へっぽこポケモン探検記




















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第十章 “運命の塔”編
第百六十七話 ダークルーム
 ――“命の宝玉”を使って神に成り上がる。その願いをダークライはついに叶えられなかった。だけど今度は、ナイトメアダークを使って世界を自分の物にするという突拍子のないことを言い出した。いま、ダークライを止められるのは、僕とルアンしかいない!





「ダークライ、お前は……僕らが、止める!」
 戦闘の構えを取った。バクバクと鳴る心臓をどうにか押し込めて、平常心を保とうとする。だけど、ダークライはそんな僕の心情を見透かしたのか否か、一瞬ぽかんと沈黙した後。
「クッ――アハハハッ!! 笑わせてくれるッ! この私を止めるだってェ? 身の程知らずなガキだねェ!」
 ダークライが片手を突き出した。その手から何か黒い泥のような塊が肥大していく。何が来る……? どう攻めてくる!? 額から頬にかけて冷や汗が落ちた。
「ククッ、まさか……カイィ? 私の邪魔をさんざんしてくれたこの期に及んで、私がまともな勝負で君を倒すとでも思っているのかなァ?」
「……」
 ジリッ……恐怖で後退しそうになる足を踏ん張る事でどうにか押しとどめた。
「“僕たち”で止める? 馬鹿がァ! 一匹ずつ孤独と絶望を与えて存分に苦しませてやるよォ! 死する方がよほどマシだというほどになァ!」
『カイ、何か様子がおかしい……引けッ!』
「ッ!!」
 僕は走った。ダークライの手の中にあるエネルギーの塊が届かなさそうな場所へ避難しようとする! だけど……!
「クハハっ! 逃げ場などないんだよォッ! ――“ダークルーム”ッ!」
 ダークライが技を唱えた瞬間、手の中の闇が瞬時にフロアを覆い尽くす。フロア全体に、だ。
「うわぁああッ!」
 逃げ場なんてあるはずも無かった。僕は転んだ。辺りは一瞬にして漆黒の闇に包まれる。転んだ拍子に額をぶつけた地面も、見上げた天井も、四方八方全てが闇の中だった。耳の痛い静寂。そのなかで低く小さく何かがうめく声のようなものが聞こえる。風が耳につく音にしては不気味すぎる。それに、ここは風なんて吹いていない。
 恐る恐る、僕はさっきまで対峙していたダークライの方を向く……。
「クククククッ……」
 奴は、やっぱり先ほどと同じ場所に立っているだけだった。黒いボディは闇の中に同化していて、その中で青い目だけが不気味に光っている。
 いったい、何が起こったんだ……?
「――“ダークルーム”。ここは夢の中さ……。今この場には、君の精神だけを連れてきたよ。ルアンの波導を持ってしても、今の私の力で生み出した悪夢の中へ、壁を破って進入することは不可能だよ。ククッ、これでもう、あのこざかしい英雄殿の力を借りる事はできないねェ……」
 僕の、精神……だって?
「くくッ、そうさ……」
 ダークライは、僕の心を呼んだかのようにそう言った。そう、か……ここが夢の中だとしたら、悪夢を司るダークライには僕の気持ちなんて筒抜けだ……!
「言っただろう? 一匹ずつ孤独と絶望を味あわせてやるって……」
 まずい……まずい! 悪夢の中はダークライのホームグラウンドだ! 僕の力じゃ、なす術が無い……!?
 ダークライは僕を見て、低く肩を揺らしながら笑う。そして道化師のように僕に一礼した。
「ようこそ、私の悪夢の中へ――」
 ゾクリ、と今日何度目になるかわからない、未知のものに対する恐怖が僕を支配した。まずい、早くここを抜け出さないと、何か、取り返しのつかない事になりそうだ……! 僕は、構えを取る。両手にボールを持つような型をとり、ダークライへ向けて放――。
「! “波導弾”が、でない……!」
「クハハハァッ! 馬鹿めッ! だから言っただろう、英雄殿の力は借りられないと! クククッ」
 ダークライは腹と顔を抱えてひとしきり笑う。そして、その高笑いが収まった後、指の間から青い目でこちらを睨んだ。
「カイ……君は独りじゃ弱っちいちっぽけな存在なのさ。それを存分に思い知らせた後に絶望を見せてやるよォ……」
 ぐにゃり。
 一面漆黒に覆われていた空間がねじれた。天と地の感覚が無くなって、僕はその場に立っているはずなのに浮いているような錯覚を覚える。
「さァ……一度だって希望を捨てた事がない君の絶望の顔……見せてもらおうかァ」





 “運命の塔”でダークライがカイに“ダークルーム”を放ったのと丁度同時刻。ビクティニのギルドでは、ラゴンが焦りの気持ちで地面につんのめりそうになるのをなんとかバランスを保ち、親方の部屋へ駆け込んだところであった。
「親方様、報告です!」
 ギルドの外は、黒と紫の毒々しい雲に覆われている。そんな景色を、ギルドの親方――ウィント=インビクタは窓の外の景色を眺めていた。普段はおちゃらけて落ち着きの無い彼にしては珍しい行為であった。ただ、どちらかというと下界を見下ろすギルドの長というよりは、窓に両手を合わせて異様な外の景色に興味を示す子供という感じである。
「ん? どうしたの、ラゴン。いつになく慌てているね。あーわかったぁ!! ラゴンは――」
「――別にグミちゃんが欲しいわけではありません!! そんなことより!」
 何せ緊急事態なのだ。なのでラゴンはウィントの言いたいことをすかさず先回り、話が枝道にそれるのを阻止する。ウィントがふくれたのは言うまでもない。
「先程、バッジでギルドへ戻ってきた探偵はキース=ライトニングのいる医務室へ運びました」
「ローゼは無事?」
「ダメージは相当でかいようです。本人は不満げなようですが、ギルドへ戻っていなければ危なかったでしょう」
「そう……」
「それと!」
 ウィントは、ラゴンがむしろローゼのことより今から言うことの方がよほど重要、という感じで語気を強めた。
「トレジャータウン各地で、NDにかかっていたポケモンたちの体から何か煙のようなものが出て、そのあとすぐに魂が抜かれたように動かなくなったとの報告が!」
「……」
「いったい彼らに何が起こっているのでしょう、親方!」
 ウィントは、ラゴンのその問いには答えず再び外を見た。今度は、先程と違って紛れもなくギルド親方としての目をしていた。
「“ナアトメアダーク”……その力が“運命の塔”の頂上でさらに強くなっているのを感じる……」
「じゃあ、あいつらは……!?」
 ウィントは微笑する。その顔を見たラゴンは、そのあとの言葉を紡げなくなった。
「大丈夫、信じようよ……僕の弟子たちを」




「――シャナッ!」
 “運命の塔”八十七階にたどり着いたスバル、ルテア、ミーナの三人は、そのフロアでシャナが一人腰を下ろしているのを全員ほぼ同時に見つけた。思わず声を上げたのはルテアだ。
 名前を呼ばれたシャナは力なく振り返る。一仕事終わってくたびれた顔だ。だがルテアは、長年の付き合いから彼は負けたときに決して今のような表情をしない事をよく知っていた。彼はシャナの前に立ち、低く言う。
「終わった、のか」
「……ああ。俺らは、な」
 シャナの両手首、そして両足のすねは、直りたての傷口のように手のひらほどの大きさ分だけ皮膚が新しくなっていた。バトル前には無かった傷――いや、傷跡だ。いったい彼の身に何が起こったのか、それは後ほどゆっくりと尋ねればならないとルテアは思った。
「立てるか、シャナ」
 彼は手足が痛まないように慎重に立ち上がった。メガバシャーモへと変化した拍子に急速に体が再生していったとはいえ、傷口が塞がっても折れた骨は簡単に治る訳ではないらしい。
「ああ、なんとか」
 シャナ、ルテア、スバル、ミーナ。四人の無事が全員確認された。つまりそれは“イーブル”と連盟の幹部決戦において連盟側が完封勝利を収めたという事だった。
「よし。悪いな、今はおめぇのことはかまってられねぇ。カイとローゼを追おうぜ!」
 ルテアは、前半の言葉をシャナに、後半を全員に向けて放った。
「ああ!」
「はい!」
「うん!」
 三人は各々返事をし、次のフロアの階段を駆け上がった。



 “運命の塔”最上階。
 底のたどり着いた時、本来ならカイとローゼがカナメと熾烈な戦いを繰り広げているであろうそのフロアで、異様な光景を四人は見た。
 フロアの端には、ぐったりとして動かないカナメ。その逆方向の端に無造作に放られた“命の宝玉”。そしてフロアの真ん中には……。
 黒いオーラに包まれ、ぐったりと地面にうつぶせに横たわっているカイ。
「……っ!」
 スバルは息をのんだ。この状況がまるで理解できなかった。だが、カイの体にまとわりつく黒いオーラだけは、彼女に見覚えがある。
「カイッ!」
 駆け出したスバルを筆頭に、シャナとルテアもカイの方へ迫る。ミーナはそんな彼らを見て少しだけためらって……最終的にカナメの方へ駆け出した。
「カイっ、カイッ!」
「いったいどうなってんだよッ!」
「ローゼもいない」
 カイは今、ボロボロの体でぐったりとしながらも、悪夢を見ているかのようにしきりにうめいていた。そんなカイを取り囲んで困惑する三人をミーナは横目で眺め、至る所に刺された傷からの出血――殊に首元からの出血が激しいカナメを見下ろしていた。まだ息はある。だが、息が荒かった。
 ――ひとまずは、こちらを処置するのが先決です!
「“アロマセラピー”」
 ミーナの体が優しく心地よい緑のオーラに包まれた。その状態でカナメの手に触れると、彼もミーナと同じように緑のオーラに包まれる。
「ぐ……ッ、うッ」
 “アロマセラピー”により少しだけダメージが回復した事により、鈍っていた痛覚が再びカナメに襲いかかった。だが、太い血管を切られてしまったらしい首からの出血はおさまりそうにない。
「無駄な、ことを……!」
 そう言う彼にミーナは処置を続けつつ淡々と告げる。
「“イーブル”のボス・カナメですね? あなた、カイさんがなぜあんな事になったのか見ていましたか? ローゼさんはどこへ行ったのです?」
「あいつら、に……ッ、倒された後……だ、ダークライがッ……」
 カナメは、痛みにうめきながらも全てを説明した。ローゼとカイが自分を下した事。底に現れたダークライが、始めから“イーブル”を裏切ろうとしていた事。ローゼは立て続けの戦闘で傷つき、カイの判断でギルドへ強制送還させたこと。“満月のオーブ”が壊れた事。そして、願いを叶えられなかったダークライは、カイへ“ダークルーム”という技をかけた事。
「技をかけた本人であるダークライもここには見当たりませんが」
「夢の、なかにッ……」
「つまり、カイ君はいま夢の中でダークライと交戦しているという事ですか?」
 ミーナの声に、カイのそばに寄っていた三人が彼らの方を振り向いた。スバルは立ち上がって、カナメの方へ駆け寄る。
 カイが今悪夢の中にいる以上、ここにいるポケモンたちは手が出せない。カイ自身がダークライに打ち勝たねば戻って来れないとわかった今、第一に助けるべきはカナメだ。その点始めからカナメの処置へ向かったミーナの判断は的確だったと言える。
「カナメ、なんだね……!」
 アブソルを見下ろすスバルは涙ぐんでいた。こんな形での再会となったが、カナメはこの世界にくる前のスバルの大切な人である。
 だが、カナメは目をそらした。
「やめろ……お前に合わせる、顔が無い……! それに俺はッ……取り返しのつかない事を……」
「……」
「俺は、死んだ方が――」
「――うるさいッ!」
 スバルが、裏返った声でカナメの言葉を遮った。普段の彼女の口からは出る事の無い言葉に、その場にいる全員がぽかんと口を開ける。
「私は、あなたを許さない」
 そう言って、スバルはごそごそと鞄を探り、そして探検隊のバッジを手に持った。
「でも、死んだらもっと、許さない。私に、カイに、みんなに謝らずに逃げるなんて、許さない」
「……スバル……」
 カナメは目を見開いた。そして、バッジから放たれる強制送還の光に包まれる。雫を頬から流し、震える手でバッジを持つスバルが最後に映って、そして“運命の塔”からカナメは消えた。






 絶望の顔を見せろ――そうダークライが叫んだと同時に、空間がねじれた。
 だが、揺らいだ空間が再び漆黒に覆われたとき、カイの体には何の異常も見られなかった。辺りを警戒して見回してみても、ダークライは依然として先ほどと同じ場所にいるだけだし、不気味に低く笑うだけでこちらに襲撃してこようともしない。
 一体彼がどんな布石を打ったのかまるでわからなかったカイは、何かが起こるよりも先にダークライを倒してしまおうと駆け出した。ルアンがいない以上“波導弾”など彼の持つ技も“森羅万象”も使えはしないが、自分の力で戦うためにカイは今まで鍛錬を怠らずにしていたのだ。
 ダーメジで軋む体をどうにか動かし、彼を正面に見据え“ソウルブレード”を懐に打ち込もうとして――。

「――カイぃッ!!」

「ッ!?」
 ――打てなかった。
 自分の目を疑った。自分の正気を疑った。
 今、目の前にいてはいけない存在が、ダークライを守るように立っていた。カイは、その存在に刃が当たる数ミリ先で腕を止めていた。
 吸盤のついた手足、緑色の頭に腹には渦巻きが描かれている。その姿は、まぎれも無く――。


「――カンナ……ちゃん?」


 流浪探偵・ローゼの泊まる下宿の住人、ニョロトノのカンナであった。

ものかき ( 2015/07/22(水) 22:19 )