へっぽこポケモン探検記




















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第十章 “運命の塔”編
第百六十二話 バトル! ――VSカナメ
 ――次々と現れた“イーブル”の四本柱に対抗するため、仲間たちは散り散りになり、ついに頂上へ向かうのは僕とローゼさんの二人だけとなった。





 “運命の塔”の頂上を目指す僕たちも、ついに百階目のフロアに到達しようとしてた。ここまでめげずにローゼさんがフロアの階数を数えていたのに僕は驚いたけど、頂上へ着く前の僕らは真剣そのもので、その時はそんな感想を抱く余裕もなかった。何階が頂上かはわからないけど、上から感じる気配に、次のフロアこそが頂上なのではと僕は直感した。
「……ローゼさん」
「ええ、わかっていますよ」
 どうやら、彼もまた僕と全く同じく、次のフロアがこのダンジョンの頂上だと考えているようだ。
 今まで“イーブル”は四本柱しか僕らの前に姿を現していない。ということは、次のフロアで待ち受けているのは、おそらく……。
「いよいよ、“イーブル”のボスとのご対面です。……覚悟はよろしいですか?」
 そう言うローゼさんの口調と表情はきりりとしたもので、普段の飄々さはどこかへ言ってしまっている。彼がそれほど真剣になる相手――それが、“イーブル”のボス、カナメだということか。
「……はい」
 深呼吸をひとつ。ここで逃げ出しては僕を先へと向かわせてくれた仲間たちに申し訳が立たない。どのみちいつかはボスと決着をつけなくちゃいけないんだ。
「行きましょう」
 僕はローゼさんにそう言って、頂上へと続く階段に足をかけた。
 彼の野望を止め、“命の宝玉”を取り返す。そして、ルアンの波導を使って宝玉を“器”の中に取り込み、僕の……。
 僕の運命を、まっとうする。



 “運命の塔”頂上――。
 やはり、このフロアがダンジョンのゴールであることに間違いなかった。一歩足を踏み入れるだけで、明らかにこの場はほかのフロアとまとう空気が違っていた。空間は荘厳な雰囲気を漂わせていて、こんなところでは滅多なことはできそうもない。なんというか……誰かに見られているような感覚がする。遠くから、何かとても大きな力に監視されているような。
「カイ君」
 ぼくがそんな、この場の雰囲気に飲まれそうになっていると、ローゼさんが緊張をはらんだ声で僕に注意を促してきた。そして僕も、ハッとする。
 フロアの真ん中――何かのポケモンをかたどったような、大きな銅像の前。その前に、彼はいた。
 純白の毛で身を包み、頭にもたげているのは巨大な鎌、赤い眼光で僕らを睨むのは、そう。
 “イーブル”のボス……!
「カナメ君」
 ローゼさんが、名を呼んだ。まるで自分自身で、彼がカナメであることを事実として改めてインプットしているかのように。
「“命の宝玉”は……あなたが持っているようですね」
 カナメは答えなかった。それはそうだ、彼は敵の前でおいそれと会話をするような性格ではないのだろう。僕はその様子から、この場の一触即発のムードを感じ取って戦闘の構えをとる。そしてそれは二人も同じ。
「一度だけ、警告をします」
 ローゼさんが手のひらをピンと伸ばし、冷気をまとう。
「スバルさんが生きている今、あなたは“命の宝玉”を使って叶える願いなど無いはずです」
 一方カナメは、額の鎌に風の刃をまとう。
「それでもあなたは、わたくしたちの前に立ちはだかるとおっしゃるのですね」
 緊張が、一瞬にして最高潮にまで達しようとしていた。そして――。
「――私は、“イーブル”のボスだ」
 カナメのその言葉と共に、戦いは唐突に開始された!


「“かまいたち”!」
「氷刀――“瞬き”」
 ――速い!
 カナメが放った三日月型の衝撃波は、ローゼさんを確実に倒そうと寸分違わぬ狙いで撃ったはずだ。コンマ一秒も満たない不可視の攻撃だったにも関わらず、氷刀を構えたローゼさんはその攻撃をよけ、残像を残すのではないかという速度でカナメを肉薄する。
 僕はその時思った。ローゼさんは、本気だ、と。
 かつて彼がニンゲンだった頃に仲間だった相手の、息の根を止めるつもりでいるのだ。
 カナメは今度は、鎌に“つじぎり”の力をため、氷刀を振りかぶるローゼさんの太刀筋を受け流す。
 ガッ、キィン、と。二つの刃がぶつかり合う音と、二人の残像が一瞬だけ見える。なのに、動きが速すぎて僕は戦闘に参加することすらできなさそうだった。僕がここでむやみに手を出すと、カナメと互角に渡り合っているローゼさんの邪魔をすることになる。ならば、ここはローゼさんの援護に回った方が彼も動きやすいはず……!





 お互いの刃の猛攻。迫る鎌、流す氷刀。寸分の好きも命取りになる電光石火の斬り合い合戦。一歩も引くことができなかった。
 ローゼは相手の赤い目を見て、彼の記憶の中にあった人間の頃のカナメの冷たい瞳を思い出した。
 彼は、感情を捨てるように徹底的に育てられた軍の“完成品”。それは、ポケモンとなっても変わることはなかった。――いや、この世界にきて、“イーブル”のボスとなって、一度は人間らしい感情を取り戻したことがあったはずだ。だが、ダークライにだまされていた経験が、今のカナメを冷徹に仕上げている。
「カナメ君ッ!」
 ローゼは思わず叫んでいた。
「あなたにもう戦う理由など無いはずですッ」
「……戦う、理由は」
 カナメがローゼの横真一文字にふるった刃を避けた。そして。
「“かげぶんしん”」
「!」
 ローゼを取り囲むように、カナメの影が無数に出現する。どれを攻撃すればいいのかわからなくなって、ローゼは一瞬反応が遅れて隙ができた。
「けじめを、つけるため」
 ――まずい……!
「――ローゼさんッ」
 刹那、カイありったけの音量で鋭く彼の名を呼んだ。それだけだ。それだけで、彼はカイの意図を一瞬で理解してカナメから離れた!
「“嫌な音”!」
 カイは、両手をつきだして白い突起をつきあわせた。その瞬間、耳をふさがずにはいられぬ不快音が場を支配する。
 だがカイは、今回は“嫌な音”を牽制で使ったわけではなかった。不快音をそのまま“音波”として凝縮させて、カナメの“かげぶんしん”のある一帯にぶつけたである。
 ギィイイイイ!
 “嫌な音”は衝撃波となり、カナメの分身をつぎつぎと相殺する! そして分身の本体と思われる最後の一体に“嫌な音”が到達した瞬間――。
 ヒュッ。
 背を低くしたローゼが、カナメの懐に潜り込んだ。伸ばした腕の先は氷刀ではなく――氷の鞭。
 氷の鞭の部分は、柳のように切っ先に向かうほど細く枝分かれしている。そして、その枝の表面には針山の針のように反り返った棘がある。
「氷刀――“枝垂れ柳”」
 ローゼが腕を振るった! “嫌な音”で隙を作られたカナメは避けられなかった。
 ビシィ!
 しなる鞭がカナメの腹を襲う。霜のように小さな棘が無数についた氷が肌に食い込んで切り傷を作る。ローゼは自身の素早さを最大限に生かして氷の鞭を一度のみならず二度、三度と猛攻を加える。“つるのムチ”の応用版といえる“枝垂れ柳”がカナメから体力を奪っていった。
「……!」
 カナメは、氷の鞭のリーチから逃れるようにローゼとの距離をとった。と、その時をねらったかのようにローゼも上空へと跳躍する。
「カイ君ッ!」
「“波導弾”!」
 ローゼが宙浮いた絶妙なタイミングでカイが“波導弾”を放った! まっすぐにカナメへと迫り――。
「やっ、た……?」
 ――命中した、はずだった。
「……これくらいでは、へこたれませんよねぇ」
 カナメの様子を見たローゼは、苦々しい口調で漏らす。“枝垂れ柳”も悪タイプには効果抜群である“波導弾”も確かに命中したはずだった。だが、薄くいくつも傷を付け、白い毛を所々を血に染めながらも、“イーブル”のボスは痛がる様子を見せずに太刀続けているのである。
 カイも、その様子を見て顔をゆがませた。
「少しぐらい、ダメージを与えられると思ったのに……!」
「いえ、カイ君。ダメージは確実に与えています。しかし、彼は痛みすら押し殺すように徹底した訓練を受けているだけです」
 ――そうする必要も、もう無いというのに。
 ローゼはカナメから目を離さずにそうカイへ説明し、喉元まででかかった後の言葉は心に押しとどめた。
 ――しかし、おかしいですね……。人間凶器のあなたなら、もう少し徹底的にわたくしたちをつぶしにかかってもおかしくはないはず……。
「カイ君、油断はしないでください。彼はまだ――」
 ――本気を出していないません。
 はたして、彼のその言葉は口からハッせられることはなかった。
「ぐッ……!?」
「がぁああッ!」
 二人は、突如として激しい全身の痛みに襲われた! いきなりのことにローゼは膝をついてかがみこみ、カイに至っては膝から前方に倒れ込んで全身の激痛に苦しみだした!
 カナメは、そんな二人の様子を冷ややかに見下ろしながら小さくつぶやく。

「――“みらいよち”」

 ローゼは驚きに目を丸くした。そして苦しみながらも別の意味で顔をゆがませる。そうか、そういうことだったのか。予想できたはずのこの攻撃に気づけなかった自分に腹が立った。防げずとも、なにか別の対策方法をたてられたはずだ。
「カイ君、カイ君! 大丈夫ですか!」
「“かまいたち”」
「!」
 再び空気の刃が二人に迫る。ローゼはとっさに飛び退いた、が……。
「ぐぁああああ!」
「カイ君ッ」
 カイは、“みらいよち”のダメージのせいで不可視に近い早さで迫る攻撃をよけることができなかった。“かまいたち”をもろに受けたカイは、フロアの床をごろごろと数回転がり、動かなくなる。
「“瞬き”ッ!」
 ローゼは再び氷刀を装備し、弾丸のようにカナメへ迫る。もはや、カイを助けるためには彼へ声をかけるよりカナメの動きを止めた方が速いと瞬時に判断したからだ。それに対し、カナメはとっさに“辻切り”をまとって氷刀へ対応した。お互いの刃が交わって、ぎりぎりと力での押し合いになる。
「こんなことはやめなさい、カナメ君ッ」
 “みらいよち”のダメージが大きかった。ローゼは肩で息をしながらそれでもカナメへの説得を試みる。
「……」
「あなたはこれをけじめと言いましたが、なんのけじめだというのです!? スバルさんはここにいます、わたくしたちの仲間です! わたくしはともかく、カイ君を倒して失うものはあっても、得るものなどなにもありません!」
 カナメは、戦闘中にもかかわらずローゼの口から放たれた長い訴えを聞き、少なからず目を見開いた。与えたダメージは大きいはず、そして、自分相手に話しかけるような甘い人間ではなかったはずだ。なのに、この五に及んで説得など。
「……貴様、変わったな」
「は」
「貴様の口から“仲間”という言葉がでて、 ここでは敵である俺に説得をしている」
 依然として“つじぎり”と氷刀は刃を交えたまま拮抗していた。二人は決して力を抜くことはない。
 ――仲間、か。
「だが、戦闘に関しては甘くなった」
 あのリオルを気にかけながら戦うのも、自分を説得するために隙を作るのも。カナメは非効率的だと思った。人間だった頃のローゼ――つまりヤイバは、冷徹に敵を討つことだけを考えていた。
「あのころの貴様の方が強かった」
「それは、どうです、かねッ!」
「!」
 ギィ、と。決して軽くはないダメージで力を入れるほど体が痛むのにも関わらず、ローゼの力はさらに強まり、カナメの“つじぎり”が押し負けて鎌が凍り始めた。
「な、にッ」
 これには、いままで表情を崩さなかったカナメが初めて焦燥の素振りを見せる。
「誰も信じないことよりも、冷徹な強さよりも、己の勝利だけを求めることよりも、それ以上に大切なものに気づいたまでですッ」
 ローゼがそう言う間にも、冷気が鎌を覆いつくさんとばかりに迫ってきた。
「この世界で大切なものを学んだのは、貴様だけではないッ」
 カナメは唯一の攻撃手段が消えてはならない、と後退する。そして、叫んだ。
「このけじめは俺個人のけじめではない。“イーブル”のボスとしてのけじめだ! あれだけ部下を巻き込んで、なにも成し遂げられずに終われるものかッ」
 この言葉には、ローゼも一瞬驚きを隠せなかった。そうか。彼もまた自分と同じように、この世界で大切なものを見つけられたのだ。カナメは、いままでに執着していたスバル以外に肩を預けられる、部下を持った。ローゼは仲間を得て信じるということを知った。そして二人は冷徹さだけではない、人間として大切な心を知った。
 だが、だからこそ。
 だからこそローゼはもどかしかった。
「目を……ッ」
 カナメが人間らしい感情を持ち始めたからこそ、もどかしくて、彼に怒りすら感じた。
「目を覚ましなさいッ! カナメ君ッ! あなたはたくさんのポケモンたちを不幸にしたのですよ! ダークライにだまされて、あんなに恐ろしいものをばらまいたのですッ! それならば“命の宝玉”を渡して、“ナイトメアダーク”止める――それが本当のけじめというものなのではないのですかッ!?」
 そして、ローゼは返事を待たなかった。彼はカナメが次の攻撃をする前に、地面に両手をつけて冷気を込める。
「氷刀――“薄氷(うすらい)”」
 ローゼが両手から込めた冷気は、地面を伝って一瞬にしてカナメの足下をがっちりと拘束した。氷がローゼからカナメの足下まで到達までものの一秒以下だ。避けようとしても無理な話であった。
 ――なぜいまさら動きを止めるようなことを!?
 自分の動きを拘束せずとも十分に素早さで渡り合えるローゼのおかしな行動がむしろカナメの混乱を誘った。しかし、彼の疑問は思わぬ形で解決することとなる。
 手を地につけるためにしゃがんだローゼの肩を蹴り、白い刃を振りかぶり彼の前に躍り出たのは――。
「僕は……止めるッ、みんなを救うんだァッ」
 ――満身創痍のカイだ。

「――“ソウルブレード”!!」


ものかき ( 2015/07/09(木) 08:25 )