ある二人の過去 中編
――これ以上スバルの電撃を食らったらたまったもんじゃないので、ひとまずスバルの力量を見てみることにした。
★
「それじやあ、技を撃ってくれ。適当にな」
「はい! ……あの……電気技ですか?」
「そうだな、ひとまずは。……電気タイプだし」
「よーし、じゃあ行きますよー!」
スバルはやけに意気込んで叫ぶ。そして、ピカチュウのトレードマークである頬の赤い電気袋をビリリと帯電させた。俺は、スバルの周辺の空気がピンと張りつめるのを肌で感じ取った。そして、彼女は深呼吸をし……。
「いざ、ルテア直伝――“十万ボルト”!」
ビシャーンと、大量の黄色を帯びた電撃が、スバルの頭上に放たれた。さすがルテア直伝だけあって、本来なら熟練した電気タイプのポケモンでなきゃ到底撃てない“十万ボルト”をうまく使いこなしている。
しかし、撃ち終わった電撃は、そのまま消えてなくなるかと思われたが……。
「それっ!」
“それっ!”……?
なぜかスバルはそう叫んだ。いったい何をしようって言うんだ?
俺は訝しげに電撃が放たれた空を見上げていたが、上空へと向かっていたそれは、くんっ、と急に方向転換した!
「なにッ!?」
空を見上げていた俺は思わず語尾を裏返らせて叫んでいた。
そして、その電撃は……。
「ぎゃああ!?」
何故か、俺に炸裂した……?
「あ」
その一部始終をしっかりと目撃してしまったスバルは、短く声をあげた。その顔には猛烈な“やっちまった感”がある。
「いきなり何をするんだー!?」
俺は所々焦げた毛を払いながらスバルに叫ぶ。なんてことしやがる……? スバルのほうはというと、あわてて俺に近寄ってきて弁解ぎみにこう言うのだった。
「す、すいません!電気のコントロールが、うまくできなくて……」
だとしても、なぜピンポイントに俺に当たるっ!?
ああ……今日は厄日か?
その後はちょっと取り乱してバタバタしたが、俺は改めて電撃を受けた(精神的な)ショックから立ち直り、まともに技の分析ができる状態になった。改めて冷静になってみると、俺はふと気になることが……。
「スバル、お前……電撃の軌道を変えることができるのか!?」
「え、ええ……まあ……。まだコントロールはまだ全然だめなんですけど……」
「……」
なんてことだ……!まさか、スバルにそんな芸当ができたなんて……。
怪訝そうな顔でスバルがこちらを覗く。多分俺が、マメパトが豆鉄砲食らったような顔をしていたからだ。
「な、ど、どうしたんですか……? 私、何かまずい事でも……?」
「まずいなんてもんじゃない!!」
俺は立ち上がった。スバルの視線も自然と上がる。
「スバル……お前の“戦闘センス”はとんでもないかもしれない……抜群なんてもんじゃない!!」
「え……」
スバルはどうやら今の芸当がだめなものだと思っているらしい。とんでもない!
電気タイプのつわものには幾人もあってきたが、ここまで電撃をコントロールできるポケモンは……片手で数えるぐらいしかいない。ルテアでもあそこまではいかないはずだ。それを、まだ戦い慣れていない、しかもこの年頃のピカチュウが軌道を動かして見せるなんて……!
まて、これはとんでもないことだぞ……!?
俺なんかが技の指南なんぞしてもいいのか!?もっと電気タイプに秀でたポケモンに引き渡すべきか……?ギルドマスターランク級の探検家に当たってみるべきか……。これは……早いとこギルドへ向かった方が良さそうだな……。
ひとまず、ルテアに相談してみよう。
「スバル、今ルテアはお前の家にいるんだったな?」
「うん、今頃はカイの面倒を見ながら……」
スバルは何気なしに語尾を焦らした。そして。
「シャナさんの失恋話でもしてるんじゃないですか?」
……ん? 今、何て言った?
「スバル、よく聞こえなかった。もう一回言ってくれないか?」
「だ、か、らぁ………」
スバルは面倒くさそうに俺の目の前まで来て、いつもは早口の癖に、この時だけはやけにゆっくりと言った。
「シャナさんの失恋話!!」
「………」
な……。
ルテアァアアアア! あんのやろぉおおおッ!!
★
俺は今までで一番、それはもう最大限の筋力、脚力を駆使してスバルの小屋まで走った! 一刻も早く……早くあいつを止めなければ!!
スバルの小屋の小さく丁寧にペンキが塗られた扉を開け放った! そこには……。
「……そう! そこで“槍雷”と名のつく俺が絶体絶命のピンチで取った行動はだなぁ……」
「ど、どうなるんですか!? その後は! 早く教えてください!!」
ルテアとカイが二人してテーブルの前で雑談をしている。というか、おそらくルテアが今まで体験した武勇伝を聞かせているの違いない。意外にカイがその武勇伝に食いついているのが驚きだ。
「……お、シャナ、いつ来たんだ?」
俺の姿に気づいたルテアが図々しく聞いてくる。
「てめぇ……」
俺はルテアの尻尾を掴んで小屋の隅に来させた。
「どうしてスバルが、俺に彼女がいて、しかもフラれているという誰も知る由のない事実を知っているんだよ……!?」
俺は小声に怒気をこめて言った。はっきり言う。こうやってこいつに問いただすことすら、俺は勇気を振り絞らなきゃらなかったんだ! するとルテアは……。
「あん? なんだ、お前知らなかったのかよ?」
「ああ!?」
白々しいレントラーは、にやつきながら全てを見通す赤い双眸をこちらに向けた。その態度がいちいちムカつく……。
「……お前の失恋ネタは、俺が言いふらしてるからすでに周知の事実だぞ?」
「……な……」
なんだとぉおおおおッ!?
ガク……。
俺はあまりの衝撃にひざをついた。……あんまりだ……っ! こんな仕打ち……!
「シャナさん、どうしたんですか?」
心配したカイがこちらに来て様子を見てくれる。そ、その心遣いはうれしいが……くっ……!
どうやら、スバルも追いついてきたらしく、カイの横にちょこんと立っていた。
「てめぇ……! なんでそんなもん言いふらしやがったんだよぉ!?」
俺は、それはもう恨めしげに赤目野郎に聞いた。くそぉ! 末代まで恨んでやるぅうう!!
「あん? んなもん簡単だ。――お前をいじめるのが俺の趣味だからだ」
「………」
――ただいまより、罪人ルテアを処刑する!
「“炎のパ……”」
「待って、ここ私の家だよっ!!」
止めるなスバルーーーッ!! ここに死刑に値する重罪人がいるんだーーっ!!
ルテアは、俺が攻撃できないのを見て嫌らしくにやりと笑い、さらにあいつの言うところの“趣味”を開始した。
「おい二人とも、こいつがフラれるときの相手の別れ言葉、覚えてるかー?」
「「……」」
スバルとカイがお互いの顔を見合わせてコクン、と頷き合う。そして……。
「「『ネガティブなチキンとは、私もう付き合えないわ』」」
「や……」
やめろぉおおお!!
俺は思わずスバルの小屋から飛び出した。
あいつ、カイにまで言いふらしやがったなッ!?