第十二話 旅は道連れ世は情け
――僕、スバル、シャナさんの三人は、意気揚々と旅(……と言ったらちょっと大袈裟だけど)への第一歩を踏み出した。さて、目的地はどこかな……?
★
「ところで師匠、私たちってどこへ向かってるんですか?」
町を出て数分、スバルがふとそんなことを聞いた。本当は町を出る前に聞くべきことだったんだろうけど。シャナさんは、そういや言ってなかったか、と呟いて、こう言った。
「まずはだな、俺たちは探検隊になるわけだから、ギルドにいって隊員登録をしなきゃならないわけだな」
「ギルド?」
はじめて聞く単語だ。するとスバルは驚きの眼差しでこちらを見た。ギルドを知らないことが意外だったらしい。はい、僕は今まで里を出たことがなかった世間知らずです。
「ギルドというのは、探検隊の拠点となる場所だな。探検隊になるにはまずギルドで登録をして、修行しなきゃならない」
「でも、師匠はもうギルドを卒業して、マスターランクの探検隊ですよね?」
スバルがキラキラした目で宙を見る。
「ああ……早く行きたいなぁ、プクリンのギルドに!」
「……」
スバルの言葉を聞いてシャナさんはものすごく気まずそうな顔をした。
「あのな、スバル……二つほど勘違いをしているようだが……今から向かうのはプクリンのギルドとは別のギルドだぞ?」
「え……そうなんですか?」
スバルの目のキラキラがなくなった。今から行くのがそのプクリンのギルドとやらじゃなかったのがよほどのショックらしい。
「なーんだ」
「なんだとはなんだ!?」
シャナさんはスバルのそっけない反応に叫ぶ。そしてこう言った。
「俺は別のギルドの出だ。それに……」
シャナさんはさらに気まずそうな顔をして……。
「……今、俺のチームは存在しない」
「……はい?」
スバルはぴくぴく、と耳を動かす。
「俺のチームは、俺がギルドから離れるときに解散した」
「じょ……解散ッ!? 何で!?」
「俺が探検隊を辞めたからだ。だから、今の俺はマスターランクの探検隊どころか、探検家ですらない。ただの一般ポケモンだ」
「え゛ぇえええ!?」
スバルは期待を大きく裏切られたショックで口をあんぐりと開けて叫んだ。その様子を見て、シャナさんが叫ぶ。
「ば……! お前がどうしてショックになるんだ!? 第一、お前はいいんだよ。まだ探検家としての経験をつんでないんだから、ノーマルランクからはじめるべきだ」
「まぁ、そうなんですけど……」
スバルは残念そうに肩を落とす。たぶん、シャナさんのチームに入りたかったんだろうねぇ……。と、そこでシャナさんは思い出したように言った。
「ところで、カイはどうするつもりなんだ? 一緒に探検隊に登録してもいいのか?」
「あ、そういえばそうだね。ねぇ、カイも私と一緒に探検隊になっちゃう?」
スバルはくるりと僕のいる方――右隣へ首を傾けた。……正確には、僕がいるはずだった方、だ。
「あれ……? カイ?」
スバルは辺りをきょろきょろと見回す。おーい、僕はそこにはいないよ……!!
「はぁ、はぁ……待って……くださーい……!!」
「あ! カイ、あんなところに……!」
スバルはやっと僕の姿を見つけた。……僕は、二人の歩いている場所の十メートルぐらい後ろをふらふらと歩いている。え? なんでかって? ……それは……。
僕、もうダウン寸前なんだよね……!!
わ、わかってるよ?まだ歩き始めて数分だってことは!!で、でも……みんなお分かりのように、僕の運動神経は破壊的なんだよ……。
「ちょっとー!? カイ、大丈夫ーー!?」
ずいぶんと離れたところからスバルが叫んだ。僕は、はぁはぁ息を切らしながら気力を振り絞って叫んだ。
「だ、だいじょばない……!!」
「おいおい……」
シャナさんのあきれたような声音も、ずいぶん遠くから聞こえる。ああ……どうしよう……。
僕は、立ち止まって待ってくれていた二人のところにやっと追いついた。ぜぇ……。
「カイ? 大丈夫?」
スバルが僕の手をとって顔を覗き込んだ。情けないけど、僕はスバルの手に思いっきり体重をかける。そうしなきゃ座り込んじゃう……!!
「う、うん。大丈夫だよ?」
うそ。全然大丈夫じゃない。
「ぜ、全然大丈夫なように見えないんだけど……」
スバルが僕の心を見透かしたように言う。はい、ごもっともです……。スバルの言葉を聞いたシャナさんも僕のほうを見て言った。
「ちょっと休憩するか?」
「そうだね……。私、水汲んでくる」
そういって、スバルは僕の手を離して道の脇にある茂みに走っていった。あ、手を離さないで……!!
離したら……!!
ペタン。
言っているそばから、僕は道端にへたり込んでしまった。ああ……。僕って……。
★
「おい、大丈夫か?」
スバルが水を汲みに言っている間、シャナさんは息切れを起こして座り込んでしまった僕にしゃがんで言った。
「た、たぶん、大丈夫……なように見えないですよね……?」
「……まあ、そう……だな……」
シャナさんは若干言いにくそうにしながらも、やっぱり否定できないでうなずいた。正直言って、このペースで歩いては疲れ、休み……の繰り返しをいていたら、ギルドにつくのはいつになることやら……。
「カイ、お前どこか悪いのか?」
「……いえ、そんなことは。すこぶる健康ですけど……破壊的に体力が無いだけで……」
「……うーん……。致命的だな……」
「え゛……」
ち、致命的!? そんなぁ!! そんなことって……!!
「まあ、とにかく……どこも悪くないんなら地道に体力つけていくしかないな……」
シャナさんがやれやれといった様子で小さくつぶやいた。
ぼ、僕って……。なに?
さっきの致命的宣言に思った以上のダメージを受けた、そのとき……。
「き、きゃあああああ!?」
「「!!」」
耳をつんざくような悲鳴が轟いた。僕とシャナさんは同時に立ち上がる。
「なんだ、どうした!?」
シャナさんがはじかれたように悲鳴のしたほうを鋭く睨んだ。この悲鳴は……スバルの声だ!!
「カイ! そこで待ってろ!!」
シャナさんは鋭くそういって、悲鳴のしたほうに超スピードで走っていってしまった……!
ちょ、ちょっと待って!? ぼ、僕も気になる……!! 僕はぜぇぜぇ、はぁはぁ言いながら、シャナさんの背中を追いかけた。
★
はぁ……はぁ……。
や、やっと、スバルが水を汲みに行ったらしい川のほとりに着いた……。シャナさんは、辺りをきょろきょろ見渡して、スバルの姿を探した。
「おい! スバル、無事か!? いたら返事をしろッ!!」
「し、師匠……!?」
遠くのほうで、スバルが小さく叫ぶのが聞こえた。シャナさんは、その声が聞こえたほうへ全速力で走る!!
「ス、スバル……!!」
スバルはだ、大丈夫だろうか……!? 僕の体力がないせいでこんなことに……!!
僕はシャナさんの背中を追う。そうして川に沿ってしばらく走ると、小さく黄色い姿を発見! スバルだ! と、彼女の横には……!
川の前でへたり込むスバルと、川の中に……オレンジ色の、物体? ……生き物……?
「スバル! どうしたッ!? 何があった!?」
「あ……あのッ……!!」
スバルは、駆け寄ったシャナさんの腕を掴んで懸命に訴える。
「こ、この人(オレンジの物体)が、いきなり……“お恵みをーッ!!”……とか言って川の中から出てきたものだからッ……! つい……!!」
「……へっ?」
……だんだんと話の雲行きが怪しくなってきた。その証拠に、シャナさんの目が点になる……僕もだけど。
「……つい?」
シャナさんは、若干眉をひそめながら先を促す。するとスバルは、“恐ろしいものを見た!”様な顔をして……?
「……つい、“十万ボルト”を……ドシャーン……と……」
「……」
バッ!!
シャナさんは、瞬間的にスバルから手を離してオレンジ色の物体さんのほうへ駆け寄った。そりゃそうだ、スバルの“十万ボルト“を受けたんだから……大事無いと思うけど。
「おい! あんた、大丈夫か!?」
……ああ、オレンジ色のポケモンさん……ご愁傷様で……。
ん、待って? ……“お恵みをーッ!!”て、コトは……?
★
「いーやはやっ!! 助かりましたよー!!」
ポケモンさんは……僕たちの持っている木の実をたらふく平らげ、ぽっこりと膨れたおなかをさすりながら言った。 ちなみに、このポケモンさんは全体的にオレンジ色の体、おなかの部分は白、尻尾は二又――フローゼルというポケモンだそうだ。
「……あんた、よく食うな……何もんだ……?」
シャナさんは、フローゼルさんを中ば呆れを通り越して、引き気味なまなざしで見つめながら言った。すると、フローゼルさんは今気づいた、という風な顔をして姿勢を正した。
「おっと失礼。自己紹介が遅れてしまいました。わたくし、フローゼルのローゼと申します。どうぞ、よろしくお願いします」
ローゼさんは、『どうぞ』のところでピンッ、と背中を張り、『お願いします』のところでふかーくお辞儀をした。それがあまりにも礼儀正しすぎるので、僕ら三人もあわててそれに倣った。そして、それぞれが名乗る。
「ほう……カイ君、シャナさん、そしてスバルさんですか。よろしくお願いします」
ローゼさんは終始(胡散臭くも)爽やかな笑顔だ。
「いやはや、それにしても、スバルさんには多大なるご迷惑をおかけしてしまいました。あの“十万ボルト”はなかなかの威力! 私も目が覚めました。あっはっはっ!!」
「「「……」」」
……水タイプって、電気タイプに弱いよね? なんで笑っていられるぐらいのダメージしか負ってないんだろう、この人……。
「それで、ローゼさんはどうしてあんなところで餓死しかけてたんだ?」
シャナさんが大げさに聞いた。餓死って……。
「あっはっはっ。私はある調べもののために各地を回る流浪人でしてね。なんとも運の悪いことに、道に迷った挙句、食料も底をついてしまいまして……」
「……道に迷った?」
シャナさんが首をかしげて聞いた。
それもそのはず、この辺りは森や山脈があるものの、旅人のために道がしっかりと整備されているわけで……。自ら道をそらさない限り迷うことなど『ありえない』のだ。
……このひと、まさか生粋の超方向音痴……!?
スバルとシャナさんも僕と同じ考えにたどり着いたらしい。複雑な顔をしている。と、スバルが……。
「ローゼさん、さっき調べ物をしているといってましたよね? 何を調べてるんですか?」
「おや、スバルさん、しりたいんですか? 興味あるんですか?」
「……べ、別にそこまでは……」
スバルがローゼさんに向けて乾いた笑みを浮かべる。確実に引いてるね、これは。
「そうですねぇ。あまりあなた方の興味をそそるような事柄ではないのですが……」
ローゼさんは、一瞬間を置く。そして、彼は驚くべき一言を放った。
「わたくしは、“人間”、について調べていましてね――」