第五話 スバルの秘密
――とんでもない出来事から数日。僕はスバルというピカチュウに助けられて、彼女の家にいる。いろいろ不安はあるけど、今はどうにか無事なようだ。一応一安心……なのかな?
★
「それで……」
スバルは本題を切り出すかのように、テーブルに木の実の料理を置きながらいった。
「君、覚えてる? 自分がどうなったか」
どうなったか? と、いわれても……。谷底に落ちた後の記憶はまったく無いから……。
僕が言葉に詰まっていると、スバルはいくらか厳かな口調で言った。
「私が森にいると君がね、現れたの。つまりは、君が、森で倒れてたことになるんだけど……。」
森で倒れていた? ちょっと待って。それじゃ、つじつまが合わなくないかな? 僕は谷に落ちたはずなのに、どうして森にいたんだ? その谷は、スバルの言う森につながっているのだろうか?
「ぼ、僕は……訳あって谷底に落ちたんだ……。それで……」
「た、谷底っ!?」
スバルは心底面食らった様子で、声を裏返らせて叫んだ。それもそうだ。谷底に落ちたって言って、普通に聞いていられる人はいないだろう。
「ま、まって! どういうこと? じゃあ、どうしてカイはあの森にいたの!?」
「谷が森につながってる、とかは?」
「いいや、あの森は谷につながってなどいないよ。この町から結構離れたところに、深い谷はあるんだけどね」
「つじつまが合わない……!?」
まさか、そんなことが……!? やっぱり、僕は敵の誰かに何かをされたのだろうか……? それとも、仙人が遠隔“テレポート”を……!? まさか、それはないよね。
僕がスバルを見てみると、スバルも釈然としない表情になっていた。しかし、スバルのほうは……なんか、その合わないつじつまに、心当たりがあるような表情だ。どういうことだろう……?
「ねぇ、カイ。その……聞いちゃいけないことだったらごめんね? ……君は、どうしてそんな大怪我を負っていたの……?」
「え……あっ……」
そうだ……僕は今、なぜか追われている身で……! そういえば、リンと仙人は大丈夫なのだろうか……? あのポケモンたちは、いったい何者なんだ? どうして、僕やリンを攻撃したんだ……? 僕を追う理由は……?
「あ、ご、ごめんね!? 喋りたくなかったら、別にいいんだよ?」
はっ! 僕はいつの間にかスバルの前で考え事をしてたみたいだ、スバルが心配そうに顔色を伺っていた。
「あ、だ、大丈夫だよ。ちょっと考え事をしていて……」
スバルに、この出来事を説明すべきだろうか? でも、信じがたいが僕は狙われている身……らしいから、このことは黙ってた方がいいのかも……。それに、ここもすぐに発ったほうがいいのかもしれない。
「さあ、食べよっか。なんか私のせいで朝食が遅くなっちゃったね。あはは……」
スバルはごまかすように乾いた笑い声を上げると、席に着いた。
「いただきまーす!」
「……いただきます」
僕とスバルは、それぞれの料理に手をつけた。スバルの作った木の実の料理はおいしかった。リンも料理上手だったけど。それに引けを取らない。
「おいしい。料理うまいね、スバル」
「そう? ありがとう」
★
朝ごはんも一段落したところで、スバルばすくっと立ち上がった。すでに日は十分に昇りきっている。
「私、ちょっと外に出るから、カイは家で安静にしててね。」
スバルは早口にそういった。外に出る?
「何しにいくの?」
僕は疑っているわけでもなく、純粋な気持ちからスバルにそう言った。
まだ僕と同い年ぐらいのピカチュウが一人で住んでる辺りがすでに不思議だったけど、そんなスバルが外に出るってすごく気になる。
「うーん……」
スバルは僕の質問にちょっと答えにくそうにポリポリと赤いほっぺたをかきながらいった。
「えっと、ただ買い物にいくだけだけど……?」
「……」
あ、怪しい……!! なんか隠してるよね、スバル。
「あ、そうなんだ。いってらっしゃい」
しかし! ここはあえて何も疑わない素振りを見せるべし! と思って、僕は知らん顔でスバルに言った。すると、スバルはどこかほっとした様子で胸を撫で下ろした。
ますます怪しい……!
「じゃあ、行ってくるね?」
「うん、行ってらっしゃい」
僕は渾身の笑顔でスバルを送った。スバルは、ドアを開けて外へ出ていく。完全にドアを閉めた。そして僕は、心のなかで十秒間数える。……よし!
僕は先ほどスバルが出ていったドアをそっと開けて、誰も見ていないか確認する。ドアの先の方を見ると、小さくスバルの黄色い背中が見える。僕は、その方に音をたてずについていった。
……やっぱり、あの反応は分かりやすいぐらい気になるよ、スバル。
★
スバルは、どうやら町の方へ向かってるみたいだ。あながち買い物っていったのは嘘じゃないのかな?……と、いってるそばからスバル花屋さんに立ち止まった。そして、店長であるらしいキレイハナさんといくらか話をして……何も買わず歩いていった。
それに似たことを他の店でも何回か繰り返し、スバルは果たして何も買わず町の外れまで来ていた。町を抜けると、そこは鬱蒼と生い茂る森。
もしかして、僕を拾ったっていう森かな……? 僕は、茂みに隠れてその様子を見ながら思った。
スバルが、その森に足を踏み入れる。何をするんだろうか? 僕が引き続き後をつけていこうとした、その時。
「お、スバルか!?」
だ、誰!?
僕はいきなりの声に、心臓が飛び出そうになった。スバルのほうは、声のした方を振り返る。僕は僕で、声の主に姿がばれないよう、頭を茂みに引っ込めた。 すると、町の方から一匹のポケモン近づいてきた。
全体的に紺色の体毛で身を包んでいて、たてがみが風になびく姿が美しい。しかし、双眸は赤く鋭い光を放っている。
レントラーという電気タイプのポケモンが、スバルの前で立ち止まった。
「あ、おはようルテア」
スバルは気軽にレントラーに声をかけた。スバルにルテアと呼ばれたレントラーは、低音ヴォイスで彼女に言う。
「お前、まさか今日もあいつの所に行くんじゃないだろうな?」
「うん、そうだよ?」
スバルはさも当然、といい風に答えた。すると、ルテアさんが呆れ顔になる。
「お前、やめとけっつっただろ? 今あいつは“病み期”なんだよ。追い返されるのがオチだぜ?」
あいつ……って誰だろう?
どうやら、ルテアさんというレントラーは、スバルと親しいらしい。彼の言う(彼……だよね?)『あいつ』とも親しいのかな?
「しっかし、世の中も物騒になったもんだなー」
ルテアさんは急に話を変えた。何でそんな話をするんだろう?
「急に何の話?」
スバルも同じ考えのようだ。首をかしげる。するとルテアさんは……。
「おい、そこで隠れてるやつ、出てきやがれ! スバルを尾行してるんだろ? 気づいていないとでも思ったのか? ああ!?」
「ひぃっ……!?」
超低音ヴォイスで腹の底に響くような声。こ、怖っ!? ぼ、僕のこと言ってるの? 待って……これは、出ていかなきゃ本気で僕をボコボコにする声だ……!
僕はそろりと茂みから出てきた。抵抗しません……! こんなおっかない人相手に……!
「ああ! か、カイ……!?」
スバルの目が丸くなった。ルテアさんは、「あん? 知り合いか……?」と、僕に凄みをきかせながら聞いてくる。
そして彼は、スバルの答えを聞かずにその美しすぎる肢体をバネのように跳躍させて……。一回のジャンプで数メートル離れた僕の目の前で着地した。み、見事……!
「てめぇ、知り合いだからって許されるとか思わねぇこったなぁ! あ!?」
「す、すすすいませんっ……!」
怖いよ! 待って! 僕の足がすくんで言うことを聞かないんですけど!?
「ま、待って! ルテア! その子は……!!」
スバルが僕とルテアさんの間に入る。スバル……! 君は救世主だ、助かった……!
スバルが説明をしてくれたおかげで、なんとか僕が怪しいものじゃないことは、わかってもらえた。けど……。
「――で、てめぇは何で後をつけていやがった!?」
「そ、それは、その……」
やっぱりそこは追求しないわけがないよね……。ああ……スバルがどこに行くか気になったからついてきた、とか情けないこと言えない……!
「あ……、たぶんルテア、それ私のせいだと思う……」
……救世主スバル、再び。
「あ?」
「私が、正直にどこにいくか言わなかったから……だから、許してあげて?」
「ふん……」
スバルの言葉に、ルテアさんは鋭い眼をこちらに向けた。
「もう二度とこんなことすんなよ。わかったか?」
「は、はい……」
もう二度としません。絶対に! 断じて!
「うん、よし! じゃあスバル、お前は事情を説明してやれ。この件はお前のせいでもある」
「は、はーい……」
スバルはバツの悪そうな顔になって、素直にルテアさんに言った。そして、僕に近づいてくる。
「わ、私は……」
「……」
スバルがいつも以上に真剣な表情で言うもんだから、僕も緊張してしまう。
「私は」……?
「今から――弟子入りを申し込みにいこうと思って……」
「はあ……」
……ん?いま、なんて……?
「で、弟子入りっ!?」