ある二人の過去 前編
――ここは……どこ……?
私は、全身を駆け巡る激痛で目が覚めた。体が……熱い……!
わたし……私は……どうしたんだっけ? どうして激痛が……!? いったい、何が起きてるの……?
「……っ……!」
再び激痛が走り、叫び声をあげたくなったけど、今の私は声には出せない。そしてそのまま、その痛みで一瞬意識が飛んだ。
……もしかしたら、一瞬じゃなくて何時間も経っていたかも知れない……。
痛い……! さっきから……気絶したり目が覚めたりが繰り返されている。激痛は、私の意識を失わせることすら許してくれない……。痛みを感じ続けろ、と言っているみたい……。
どうして、どうしてこんな……! 私は、何をしたの? 何をしたって言うの……!?
――私……死ぬの……?
朦朧とした意識の中でそう考えたら、目が回った。吐き気がする……。助けを頼もうと声をあげようとすると痛みで気絶して、また目が覚める。
誰か……誰か助けて……! お願い……死にたくないッ……。私は……どうしてこんなに痛いの……!?
助けを叫ぶことすらかなわない。私は……動けない私の前に誰かが来てくれるのを切実に願った。すると……。
「……お……、……か…?」
……誰……?
誰かいるの……? お願い……痛いの……! 助けて……。
「……お…! ……っかり……か…?」
私は、誰かに抱きかかえられるのを感じた……。その時……!
「っ……ぁ……」
ひときわ強い激痛で……わた、しは……――。
★
金槌というのは……使いにくい。
俺は自分の拳に比べて若干小さいのではないか、と感じさせる金槌を持ち直し、もう片方の手で釘を構えた。
それを最初は慎重に、少しずつ金槌で打ち込んでいく。ここをおろそかにしたら釘が曲がってしまうからだ。
ある程度釘をまっすぐに打ち込んだら、今度はさっきより強く叩く。一定のリズムで、トントン、と。
よし、ようやく小屋に取り付ける扉の板が完成……っと。
今俺が解決しなければならない問題が、この扉取り付け問題だ。いつぞやのくそムカつくプワプワの“ナイトメアダーク”のせいで、俺が自ら小屋の扉を吹っ飛ばしてしまったのがこの問題の原因だ……。
まったく…あの時俺がどうかしていたとはいえ、愛着のあるこの小屋の入り口を吹っ飛ばしてしまったのには、自己嫌悪に陥るほかない。……くっ……。
俺はなんてことをしていたんだ……! NDだった時のことを思い出すだけで胸くそが悪い! できることならうつ状態だった頃の記憶を消してしまいたい……!
こういう場合、NDがぬけたら記憶も一緒に消えるもんじゃないのか!? くそっ……。
とにかく、今は扉の取り付けに集中することにする。あとは蝶番を付けて入り口に取り付けるのみ……。
俺は板を持ち上げて入り口近くへ移動させる。これを取り付けてペンキ塗りをドーブルさんに頼めば問題解決……。
「シャーーーナさんっ!」
「!?」
ガッ!
「いっ――ッ!?」
俺は背後からの叫び声(と、その正体)に驚いて、持ち上げていた板を落としてしまった。それがどこへクリーンヒットしてくれたかは、ある程度察してもらえると思う。痛い……!
俺は涙目になって、声のした方を振り返った。そこには、叫び声だけで俺に(板を足の甲にぶつけたことによる)精神的ダメージを与えることができる黒い瞳の黄色い小悪魔が立っていた。
「……スバル、おまえ……!」
「シャナさん、私が何のために来たかわかりますよね?」
「……」
そうだ……俺にはもうひとつ、解決しなければならない問題が残っていた……。
「――私を、弟子にしてくださいっ!」
「……」
「……」
俺たちの間に沈黙が流れた。どちらも動かず。そして、先に沈黙を破ったのは――。
「お前、まさかカイを一人置いてきたのか?」
――俺だ。
カイは数日前にいきなり現れたリオルだ。諸事情により、現在スバルの小屋にて療養中である。
俺がそう言うとスバルはにっこりと笑って……。
「えへ、そうなんです! ……って、そんなわけないじゃないですか」
……だよな。驚かすなよ、心臓に悪い……。
「ルテアがカイと一緒にいますよ」
「ルテアが……?」
なんだか心配だな、大丈夫か、あいつで……? まあ、いまはそんなことより……。
俺は板を持ち直し、入り口付近にセットする。
「スバル、俺は今忙しい。後にしてくれ、後に」
「ねぇ、私は一ヶ月ぐらい前からこの答えを待ってるんですけど! その私の辛抱を考えたら扉の取り付けぐらい後に回してもいいでしょ?」
「一ヶ月待てたんなら扉の取り付けを待つぐらい短いだろ? ちょっと待ってろ」
「……“十万ボルト”で、シャナさんの血と汗の結晶であるそれを一瞬にして砕いてもいいんですよ?」
「……」
俺は再度振り返った。抑揚なく早口でそう言ったスバルは、俺の“血と汗の結晶”――扉の板を指差している。
こいつはイエローミニマムデビルか? 効率的な脅しかたを心得ていやがる……。
「女の子がこんな言葉で脅しててもいいのか? 寄り付かないぞ、男が。もしくは逃げられる」
「余計なお世話ですよ!! 話をそらさないで! “十万ボルト”発射三秒前、二……一……」
「待った待った待った待った!! ストップ! わかった」
冗談よせよ、おっかない……。
しょうがないな……。俺は蝶番を取り付けるはずだった板を小屋の壁に立て掛けた。そして、改めてスバルと向き合う。
「お前、本気なのか?」
「本気です。じゃなきゃ来ません」
「……」
そうだ。こいつは事あるごとに俺の元に来て、弟子にしろ、弟子にしろとせがんでくる。俺もまたそのたびに追い返してきたが……。なぜだ? なぜスバルはそこまでして強くなりたい?
いや、ただ強くなるだけなら、わざわざこの一ヶ月を棒に振るスバルではない。こいつは意外と計算高く、非効率的な事は嫌いだからな。強くなりたきゃ、すぐにでも行動に移すはずだ。わざわざ、“俺に弟子入りして”強くなる必要があるのか?一ヶ月を棒に振ってまで……。
「スバル……お前、俺に弟子入りしてどうするんだ?」
「強くなる方法を教えてもらいます」
「それで、どうする?」
「……」
スバルは口をつぐんだ。やはりな……。
「スバル、俺に恩返しするつもりでそうしてるならやめろよ?」
「……別に、そういう訳じゃないです」
スバルはさっきより小声で言った。
「今のお前は最終的な目標が無い。強くなり、力を手に入れた後の、な。なんの目的もなく、目標の善悪もわからないまま強くなったら危険だ。わかるよな?」
「……」
力を持ったやつがそれを悪用したら相当厄介なことになる。そして、そういった者の姿を、俺は間近で見てきたんだ。できればスバルには(大丈夫だと思うが)そうなってほしくない。
「スバル、お前はまだここにきて数ヵ月だ。まだ慣れないことも多いだろう。そんなに急がなくてもいいんじゃないのか? それに」
「……もん」
「お前はまだおさな……え?」
スバルがぼそっ、と何かを言った。俺は自分の話に夢中なせいでそれを一瞬聞きそびれた。
俺が見てみると、スバルはふてくされたように頬を膨らませていた。そして、もう一度同じことを、消え入りそうな声で言う。
「……私にだって、ちゃんと目標があるもん……」
……なんだ、目標があるのか。それなら最初からそういってくれればいいのに。
「言ってみろ」
「……言いたくない」
スバルはプイッ、とそっぽを向いて本格的にふてくされてしまった。待て、俺のせいか? この場合……。
まったく、この年頃の女の子は扱い方がよくわからん……。
しかし、たしかに一ヶ月待ったのに何もしないでいつものように追い返すのは後味が悪いな……。
「……わかった」
「え……?」
スバルは、耳をぴくりと動かした。わが耳を疑ったとき、何かを聞き逃したとき、スバルはよくそうする癖がある。
そんな彼女に、俺はこう言う。
「一応……どれぐらいの素質かを見てみる。だから……」
俺の言葉を聞いて、期待を込めた目でスバルはこちらを見つめる。俺は、そのまなざしを受けながら厳かに言った。
「まず、扉を直させてくれ」
「……“十万ボルト”」
「ぐわぁあ!?」
なぜだ!?