へっぽこポケモン探検記




















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第十章 “運命の塔”編
第百六十九話 光
 ――カイは、“ダークルーム”のなかでダークライと戦っているうち、“ナイトメアダーク”により魂を吸い取られてしまったカンナ、サスケ、ヤド仙人を殺めてしまった。大切な仲間、そして家族を手にかけてしまった絶望から、彼は一番倒すべきであるはずのダークライへ、自分を殺してくれと懇願する……。





「僕を……殺して……」
 光の無い虚ろな目で、力なく膝で立っているカイ。涙を流し、それでいて宿敵であるはずのダークライに懇願するようにそう呟く。
 これぞ、絶望。これぞ、希望を失った事がなかったカイが、ダークライの一番望んでいた表情であった。
 それを聞き届けたダークライは、一瞬ほうけた。
「……ククッ」
 だが、それも一瞬の事で、彼は腕を組み両肩を小刻みにゆらす。
「クハハ……ッ」
 そして、その肩の揺れはだんだんと大きくなる。そして最後には――。
「クハハハハッ! アハハハハハハッ!」
 ――哄笑した。ダークライは、今までに無いほど狂喜乱舞した様子で高く笑った。腹筋がけいれんするほどに笑った。
 そうだ。これを待っていたのだ。これこそが、ダークライの求めるカイの表情だ。
 彼は、ポケモンが表情を変えるのを見るのが何よりも好きだ。それは、心が強ければ強いほど。希望が強ければ強いほど、その絶望を見た時の快楽が高くなる。
 いままで、誰かが絶望して一番見物なのはカナメだと思っていた。だからこそ五年間付き添っていたのも理由の一つだった。カイという存在は、最初は邪魔者であり、徹底的に消すだけの存在だった。
 だが、気づいてしまった。カナメよりも、カイの方がよほどしぶといということに。
 いつだって希望を捨てずにきた。仄暗い過去によって常に無表情でいるカナメと違って、彼には逆境を乗り越えるポジティブさがあり、過去にとらわれず今この瞬間を精一杯生きる力があった。
 そんな彼が絶望したら、いったいどうなるだろうか? もちろん、カナメなどよりももっと面白い事になるであろう! ダークライはそう考えていて、そして、その予想が的中した。
 ――これは、面白いッ! 最ッ高だよォ、カイ!
 絶望を見せて最後に自分の手で葬ってやろう。そう思っていたのに、まさかこの自分に殺してくれと頼むなど! 上出来だ。これ以上の出来はもうない。
「そうかい! そうかいッ! この私に殺してほしいというのかッ! クハハハッ! 愉快だ、愉快だねェ! それならば、お望み通り殺してやるよォ! 最ッ高にうってつけのポケモンでねェッ!」
 そう言って、ダークライは一歩だけカイから距離を置いた。そして、虚ろな目でその様子を見守るカイの前に四人目の魂が現れる。
 くりくりとした丸く黒い瞳。黄色い尻尾はハート形に割れ、頬には赤い電気袋を持っている――ピカチュウ。
「……」
 カイは、絶望の中で少しだけ目を見開いた。

 ――彼の前に現れたのは、まぎれも無く彼のパートナーの、スバルであった。

「スバ、ル……」
「いやッ……カイ……、私っ……」
 スバルは、満身創痍でいる彼の前から一歩、また一歩と後ずさりした。
「カイを、傷つけたくなんか、ないのに……ッ」
「クハ、クハハハハッ!」
 ダークライは、笑う。そして、後ずさるスバルが逃げられないように、彼女の後ろにゆらりと立った。
「どうだい、君の最も大切なポケモン――君を殺す事を嫌がるパートナー――に、殺されると言うのは……」
 普段のカイならば、この状況は最も彼の神経を逆撫でさせ、憤慨を露にするであろう。自分が殺される危険より、彼女にそんな事をさせるという点で彼は怒り狂うはずだ。だが。
 いま、絶望を見ているカイはむしろ、この状況をすんなりと受け入れてしまった。
 ――スバルに殺されるんなら、僕も、本望だ……。
「いやぁッ!」
 スバルがいやがるのをよそに、ダークライは容赦なく彼女の体を操って電撃を放させた。
「さァ……苦しんで死ね、カイッ!」





「がぁあああッ!」
 痛覚すらも忘れさせるような痛み。痺れ。考える事を放棄させる電撃――“十万ボルト”を受けて、僕は無様に跳ね上がった後地面に打ち付けられる。先ほどは両膝をついてどうにか立っていた僕だけど、もう立ち上がれそうになかった。
 そう、だ。これが……これが、僕の贖罪なのかもしれない。この電撃の痛みが、僕の消してしまった命の痛みなのかもしれない。
「や、やめてッ……私に、カイを殺させないでッ……!」
 いやがるスバルに、僕は何もできない。あれほど彼女を側で支えると誓ったのに、僕は今彼女が最も傷つく事をさせてしまっている。それが、僕から皿に生きる気力を奪っていった。
「“十万ボルト”!」
「ぐ、あああああああああ――」
 痛い……いたいよ……。さっきよりも、長い、電撃だ……。
「――ああああ――」
 僕の皮膚が、焼けただれていく。いや、ここは夢の世界だ。僕は多分、ここで魂を削り取られているんだろう……。痛みで僕の意識が飛んで、そしてすぐに同じ痛みでまた意識が覚醒する。
「――あああッ……!」
 長い電撃が止んだ時、僕は、もう指一本も動かなかった。顔もあがらなかった。相手の姿を黙視する事も叶わなかった。もう、スバルの拒絶の叫びも聞こえなかった。ただ、静かに次の電撃を待っている自分がいた。
 僕、死ぬのかな……。
 ここに来る前、あんなにも深く、深く悩んだ“死”という物を。あんなにも呪った僕の運命を、こんなにもすんなり受け入れてしまっている僕がいる。
 生きていて、何の意味がある?
 僕は、ローゼさんのルームメイトであるカンナと、カガネとギンジの兄貴であるサスケさんを、そして、僕の家族だったヤド仙人を……この手で殺してしまったんだ。
 ヒトゴロシである僕に、生きてトレジャータウンに戻る資格なんか無いんだ……。
 痛い、熱い……そんな痛覚も無くなってしまいそうだ。痛みが強すぎて、逆に何も感じないのかもしれない。
「ククッ、もう声も出ないかい? 起き上がる気力も無いのかい?」
 無音の世界の中、ダークライの声だけが僕の耳にぼんやりと届いて、そして、また電撃を僕に浴びせた。
「……ッ……あッ……」
 いたいのか、なんのなか……僕は、さけ、びすら……もう、あげられない、よ……。
「ふん、もう……抵抗する気力も、ないみたいだね……。くくくくッ! やっと、私は君の絶望した顔が見れて、満足だよ――」
 うつぶせになったまま、瞼を薄く開けると、目の前にダークライが立っていた。その横には、スバルが、まるで心ここに在らずという風に目を空ろにして棒立ちになっている。
 そして、僕にとどめを刺すのはダークライ自らが行うらしい。彼の片手に黒いオーラがまとわりついている。……そうか、あれで、僕は死ぬのか……。

 ―――ッ!

 誰かが、叫んだような気がしたけど……死にかけの幻聴かもしれない。ダークライは、ついに僕にその手を振り上げて……。
「さぁ、死になァ、カイぃッ! ――“悪の波動”ッ!」
 僕は、迫る“悪の波動”で――。







 ――生きろ、カイッ!










 “運命の塔”最上階では、未だに黒いオーラに覆われてうなされているカイの周りに、スバル、シャナ、ルテア、ミーナが集まっていた。先ほどギルドへ送還されたカナメの話によれば、彼はいまダークライと夢の中にいるらしい。となると、十中八九カイはダークライとの戦闘は免れないであろう。それをわかった上で、四人はカイがきっと勝ってまた目を覚ましてくれるであろうと信じ、側から離れなかった。
「……」
 だが、カイの手を握るスバルの頭に不安がよぎった。さっきまで、何かに抵抗するようにうなされていたカイが、いきなりぱったりと呻きもうなされることもやめてしまったのだ。ほんとうに、永遠に目覚めないのではないかというほど、固く動かずにぐったりと眠っていている。
「……カイ……!」
 スバルは、カイの手を握る力を自然と強めた。
「負けないで……カイ……」
 そこに、シャナとルテア、ミーナも立て続けに声をかける。
「生きて、戻って来い……カイ」
「お前は、ダークライなんかに倒されてくたばったりはしねぇだろ……!」
「カイさんは……強いです……絶対、負けません……!」
 “ダークルーム”に入るすべの無い今の四人には、祈るしかする事が残されてはいなかった。だがその場にいる誰もが、この思いが届くと信じて声をかけ続ける。
 ――生きろ、カイッ!





「――生きろ、カイッ!」

 そんな、幻聴が聞こえた……。
 ……幻聴?
 どうして、僕の身に何も起こらない? 僕は、確かダークライの“悪の波動”を……。
「……!」
 襲いかかってくるはずの痛覚が、やって来ない。僕はその事実に一抹、何かの感情を見いだして力を振り絞った。その力で、僕が目を開けてみると――。

「――“波導弾”ッ!!」

「ぎゃぁあああああッ!?」
 ――ダークライが、吹き飛ばされていた。そして、僕の目の前に……。
「うぅっ……」
 目の前にッ……!
「遅くなって、すまない」
 凛としたたたずまいで、僕を守るように立つ背中。しなやかな筋肉の筋が目で見ても明らかな足。耳の下から垂れる波導を読むための四つの房、“波導弾”を撃つ準備に入っている両手……。

 僕の前に立っているルカリオ――いつも側で僕を支えてくれていたルアンの姿だった……。

「……ル、アン……ッ!」
 思わず、涙がこぼれた。まだ、涙が出る事に驚いていた。
 僕の前に、確かにその姿はあった。正真正銘、幻などではなかった。
 嬉しい……。僕は今まさに死のうとしていにもかかわらず。それを助けてくれたるアンの姿に、安堵と心強さから、緊張がほぐれて涙が止まらなくなってしまった。
「ルアン……ッ、ルアン……ッ!」
 必死に名前を呼んだ。今、僕に必要だったのは誰かの助けだという事を、今更に僕は感じた。ルアンは、僕の前にしゃがんで額を優しく撫でてくる。それだけで、僕の心は解かれた緊張でいたくなってはち切れそうになる。
「よく、一人で頑張った――“癒しの波導”」
 僕の体が、暖かい光に包まれる。先ほどの戦いでぼろぼろになったからだが、見る見るうちに再生されるのが身を以て感じ取れた。技の効果が終わると、ルアンは僕に手を差し伸べてきた。まだ残ったダメージは大きいけど、僕は彼の手を借りてどうにか立ち上がる。
「ルアン……ッ」
 涙が……止まらない……!
「な、なぜだぁあああああァッ!?」
 と、僕が起き上がったのと同時に、ダークライが“波導弾”の余波から立ち直って叫んでいた。
「ど、どうしてこの空間に……ッ、“ダークルーム”に貴様が入ってきているぅううううう!?」
「私を完全に追い出したつもりだったのか……甘いな」
 ルアンは僕の目線に合わせてしゃがんでいた状態から素早く立ち上がる。その背中に、彼の強い波導を僕は感じた。
「前に言ったはずだ、夢もまた波導の一種、と。貴様がどれだけ強い力でこの場から私を閉め出そうと、カイを助け出すためならば、私は己の波導でどんな空間すらもこじ開けるッ!」
 凛とした声でそう叫んだルアンだけど、よく見てみると、腕や、膝や、体の所々に擦り傷や切り傷のような物をたくさん負っていた。この空間をこじ開けて入り込むために、ものすごく頑張ってくれたのが見て取れる。
「もうこれ以上……カイを傷つけられてたまるものか」
「くそ、くそ、くそぉおお!」
 ダークライは狂ったように叫んで、僕らから距離を取る。
「もう少し……! もう少しだったというのにィッ! 貴様らを一人一人息の根を止めて、ナイトメアダークでこの世界を全てのポケモンの魂を……ッ!」
 ダークライがそう喚くのを尻目に、再びルアンは僕に振り返る。
「カイ……まだ、戦えるな? 私たちで力を合わせれば、ダークライを倒す事も出来よう」
「……」
 その瞬間、また僕は恐怖に似た感情に駆られてしまった。
 僕は、ナイトメアダークで魂だけとなった仲間を、この手で、消し去ってしまったんだ……。ダークライが、また僕の仲間を盾に使ってきたら――。
「――今度はどいつで心を折ってやろうかァ!? エェ!?」
 そう思っている側から、ダークライはまたさっきのように僕の仲間を自分の前に次々と出現させる。ギルドのみんな、連盟のみんな……僕の仲間たちがいま、僕の目の前で僕らを倒そうとしている……。
「……愚かな」
 だが、そのなかで冷静にそう言ってのけたのは、もちろんルアンだった。そして、彼は僕の手を引いて駆け出す。まだ体がうまく動かない僕は、彼に引っ張られる形となった。
「る、ルアンッ! 何をッ……!」
「この程度のまやかしに、何を恐れいている、カイ!」
「!」
 まやかし、だって……!?
「君は、独りではない! 確かに、この場にいるのは私と君だけかもしれない。だが、ここにいるのがたった一人でも、それは本当の意味での独りではない!」
 “火炎放射”、“クロスポイズン”、“ずつき”、“電光石火”、“ワイルドボルト”……ルアンは、波導で魂となった僕の仲間――ルアンの言うまやかし――が次々と放つ攻撃を、素早い動きで次々と避けていった。
「君には、見えないか!? 君には聞こえないか!? まやかしではない、仲間たちの本物の“姿”を!」
「姿……!?」
「そうだ。私はこの夢の中に、私一人で乗り込んできたのではない」
 ルアンがそう言ったのと、同時だろうか……走りながらまやかしを掻い潜る僕らの周りに……イルミーゼやバルビートの放つ光のように、僕の見知った仲間たちが……僕らと一緒に、走っている!
 その数は、数人、数十人……どんどんその数を増やしていく! ギルドのみんな、連盟に協力してくれている救助隊のみんな、トレジャータウンの住民たち、旅先で出会った仲間たち、そして……僕と一緒“運命の塔”に来てくれたみんな……!
『カイ!』
『カイ君……!』
『カイさん……!』
『頑張れ!』
『負けるな!』
『無事でいて!』
 様々な声が、僕にエールを送ってくれている。僕のみを案じてくれている。その中には、今まさに僕らに攻撃しようとしている、ダークライの手で無理矢理魂を吸い取られたという仲間たちも少なからず重なっていた。
「カイ、私たちの側にいるポケモンたちは……みな、カイを案じる仲間たちの強い“想い”だ!」
「“想い”……!?」
「いま彼らは様々な場所で、君がダークライを倒し、ナイトメアダークを払拭してくれる事を願っている。そして、君が無事に帰ってきてくれる事を祈っているのだ」
 みんな……!
「その想いを……みなの波導を! 私がここへ連れてきた! ――“波導弾”!」
 ルアンが、まやかしのうちの一体――ラゴンさんへ“波導弾”を打ち込んだ! ダメージを食らったまやかしのラゴンさんは倒れて動かなくなる。ダークライの言い分が本当なら、ここでラゴンさんの魂は消えてしまった事になる、が――。
『カイ! ルアンの波導を通して、お前の勇士を見せてもらっているぞ!』
「……ラゴン、さん……ッ!」
 ラゴンさんは、消えてなんかいなかった。僕らが走る速度と平行して、体の透けたラゴンさんが僕に語りかけている! ルアンが連れてきた、本物のラゴンさんの“想い”だ!
『俺は、どうしてもお前を行かせるのが心配だった! だが、親方も、ギルドのみんなも、みんなお前の事を信じている! 俺も、信じる! だから、さっさとダークライをぶっ倒して来い!』
 喉から何か、競り上がる物を感じた。胸と、頬と、目頭が熱くなる……。
「――通さぬぞ」
 と、僕とルアンの前に現れた今度のダークライのまやかしは、フーディン――救助隊“フォース”のリーダー・フォンさんだった。
「私とて、自分の命が惜しい。おとなしく倒れ――」
「――“電光石火”!」
 僕は勇気を振り絞った! そして、先手を打ってフーディンに体当たりすると、彼は地面に倒れて動かなくなる。だけど、今度は僕もうろたえはしなかった。だって……!
『ふん、ダークライよ。こんな幻で私を騙るなど……愚かな行為だ』
「フォンさん……!」
 今、ビクティニのギルドにいるはずのフォンさんの“想い”が形になった姿が、僕の横に現れる。
『カイ、今のお主にこの幻は通用しまい。冷静に対処する事だ』
 僕は、涙を拭う。
「……はいっ」
 僕が一人で戦っていたとき、殺めてしまったと思った三人――カンナ、サスケさん、ヤド仙人も、みんな……みんな生きているんだ!
『――あたりめぇよ』
 サスケさんッ! そう思ったとき、今まさに思い描いた三人が、僕の前に現れる。
『ふん! きびしーい修行をしてきたわしが、よもや“ナイトメアダーク”なんぞに負けると思うかの?』
「ヤド仙人……ッ!」
 そして、僕のすぐ近くで“想い”だけで体の透けたカンナちゃんが、僕の手に触れる。
『僕……難しい事はわからないけど、み、みんな! 無事に帰ってきてほしいんだ』
「ありがとう……カンナちゃん」
『ぼ、ぼぼぼ僕はオスですッ』

「な、なにが……!」
 ダークライは混乱していた。たくさんのカイの仲間の幻で、惑わせて、僕らを近づけ支えないようとしているのに、僕とルアンはは走る事をやめない。止まる事を知らない。少し前まで、僕自身この幻を本物だと思い込んでいたというのに。
「く、くるな……来るなァッ!」
 ダークライと、僕らとの距離がどんどん縮まっていく。彼を倒すまで、あと少しだ……!
「いったい、何が起こっている……!? 私の悪夢の力は完璧なはず……! どうして、こいつらは惑わされない!? どうして本物だと思い込まない!?」
「哀れな貴様には、見えないし聞こえないだろう。仲間たちの祈りが。彼らのカイに対する思いが! 我らの絆が!」
 ルアンは、叫んだ。
 そうだ、絆だ。
 僕がたとえ一人で戦っていても、いまの僕にはたくさんの仲間がいる。それは、離れていてもつながっていられるかけがえのないものだ。体が側に無くても、心でこんなにも近く通じ合える“絆”があれば、僕はどこまでも希望を見失わないでいられる!

 みんなのおかげで……光が、見える!

ものかき ( 2015/07/29(水) 12:12 )