へっぽこポケモン探検記 - 第十章 “運命の塔”編
第百五十八話 甘えるな
 ――四本柱のミケーネと対峙したルテアは、一度は敗北寸前にまで追い込まれるが辛くも勝利を収めた。一方、ポードンをミーナに任せた残りの連盟一行はさらに上のフロアへと目指すが……。





 ミーナさんと別れて、またしばらく終わりの見えないダンジョンを駆け上がる時間が続いた。だけど、とあるフロアにさしかかると、再び僕らは四本柱に対峙する事になる……。
「……なんだ、あれは」
 ……そう低く告げたのは、僕らの先頭を進んでいたシャナさんだった。僕らは彼の言葉の意味を確認するために、シャナさんの脇から前をのぞいて様子を確認する。
 当然の事だが、上のフロアへ進むにはそこへ続く階段を通らなければならない。だけど、その階段の前に――
「……ぐぅ……」
 巨大なゼリーが横たわっていた。寝息を立てながら。
「よ、四本柱のラピス……!」
 彼と一戦交えた事のあるスバルが、頬を引きつらせた表情のまま喉に何かが詰まったような声で言う。すると、彼女の発した名前に反応をしたのか、巨大なゼリー――ランクルスのラピスはその瞼を半分だけ開けた。
「やっとこさ登場だわさ? 遅すぎて寝ちゃってたんだわさ……ふわぁ……」
 およそ僕らを迎え撃つ四本柱には見えないんだけど……。いや、だけど。スバルの表情から余裕さが消える事は無かった。そして僕らに、小さく耳打ちをする。
「カイをつれて……みんなだけでも先に行って。こいつは全員で相手にしてもとても厄介だから」
「スバル……!」
 それってつまり、そんな厄介な相手を君一人で相手にするって言うのか!? するとスバルは、僕の表情からなにが言いたいのかを察したのか、先回りして答える。
「大丈夫、あいつとは私が一回戦った事があるし、ルテア直伝の電気技もある! お願い、行って! ルテアやミーナさんの努力を無駄にはできないでしょ!」
「スバルさんの言う通りです。……行きましょう!」
 ローゼさんはいち早くスバルの配慮を汲み取って僕の背中を押す。僕は一度だけ彼女の方を振り返った。いや、でも心配する必要は無い。
 僕はスバルを、信じてる。
 ローゼさんから目配せをもらったシャナさんも僕らと一緒に走り出す。もう彼も、四本柱を相手にしようとするスバルを昔のように止めようとはしなかった。
「……僕の目の前で、むざむざ敵を逃がすと思うだわさ?」
 ラピスが、走り出した僕らへ手をゼリー状のかざし、技を発動しようとする。
「“サイコキネ”……」
「“電光石火”!」
 だが、彼の下手から影が躍り出た! その影はラピスの手のひらを無理矢理天井へはじき飛ばし、放たれた念力の塊は天井へ衝突する!
「素早さは……こっちが上!」
 スバルだ! 彼女の電光石火がラピスの手を的確にはじき飛ばしたのだ! 僕らはその間に三人ともフロアへの階段を駆け上がる!
 スバル……! どうか、無事でいて!





「“エナジーボール”ッ!」
 ミーナはスカイフォルムになったことでダンジョン内ではポードンが一度の行動をとるたびに、彼は二度動けるほどの素早さを手に入れた。その瞬間飛行能力で相手をかく乱しつつ攻撃技で体力を削る作戦に出る。スカイフォルムのシェイミは草・飛行タイプで毒タイプのポードンとは相性が絶望的だが、技が当たらなければ勝ち目はある。というか、ポードンをのさないことにはこの悪臭から逃れられない!
「ぐへっ、“ロックブラスト”ぉ! かーらーの――」
 ポードンは、前方から迫る複数のエネルギー弾に無数の岩の弾丸で対抗した。だがそれに加えて
「――“サイコキネシス”グヘヘヘェ!!」
「うわぁああでたぁああああ!」
 前回見せた、“ヘドロ爆弾”を“サイコキネシス”を使って追尾機能を持たせる連結技を、今度は“ロックブラスト”で再現してみせた。“エナジーボール”瞬時に全て相殺され、残りがミーナへと迫る! 岩から逃げようと動き回りかく乱するミーナだが、しかし逃げた先でまた岩に阻まれる。
 ――挟み撃ちにされる!
 「くうッ!」とミーナは慣性の力に逆らって進行方向を前から上へと強制転換! ミーナの眼前で当たりかけた前方と背後の岩はお互いに衝突して砕かれる。そのときに起こった砂塵がミーナの鼻へ侵入して彼の不快感はさらに増大した。
「グヘヘェ、さすがに速いね! それでこそ、ぼくちんが毒で溶かす甲斐があるよねぇええ!」
「どうして……ッ!」
 ――どうして何かを溶かす事にしか興味が無いんだこいつは!
「気持ち悪いよ! それに君にはボクの速度になんか追いつけない! 観念しろ!」
「ぐへぇえ、“ロックカット”!!」
「なにぃいいい!?」
 “ロックカット”――自分の素早さを格段に上げる技だ。ミーナの顔に縦線が浮かんだ。今でさえ追尾機能を持った弾丸をよけるので精一杯だというのに、これでさらに素早さまであがってしまったら……!
「さぁあ! ぼくちんの毒の餌食になりナァ! グヘヘヘェ! “ヘドロ爆弾”!」
 先ほどよりも比べ物にならない速度で、ヘドロの塊がミーナを目がけて押し寄せる。だがこの“ヘドロ爆弾”……“サイコキネシス”の補助なしにでも、純粋な技の威力と精度も恐ろしく精錬されていることにミーナは気づいた。
「かーらーの! グヘヘヘヘェッ! “サイコキネシス”!」
「くぅっ! “シードフレア”ッ!」
 ――どうして、どうしてそれだけの力がありながら……!
 “シードフレア”は複数迫るヘドロの先方だけは相殺できた。しかし、今のヘドロは意志を持った弾丸だ。ポードンが“サイコキネシス”で残りのヘドロは“シードフレア”射程圏外へ逃がし、さらにミーナへ襲いかかる!
「にげろにげろぉ! 逃げ惑えグヘヘヘヘエ!」
もはや黙視もできないほどに速度を増した“ヘドロ爆弾”を、彼も負けじと劣らず残像すら残す勢いでよける! しかし――。
 ドカァン!
「ぐぁああっ!」
「一つ目ぇ! ヒットぐへへへ!」
 詰め将棋のように少しずつ、戦況はミーナが不利な状況へと転がっていく。よけきれずに「二つ目ぇ! 三つ目ぇ!」と当たる“ヘドロ爆弾”、効果抜群の技に体力を削り取られるミーナ。そしてどうにか相手の全ての弾丸を交わしきった後には、ミーナは満身創痍でその場に立っている状況だった。息が上がる。まだ“毒”状態に陥っていないことが唯一の救いか。だがそれも今回は運が良かっただけ……!
 ギリィッ!
 ミーナは歯ぎしりをした。
「おい……お前!」
「んー?」
「どうして……ここまでの力がありながら、“イーブル”なんかに加担している!? どうしてこの力を、誰かを助けるために使わない!? よりにもよって……ッ!」
 ミーナの脳裏に、あの三匹の姿が現れた。ナイトメアダークに陥って、目の前で魂を奪われたスカタンク、バクオング、フワライド。そして、それを見てもなお利用価値ない者に価値を見いだしたと言っていたミケーネ。
 ――役に立たなかったら、生け贄にしてもいいって言うのか!?
「よりにもよって……! 他人の命を平気で利用するような奴らと……ッ!」
「ぐへぇ……」
 ミーナが激昂する寸前であることに気づいたポードンは、そんな彼を見て嫌らしげに目を細める。
「あんた、おめでたいやつだねぇグヘヘヘェ」
「……なん、だと」
「あんた、虐げられる奴の気持ちなんかぜーんぜん、わかんないやつなんだなぁ。グヘぇ……自分が一番正しいと思ってる」
「何が言いたいんだよ!」
「あんたぼくちんのこと臭いって言ったッ!」
「……」
 ミーナは目を見開いた。
「ぼくちんのこと耐えられないって言ったッ! 気持ち悪いって言ったじゃんかぁあああッ! グヘェエエエッ!!」
「な、そ……」
 それは。そう言おうとして、自分がその次の言葉を紡げない事に気づいた。
「ぼくちんは……ぼくちんは……! 生まれた頃からいつだって、そうやって過ごしてきたんだよぉ……」
 ポードンの頭の中で、いまいましい記憶の数々が浮かぶ。ヤブクロンの時から腐臭を放ってしまう性質であった彼は、訪れる集落ごとに臭いと言われて、話も聞いてくれずに追い立てられた。ご飯も分けてもらえず、敵のポケモンが蔓延るダンジョンで恐怖に怯えながら餌を探す日々。
 そうやって、彼の中に蓄積されたフラストレーションは、ある日突然大爆発した。
 自分を臭いと言って追い出した奴、石を投げていじめてきた奴、そんなやつに自分が攻撃をすると、彼らの体の一部は溶け、自分に浴びせる罵詈雑言が毒でうめく声に塗り替えられたのだ。
 彼はこれほどの快感を、今までに感じた事が無かった。
「あんたが必死に守りたいと思っているこの大陸は、ポケモンたちは。グヘヘヘェ、ぼくちんにとっては地獄とそこに住む鬼以外でもなんでもなかったんだよぉ」
 そんなおり、彼の前に突然現れたのは、災いを知らせると言うポケモン――アブソルだった。
「“イーブル”は! ぼくちんのボスは! カナメ様は! こんな臭い体をしたぼくちんを、いじめずにいてくれた! 石も投げてこなかった! そして、ぼくちんの力を認めてくれて、四本柱に迎え入れてくれた! グヘェええッ!」
「……」
 ミーナは、沈黙するしか無かった。
 自分はポードンへ暴言を吐いた。本来倒すべき敵に送る一つや二つの罵詈雑言など、野良試合や戦闘にはつきものだ。だが、ポードンに対しては、その意味合いが違う。対立しているが故に出てきてしまう暴言ではない。心の底から、こいつはいなくなってほしいと確かにミーナは思ってしまったのだ。一瞬でも、そうでなくとも。思ってしまった事に変わりはない。
 そして、その行為は……。

 ――いつらは元々利用価値が無かったのですわ!――

 ミケーネの考えている事と、全く一緒ではないか。
「ふん! だから君も、ぼくちんの毒でべちゃべちゃに溶けてしまえばいいんだ! グヘェエエエッ! “ヘドロ爆弾”!」
 ――ボクは、なんて馬鹿なんだ。
 ポードンがもし、もっと早くに心優しい誰かと出会えていたら。初めてポケモンらしい扱いをしてくれる者がカナメよりも早く声をかけていたら。もしかしたらこんなに歪んだ性格にはならなかったのだろう。
 だが。だが――。
「かーらーの! “サイコキネシス”!」
 ボボボボッ!
「!!」
 ポードンですらも目を疑うような事が目の前で起こった。彼が“サイコキネシス”をのせて放った“ヘドロ爆弾”を――ミーナはよけずに全て食らったのである!
「グヘェエエ!? な、なんでよけないのぉおお!?」
「ぐぅっ……うぅ……!」
 ミーナは、効果抜群の技をもろにくらって、右前足の膝を地面へつけてよろけた。目を開けようとするが、視界がぼやけて震える。もう、後一撃でも食らえばおしまいだろう。
 だが、ミーナはそれでも、今ある力で腹に力を込めた。
「ボクのさっきの発言! 謝るッ!」
「!」
「ボクも、知らずのうちにひどい事をしていた!」
「て、敵に謝るなんて……! ぐへぇ! いかれてる!」
「敵であっても、許されないことをしたからだ! だからボクは謝らないと行けないんだ! だって、謝らなかったら――倒すべき敵よりも、ボクが最低なポケモンになってしまう! だけど!」
 ミーナは折っていた膝を立て直し、どうにか立ち上がる。膝が震える。もう飛べるかわからない。
「だけど――」
 でも、ここがふんばりどころ!

「――甘えるんじゃないッッ!!」

 ミーナが、その場から不過視になるほどのスタートダッシュで飛び上がった! 突然の事にポードンは仰天する。そして……。
 シュンッ! 次に現れたのはポードンの目と鼻の先だ!
「“エアスラッシュ”ッ!」
「ぎゃぁあああ!?」
 ミーナは、風の刃をポードンの目に向けてはなった! うまく加減をして目が傷つかないように角度を調整したが、ポードンへ与えるダメージには十分だったようだ。
「い、いたいぃいいいいい! いたいよぉおおお!」
 いきなり目元に食らったダメージに、手で目元を覆った。痛みで瞼を開けていられなくなったのだ。
 彼にとってこの不意打ちは致命的なものだった。“ヘドロ爆弾”も、それに追尾機能を付加する“サイコキネシス”も、全てはポードンが目で操作をしている。だから目をつぶされると、標的を捕らえる事が出来なくなる。
「グエェエエエッ! “ロックブラスト”ぉ!」
 ポードンが苦し紛れにはなった岩の弾丸は、やはりでたらめな方向へ飛んでいきミーナに当たる事は無い。
「ポードン! 君が幼い頃から心に受けた傷をボクが計り知る事は出来ないッ!」
 ミーナは弾丸を掻い潜る。ふらふらだがここまで精度の落ちた攻撃をよけられないほどやわではない。そして、彼の懐に近づくなり“エアスラッシュ”を放った。
「だからといって、君のやってきた事は悪い事だ! “イーブル”内でも、個人でも! 他人を毒で溶かす事は言語道断! 正当化なんてされない!」
「ぐへぇええぇ!」
 “エアスラッシュ”を放ち、反撃がくる前に瞬時に離れる。放つ、離れる。放つ、離れる! そのたびにポードンはめちゃくちゃに技を放つが、彼を捉える事はできなかった。
「それに! 君はやっぱり“イーブル”でも利用されているだけだ! “イーブル”は友達でも、仲間でもない!」
「うそだぁああ!」
「もし本当に、彼らが、ボスが、君のことを想っているのなら! 君のことを止める! 君がやっている事を、悪い事だと正そうとする! だけどしなかった! そうだろう!? ――“エアスラッシュ”!」
「グヘェエエッ!」
 ――まだ倒れないか! タフだな!
「いいか、“イーブル”は君の力を持て余してるから好き勝手やらせているだけだ! そして君はそれに甘えてる!」
 ――そこだ!
 ミーナは、高速で無数に飛び回る岩と毒の弾丸の合間に、一瞬だけ隙が生じたのを見逃さなかった。彼は全身を光らせる。これで決める、そのために最大出力の草の力を練り上げた。

「いい加減目を覚ませぇええ! ――“シードフレア”ッッ!!」

 ズバァアアアアアン!!!
「グヘェエエエェエエエエエッ!!!」
 最大出力の“シードフレア”は、隙をつかれたポードンへ衝撃波となって直撃した! あまりの威力に反動でミーナはひっくり返って壁に激突する!
 だが、状況を確認しようと再び体制を立て直したとき――。
「――グ、グヘ、ぇ……!」
 ポードンは、どうやら“シードフレア”で陥没したらしい地面の上で、力なく横たわっていた。それを見たミーナの全身から力が抜け、気がつけば彼はランドフォルムに戻っていた。
 ――ふう、目を覚ませとか言ったのに、逆に気絶させてしまいました……。

ものかき ( 2015/06/27(土) 14:51 )