第十一話 ほとぼりが冷めた後
――あとから聞いた話だけど、どうやら正気に戻ったシャナさんがフワライドをボッコボコにしたらしい。僕はもちろんその場面を見てないけど(気絶してました)スバルとシャナさんは、僕が気絶する前よりスッキリとした顔になってたと思う。
でも、それは僕が気がついたあとに知った話で、僕が目を覚ましたときの状況はというと……。
★
「……、……」
誰かが小さい声で話をしているのが僕のそばで聞こえた。
僕は重いまぶたをゆっくりと開けてみた。しばらくは視界がぼやけたけど、何度かまばたきをしているうちに周りがはっきりと見えてきた。
目の前に広がるのは、まん丸の黒い瞳に、黄色い顔……。
「良かったカイー!! 目を覚ましたんだね!」
「うわあっ!?」
スバルがいきなり抱きついてきた。ちょ、ちょっと待って……! なぜだかわからないけど、僕の顔はマトマの実をかじったあとのように熱くなった。しかし、それも一瞬のことで……。
「ス、スバル……!」
「うん、わかってる……!」
いや、わかってないって……!
「……痛い……!!」
「あ! ご、ごめん……」
僕がそういったことで、スバルはやっと僕を解放してくれた。どうやら、傷を負った場所にスバルの腕がクリーンヒットしたようだ。ズキズキする。
「どうやら、目が覚めたようだな」
「!」
スバルの後ろ側で低い声がした。スバルがちょっと退くと僕の視界に切り株の椅子に腰かけるバシャーモの姿があった。(ちなみにここはスバルの家みたいだ)。
「シャナ……さん?」
失礼かもしれないけど若干語尾が疑問系になってしまった。一瞬、同一人物だと思えなかったからだ。彼は僕が初めて会ったときより、目には精気が宿っているようにみえる。
「ああ……。とんでもない初対面になってしまったが……体は大丈夫か?」
「あ、はい……」
そう言えば……僕はどうしたんだっけ? 町は? あのフワライドは?
「あの……どうなったんですか……?」
僕のこの言葉に主語がなかったが、二人はある程度真意を察してくれた。
「ああ……。あいつらのことなら心配ない。もうこの町を去った」
シャナさんは僕の意識がなくなったあとのことを詳しく教えてくれた。
フワライドとシャナさんのバトル、新たなのポケモンの出現でフワライドを取り逃がしたこと、“イーブル”と言う存在……。とりわけはシャナさんの戦いぶりは、スバルが実況さながらに話してくれた。かなり興奮しながらフレアなんとかについてを熱く語る。
やっぱりシャナさんは強いんだなぁ……。
「それでね、今ルテアが近場にある救助隊支部の方にこの騒動を報告に行ってるところなの」
「と、まあ。ざっとそんな感じだが……俺がここにいるのはその話をしに来たからじゃない」
シャナさんは、いくらかトーンを落とした声で言う。スバルが僕の横で緊張したのがわかった。
「あの“イーブル”とかいう連中については何もわかっていないんだ……あることを除いてな」
あること?
「……連中がカイ――君を狙っている、ということだ」
「あ……」
……そうだった。元はといえば、この町に“イーブル”が来たのも、僕を狙ってのことなんだ……。
「そこでなんだが、カイ。君が今知っていることを隠さずすべて教えてくれないか?」
「え……」
僕はシャナさんを見た。シャナさんも僕を見据える。
「で、でも僕は……なんで狙われてるか全く心当たりが……」
「わかっている。だからこそ、今は情報を集めるしかない。どんな些細なことでもいい、話してくれ。一応スバルにも話は聞いたが……さすがに情報が少なすぎる」
シャナさんは穏やかに、なおかつ断固とした口調でいった。僕はスバルを見ると、彼女は小さくうなずく。
「……はい」
僕は深呼吸をして、すべてを話すことにした。今までのことを、すべて――。
僕の住んでいた里に、突然現れた謎のポケモンたちが襲撃に来たこと、リンをおいて仙人の“テレポート”で逃げたは良いが、谷底に落ちてしまったこと、そして、スバルに助けられたこと……。
時々僕は、話している間につっかえたり、喉が熱くなったりして言葉を紡げなくなったこともあったけど、最後まで二人はいっさいの横槍をいれなかった。
「……これが僕の知っていることの全部です」
やっと喋り終わったときには、もうくたくただった。精神的に疲れたのかもしれない。
「そうか……ありがとう」
シャナさんは、僕が話終わると、静かにそういった。スバルは、なにかを言いたそうにしているけど言おうかどうか迷っているようだった。
「あ、あの……カイ……」
「……なに?」
僕はスバルを見る。彼女が静かに次の言葉を口にしようとした、その時。
ゴンゴン!
「おーい、俺だ。開けてくれ!」
ノックと共に、ルテアさんの声が扉越しに聞こえた。
★
「なかなか面白いことがわかったぜ」
ルテアさんが加わったことで、さっきまでの重苦しい雰囲気は、どこかに消え去ったようだ。そう言えば、スバルがなにか言おうとしてたけど……まあ、あとで聞いてみよう。
「面白いこと?」
スバルが聞き返す。
「ああ。シャナがボッコボコにしたプワプワが言ってた“ナイトメアダーク”ってやつだけどな……」
「……くそっ……」
シャナさんが小さく悪態をついた。自分がそうなっていた時のことを思い出しているに違いない。
「どうやらシャナみたいにあの状態になるやつが、最近各地で急増しているらしい」
「え、それって……」
スバルが何気なしに呟く。
「ネガティブな人が増えてるってこと?」
「それは違うと思う……」
僕はさりげなく突っ込んだ。ああ……シャナさんの表情が恐い……。
「だがな、その“ナイトメアダーク”の厄介なところは――あ、連盟は便宜上“ND状態”とか呼んでいるらしいが――その謎の黒いオーラについてなーんにもわかってないってところだ」
「なーんにも?」
「ああ。なーんにも」
スバルとルテアさんが互いに顔を合わせていう。
「どこから現れるのか、正体がなんなのか、なにが原因で、どうすれば抜け出せるのか……なにひとつわかっちゃいねえ。今回の一件で、やっと名前と確かな“黒いオーラ”の存在を認識できた程度だ」
へえ……じゃあ今回の功労賞はスバルかな?
「ただの悪夢とは違い、NDに陥っている間、本人が体験した記憶は存在する。が、NDは、陥った奴をじわじわと追い詰めて脱け殻のようにするのが特徴だ。まあ悪夢よりたちが悪いな。ただ……」
「ただ?」
うわぁ……まだあるの? 今回のルテアさんは徹底的に“焦らし役”にまわるようだ。そして、ルテアさんは何故かシャナさんの方を一瞬ちらっと見た。
「傾向としては、忘れがたい過去の記憶に苦しめられている奴、トラウマを抱えている奴、自信が持てない奴、メンタルが弱い奴……まあ、精神的にあまり強くない奴がNDに陥りやすいようだ」
ルテアさんの言葉を聞いて、僕は思わずシャナさんの顔色を伺ってしまった。なぜだろう……? さっきルテアさんがシャナさんをチラッと見たからかな。
「ま、シャナの場合、持ち前のネガティブが祟ったんだろ」
清々しいぐらいにルテアさんはさらっと言った。てんめぇ……と、シャナさんは小さく呟く。恐い……。
「しょうがねぇな、いいとこなしのお前のために、ひとついいニュースを教えてやる」
ルテアさんは不敵ににやりと笑ってシャナさんを見た。
「あ?」
「あの“ナイトメアダーク”だがな……」
ルテアさんは一瞬間を置いて……。
「自力で抜け出したのは、お前が初めてらしいぜ」
★
――と、ここまでが僕が本格的な冒険を始める前までのお話。ちょっと長かったかな……。
なんだか、長時間説明していると喉が渇いてきちゃった。
それで、僕がこの後どうするかについて説明しようと思うけど……その前にちょっと休ませてくれないかな? そろそろ舌が回らなくなってきたから。
あ、でも最後に一言だけ。
僕は、あの後療養のためにスバルの小屋に数日間お世話になった。そりゃ、こわーい六つの目が僕に安静にしてろと脅……いや、親切に言うもんだから、断れるわけがない。
でも、僕はスバルの小屋にいる間ずっと考えていた。これからどうするかを。まさか僕のせいであそこまで襲撃を受けてしまったこの町にずっととどまっているわけにも行かない。だからといって、僕にはもう行く当てが無い。
実はこの数日間、僕は不安でしょうがなかったことだけはわかって欲しい。
……なんか一言じゃなくなっちゃったね。ごめん。
次の話のために、僕は一度休憩を入れることにするよ。
それじゃあ、あとでね。