第九話 “爆炎”とスバルの攻防
――私の住んでいる町が、謎の集団に襲撃を受けた。カイは、何を思ったのか一人で敵を引き付けて去ってしまうし、ルテアは手が離せないし、今頼りになるのはシャナさんと、その彼を説得に向かう私だけだ!
★
途中、町を襲ったポケモンに遭遇するというトラブルも無く、私は小屋の前にたどり着いた。そう、シャナさんの小屋だ。シャナさんの力ならあのフワフワにも対抗できる。どうにか説得するんだ!!
私はノックをしないで(だって、扉は吹っ飛んで無いんだもん)小屋に乗り込んだ。今は他人の家とか言っていられない!!
「シャナさんっ!」
私はシャナさんの前まで行って叫んだ。
「大変なんです! 変な集団がバァって! それでカイが逃げて、追われて、それで手を貸してください! シャナさん!!」
するとシャナさんは、私にうざったそうな目を向けて、静かに言った。
「……意味不明だ」
……はい、ごもっとも。ちょっと深呼吸させて……。
「とにかく、大変なんです! シャナさん、助けてください!!」
私はさっき起きた出来事をさっきよりはいくらか脈絡をつけて話した。とにかく重要なのは、カイが危ないってことだ!!
「……ってことなんです! シャナさん、カイを助けて!!」
「……なぜ俺なんだ。ルテアはどうした?」
「町の人の救助で手が離せないの! だからあのフワフワをどうにかできるのはシャナさんだけだよっ!!」
「……俺には、誰かを助けることなんて出来ない……」
「どうして!!」
死にそうだった私を助けたのはどこの誰だからってそんなことを言っているの! 早くしないとカイが……!!
「どうして、助けられないの!? あなたは探検家として名をはせた“爆炎”でしょ!? 人を助ける技術も強さもあるでしょ!?」
「……俺はッ!!」
バッ!
シャナさんはいきなり立ち上がった。その拍子に、ブワッ、と周りの空気が一変する。な、なに!? 目に見えないオーラが急にシャナさんから湧き上がったような感じだ……!
「俺は……助けたい! 今すぐにでも! ……いや、俺になんかは無理だ……! くっ……!誰かが助けを求めて……黙れ! こんな気持ちで人を助けることなんて出来ないんだ!!」
「な、なんなの!?」
シャナさん、どうしちゃったの!? 急に正反対のことを一人で喋りだしたんだけど……! まさか、カイの言っていた……“ほかの原因”が現れてるって事!?
でも、一度始まったシャナさんの葛藤のようなものは、また急に静かになってしまった。そして……。
「く……! 俺は……何のために、誰のために人を助ければいい……!? 誰を信じればいいんだ……!!」
何のために、誰のために人を助けたい……ですって?
「シャナさん……あなたって人は……!!」
――私の中で、何かが切れた――。
「なに……あほなこといってるのーーーッ!?」
私は、目の前のチキンの足元に電撃を食らわせてやった。
「うおっ!?」
思わずしりもちをつくネガティブバシャーモだけど、私はそんなことには構わずに叫ぶ。
「あんたはそれでも探検隊なのッ!? 人を信じられないッ!? それなら自分を信じればいいでしょうが! 自分を信じられないやつが探検隊なんてできるッ!? 人を助けるときにいちいちそんな細かいことを考えるやつが人助けッ!? 出来るわけ無いじゃないッ!?」
「……」
シャナさんが、私を未知の生物でも見るような目つきになって見てくるけど、それは無視した。
「私はあなたの過去なんか知らない!! 知らないけど……! あの時、シャナさんは死にそうな私を助けてくれたじゃない!! あのときのシャナさんは、ただ“助けたい”の一心で、過去とか、理屈とかそういうのは関係なかったんでしょ!?」
もう……泣きたくなってきた……!
「お願い……あの頃のシャナさんに戻って……! カイを助けてよ……!」
どうすればいいの……? 私は、さっきカイの前で泣いたばかりなのに、涙が止まらない。
自分の力じゃ何も出来ないじゃない! 説得のひとつも出来ない! カイも助けられない……。
「ぐ……」
はっ!
私は、すぐ近くで聞こえたうめき声に、しゃくりをあげながらも顔を上げた。すると、シャナさんは片手で頭を抱えてふらついていた。
「ぐあッ……!」
「ひぃやあ!?」
シャナさんがいきなり何かを振り払うように椅子を思いっきり腕で払った! その椅子が私のほうへ一直線に飛んできたもんだから……。
ちょっと! 避けてなかったら大怪我してたじゃない!!
ちょっとした恨みを込めた目でシャナさんのほうを睨んでやると……。
「……なに、これ……」
私は、今日何度目かわからないこのせりふを口にした。
シャナさんの周りに、黒いオーラのようなものがまとわりついている!!
シャナさんは、その中で必死にもがいて苦しんでいた。
ちょ、ちょ、ちょっとこれ、どうすればいいの!? 誰か呼んできたほうがいい!?
私がちょっと逃げ腰になったとき……。
「ぐ……スバルッ!!」
シャナさんが叫んだ。
「な、なに!?」
「これを……俺の周りにまとわりつくこれを……はらってくれ!!」
「ええぇ!? どうやって!?」
いきなりそんな無理難題、出来るわけ無いじゃない!!
「ぐあぁあ!!」
「しゃ、シャナさん……!!」
「は……早くしろッ!!」
「え……!? う……」
……もう知りませんからね!!
私は、意を決して赤い頬の電気袋に電気を込めた。ピリピリという感触が全身に伝わる。
「恨まないでくださいよ!? 必殺……!!」
わたしは電撃を出す構えを取る。
「“十万ボルト”!!」
私は渾身の電撃をシャナさんに向けて放った!!
「ぐわぁああ!!」
シャナさんは今まで出一番大きな声で叫んだ。な、なんか強くやりすぎちゃった!? まずい……!
しかし、シャナさんがひときわ大きな声で叫んだ瞬間、彼を取り巻いていたあの黒いオーラが、一瞬、脈打つように大きくなった後……。
ブワッ!!
オーラがシャナさんから離れた!! シャナさんは気を失って倒れこむ。
オーラだと思っていたアレは、黒い霧のようにひとつの空間にとどまっていた。そして、風に乗って飛んでいく。
待って! 逃がすもんですかッ!!
「“電気ショック”!!」
私は、黒い霧に電気ショックを放った。すると……。
――黒い霧は、文字通り雲散霧消した―。
★
「……あれ?」
なにがおこったの……? 全然わけがわからないんだけど……。
「ぐ……」
「あ、シャナさん!!」
あの霧の正体はわかんないけど、とりあえずシャナさんが起きたので私はそのほうに駆け寄る。
「シャナさん!! 大丈夫ですか……?」
「お……俺はいったい、なにを……」
起き上がったシャナさんは、今までより若干しっかりとした口調で呟いた。うつろだった目も、今はしっかりと焦点を捉えている。これは……!
「やった! シャナさん、戻ったんですね!?」
なにから戻ったか全然わからないけど!! 私はシャナさんに向かって叫んだ。するとシャナさんはこっちを向いて。
「……悪夢を見てるようだった……。とにかく、スバル……助かった……」
「いいんです! 今はそれより、カイが危ない!! お願い、カイを助けて!!」
「カイ……? たしか、あのときのリオルか……?」
シャナさんが一生懸命記憶を手繰り寄せているけど……もう!そんな時間なんかないのに!!
「行きましょうシャナさん! あのプワプワがなにをしでかすかわかったもんじゃない!!」
「プワプワ?」
★
一方、森の中では……。
「お前……予想以上に弱いプワねぇ……」
フワライドがあざけるようにカイのほうを見下ろした。カイのほうは、部下の攻撃をもろに受け、息も絶え絶えだった。
「……ぐぅっ……」
うつ伏せに倒れたまま指一本動かせない……もはや目を開けることすら難しく、意識が飛んでいないのが不思議なぐらいだった。
「……なーんか、リオルの癖に波導も使えないみたいプワし……僕が直接痛めつける機会を逃したプワ……」
カイは、フワライドの言葉がやけに遠くから聞こえてくるようだった。
「ライド様、まだ続けるんですかー?」
部下の一匹が、フワライド――ライドにそう言った。すると彼は、薄っぺらい手をあごの部分に持って行って唸る。
「さて、そろそろ飽きてきたプワね……始末は僕がするプワ。下がってるプワ」
ライドが部下に指示を出すと、ポケモンたちは一歩下がった。彼は、空からカイの前まで降下してきたそして、紙のように薄い手から黒い球を作る。
「これで終わりプワよ……」
その黒い球――“シャドーボール”は、ライドの手の中で大きくなっていき……。
「とどめプワ!!」
それが放たれようとした、その時――。
「――“オーバーヒート”!!」
森の茂みから声が響くと同時に、猛烈な熱風がライドや部下のポケモンたちを一斉に吹き飛ばした!
「な……なにプワ!? 誰プワ!? 出てくるプワッ!!」
いきなりの攻撃に、ライドは取り乱したように叫ぶ。そこに、茂みから颯爽と跳躍しながら現れたのは、一匹のバシャーモだった。
「俺たちの町をずいぶんと荒らしてくれたようじゃないか、フワライド!」
「お……お前は……まさかプワ……!」
「俺は――」
ライドがうろたえながら言うと、彼は高らかに叫んだ。
「――“爆炎”のシャナだッ!!」