へっぽこポケモン探検記




















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第十章 “運命の塔”編
第百七十話 最終決戦!
 ――ダークライの策にはまり、僕にはもう消えてなくなるしか無いと思っていた。だけど、絶体絶命のその時に助けてくれたのは、いつも側で支えてくれたルアンと、そして仲間たちで……。





 ルアンが届けてくれたみんなの思いと一緒に僕らは走る。目指すはもちろんダークライ。彼を倒せばこのこの空間から抜け出せる。この悪夢から目を覚ます事が出来る!
「ちぃっ!」
 ダークライは迫る僕らとルアンから遠ざかるように身を翻し、おそらくNDの力で作り上げているであろう幻を僕らにけしかけてくる。
 だが、逆に言えば、ダークライは幻でしか僕らを止める手段が無いという事だ!
「“アイアンテール”ッ!」
 僕の前に躍り出たのはルテアさんの幻だ。僕とルアンは咄嗟に二手に分かれて鋼鉄の尻尾をやり過ごす。
『カイ、ぬかるなよッ!』
「ルテアさん……ッ!」
 そしてここでも、本物のルテアさんの“想い”が僕に声をかけてくれる。
『あんな幻なんかさっさと蹴散らしやがれ! 本物の俺の尾はもっとかてぇぞ!』
「おおおおッ! ――“はっけい”!」
 ズバァン! 僕はルテアさんの幻に拳を打ち込んだ! 体が吹き飛ばされたルテアさんのところへ、さらにルアンが“波導弾”で追撃をかける。ダークライはそんな様子を信じられないように見ていた。
「く、そぉおおおォ! なぜだぁ! なぜ止まらないぃいいい!?」
 ここにきて、ダークライは自らの手で僕らを迎え撃つ方に切り替えた。手のひらの上から黒いエネルギーの塊を上空に向けて放つ。花火のようにそれは宙で割れ、黒い隕石のような攻撃が降り注ぐ。
 これは避けられない! そう思って僕は一旦距離を取ろうと思った時。
『走り続けなさい、所詮は姑息な手です』
 僕に声をかけてくれたのは、さっきまで一緒にいて、僕がギルドに帰してしまったローゼさんだった!
『指示通りに走るのです! わたくしの推理力なら、この攻撃を掻い潜ってダークライへと接近できますよッ』
 右、左、斜め!
 僕はローゼさんの指し示す方向へと迷わず走る! 次々と飛来してくる黒い隕石は、ものすごい衝撃で地面に衝突するけど、僕らに命中する事は全くない! さすがはローゼさんだ!
『行きなさい、カイ君! ……そして、頭に血が上っていた私を救うためにギルドへ帰してくれた事……感謝します』
 僕はローゼさんに言われるがまま、既に目の前にまで迫ったダークライの懐へ潜り込むために頭を低くする。両手に“ソウルブレード”の刃を纏わせる。
「ふん、馬鹿がァッ! 私と二度も戦ってぼろぼろになったくせに突っ込んできやがって! くははッ!」
 ダークライは耳障りな声で笑った。そしてどこからか“銀の針”を手に構え、ナイトメアダークの力を乗せる。そうすると、ただの投擲道具がたちまち黒い剣へと変貌した。
 だけど、どうしてだろう。今のダークライの笑いが、僕にはどうしても引きつった余裕のかけらの無い笑いにしか見えない!
『――カイ、集中しろ』
「! シャナさん……!」
 ダークライの懐へ一歩を踏み込む瞬間、シャナさんの声が聞こえた。
『得意の接近戦、俺を相手に嫌という程練習してきた。今この瞬間のために、出来る事全てをお前はやってきたはずだ!』
 ガキィン! 僕の白い刃とダークライの振るう黒い刃がぶつかり合う。
 深呼吸。そして相手をしっかりと見据える。
 受け流せ。隙を見逃すな。刃先は体の一部。全ての神経を尖らせろ!
「死ねぇ! カイィ!」
 ……初めてシャナさんとバトルした時、僕は彼を憎いダークライと重ね合わせていた。だけど、今は逆だ。僕は目の前のダークライを、訓練の時のシャナさんに見立てて間合いを取る!
 迫る刃を受け流す。突く、斬る、避ける、ひねる!
「くッ……!」
 そうしているうちに、だんだんとダークライが押される形となった。初めてダークライと対峙した“空のいただき”では、考えられない事だ!
「雑魚がぁあああ! 調子に乗るなァ!」
 ダークライはいよいよ余裕が無くなって、少しずつ太刀筋が荒くなっていく。彼がむちゃくちゃになって叫び、僕に大きく剣を振り下ろそうとした、その時――。
「――私の事を、忘れてもらっては困る!」
「!」
 その声と同時に、まばたきも許さぬ素早さでダークライの背後をルアンが取った!
「“インファイト”ッ!!」
「ぎゃぁああああッ!」
 思わず見入ってしまうほど奇麗な型で放ったルアンの正拳突きを食らったダークライは吹っ飛んだ! 甲高い叫びを上げるのもつかの間、吹っ飛んでいる真っ最中のダークライへさらにルアンは踏み込んで次撃を加える!
 拳、足、肘、膝! 目にも留まらぬ猛攻、ルアンの渾身の“インファイト”! 間近で見るのは初めてだ。これが、ルアンの力なんだ!
 いまや、ダークライは技を食らう一方で隙だらけ、今なら強い一撃を食らわせる事が出来る! そう思って僕は駆け出した。
『カイ』
 そして、それと同時に……僕が今、一番聞きたい声、一番焦がれていた者の励ましが耳の近くで聞こえた。
「――スバル……!」
『頑張って……闇に負けないで。そしてなにより――』
 一瞬、他の世界の音が無くなって、彼女の言葉だけが僕の耳にこだました。

『――無事に帰ってきて、カイ』

「おおおおぉおおッ!!」
 ルアンの“インファイト”が切れた! だがダークライが体制を立て直すより先に、僕はルアンの肩を踏み台代わりに借りて跳躍! 今ここで全てを出し切るために、僕の波導を両腕に込める!
「ぐがぁァ……ッ、こんなところで……ッ! こんな寄せ集めどもに負けるなどおぉおおおォ! ――“悪の波動”ッッ!!」
 既に満身創痍にも見える眼下のダークライが、そんなことを言って両手をふるう。そこから現れたのは、さっき僕を苦しめた巨大な怪鳥! 僕の体の何十倍もの大きさを持った化け物だった。
 だけど、怖くない!
 今は、僕だけじゃない。みんなの思いが、この刃にこもっているんだ!
「はぁああああッ!」
 ――波導をためろ! みんなの想い! もっと大きく、もっと鋭い刃となれッ!
 僕は両手をパンッ、と打ち合わせる。もともと両腕に二つあった白い刃はこれで一つの大剣になる!
 ――もっと、もっと大きく! この闇を、この悪夢を薙ぎ払うほど、強くッ!
 白い大剣はもう、技を放つ僕ですらまばゆい光を放っていた。迫り来る怪鳥に向かって、それを一気に振り下ろす!
 ――ギィシャアアアアア!
 白い刃に当たった怪鳥は気勢を上げて斬り口から消滅していく! だけど、僕の波導の剣はそれで潰えやしなかった。全力を持って迫るは、ダークライただ一人のみ!
「ま、まさか……そんなことが……!」
 震えたダークライが呟く。うわごとのようだったそれは、僕の攻撃が迫るに連れて大きくなっていく。
「はあああああああッ!」
「そんなッ、バカなぁああああァッ!!」

「――“ソウルブレード”ォッ!!」

 僕の刃は、ダークライのみならずこの悪夢の世界の漆黒までも斬りつけた。そしてその瞬間、金切り声のような、断末魔のような、そんな叫びが壊れる空間とともに聞こえた気がした。
 ひび割れる空間。漆黒の切れ間から溢れ出す光に、僕は目を開けていられなくなった――。





 ゴゴゴゴゴゴ……。
「な、なに……!?」
 眠っているカイの手を握っていたスバルは、いきなり聞こえてきた地鳴りのような低い音にびくりと肩を震わせた。それに続いて他の三人も緊張を高める。いったい、音の発信源がどこなのか見当もつかなかった。ただわかるのは、地響きのような音なのに“運命の塔”最上階は全く揺れていないということだ。
「う、うぅ……」
「! カイッ!」
 不気味な音から数秒遅れ、さっきまで死んだように動かなかったカイがうめき声を上げた! これには全員が全員、カイの顔を覗き込む。その瞬間。
 ズゾゾゾ……と、カイの全身を覆っていた黒いオーラが彼から離れていき、その空中で球体を作り始める。音の発信源がようやくわかった。あの黒い塊が地鳴りに似た音を上げているのだ。
「カイ、カイッ! 返事して!」
 分けもわからず起こった事態に、最悪のシナリオがスバルの頭をよぎる。彼女がカイに声をかける間、シャナ、ルテア、ミーナは戦闘の構えを取った。目の前の黒い物体が、いつ、なんどき、何をしでかしても対処できるように。
 黒い球体はぐるぐるとその場で渦巻いていた。まるで、異空間への入り口が開くようなイメージだ。
「気を緩めるなよ……」
「わかってらぁ!」
「いったい、何が起こっているんでしょう……!」
 大きくなる異音、不気味さを増す球体。彼らの緊張が最高潮に達した瞬間!
 ――ドサッ!
『!?』
 まるでボロ雑巾が投げ捨てられるかのように、黒い物体が無様に球体から放り出され、地面に打ち付けられた。黒い体に、白い髪、赤い襟を持っているポケモン。彼らは信じられない気持ちで黒いそれを目で追った。
『ダークライ!?』
 三人の叫びがシンクロする。だいぶボロボロになって、いつもの様子からは想像もつかないような惨めな倒れ方だが、彼はまぎれも無く、“イーブル”と共に行動をしていたダークライであった。彼らは状況をうまく把握が出来ずにあんぐりと口を開けた、と同時に……。
「うっ……ここ、は……」
「カイッ!」
 小さな呻きとともに、スバルの横で仰向けに気を失っていたカイが、うっすらとめを開けた。彼女は叫ぶ。その目には今にもあふれんばかりの涙が溜まっていた。
「無事なんだね! よかった……よかった……!」
「スバル……?」
 上半身だけ起き上がったカイに、スバルが感極まった様子で抱きついた。
 カイは、呆然として辺りを見回した。そこはまぎれも無く、ローゼと一緒にたどり着いた“運命の塔”の最上階である。カナメとの戦闘の後、ダークライが現れたのが遠い昔のように感じられるが実際のところそんなに時間はたっていないのかもしれない。
「カイッ!」
「カイさん!」
 そこへ、シャナやルテア、ミーナも駆け寄ってくる。
「大丈夫か!? 怪我は!?」
「あそこでダークライがボロボロになってるってことは……カイ、おまえやったんだなッ!」
「私たちの応援が、ちゃんと届いたんですね!?」
「……」
 仲間たちの姿が、確かにそこにある。自分に声をかけている。その事実を受け止めるまで少しだけ時間がかかった。そしてカイは、気がつけば涙を流していた。
 カイがまだ“ダークルーム”の中にいた時、彼ら、そしてカイの勝利を願う全員の想いをルアンが届けた。カイがここに戻って来れたのは、“ダークルーム”という覚めぬ悪夢の中でもダークライに挑めたのは、まぎれもなくカイの仲間全員の絆があったからなのだ。
「う、うぅううう……」
 ――僕は、勝ったんだ……。ダークライに……勝ったんだ……!





スバル、シャナさん、ルテア、ミーナさん。ギルドに戻ったローゼさんを覗く全員が僕の前にいた。“イーブル”と戦って無事に全員ここに来れた。それが、ただただ嬉しかった。
 僕は全員に、みんなと別れてからの事を順序立てて説明した。ローゼさんと頂上へついたこと。そこにいたカナメと戦闘にもつれこんだこと。負けを認め、“命の宝玉”をもらう瞬間にダークライが襲撃してきたこと。満身創痍のローゼさんをギルドへ帰したこと。ダークライに“満月のオーブ”を壊されてしまったこと。絶望しそうになったとき、ルアンと、仲間のみんなが救ってくれたこと……。
 そのすべてを聞いた後、シャナさんは神妙な顔でうなずいた後、僕の頭を軽く叩いてくれた。
「そうか……よくやったな」
「でも……“満月のオーブ”が壊れてしまいました」
 あれが、ダークライが作り上げたナイトメアダークを祓って、ポケモンたちの魂を取り戻す唯一の手段だったというのに。それが壊れてしまっては……。
「壊れてしまったもんは仕方がねぇ。お前の咎じゃねぇよ」
「そうです! 今は無事にカイさんが戻ってきた事を喜ぶべきですよ! ねぇ、スバルさん!」
「そうだよ……」
 スバルは、僕を見た。とても優しいまなざしだった。
「カイ、これでやっと……二人でギルドに戻って、他の探検隊みたいに私たちで依頼をこなして……憧れていたあたりまえのことが出来るようになるんだよ……」
 そう、だ。
 僕は、本当は命の宝玉を壊して、ルアンと一緒に消滅するはずだった。だけど、器である“満月のオーブ”が壊れた今、それは不可能になったんだ。
 ルアンの使命を果たす事は出来なくなった。だけど、僕は生きながらえた。
 とても、複雑な気分だった。
『……そう難しく考えるな』
 ……ルアン。
『今は、君が生きている事を喜びたい。私とて、君には消えてほしくなかったのだから』
 死という僕の運命が、変わった……。
 そうだ、僕は、生きている。
 生きているんだ。
「よし、じゃあのこるは一つだけだ。ここから全員脱出してダークライをジバコイル保安官に引き渡そう。残った問題はその後考えてもいいだろう」
 シャナさんはそう言って立ち上がった。僕らも全員腰を浮かせて、ついでに僕は落ちていた“命の宝玉”を拾って両手に持つ。
 結局、この“命の宝玉”というのは、願いを叶えてくれる神であるアルセウスに接触するためのものだったんだね。
 ……うん? 待てよ。
「どうしたの、カイ? 顔が緩んでるけど」
「スバル……僕、ちょっと良い事考えちゃった」
 この方法を使えば、あるいはナイトメアダークも……。
「え!? なになに、どうしたの」
 良い事、という単語にスバルは目をキラキラさせる。
「あのね、実は――」
 こんなスバルの表情を見るのはひどく久しぶりだ。僕は、今考えついた“良い事”と、スバルだけに聞こえるように耳打ちをした。みんなにはギルドに帰った後ゆっくり言えばいい。だから今はスバルにだけ。このことは少しの間だけ二人の秘密にしようと思った。
「――ってわけで」
「す、すごい……! この宝玉で、そんなことが……!」
「――おい、二人とも何やってる。早く来い」
 バッジを手に持ったシャナさんが僕らへ声をかけた。みれば、ミーナさんとルテアさんはもう彼の周りにくっついている。どうやら、探検隊バッジでギルドに戻るようだ。スバルが先にその方へ駆け出して、あわてて僕もそれに続いて走り出す――。

 ――ゾクッ。

「……え……?」
 ……瞬間、僕の背後で恐ろしく不気味な気配がした。
 そして――。

ものかき ( 2015/07/29(水) 12:13 )