第十四話 隠れ里のミーナ
――僕らは胡散臭……いや、親切なローゼさんの案内で、彼が見つけたと言う里に案内してもらった。でも、本当に里なんてあるかなぁ……。
★
僕らはローゼさんと別れたあと、道に沿って歩き出す。彼が言うにはこの道の先にアーチがあると言うが……?
「ねぇ、もしかして……あれのこと?」
そう声をあげたのはスバルだった。僕らが彼女の視線の先をおうと、確かに前方にきでできたアーチが。その周囲は視界が晴れて、草花が咲き誇った原っぱのようになっている。
「確かにあったな……里が」
シャナさんは、一応里があったことに安心した様子であった。良かった……! これで恐らく迂回は免れる……!
僕らはアーチの目の前まで行ってみた。アーチの向こう側にポケモンの姿は見当たらない。
「……静かだね……」
スバルはそう呟いたのと同時に、耳をピンッ、と張った。彼女はまだ警戒を解いていない。たしかに、里は静かすぎる気配に包まれていた。もしかして……誰もいないのかな?
「ああ……静かだ」
ついにシャナさんまでもが警戒して手首から炎をだし戦闘体勢に入った。ローゼさんが案内した里……やはりここもどこか胡散臭い?
僕らの緊張が最高潮に達しようとした、その時。
「――あれ? お客さんですか?」
「ん?」
「へ?」
「え?」
僕ら三人は同時に声をあげた。いきなり綺麗な声が、僕らのすぐ近くで聞こえたからだ。僕らはキョロキョロと、声をしたほうを探ってみるが、姿が見当たらない。いったい、どこから声が?
「ふふ、ここですよ! 下、下!」
今度は、シャナさんの足元で声がした。僕ら三人は、恐る恐る下をみてみる。すると……!
「ようこそ! 私達の里へ!!」
……花束が……しゃべった?
僕たちの前に現れたのは背中に草のような体毛をしていて、そこにいくつも綺麗なピンクの花を咲かせている小さいポケモンだった。さっきも言ったけど、体がかごの中に入った花束のようだ。だから声がしても気づかなかったんだ……。草原にうまく隠れてしまっていたから。
「はじめまして! 私はミーナ、シェイミという種族のポケモンです!」
ミーナと名乗ったシェイミさんは綺麗で澄んだ声で僕らに言った。
「私達の里に来てくれてどうもありがとうございます! ここはどういったご用件で?」
「……あ……」
肩透かしをくらってしばらく無言でいたシャナさんは、ミーナさん(年上だよね?)のその言葉で我に帰る。
「俺たちはトレジャータウンに向かってるんだが、その道で土砂崩れがあるという情報で……。どうにかこの里のポケモンたちに協力してもらって土砂崩れを取り払ってくれないだろうか?」
「ああ、そういったことなら喜んで! さあ、中へどうぞ」
ミーナさんは小さい体をちょこちょこと動かして、アーチをくぐっていった。僕たち三人は顔を見合わせて、同じくアーチをくぐるのだった。と、その時。
『――――……!』
ん?
今、何か聞こえなかった? 僕は立ち止まって耳をすました。しかし、なにも聞こえない。
……うーん、気のせいかな?
「どうしたの? カイ、早く!」
「え? あ……はい」
気のせいか。うん、僕も神経が過敏になってるかも。
★
「うわー! みんなシェイミだ!」
里の中に入ったスバルは、開口一番そう声をあげた。それも無理はない。すれ違うのも、前方を歩くのも、僕たちを見る眼差しも……ぜーんぶシェイミ。シェイミ以外のポケモンはいない。
「ここは、シェイミの里と言って、私達が住む隠れ里のようなところです。改めて、私はミーナ。ここの案内役をしています」
「ここ……観光地なの?」
僕は率直な疑問をぶつけた。今本人の口から『隠れ里』って聞いたんだけど。
すると、ミーナさんは苦笑い。
「あはは……そうです、ここは観光地じゃないんです。私も自称案内役で……。でも、ここには良いものがいっぱいあるんですよ?」
そしてミーナさんは顔をあげて山脈を見た。
「あの山脈の一番高い峰があるでしょう? あれは『空の頂』という山で、景色が山の高さによって七変化するので、観光にはうってつけなんです」
残念だけど、僕は遠慮したい。あんな高い山。
「名産もあるんです。『空の贈り物』って言うんですけど」
「空の贈り物?」
これにはスバルが反応する。
「ええ、空の頂を上っていくと拾えるものなんですけど、空の贈り物は、開けるまで中身が何が出てくるかわからないんです」
「へぇ、そんな不思議なものが拾えるんですね……」
「そして、ここからが面白いんですけど、その空の贈り物は、自分で開けても中身が空なんです」
「え?」
中身が……空?
「でも、空の贈り物を相手に渡したり、送ったりして受け取ったポケモンが中を開けると……中身が入ってる、という訳なんです」
「なるほど。だから『贈り物』ってわけか」
シャナさんが納得したところで、ミーナさんの語気が上がる。
「そう! この里にはこんなに魅力的なものたちがあるんですから、もっと他の地域にアピールしていかなきゃ! 私はいつかここを観光地にするのが夢なんです! その時は私も本当の案内役を名乗れますし……」
なんだか、夢を語るときのミーナさんが一番キラキラ輝いているような気がする……。
「そのためにも、まずは……」
「ミーナ!」
ビクッ!!
いきなりミーナさんを遮った強い叫び声に、僕ら四匹は動きを止めた。特に僕とミーナさんは肩を一瞬振るわせる。
え? ミーナさんはわかるけど、何で僕がビクついたのかって?
僕らが声のしたほうを見てみると、なにやら普通のシェイミよりも背中の草が茶色がかっていて顔にシワがよった――つまりお年を召したシェイミがこちらを睨み……ゴホンっ、見つめていた。
「ちょ、長老様……!」
ミーナさんは、さっきのキラキラした勢いはどこへやら、完全に萎縮してしまっている。
「なにをやっているんだ、こんな状況で!また案内役とやらの真似事か!?」
む……。
「あ、あの、この人たちは……!」
「いいから、ちょっと来なさい」
説明しようとするミーナさんを、長老さんは強引に引っ張った。その時のミーナさんの表情といったら、言葉に表せない。
「……こりゃ、ここを観光地にするには問題が山積みだな……」
長老さんたちが完全に去ったあと、シャナさんが腕を組んで皮肉った。……と、スバルがさっきのミーナさんたちが去っていった方に向かって歩き出した。
「ちょっ、ちょっとスバル?」
「長老さんたち、あそこの茂みにいるよ? 気配がする」
「いや、そういうことを聞いてるんじゃなくてね……って!」
僕がそういっているそばから、スバルはミーナさんたちがいるらしい茂みの影にぴったりと張り付く。
「……なにやってるの?」
「みてわからない?」
いや、それぐらいわかるよ?君が何をしようとしているかぐらい。
「盗み聞きはよくないと思うけどね」
「人聞きが悪いなぁ、私は地獄耳だから、この距離だと勝手に話が聞こえてきちゃうんだよ」
何て便利な地獄耳なんだ……。
「それとも、二人は地獄耳じゃないの?」
「「……」」
僕とシャナさんは顔を見合わせた。そして……。 僕らも都合良く地獄耳になることにした。
僕らは茂みの影に、上からシャナさん、スバル、僕、という順番でひょこっと茂みの向こうを覗いた。そこでは、ミーナさんと長老さんがしゃべっている。
「ミーナ、いったい何をやっているんだ。よそのポケモンを連れ込むなど!」
「で、でも……あの人たちは困っていて……」
「困っているのはこっちの方だ! ただでさえ謎の病が流行ってるというのに!」
「「「謎の病?」」」
僕ら三人は小声でハモった。なんだそりゃ?
「で、でも! どんな状況であれ私達の里に来てくれたことに対する感謝を忘れてはいけないと思うんです! 私達、感謝ポケモンでしょう!?」
「またそれか! もう聞き飽きたよ、ミーナ!」
長老さんはうんざりしたように言う。
「いつまでそんな叶わない夢を見てるんだ? ここは誰にも見つからない隠れ里だ。先祖が昔から守ってきた里を、今さら観光地になんて出来ない! ミーナ……もう諦めるんだ」
「え……そ……」
「そんなぁ!」
沈黙――。
僕たちの間に気まずい空気が流れた。何故か? それは……。
「何をしているのですか?」
そう……僕が思わず「そんなぁ!」と叫んでしまっていたからである。しかし、僕は、自分がやったことに自分で驚きながらも、後悔はしていなかった。
「最初から夢を諦めるなんて、もったいない! 夢が叶うかどうかは夢を見ている間じゃわかりません! 実践してみてこその夢なんです! 失礼かもしれないけど、長老さんは夢を実践しようとしているミーナさんをそんな風に言うなんて、間違ってると思います!」
「……あちゃー……」
スバルが僕の後ろで頭を抱えた。でも、言ってしまったものは仕方がない。……ものすごく声が震えてたけどね……。
「カイさん……!」
ミーナさんは僕を見て小さく目を輝かせた。でも……この人はやはり黙っていない。
「言いたいことはわかったが、これはワシらの里の問題なのです。余所者のあなたに口を出されては困ります」
そう言って、長老さんは僕を睨んだ。う、怖い……。
「ミーナ、この人たちにはお引き取り願うんだ。出口まで案内して」
「……」
「ミーナ」
「は、はい……」
「えぇ!? ちょっと、土砂崩れの件は……」
スバルが抗議しようとするのを、シャナさんがやんわりと遮った。
「いや、スバル……ここは大人しく従おう」
「し、師匠……!」
シャナさんに言われてしぶしぶ歩き出したスバルの表情は、もちろん不満げだった。
★
「師匠、なんで止めたんですかぁ!?」
長老さんから離れた瞬間、スバルがそういった。すると、シャナさんは何を言っているんだ、という顔をした。
「啖呵を切ったのはこっちのほうなんだぞ? あそこで突っ張ってこっちに勝ち目なんかあるもんか!」
う……すいません……。
「でも、カイの言ってることは本当じゃない? ……それにしても、まさかあそこであんなことを言うなんて、おどろいたよ、見直した!」
スバルは、落ち込んでいる僕に向かってうれしそうなまなざしを送った。僕のほうは今絶賛後悔中なんだけどね……。
「あの……カイさん、ありがとうございます」
ミーナさんが僕に向かって言った。その表情は、感謝と、羨望のまなざしで埋め尽くされている。う……こんな表情をされると、僕がやったことも無駄ではなかったような……?
「あそこでまさかあんなことを言ってくれるとは思っていませんでした。本当にうれしいです。でも、長老様があなたたちを追い返してしまったのには、私からお詫びします。すいません……」
「い、いや……ミーナさんが謝ることじゃないよ……」
「そうだよ、悪いのは長老さんだよ!」
スバルは頬を膨らませた。そう、この里にはミーナさんの夢をかなえるだけの条件がそろっている。空のいただきといい、空の贈り物といい……。
しかし、これにはシャナさんが真剣な顔でこう言った。
「長老さんがよそ者を入れることを拒んでいるのは、ちゃんとした理由があるんだろう? ミーナさん」
「ええ……」
ミーナさんの表情が翳る。そうか……。長老さんがポロッとこぼしたあの単語……。
「“謎の病”について、詳しく聞かせてくれないか?」
シャナさんは今までにない真剣な声とまなざしでミーナさんに言った。おそらく”あのこと”を懸念しているに違いない。
ミーナさんも、シャナさんのただならぬ雰囲気に何かを感じたのか、神妙にうなずいた。
「……はい」