第七話 スバルの秘密2
――僕、スバル、ルテアさんの三人は、シャナさんと言う名のバシャーモの屋敷に訪ねに行く。そこでスバルはシャナさんに弟子入りを申し込んだんだけど、予想以上に“病んで”いたシャナさんは、僕らに“オーバーヒート”を放ってきて……!!
★
「あ――」
……事態の状況に頭がようやくついていけるようになった頃……。
「――っぶねぇッ!!」
ルテアさんは心底危機感のこもった声で叫んだ。
僕たち……というか、僕とスバルを背に乗せたルテアさんは、外へ出てシャナさんの“オーバーヒート”を間一髪でかわした。“オーバーヒート”が通った道は黒こげになっている。ものすごい威力……!
「あんのやろうッ!! イカれてんのかッ!? 小屋の中で“オーバーヒート”を使うバカがいるかッ! あのネガティブバシャーモめ! チキンめッ!!」
「「ち、チキン……」」
僕とスバルの声が重なる。ルテアさん、いくらなんでもそれは……。
「ルテアが変に刺激するからでしょー!!」
スバルがルテアさんをポカポカと叩く。思ったんだけど、スバルとルテアさんって、ルテアさんの方が年が上だよね……?しかし、スバルがポカポカやっても、一度始まったシャナさんに対する悪口雑言は滝が流れるように飛び出て、とどまることを知らない。
「あいつは××××だ! あの××××め! 今度会ったら×××××だ!!」
「あーあ、こうなったルテアはもう止まらないな……」
スバルは疲れたようにボソッと呟いた。
★
「それにしても、シャナさんって前からああなの?」
僕は、スバルと二人でトボトボと歩き出したのをきっかけに、彼女にそう聞いてみた。ルテアさんはというと、暴言の数々を吐きながら町の方へ帰っていってしまった。
「うーん、私もよくは知らないんだけど……ネガティブは昔からだったみたい。でも、あんなに急に攻撃を放ってくるような人じゃ決してなかった! それはわかって!」
「う、うん……」
スバルが僕に向かって弁解するように迫る。顔が近い……。
「だけどスバル? 君はどうしてここまでしてシャナさんに弟子入りしたいの? 何回も断られたり、今みたいに攻撃されたり……それでもシャナさんを気にかける理由って……」
そう。これが、今僕が一番に気になってることだ。
「シャナさんってどんな人なの? スバルとどんな関係?」
「……」
スバルは、僕の言葉にうつむいて静かになった。何かを思い詰めているようである。
「……シャナさんはね、元探検隊なの。昔は“爆炎”って二つ名がつくぐらい有名だったらしいんだけど……」
ば、“爆炎”……! すごい名だ……!
「何で探検隊をやめたんだろう?」
「わからない。私も知り合ってまだ数ヵ月だし」
「え、そうなの?」
てっきりずっと昔からの知り合いかと……。
「うん。それで、シャナさんは私にとって……」
スバルはゴクリと唾を飲んで厳かに口を開いた。彼女は緊張しているらしく、のどの渇きを潤すための行動だったようだ。
「私にとって、命の恩人なの」
「……ええ!?」
い、命の恩人、だって!?それって、どういうこと!?
僕の驚きに、スバルは軽く息をついた。そして、また喋り出す。
「カイ、急にこんなこと言うけど、驚かないでね。私、実は元々人間だったの」
「……へ、へぇ、ニンゲン……」
ん?
今なんて?
ニンゲン……って?
あれ? じゃあ、スバルは……?
「に、ニンゲン!?」
「しーっ! 声がでかいっ!」
むぎゅ!
スバルは慌てて僕の口を塞いだ。
ま、待って! スバルがニンゲン? なんか世話話をするような口調でポロッと漏らしたけど……じゃあ、何でスバルはピカチュウの姿な訳!?
「そう……私は今ピカチュウなんだよね……」
いやいや、そんなに冷静な口調でいわれても!!
「ちょっと長くなるけど……聞いてくれる? 私の話を」
「え……? う、うん……」
スバルはいつだっていきなりだけど、話を聞くのを断る理由は特にない。
それに、ちょっと気になってたしね。スバルのこと……。ただ、もうちょっとしたことじゃ驚かないぞ!
「さっきも言ったけど、私は人間だった……だったはず……。でも、私が人間だった時のことは、今は何もなにも覚えてないんだ」
「え?」
スバルは空を見ながら思い出話をするような口調で言う。ま、まって!なにも覚えてないって、それってまさか……?
「記憶喪失……ってやつかな」
「なんだってぇー!?」
「声がでかいよ!」
前言撤回!こんなこと言われて驚かないやつがあるかい!
それにしても、スバルが記憶喪失だなんて……全然そういう風には見えなかった……!! だって、すごく溌剌としてるんだもん!
「私はね、気づいたら森の中で倒れていたの。ピカチュウの姿でね……。その時に私が覚えているのは、自分の名前と、元は人間だったことぐらい」
森で倒れてた……!? その森って……。
「そう、カイが倒れてた森ね。偶然の一致だね」
スバルはそう言って僕を見て笑う。ちょっと寂しそうな顔をしていたのは僕の気のせいだろうか。
「あの森で、何故か私は死にそうな怪我をして倒れていた。そこで私を助けたのが……」
「シャナ、さん?」
スバルは頷く。なるほど、だからスバルにとってシャナさんは命の恩人なんだ……。
「シャナさんは、傷ついた私を看病してくれて、この世界のことを何も知らない私に、手を差しのべてくれた」
あの様子からは想像できない……。
スバルにそんなことがあったなんて、知らなかった……。だって、そんな素振りを見せなかったんだもの。スバルは、ニンゲンだった頃に戻りたいとは思わなかったのかな……?
「……」
僕は、ふとひとつの疑問が浮かんだ。
「スバルは、どうしてその事を僕に教えてくれるの? 僕と君はまだ知り合ってほんの少ししか経って無いよ……?」
そう、これはスバルの過去だ。簡単に人に話せるような内容じゃない。
すると、スバルは立ち止まって僕を見た。
「どうしてだろうね……確かに私が人間だったってことは、まだ誰にも話してない……でも、なんかカイは私と同じあの森で出会ったから、なんか偶然じゃないと感じるの。根拠はないけど、なんか……」
スバルは自分の考えの整理がつかないのか、早口にどもって、一度間を置いた後改めてこういった。
「運命っていうのかな……?」
「運命……」
僕とスバルは運命の巡り合わせで出会った……。
じゃあ、僕が今スバルに感じているこの感情は……疑問は、偶然じゃないってこと?僕はこの事をスバルに聞くべきなのかな……?
「スバル……」
僕は意を決して、口を開いた。
「……君は、平気なの?」
「何が……?」
僕はまっすぐスバルを見た。スバルは、僕が急に真剣な口調であんなことを言ったからキョトンとしている。
「僕なら、急に記憶を無くして、知らないところで倒れてたら……とてもまともに入られない。だから、自分が誰なのかもわからないままだけど、元気に暮らすスバルは、すごいことだと思うんだ。でも……」
僕は一回言葉を切る。
「やっぱり……つらいよ。我慢しててもどこかでつらいって感じてるよ……」
「え……」
スバルは面食らったように、黒く丸い目を揺らす。僕は見逃さなかった。彼女の体が小刻みに震えてるのを。
「スバル、僕と君の巡り合わせが偶然じゃないなら……僕が今言ったことも、気のせいなんかじゃないと思う」
「そ、そんなこと……無いよ……私は平気」
「じゃあ――」
僕は厳かに言う。
「――何で泣いてるの?」
「……え……っ?」
スバルは、自分の目を疑うかのように、小さな手を頬に持っていった。確かに、そこには、つう……と一筋の涙がつたっている。
「え、なっ、なん……で?」
その言葉でスイッチが入ったのか、その後涙は止まることなくスバルの目から溢れた。
「ど、どうして!? どうして、私……!」
スバルは両目をごしごしと擦る。しかし、そこから溢れるものは止まらない。
「やっぱり……一人で抱えてたらつらいよ、スバル」
僕は、両目をごしごしと擦るスバルの両手をとった。
「我慢しなくていいと思う」
「うっ……ず、ズルいよっ……! カイ……! う、わあっ……!」
スバルは、もう我慢しなくなった。僕ら両手を強く握って、泣いた。僕はスバルの気が済むまで待っていた。
★
「カイ……なんかごめんね……いきなりこんなことになって……」
スバルはちょっと落ち着いた頃に、そう言った。
「大丈夫」
「私、思った以上に寂しかったのかな……弟子入りは、寂しさを紛らわすために、無意識にやってたのかな」
「シャナさんに自分の気持ちを正直に言ってみたらどうかな?」
僕の言葉にスバルは目を見開いた。
「あの、状態のシャナさんに……?」
う、そ、そうでした……。でも……。
「シャナさんのあれって、何か原因があるよね?」
特にルテアさんの言ってたことが気になる。
――まだ何年前の過去を引きずっているのか――。
いったい、シャナさんに何が……?それに、二人はシャナさんのことを“病み期”って表現してたけど……あれはなにか別の原因があるんじゃないのか……。
「ねぇ、カイ? 君ならシャナさんがああなった原因がわからない?」
「ええ!? 何で?」
僕はさっきのがシャナさんとの初対面だけど…。原因なんて、僕にわかるわけがない。
「リオルたちって“波導”を読み取れるんじゃないの? 種族柄。シャナさんの“波導”を読み取れれば、そこから感情を読み取れるじゃない!」
スバルは期待を込めた視線をこちらに送ってくる。
そう、僕たちリオルは確かに、この世界の万物が放つ固有のオーラ――“波導”というものから、生き物の気持ちをキャッチしたりできる。だ、だけど僕は……!
「……読めないんだよね」
「はい?」
スバルが耳をピクピク動かす。
「……僕は、リオルが読めるはずの波導が、読めない」
「そ、そうなの?」
スバルが意外そうな表情で聞いてくる。
「どうして?」
「わかんない。もともとそういう性質なのかも」
「う、うーん……」
ほんとうに、何で僕は“波導”を読めないのかな……? 産まれてこのかた一度も、一ミリも感じたことがない。別に生活に差し支えないからいいけど。
しかし、シャナさんのあの様子の理由を探るという面では、僕が“波導”を読めないのは痛い。万策尽きたという感じだ。
それにしても、シャナさんのあの様子……原因はシャナさん一人だけのものだろうか?なにか、別の人為的な原因があるんじゃないのかな……。と、僕がその考えをスバルに話そうとしたその時……。
ドガンッ!!
「「うわっ!?」」
ものすごい轟音と共に、地面が大きく揺れた。
「な、なに……!?」
僕がしりもちをつきながらそう言うなかで、スバルは一点の方角を見据えて鋭く言った。
「町のほうからだ……!!」