに続いた。
「では、私が案内します!! 行きましょう――空の頂へ!!」