第十三話 流浪ポケモン
――いきなり僕たちの前に現れた大食いで超方向音痴のローゼさん。しかし、彼の“調べもの”は、なんと……!?
★
「わたくしは、“人間”、について調べていましてね」
「え――」
……声をあげたのは……スバルだった。
そうか、スバルは元人間だ! 今まですっかり忘れてたけど……。
僕は、チラッと目だけでスバルの方を見てみる。
彼女は、驚きと嬉しさ――そして何故か、何かを恐れるような表情……。いくつかの表情がごっちゃになっていた。
僕は密かにその表情がシャナさんとローゼさんに気づかれていないかハラハラした。スバルが元人間なのは、たしか僕しか知らないはずだ。スバルがこの前、僕にしか明かしていないといっていたから……。
が、その心配はないようだった。シャナさんは「ニンゲン?」と、首をかしげながら言ったのに対して、ローゼさんが「ええ」と答えていて、スバルには目を向けてなかったからだ。
そして、僕がもう一度スバルの方を向いてみると、さっきまであんな表情をしていたスバルが、すでに普段通りの表情に戻っていた。どうやら、自分の心情を悟られまいと取り繕っているみたいだ。
スバルは、ローゼさんのその言葉に何を感じたんだろう……?耳をぴくぴく動かしてたから、自分の耳を疑ってたのはたしかだけど……。
そして、スバルは……。
「へ、へぇ……私は興味あるけどなぁ、“人間”のこと」
と、言った。
するとローゼさんは、そんなことを言われたのは初めてらしく、目をキラキラさせてスバルを見た。確かに、ニンゲンに興味を持つポケモンは、ものすごーく、めんずらしいね……。
「本当ですか、スバルさん!! いやはや、あなたとは話が合いそうですねぇ!」
「は、はぁ……」
スバルはローゼさんの気迫(?) に一歩後ずさった。スバル……。さすがにそこまで大げさに後ずさりしなくても良かったんじゃない? 胡散臭いのは認めるけど……。
と、スバルが一歩後ずさったのすら気づかなかったローゼさんが僕ら三人を見渡して言う。
「ところで、あなたたちはどちらへ向かっているんですか?」
これにはシャナさんが答える。
「この山脈に先にあるトレジャータウンのギルドへ向かっている」
「と、言いますと山脈に沿うルートですか?」
「あ、ああ……」
何でローゼさんはそんなことを聞くんだろう……?あ、山脈って言うのは今僕たちがいる場所のすぐとなりにそびえる高い山々のこと。……スバルが言うには、町から一番近い谷もあの山脈にあるらしい……。
するとローゼさんは、どこか大袈裟に悲痛な表情をして叫ぶ。
「それはいけません。たしかギルドへいく道の途中で土砂崩れがあったはずです。恐らく通れないかと……」
「土砂崩れ?」
えぇえ!? それじゃあ……このままではギルドへいけない、もしくは迂回することになる……つまり歩く距離が増えるじゃないかぁ!!
「まずいな……」
どうやらシャナさんも僕が考えていたものと同じ方程式を導き出してしまったらしい。今の僕からすれば、歩く距離が増えると言うのは致命的だ。
「迂回ルートを行った方がいいとわたくしは思いますがね」
もちろん、ローゼさんはそんな僕の事情など知るよしもないはずで、そう言うのは当然だ。
「迂回ルート、ねぇ……」
「おや、何か不都合でもあるんですか?」
シャナさんの歯切れが悪い反応に、ローゼさんは首をかしげた。まあ、普通ならそうだよね。僕ら三人が言いにくそうにしていると、ローゼさんはうっすらとその雰囲気を汲み取ってくれたのか、こう言った。
「ほう、ならばこの近くの里に行って、崩れた土砂を取り払ってもらえるように頼んでみたらどうです?
「「「里?」」」
僕ら三人の声が重なった。近くに里があるなんて知らなかった。
「里……なんてあったか?」
「ええ、ありましたよ? わたくしが道に迷ったときに偶然発見したんです、ええ。」
なんて便利な方向音痴だ……。
「なんなら、恵んでもらったお礼にわたくしがその里まで案内しましょうか?」
「え……」
このローゼさんの発言にはスバルが反応した。
「ローゼさんの道案内を受けたら一生たどり着けなさそうだけど?」
「ス、スバル……!」
それはいくらなんでも言い過ぎだよ……!
「でも、この人についていって私たちまで迷ったら嫌じゃない?」
スバルは小声で僕に言った。ずいぶんと棘を含んだ言い方だ。誰とでもざっくばらんにしゃべるスバルが珍しい……。
……まさか、警戒している? ローゼさんを?
なんで? ニンゲンについて調べてるから? でも、それはスバルにとっては喜ばしいことじゃないの?
「あっはっは、心配には及びませんよ?」
しかしローゼさんは、スバルの言葉を全く気にする様子もない。ある意味すごいな、このポケモンさん……!
そして、彼はこう言った。
「わたくしは確かに方向音痴ですが、来た道を戻るのは得意ですよ?」
なんて便利な方向音痴だ……。
★
と、いうことで僕たちはローゼさんの案内を受けて、彼が見つけた“里”へ向かうことになった。
に、しても……ローゼさんって本当に何者なの? それに、さっきからスバルはなぜか彼に疑り深い、じとっとした視線を送ってるし……。スバルは、ローゼさんの何がそんなに……?
はぁ、はぁ。いろいろ考えているそばから僕は息切れを起こし始める。ふと、シャナさんの“致命的宣言”を思い出し、僕はちょっと落ち込む。
しかし驚いたのは、ローゼさんが僕の破壊的な運動神経の悪さをうっすらと感じ取ったのか、少し歩くスピードを緩めてくれたことだ。この人……鈍感なのか敏感なのかわからない……。
ふと、シャナさんはこんなことを聞いた。
「ローゼさん、あんたの名前って、種族名から取ってるのか?」
するとローゼさんは、お、鋭いですねぇ、といった後こんな話を聞かせてくれた。
「わたくしの家系は代々種族名を個人名の一部に使う風習、というか伝統、というか……そういうものがあるんですよ。しかしこういう風習はわたくしたちの家系に限ったことじゃないと思いますがね」
たしかに、種族名に近い名前は結構たくさん聞く。ただ、僕やルテアさんみたいにそうじゃないポケモンも多いけど。
「しかし……名前といったら、スバルさん?」
「え? あ、はい?」
いきなり話を振られたスバルは、あわててローゼさんへのじとっとした視線をはずす。
「あなたの名前の由来を聞きたいですね。とても珍しい名前だと思いますよ?」
「えっ……そ、そうですか……?」
スバルは先ほどからローゼさんに調子を狂わされて困惑している。うーん、もしかしてスバルとローゼさんって、相性が悪いとか……? 僕の独断と偏見も混ざった分析だけど。
「由来……ですか、私も良くわからないんですけど……。遠い、星の名前……だったような……?」
「ほう、星の名前?」
ローゼさんが意外に食いつく。あ……でも、スバルは記憶喪失だから、名前の由来とかはあんまりわからないよね……。
でも……スバルが元ニンゲンで、記憶喪失だという複雑な事情を、ローゼさんには話したほうがいいと思うのは僕だけなのかな……。
「……私の、名前……」
「スバル?」
待って、なんかスバルの様子がおかしい。彼女は頭を抱えて、冷や汗を大量に吹き出ていた。僕は、小声でスバルに聞いた。
「スバル? だ、大丈夫……?」
「う、うん……。ちょっと頭がズキズキするだけ……」
スバルも小声で返した。やはりというか、今の自分の状況をローゼさんにはどうしても勘づかれたくないらしい。うーん……。
……スバルは記憶をよびおこそうとすると頭痛に見舞われるらしい。これははじめて知った。
「ローゼさん、今から行く里は、どんな里なんだ?」
シャナさんはさりげなく話題をそらした。スバルの異変に気づいて、これ以上この話題は危険だと思ったんだろう。
「どんな里、ですか? ……ふふ、それは行ってのお楽しみですね」
ローゼさんのほうは、この三人のさりげない隠し立てに気づいていないようだ。ひとまずは安心。しかし、彼が、どんな里かというシャナさんの問いかけの答えをはぐらかすのには驚いた。ローゼさん……ますますわからない。
★
「さて、ここですよー?」
「ここ?」
ローゼさんは、僕らを普通のポケモンならまず通らない道に案内した後、ここに里なんかあるの? という風な場所で足を止めた。やはり、この人が超方向音痴だからこそ見つけられた里なんだろうなぁ……。
「ここをまっすぐ行くとアーチが見えてきますから。そこでかわいいポケモンさんが里へ案内してくれることでしょう」
ローゼさんはそういって、里から離れるように歩いていってしまう。
「さて、これで案内は終了です。わたくしはさすらいの旅に戻ることにしましょう」
「え、ローゼさん、一緒に入らないんですか?」
僕は聞いた。てっきり、一緒に里に入ってくれるものかと思っていたけど……。
「だって、わたくしは数日前にあそこに厄介になったばかりですからねぇ。さすがに迷惑でしょう。また行くと」
意味がわからない……。
「では、シャナさん、カイ君、スバルさん、わたくしはこれで。またどこかでお会いしましょう!」
「え、あ、ちょっと!?」
ローゼさんはさっき来た道を戻っていってしまう。まって、まだニンゲンについてひとつも聞いてないんだけど! スバルの手がかりがつかめると思ったのに!!
「……行っちゃった」
「……」
「……なんか胡散臭かったな、ローゼさん」
シャナさんはそういって、何も言わないスバルの顔を覗き込む。
「大丈夫か?」
「は、はい……」
「まったく、こんな厄介なことになるとは……」
シャナさんがうんざりして呟く横で、僕は恐る恐る聞いてみた。
「あの……この先にまっすぐ行っても、本当に里があるんでしょうか?」
すると、やっぱり二人も胡散臭そうな顔をして、どうかな……と、呟いた。うーん……。
「とりあえず、どっちにしろいってみるしかない。里があったら、その里のポケモンに土砂崩れのことを話せばいいし、もしなかったら……そのときはおとなしく迂回ルートだな」
「う゛……」
それはきつい……!!
それにしても、嵐のように現れて、嵐のように去っていった、敏感なようで鈍感、鈍感なようで敏感なローゼさんは、いったい何者だったんだろう……?