第十話 バトル! ――プワプワVSネガティブチキン
――カイが止めを刺される直前という間一髪のタイミングで現れたシャナ。スバルが師と扇ぐシャナの力量はいかなるものなのか――?
★
シャナが高らかと叫んだと同時に、茂みからスバルが顔を出した。一刻を争うので、スバルより足が速いシャナに先に行ってもらっていたのだ。
「カイッ!!」
スバルはうつ伏せに倒れているカイに駆け寄った。
「カイ、しっかり! どうしてこんな…!」
「ぐ……た、助けに……?」
カイはいまにも消え入りそうな声で、かろうじて目だけでスバルを見て言った。スバルはいまにもこぼれ落ちそうなほどに涙を目にためていた。そして、ぎゅっとカイを抱く。
「ごめんね……もっと早く来ていれば、こんな……!」
「……おい、相手は一応……ああ、こりゃ、聞いてないな……」
こいつには恥じらいってものがないのか、まったく鈍感な奴だ、などとブツブツシャナが呟いていると、“オーバーヒート”からなんとか立ち直ったらしいライドが、よろよろと浮かび上がった。
「く……どうしてネガティブチキンがここにいるプワ……? 確かに”ナイトメアダーク”に陥ってたはずプワ……」
「「なんだって……!?」」
ライドの発言に、スバルとシャナが同時に険しい口調でハモった。と、ライドは明らかに失敗した、という顔で焦る。
「し、しまったプワ……口が滑ったプワ……!」
スバルの方は、シャナが同じキーワードに反応したと思い彼を見る。すると彼は、ギラギラと炎を宿した目でライドをにらんで言った。
「……“ネガティブチキン”……だと……!?」
「いやっ、つっこむとこそこじゃないでしょ!」
スバルは思わず叫んだ。いや、もっと重要な単語を口にしたにもかかわらず、そんな単語に反応するバシャーモにあきれるほかなかった。
シャナではもうどうにもならないと思ったスバルはライドをキッと見据えていう。
「あなたいま“ナイトメアダーク”とかいってたでしょ!?どういうことなの!?」
「う……お、お前にはかんけーないプワ!」
「やっぱり、シャナさんに何かしたんだね?」
「う、うるさいプワ!」
ライドは、開き直ったように叫んだ。
「別にあんなネガティブは僕たちがなにもしなくてもいずれ勝手にああなってたプワ!」
「な……!」
スバルは我が耳を疑った。今の発言は自白と実質同じものだったからだ。
「なにプワ! ちょっと探検で何かあったぐらいでうじうじ……そんなことだから僕たちのアレに簡単にはまったプワ! さっきのほうがよほどお似合いプワ!!」
「……」
ライドはシャナが反論しないのを見て、さらに衝撃の一言を放った。
「はっきり言って、お前キモいプワッ!」
「………」
「…………」
「……………」
沈黙――。
気まずい。しかしその中で、何やら周囲の温度が異様に高くなったような錯覚を彼らは覚えた。
まさか……と思い、スバルはシャナの方を見ると……。
「ネ――」
ワナワナと震える彼は……!
「――ガティブで何が悪いッ!?」
怒りが沸点に達し、耳をつんざくばかりの大声を放ったのだ。
「ネガティブの何が悪いんだこのプワプワ野郎ッ! ああ!? 誰だってそうなるときはあるんだよッ! それを乗り越えて強くなるんだよッ! てめぇなんかにとやかく言われる筋合いはねぇええッ!!」
「なっ……!?」
ビリビリ……ライドはシャナの威圧感を自身の全身の肌に感じ取った。
――な、何でネガティブなあいつからこんな迫力が……!?
「てめぇだけは絶ッッ対にボコボコにしてやるッ!」
「や、やれるもんならやってみるプワ!」
「スバル、カイと安全な場所にいろッ!」
「は、はい!」
スバルはシャナの気迫にたじろぎながらも、カイを抱えて移動した。それを見届けたシャナは、ライドを鋭く睨む。
「プワ……」
部下を全員“オーバーヒート”で動けなくしたシャナを見て、ライドは一瞬後ろに引きかけた。が、思い止まった。考えてみれば、いま自分は上空にいるのだ、とライドは思い出す。この距離なら地上のポケモンはフワライドに届かない。
それに、バシャーモは炎・格闘タイプだ。ゴースト・飛行であるフワライドとは相性が悪い。
よし、行けるプワ、と彼がそう思った瞬間……。
「ぐぼぉッ!?」
体に走った衝撃で、フワライドの思考は強制終了させられ、叫んだ。なぜなら……。
「俺たちバシャーモの脚力を舐めるなよ!?」
フワライドの位置まで跳躍したシャナが、炎をまとった拳をフワライドに当てたからだ。
「“炎のパンチ”!」
シャナの拳がフワライドの皮膚を焦がす。
「プワー!」
そのままフワライドは近くの木の幹に激突した。
「ぐ……! やったプワね!?」
甲高い声でうめいたライドは、手に複数の黒い球を形成する。
「“シャドーボール”プワッ!」
いくつもの黒い塊ががシャナに迫る!
「シャナさん、危ないっ!」
スバルは遠くで叫んだ。しかしシャナは……。
「ふん……」
軽く鼻であしらい、なんの技もなしにただの拳を構える。
「お前の技、そっくりそのまま返してやる!」
そして、ライドの“シャドーボール”を――打ち返した!
「プワッ!?」
ライドは、更なる予想外の出来事に奇声をあげながらも、もう一度“シャドーボール”をつくり、戻ってきた技を相殺した。その拍子にシャナとフワライドの間を煙が隔てる。
「な、何も見えないプワ……!」
ライドは、キョロキョロと辺りを見渡す。
「どこプワ! どこにいるプワ……?」
「ここだ」
「!」
ライドは面白いぐらいにびくついて声のした方――真上を見上げた。
シャナはフワライドが煙りに惑わされている間に、フワライドの遥か上空に跳躍していた。
「俺への暴言その他もろもろの礼だ!! 」
あくまで怒りのメインは暴言なことに、スバルは突っ込みたくなった。しかし、今のシャナには何を言っても彼の脳内で都合よく消え去るだろう。
そして彼はその後、空中で全身に炎を纏った。
「あれは……“フレアドライブ”……!」
スバルは小さく叫ぶ。そうまさしく、シャナが纏った炎の正体は“フレアドライブ”だった。
しかしシャナの攻撃は、そこで終わることはなかった。
重力によって跳躍から地面に落下するとき、シャナを纏った炎の外に、新たな衝撃波が覆い被さったのだ。“フレアドライブ”とその衝撃波が融合し、シャナを包むエネルギーは爆発的に増える!
「“ギガインパクト”……!」
スバルは衝撃波に飛ばされないようにカイを抱きながら言った。
そして……。
「食らえ!」
「プワ……! 滅茶苦茶プ……」
シャナはライドをさえぎり、高らかに叫んだ。
「――“フレアインパクト”!」
“フレアドライブ”と“ギガインパクト”の連携により、最大限の威力となった大技“フレアインパクト”が、ライドを中心に、半径五メートル範囲を急直下する。当然ライドはそれを避けられるはずもなく……。
轟音が、彼の断末魔の叫びすらも飲み込んだ――。
★
「かはっ……!」
生々しくえぐられた地面の上にライドが黒焦げになりながらも、彼はかろうじて意識を保っていた。
「なんだ……まだ意識があったのか」
――まあ、手加減したから、それもそうか……。
シャナは相手のために手加減をしたのではない。反動のきつい“ギガインパクト”と、技を出したとき自分にダメージが跳ね返ってくる“フレアドライブ”の連結技である“フレアインパクト”を全力で打ったら、シャナの受ける反動がとんでもないことになる。
ハイリスク・ハイリターン、これが“フレアインパクト”の特徴および欠点である。
「さて、と……」
シャナはライドの傷だらけの体の上に容赦なく足をドンッと乗っけた。
「ぐえっ……!」
ライドはその重量が傷に響いたのか、うめき声をあげる。
「お前にいくつか質問がある。いったい、お前らは何者だ? なぜカイを狙う? 誰の差し金だ?」
「ぐ……僕が答えると思うプワか……?」
「……」
ボッ、とシャナの右手から炎が上がる。“炎のパンチ”の準備態勢だ。その瞬間ライドの表情が一変した。
「待っ……待って、や、やめてくださ……!!」
「語尾はどうした? プワ野郎」
「ひッ……!」
ドガッ。
“炎のパンチ”がフワライドのバッテン印の口にクリーンヒットした。今度こそフワライドは白目をひん剥いて気を失うこととなった。
「こいつはどうにもならないな……ジバコイル保安官に引き渡すか……」
シャナがライドの薄い手を持って移動させようとした、その時。
「それは困るな」
「なッ……!?」
シャナは、その声が響くと、途端に全身の身の毛がよだった。ものすごい殺気がこちらに向けられている……。一瞬でシャナの背筋に悪寒が走り、いやな冷や汗があふれ出すのを感じた。
「誰だッ!?」
シャナは、フワライドと戦った時とは比にならないほどの危機感を持って叫んだ。
――これは……危険のサインだ!! やばい奴がいるッ! どこだ!? どこに居やがる……!?
すると、フワライドに足を乗せたシャナの元に、一筋の衝撃波が飛んできた!
「!」
あわてて飛びのいたシャナは攻撃が飛んできたほうを見上げる。すると……。
「……弱い者いじめはよくないな。このフワライドはこちらが預かっておくことにするよ」
「……お前は……」
シャナの前に現れたのは、黒いポケモンだった……。
漆黒に包まれた体に、白い髪、そして目は青空のような色をしている。が、不気味な容姿からか、その目の色すらも不気味に光っているように見える。
シャナは、今までこんなポケモンを見たことが無かった……。
そして、シャナが感じた殺気の正体こそ、この黒い謎のポケモンだった。
「……いじめ甲斐のある部下の上司が現れたってか?」
シャナは動揺をさとられないように、気丈に謎のポケモンに向かって言った。しかし、謎のポケモンはそれすらも見透かしたように細く笑う。
「まあ、たしかに上司ともいえなくない……探検隊の格で言えば、ブロンズランクとマスターランクほどの差があるがね」
「……お前らは何者だ? 何が目的だ?」
シャナは本格的に威嚇を込めた声でポケモンに尋ねた。いや、尋ねたというより、詰問した、というほうがしっくり来るかもしれない。
しかし、謎のポケモンは、ただただ不気味に笑い、シャナの反応すらも楽しむかのようだった。
「くくく……わかるよ、“爆炎”のシャナ。君が今抱いている感情は、私のことを知らないことから来る“恐怖”だね……?」
「さっさと質問に答えろ」
シャナは鋭く叫んだ。謎のポケモンはなおも笑う。
「そうだな、私たちの名は……“イーブル”、とでも名乗っておこうか」
「“イーブル”……!?」
自分たちのことを“イーブル”と名乗った謎のポケモンは、ライドを掴んだ。
「では、そろそろ私たちは立ち去らせてもらうよ……わかっているだろうね? 命拾いしたのがどちらの方か……」
くくく、とポケモンは不気味な笑い声を立てて空に浮かび上がる。
「……撤収だ」
一言だけそういうと、“オーバーヒート”で伸びていた部下のポケモンたちが一斉に去り始めた。そして、自身も空に浮かんで去っていく。
「待て!」
シャナは叫んだ。しかし、足はなぜかそのポケモンを追おうと動かなかった。……シャナはわかっていた。こいつには、俺では到底かなわない。追わないのは、本能で危険を察したからだ、と。
敵たちの姿が完全に見えなくなった後、シャナは小さく、誰にも聞こえないようにつぶやいた。
「“イーブル”……奴らはいったい、何者なんだ……?」