へっぽこポケモン探検記




















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第十章 “運命の塔”編
第百六十五話 バトル! ――カイVSダークライ
 ――“イーブル”のカナメすらも騙し、“命の宝玉”を手に入れるために最後の最後で現れた本当の敵――ダークライ。僕も、そしてルアンも、不足のない相手に全身全霊をもってして挑む覚悟にあった。そして今、戦いの火ぶたが切って落とされる……!





「まぁ、一瞬で殺されないように……せいぜい食らいつくことだね」
 ダークライがそう言った。その瞬間が既に技を発動された後だという事に僕は気づいた。辺りを見回してみると、ボコボコと黒いマグマが煮えたぎったような黒い澱が、いくつも僕の周囲の地面をゆらゆらと漂っているのだ。
『カイ、来るぞ』
 僕は生唾を飲み込む。その音が鮮明に聞こえるくらいには緊張していた。そして、その張りつめた空気が頂点に達した瞬間……。地面の澱から、大粒の飛沫が飛んだ!
「爆ぜろ、“ダークホール”」
「くッ!」
 マグマはボール大となって僕の方へ飛んできた。すぐに地面を蹴る。そして、大量に迫ってくるそれを、体をくねらせることで避ける。ルアンが力を貸してくれているおかげで瞬発力は大幅に上昇していた。だけど、“ダークホール”はタイミングをずらしながらいくつも高速で僕を襲おうと迫ってくる。だめだ、避けきれない……!
 アレを食らって眠らされたら最後、“悪夢”はダークライの格好の狩り場だ!
「さぁ! 無様に動いて逃げまどえ! くははッ!」
『“無様”? ――なめるなよ』
 意識していないのに、僕は膝を大きく曲げて強く地面を蹴っていた。ボールが飛んでくるかのように迫る“ダークホール”を、首を傾け、足を曲げ、上半身をひねり、手を振ることで最小限の動きだけで避けていた。ルアンの、長年の間培ってきた洗練された動きのおかげであんなに大量にあった“ダークホール”は全て空振りに終わる。
「やるねぇ」
 ダークライはそうぼやき、次の攻撃態勢に入る。両手の間に黒々とした力の塊を作り上げていた。
「“悪の波動”」
 螺旋状に巻かれたその光線を上へと発射させる。それだけでも、威力の膨大さに肌がビリビリと震えているのに、さらにそこへダークライは指を鳴らした。
「“サイコキネシス”」
 上へと放たれたエネルギーの塊が、念力によって何かの生物をかたどっていく。黒い翼が生え、禍々しいプテラのような怪物へと変貌した“悪の波動”が、巨大な体躯で僕らへと襲いかかった!
「――“ダークフォウル”」
 ――ギシャァアアアア!!
 怪鳥が耳をつく叫びを上げた! まるで、この技自体が意思を持った怪物のようだ。
「まさか……あれは生きているの!?」
『ポケモンの魂を集めた“ナイトメアダーク”だからこそなせる技だ!』
 完全に僕の事を敵と捉えて急降下してくる。僕は地面を蹴って後退した。だけど、この怪鳥は体長が大きすぎて避けられそうも無い! それに……!
 僕は、怪鳥と目が合って動けなくなった。
 なん、だ……! なんだ、この禍々しい力は!
『飲まれるな! 集中しないとうまく力を貸せない! ……向かい打て!』
「くぅっ!」
 パンッ! 僕は手を打ち鳴らしてルアンの指示に従う。怖い、怖い、怖い! でも、僕は叫んだ!
「“森羅、万象”ッ!」
 そして、打ち合わせた両手を今度は地面へと叩き付ける。
「――“千草の舞”!!」
 ズバァッ! 地面から僕の体の何倍の太さもある蔦が無数に現れた。
『絡めとれ!』
 蔦をうまく使って、怪鳥の胴体、そして二本の翼に蔦を絡める! 僕を葬ろうとする怪鳥は、身動きが取れなくなった。必死にもがいて蔦から抜け出そうとするが、僕は蔦をそうしたして怪鳥を地面へと叩き付けた!
 ドォオン!
 体長が十五メートルもあろうかというほどの大きな、“悪の波動”のエネルギーで出来た怪鳥が地面に墜落しただけに、地面への衝撃は半端の無い物だった。いきなりの大技を使って息が追いつかない。肺は爆発寸前だ。だけど……!
『カイ! 後ろだ!』
 ハッ……!
 振り向いたときには、もうダークライが黒いオーラを纏わせた“銀の針”を振り下ろそうとしていた。
「“ソウルブレード”!」
 ガキィイン! 僕の白い波導の剣とダークライの黒い剣が強く接触して金属音を上げた。
「大技を止めるために隙を作り過ぎだよ。背中ががら空きさ」
 白い髪をゆらゆらと揺らし、こっちは必死に酸素を取り込もうと呼吸を乱しているのにあっちは全く疲れた様子を見せていない。“ソウルブレード”でダークライを押し返そうとしても、“銀の針”はびくともしなかった。
「しょせん、これが力の差さ。英雄様の力を借りても、ちっぽけで弱い君は、いつまでも弱いままなのさ」
「だ……まれッ!」
「もう少し歯ごたえが欲しいか、なッ!」
 ビキッ!
 ダークライは針を持つ手の力を少し強めた、すると、僕の白い刃がヒビを作り始める。
「ぐぅうッ……!」
 再び、僕の手がなにか冷たい物に触れられる感覚がした。すると、スッと腕が勝手に動いて、ダークライの太刀筋をうまく横へ逃がした! “ソウルブレード”を崩壊させようと力を入れていたダークライは、いきなり支えを失って前へと体重がかかる、その隙を逃がさず、瞬時にルアンの操作する僕のもう片方の刃がダークライの懐へ打ち込まれた――!
「――遅いね」
 ダークライは、笑っていた。
 そして、僕の刃が奴へ届くよりも先に“銀の針”が伸びて、僕の肩を貫いて……ッ!
「ぐ、ぁあああああッ!」
 痛い……! 熱い……!
「ぐ、うぅあ……ッ!」
 思わずもう片方の手で肩を押さえた。膝をついた。黒いオーラを纏った針は、刺さっただけで体へのダメージがでかかった。 肩に刺さった傷が、熱を持って強烈な痛みを生んだ。肩からの痛みが脳内にも駆け巡って一瞬頭が真っ白になる。
「これで終わりかな?」
 ハッと真っ白になった思考がダークライの声で引き戻されると、もう、目の前に奴の手の平が広がっていて……。
「……“サイコキネシス”」
「がぁあああああッ!!」
『ぐあぁあああッ!!』
 全身が締め付けられた。しぼられるような感覚、つま先から脳天まで激痛に支配されて、意識が飛んだ。同じように、ルアンも同じように叫んでいた。
「あ、ぁああああッ!」
 だけど、意識を失う事も許さないほどの激痛だった。とんだ意識が痛みでまた覚醒して、だめだ、やめろ……ッ!
 痛い、苦しい……やめろ、いやだッ!
「あああぁッ! や、やめ……ッ!」
「君は、こんなんじゃ足りないだろう?」
「がぁああああッ!」
『あああッ……!』
 だめだ、ルアンの声が遠のいていく……! ダークライは技を止めたりなんかしてくれなかった。もう、痛くて、体の感覚が無くなって……頭と視界が、真っ白に……!
「だめだよ、まだ気を失っちゃ」
「ぐああああッ!」
 ドサッ!
 やっと……! 永遠とも感じる“サイコキネシス”の呪縛から、僕はやっと解放された。生きている? 僕は、ちゃんと生きているのか……!?
「ぐッ……」
 倒れた地面から、顔を起こせそうになかった。体が、いや、指一本ですら動かない。
「どうやら、君が動けないのを見ると、ルアンも気を失ったのかな? 英雄様の力を借りても、その力を半分も出せてはいないようだね。ククッ、当たり前だよ。波導はルアンの物でも、それを使う入れ物がまだ未熟じゃあ、ね」
 ダークライがあざけりの表情で僕を見下ろしていた。
 震えが、止まらなかった。
 本能で、殺気のあの攻撃に、僕は恐怖を感じていた。
 怖い……! 怖いよ……! 死ぬほどの痛みって、こんなにも、苦しく、怖い物だったなんて……!
「いままで私がどんなことをしても――生まれ故郷を追い出しても、あのクレセリアを攻撃しても、家族を殺しても、スバルの心を壊しても――君は心を折らなかったね。だから……まだこんなのじゃ足りないんだよ」
 ダークライはそう言って、僕のトレジャーバッグに手を伸ばした。やめろ、何をするつもりだ……! そう思って体を動かそうとしても、指一本でも言う事を聞いてくれそうになかった。そして、奴がバッグの中から取り出したのは――。
「――これが、“満月のオーブ”」
 ククッ、と笑いを奴は漏らす。それとは逆に、僕は全身から血の気が引いた。
「そう、これがあるから今まで君たちは希望を捨てずにここまで来れた。“満月のオーブ”は私の力、つまり“ナイトメアダーク”を消滅させると同時に、“命の宝玉”を消滅させる力を持つからね」
 まさか、まさかッ……!
「もし、これを壊したら――」
 僕はこの瞬間のダークライの笑みを、これほどまでに強く、強く、憎んだのはこのの時だけだ。
「――君の心は、どうなるんだろうね?」
「やめ、ろ……」
 ダークライが、黒いオーラを“満月のオーブ”の周りに纏わせた。
「今の私の力なら、神が作ったというオーブも粉々にできる」
「やめろ……」
 黒い力が圧縮して、うっすらと中で光るオーブが、ぴしりと音を立てるのがわかった。
「やめろ……ッ!」
 うごけ、うごけ!! どうして、どうして……僕の体なのに言う事を聞かないんだッ!
「クククッ、ハハハハッ!」
 ひび割れた宝玉が、どんどんその亀裂を大きくさせていく。ビキッ、バキッ、とオーブの壊れる音が完全に大きくなっていって――。
「やめろぉおおおおおッ!」

 バキィィインッ!

 ――“満月のオーブ”が、粉々に砕かれた――。





「く、そ……!」
 目の前で、“満月のオーブ”だったものが地面に落ちていく。
「くそッ……!」
 粉々になった水晶の破片が、こぼれ落ちて消えていく……。
「くそぉおおおおッ!!」
「クハハハハハッ! そうだ! もっと喚け! 叫べ! 君の絶望する様をもっと私に見せるんだッ!」
「き、さま……ッ! きさまぁあああッ!!」
 あれは、希望の光だった。みんなの努力の結晶だった。シャナさんは、僕を信じて、僕に“満月のオーブ”を預けた。これを頂上で使えば、ポケモンたちみんなを“ナイトメアダーク”から救える。そして、ルアンを過去の呪縛から解き放ってくれる。
 そういうものだった。大切な光だった。
 なのに、こいつは……それを……!
「どうして、どうして動かないんだよっ……!」
 僕は、ダークライに一矢報いたいのに……! 体がまるで言う事をきいてくれなかった。起き上がる事はおろか、腕を動かすのも出来ない。ルアンはまだ気を失っていて……。
 おもわず、涙が出ていた。
 僕のせいだ……僕のせいだ、僕のせいだッ!!
 僕がふがいないばっかりに……ずっと、このときのために頑張ってきたのに! 全然足りなかった! 全然力が及ばなかった!  どうすればいい!? 僕は、これからどうしていけばいい……!?
「く……うう……!!」
「そうさァ……その表情だよ、カイ……クククッ、さぁ、もっと絶望の表情を私に見せてくれないかい……!?」
 ダークライが、僕の方に近づいてきて手で僕のあごを掴む。顔がぐいっとあがって青い目と僕の目が合った。
「……」
 倒してやる……! 倒してやるッ!
 こいつの“サイコキネシス”を思うと体が震える! 僕の力は到底奴には及ばない! そのうえ“満月のオーブ”は壊れたッ! NDを消す事はもう出来ない! だけど、だけど……!
 倒してやる、倒してやるッ!!
 こいつを必ず……必ず倒して……これ以上悲劇を生まないようにしてやるッ!!
 うごけ! うごけぇッ! 僕の体!!
 せめて……せめて! シャナさんたちが四本柱を倒してここへ駆けつけてくるまでの時間稼ぎは出来るようにッ!!
「……うーん」
 ダークライは、僕のあごから指を離した。また僕は地面に顔後と這いつくばるような姿勢になるけど、それでも、力を振り絞って顔を上げ、ダークライを思いっきり睨みつける!
「気に入らないなぁ」
 奴は低い声で言った。
「気に入らないよ、その表情。十分に絶望は与えてやった。“サイコキネシス”で体に苦痛を、そして“命の宝玉”を壊して精神的苦痛も与えてやった。死ぬほどの痛みと恐怖を植え付けた。希望の光を壊してやった。なのに、どうして絶望しない? どうして飢えた獣のように私を睨む事が出来る?」
「いまの僕にとって、死は身近な物だッ……! お前からもらった痛みなんかじゃッ……!!」
「まだ、絶望が足りないというのかい?」
 ならば、とダークライは“サイコキネシス”を発動させた。迫ってくる激痛に備えて、僕は目を固くつぶった。
 だけど、いつまでたっても痛みはこなかった。おかしい。そう思いながら顔を上げてみると、奴は、手に“命の宝玉”を持っていた。
 “サイコキネシス”を使ったのは、それを手元にたぐり寄せるため……!
「“運命の塔”。その頂上で“命の宝玉”を使うと、相応の対価と引き換えに願いを叶えることができる……。ならば、君にさらなる絶望を与えてみよう」
 まさか……! ダークライは……!

「――この宝玉で、ポケモンたちの魂と引き換えに私の願いを叶えたらどうなるかな? ククッ……アハハハハッ!」

「やめろッ、ダークライッ!」
「“命の宝玉”を発動させるには、こう唱えるのが決まりらしい。――“時空を超えて、心を一つに”!」
 ダークライがそう唱えて、“命の宝玉”へと指を触れるとそれはまばゆい光を放ちながら宙に浮かんだ!
「う、わ……!」
「ははははッ!」
 まぶしくて、僕は思わず目をつぶった。それでもまぶしくて手で目を覆いたかったけど今は腕が動かない。目がちかちかと痛んだ。ダークライの高笑いが聞こえる。そして、僕らが再び目を開けると――。

ものかき ( 2015/07/18(土) 12:01 )