第四話 僕を助けたのは
――僕の住む里にいきなり現れた凶暴なポケモンたちに襲われた僕、カイとハクリューのリン。ヤド仙人の“テレポート”で難を逃れたのもつかの間、僕は大怪我を負い、そこに畳み掛けるかのように深い谷底が僕を誘っていって……!?
★
『……!』
ここはどこだろう……? 夢の中?
誰かが呼んでいるような声がする……。気のせいかな……?
『……き……だ……!』
なんだよ、もう……。僕にもうちょっと睡眠時間をくれてもいいじゃないか……。
『……! ……だめだ、起きろ!』
だんだん僕を呼んでいる声が鮮明になってきた。やけに低い声だね……君は誰?
『私は、まだ君の前に現れることは出来ない。だけど、君は起きなくてはだめだ』
どうして? これは僕の夢じゃないか、夢の中の声の君に起こされる筋合いは無いんだけど。
『このまま君が目覚めなかったら、カイ……君は一生起きられないかもしれない』
な、なんだって!?
★
「な、なんだって!?」
バッ!!
僕は飛び起きた。正確には飛び起きようした。だけど、全身に激痛が走るから最後まで起きられなかったんだ。
「いッ……!?」
痛い……。僕は起こそうとした体を再び寝かせる。なんだ、この激痛は……。ぼ、僕はいったいどうなったんだ……!?
しばらくそのことを考えていくうちに、だんだんと意識がはっきりしてきた。そうだ……。僕は確か、数匹の凶暴なポケモンたちに襲われて……谷底へ……。
ど、どうして僕は生きてるんだ……!?あの谷底は、落ちたら生きて出られるような深さじゃ……。
思い出したように、あの悪夢のような夜の恐怖が鮮明に蘇ってきた。そうだ、僕は追われている……。
あの後、僕はどうしたんだ? そして、ここはどこだろう……? 僕は視線だけで周りをさぐってみる。もしかして、捕まって敵の手中にいたりして……。
しかし、辺りの光景は『敵の手中』には程遠い空間だった。
僕は誰かの家の中にいた。あまり広いとはいえない空間に、かわいらしい木で出来た家具が置かれている。そして僕はというと、フカフカな藁でしいた寝床に寝ている状態だ。どうしたら、こんなにフカフカな藁が手に入るんだろう……?
いやいや、今はそんな素朴な疑問はどうでもいい。重要なのは、ここがどこで誰の家なのかということだ。やはり、これは一種の罠なのではないか? 動けない僕を油断させて、安心させたところを技で攻撃するんじゃ……。
そうだ、これは罠だ。何とかしてここから出たほうがいい。敵が来る前に何とかしないと……。
僕はもう一回体を起こしてみる。……いたい……!全身から激痛が走ったけど、これにかまっていたら動けない……! 僕は激痛と戦いながら何とかして上半身を起こすことができた。よしっ……。
と、その時。
ガチャ。
最悪のタイミングで家の入り口のドアが開いた! 今から逃げようとしていたのに……!
そのドアから現れたのは、全身が黄色い体毛に包まれていて、耳は細長く先端が黒い。ホッペが赤くて尻尾はギザギザで先端がハート型に割れている。たしか……ピカチュウとか言う種族だったか。現れたピカチュウは、手にかごを持っていて、その中には色とりどりの木の実が入っている。
そのピカチュウは、僕のほうをくりくりの黒く丸い目をさらに見開いて凝視した。そして……。
「ああーーーー!! だ、だめだよっ!まだ動いちゃ!!」
……大声で叫んだ。けが人である僕をを前にして。
「え、え?」
僕が困惑している間にも、ピカチュウはかごを木のテーブルの上に無造作に置く。その拍子に木の実がいくつかテーブルに落ちた。そして、僕のほうに一目散に駆け寄る。
「待って! お願いだから動かないで! 傷口が開いちゃうから! ね!? 横になって!」
僕の耳元で、大声かつ早口に叫ぶ。そして、僕が抵抗する前に僕の上半身を寝床に戻してしまった。一瞬の早技に、僕は呆然とする。
ピカチュウは、僕が横になったのを見てはぁ、はぁ、と息を荒くしながら大きくため息をつく。そして、一人ごちた。
「はあ……。まったく、傷がどれだけ深いと思ってあんな無茶を……! 一歩遅かったら、助からなかったかもしれないのに……!!」
……やっぱり、僕は死にそうだったのか……。ピカチュウのその独り言が、僕の耳を通って脳内に響いた。いまさらになって、追われて攻撃された恐怖と、谷底に落ちるときのあの恐怖が重なって、体の震えが止まらない……。
その様子を見たのか、ピカチュウは僕に顔を近づけて心配そうに見つめてくる。
「大丈夫……? ここは安全だから、もう少し寝てたほうがいいよ」
……安全……?
そんな……そんなところがあるの? 待って、ここは、本当に安全? このピカチュウは、本当に敵じゃないの……?
「はぁ、はぁ……」
まずい、逃げなきゃ……。僕は急に息苦しくなった。鼓動が早まる。そうだ、僕は絶対に捕まったらだめだ。仙人がそういってたじゃないか! そうだ、谷に落ちて運良く僕が誰かに助けてもらえるはずが無い……!
これは罠だ! このピカチュウは、味方なんかじゃないッ!
「うわあっ!!」
「きゃっ……!」
僕は、体が痛いのも無視してピカチュウを跳ね除けた。ピカチュウが尻餅をつくけど、そんなのにかまってられない。ここから、出なきゃ!
僕はよろよろと出口に向う。
「どうしたのっ!? だめだよっ!! 待って!!」
後ろから僕の背中に降ってくるピカチュウの声。だけど僕は、その言葉を無視して僕が扉を開けようとした。
その時。
「だめッ!!」
ピカチュウは、後ろから僕に抱き付いてきた。動きを止めるつもりらしい。そうは行くもんか!!
僕はありったけの力を込めて抵抗を試みた。傷口が傷む。だけど……!!
「お願いっ、聞いて! 私はあなたの敵じゃない! 私は、スバルっていうの! ここは私の家だよ! 君が倒れてたから、助けたの……!!」
スバルと名乗ったピカチュウは、僕を掴んで離さないまま叫んだ。
「君になにがあったかは知らないけど、ここは安全だから!! お願い、今は動かないで! 無理したら今度こそ死んでしまうッ!! 傷が癒えたら、逃げるなりどこかに行くなり、好きにできるでしょ!?」
ズキィッ!!
全身を焼け付くような痛みが襲った。僕は情けない声を上げながらうずくまる。それを見て、スバルというピカチュウはしまった、というような表情になった。
「ご、ごめんね……! 強く押さえすぎたかも……!」
そして、僕に向かい合って、両手を肩に置く。
「大丈夫だよ。ここには誰も入れないし、私も何もしないから、ね? もう一回休んで。お願いだよ……!」
僕は、微妙に焦点の合わないピカチュウの顔を、痛みに耐えながら見た。見ると、その目には涙がたまっている。本当に、このスバルというピカチュウは僕のことを心配して……?
どっちにしても、この状態じゃあ逃げ出しても倒れてしまう……。ひとまずは、このピカチュウを信じるしかない……。
僕はピカチュウに向かってゆっくりとうなずく。すると、ピカチュウはうれしそうな顔をした。
ひとまずは……安心……。
緊張の糸が途切れたせいか、僕の視界は再び真っ暗になった――。
★
再び気が付いたのは、明け方ごろだった。ただし、何日後の明け方かはわからない。
僕が目を開けると、そこにはこの前に目を覚ましたときと同じ天井が見えた。そして、横を見てみると僕のすぐ隣でピカチュウ――スバルだったっけ――がうつらうつら舟をこいでいた。座ったまま寝るという器用な芸当をこなしている。
僕は上半身を起こしてみる。鈍い痛みはあったけど、前のような激痛は来ない。ひとまずは傷が癒えている証拠だ。と、その時。
「……んぅ……?」
「え……」
スバルが、うっすらと目を開けた。ちょっと待って、僕上半身を上げただけなのに、どうして今ので起きられるの!?
「……あ、起きたんだね?」
「う、うん……」
スバルの眠たそうな言葉に、僕はうなずくしかなかった。するとスバルは、目をごしごしとこすって言う。
「どう? 体の調子は?」
「う、うん。なんとか……」
「よかった!! 一時はどうなるかと思ったけど……とにかく無事で!」
スバルは立ち上がって、テーブルのほうに向かった。そして、かごをごそごそと探りながらいう。
「えっと……おなかすいてない? 君、一週間ぐらい何も食べてないし」
「い、一週間……!?」
僕はトータルしてそんなに寝てたんだ……。それにしても、スバルは一週間の間、ずっと看病しててくれたってこと……?
「あ、あの……」
「なに?」
「あ、ありがとう……君が、助けてくれたんだよね……?」
「『助けた』だなんて、おおげさだなぁ。何日間か寝かせていただけだよ」
嘘だ。
僕は心の中でだけそう突っ込んだ。寝かせてただけで包帯が巻かれてたり、傷が回復したりするもんか!
「私はスバル。ちょっと前にポロッといったと思うけど、改めてね。君の名前は?」
「僕は……カイっていうんだ」
「カイ、ね。うん。よろしく。おなかすいてるでしょ? ちょっと待ってね、今準備するから」
「……よろしく」
僕は、ここにきて久しぶりに安堵感を味わった。僕は生きている。助かったんだ。
そして、そうなったのはスバルのおかげだ。ひとまずは、スバルに感謝しなきゃいけない。