第百五十七話 上じゃねぇ、前だッ!
――“運命の塔”の頂上を目指す僕たちは、さっそく“イーブル”の四本柱の一人であるミケーネと鉢合わせた。だがここはルテアさんが彼女と対峙する事になり、僕たちは先に進む事になったんだけど、今度はもう一人の四本柱・ポードンが現れて……!?
★
「うわぁあああ“エナジーボール”ッ!」
『えええええ!?』
ポードンの姿を確認した瞬間、なんの前触れも無くいきなり叫びだしたのはミーナさんだ! 間髪入れずに高密度のエネルギーの塊をポードンに向けて発射する! “エナジーボール”は僕やシャナさん、ローゼさんにも当たりそうになって、僕らは全員叫びながらその場に伏せる! び、びっくりした!
ミーナさんらしからぬ見境の無い攻撃に、僕らはただただうろたえるばかりだ。
「み、ミーナさん!?」
「嫌ですうううう! 生理的に無理ですううううッ! 今すぐ倒しますすぐに倒しますッ!」
僕らが何かを言うまえに、ミーナさんはバッグからグラシデアの花を一本抜き出す。それを鼻に近づけて全身を光らせた。短い手足とブーケのような背中をした格好から、羽根のような白い角を生やし長い手足を持つ姿へと変化する。
「――“スカイフォルム”ッ!!」
「グヘヘヘェ、いいねぇ、いいねぇ! ぼくちんの相手はまた君かい? ぐひひ!? ――“ヘドロ爆弾”!」
「“シードフレア”ぁッ!」
ズ、バァアアアアンッ!
「くぅッ!?」
「おおおッ!?」
「きゃぁああッ!?」
「うわぁあああッ!?」
前面一体から迫り来るヘドロ弾は、こんどは三百六十度の衝撃波で全て相殺された。だけど、ミーナさんの近くにいた僕たちがその余波をよけられる訳が無く、僕らは揃いも揃って吹っ飛ばされて地面へ叩き付けられた。
「おい、ミーナさんちょっと落ち着け!」
こんな展開など全く予想していなかっただろうシャナさんは、どうにかミーナさんを止めようと瞬時に立ち上がって、両手を突き出し叫ぶ。
「ほほはほふはひひふへるはらっ!!」
「鼻塞いでたら何を言っているかわからないぞ!」
「『ここはボクが引きうけるから!』、と言っています」
ここは流石流浪探偵のローゼさん、ミーナさんの言いたい事をすかさず通訳する。
「ふひ! ふひぃいいい! ほひふほひほひははへはへはひ!」
「『無理! 無理ぃいいい! こいつの臭いは耐えられない!』」
「ひはふふひへほ――」
「――わかった! ストップ!」
シャナさんは頭を抱えて、シェイミの必死の叫びとその通訳を強制終了させた。
「ここはミーナさんに任せて俺たちは先に行く! これ以上技の巻き添えを食らったらたまったもんじゃないからな! 後は任せたぞ!」
「ふぁい……!」
ミーナさんは、手で鼻を塞いでいても漂ってくるらしい悪臭に涙目になりながら了解した。そして僕らは、全速力でミーナさんから離れるために走り出した。シャナさんの言う通り、これ以上攻撃の巻き添えをくらったらたまらないので……!
★
「がぁああッ!」
ルテアは吹き飛んだ。そして、フロアの壁に叩き付けられ、それでもなお迫る木の葉に全身を切り裂かれた。そして攻撃が終わったときには、彼は壁から地面へドサリと倒れたのである。どうにかしてその場から立ち上がろうとするが、“麻痺”状態と相まって膝をついた状態へどうにか持っていくのが精一杯だった。
「かっ……くっ……! このヤロウ……!」
予想外の出来事とダメージの連続で、途切れ途切れに悪態が漏れる。
――どうしてだ? どうして技を撃った後に攻撃力が下がるはずの“リーフストーム”が、その威力を増した!?
「あぁら。あなた確か、この前は『バトルで冷静さを欠くわけにはいかない』とか言ってましたわよねぇ! それであたくしに突っ込んでいった結果がこのザマだなんて、笑わせてくれますわぁ!」
「うる、せぇ……!」
「ふん、やはり愚民どもはみな貴族であるあたくしに叶うはずもありませんわね!」
「うるせぇッ!!」
シン、と。ルテアの怒声が響き渡ってミケーネは沈黙した。ここまでのダメージでよくもこんなに大きな声がでたな、というほど声量だったが彼女は驚きもせずに冷たくルテアを見下ろす。ミケーネからしてみればそれは単なる虚勢にしか聞こえなかったからだ。
「てめぇは……、NDが、気にくわねぇモンだと知っていながら……ッ、三匹のポケモンがあんなになるまで利用していやがった……! 頭に、血が上らねぇわけが、ねぇだろッ……!」
「あら、きれいごとですわね」
ミケーネはさも当然、という口調でばっさりと切り捨てた。
「貴族たるもの、あれくらいの所行で冷静にいられなければ上に立つものとして失格ですわ。それに、下の者が上の者のやることに従う。当然じゃありませんこと?」
「てんめぇ……ッ!」
――考えろ、考えろ、考えろ! 俺は絶対にこいつを倒す! 倒さなければきがすまねぇんだ!!
ルテアは必死に考えを巡らせた。自分は“麻痺”状態でろくに動けない。そのうえ威力のあがった“リーフストーム”の原因がわからない。それでも勝つ方法は!
――使えば使うほど威力の下がる技の威力が上がった! だとすると考えられるのは……! あいつは技の効果による能力の変化を逆転させているのか……?
「ふん、せいぜいあがくと良いですわ。そしてあたくしに倒される屈辱を味わいなさいな! ――“つるのムチ”!」
しなる二本のムチがルテアへ迫る。その技も前に山郷で見た時よりも威力が上がっていることに彼は瞠目する。
――もしや、俺の“威嚇”も攻撃を下げるはずがあがっているってのか!?
「ぐ……“氷の牙”!」
彼はしびれる体を無理に動かし、得意の動体視力をもってして迫る二本のムチのうちの一本に牙を立てた。その瞬間、ミケーネの顔が苦痛に歪み、キィイイイッと金切り声を上げる。
「この! 痛い! 痛いですわッ! 無礼者! 離しなさい!」
だが、ルテアが捕らえきれなかったもう片方のムチが彼の牙を離そうと容赦なく顔へ叩き付けられる。だがここは絶対に引けない。彼は“つるのムチ”の痛みをどうにか耐えた。絶対に離してはならない。次の攻撃を撃たせてはならないと、執念を持ってして噛んだツルを離さなかった。
――だとしたら、“リーフストーム”は撃てば撃つほど威力が増していく事になる……! あいつの能力を下げるには逆に能力を上げる技を繰り出さなきゃならねぇ……! そんなもん持ってねぇ!! どうすればいいんだよ!?
「キィイイイイッ! 許しませんわ! ――“ギガドレイン”!」
「!」
絶対に離すまいと彼女の放った“つるのムチ”を噛んでいたルテアの地面から、ゴボッと太いツルが瞬時に彼を取り囲んだ。そして瞬間――ルテアの体を締め上げる!
「が、ああああッ!」
思わず叫びが漏れた。ギシィと骨の軋む音が脳内で響く。それに加え“ギガドレイン”は相手の体力を奪う技。全身から力が抜けて、彼は意識を保っていられなくなった。
「ああッ……! くっ……そ……!」
――俺はこのまま……許しちゃいけねぇ相手にッ、何も出来ないまま……!
目の前が暗くなっていく。まぶたを開けていられなくなる。
――ルテア……死ぬなよ――。
耳の奥で別れる前のシャナの声が微かに聞こえて……。
☆
「おおい、キース! この“ボルテック・アシスタンス”どうにかなんねぇのか!?」
“運命の塔”への出発の数日前――。
ルテアはギルド内のキースにあてがわれた仮部屋に顔を出すなり、開口一番にそう言った。許可無く部屋へ踏み込むなり始めの一言がそれだったので、キースはもちろん不機嫌になりながら見ていた資料を切り株机に叩き付けた。
「だから言っているだろう単細胞! 君はもとより私の開発した偉大な補助技――“ボルテックア・シスタンス”も、“スタン・ボルト”もその他諸々も! 君には波長の合わない技だと!」
「そんなことわかってらぁッ! だけど、今度ばかりは負けられねぇッ! 少しでも戦力になるものは使ってやるんだ!」」
「あの技に改良の余地はもうない! 他の電気タイプのポケモンならあの技の発動に五秒足らずだ! だけど君には無理!」
「どうにか俺にもそれくらいで出来るようにしやがれよッ!」
「ああああこれだから単細胞は!」
キースが叫ぶと、負けじと劣らずルテアもキース以上の怒声を放つ。だが途中から、キースはふと我に返って叫ぶのをやめた。もとより声の太さは圧倒的にルテアが上だ。本気で叫んだらどうあがいたって自分は勝てない。このやりとりは不毛だ。
「……君の方面での才能では、これ以上何をしても“ボルテック・アシスタンス”の生成は五分よりも短くならない。なにしろ、君は単細胞だ」
「……」
キースは叫ばずに冷静に、諭すようにルテアへそう宣告した。すると、彼はキースの言葉がようやくどうあがいても変わらない真実だと受け入れたらしい。今度は黙りこくって頭を垂れた。
キースは溜息を漏らす。
「いいかい、誤解しないように言っておこう単細胞。私は君の全てを否定している訳ではない。“ボルテック・アシスタンス”の完全習得は不可能だが、君の電撃の素早さと威力! そして身体能力! ……あれは評価に値する。だから“槍雷”とかいう仰々しい名を冠する事になったのではないのかね? これ以上何が不満なんだ」
「それだけじゃ、だめなんだよ」
「うん?」
「“イーブル”からスバルやカイを守る立場として……将来、町のみんなを守る立場として……!」
これには天才医者貴族・キース=ライトニングもお手上げだった。この病気はどうしても治らない。無理なものは早々に諦める……彼にはそれが出来ないのだ。
立場だ? 将来だ? いったいこいつは何を考えているのだ。単細胞のくせに!
と、その時。キースの部屋にもう一人客が訪れた。
「――おい、なにかあったか? えらくでかい声で驚いたぞ」
「シャぁああああナくぅううううん!」
そう、もう一人の客とはまぎれも無く、キースにとっては願ってもない被験た……ではなく、シャナであった。
「シャナ君、どうにかしてくれないだろうかこの単細胞を! 私にはどうにもならないのだよ!」
「ええ? どうしたんだ?」
「……っせぇな」
ルテアが小さく悪態をつく横で、キースはここぞとばかりに先ほどの彼の迷惑行為をシャナへ告発した。シャナはキースの言葉を最後まで口を挟まずに聞き、告発が終わると彼は腕組みをした。
「……前から、割と気になってはいた。攻撃的で好戦的なお前が、いかにも使いにくそうな補助技を好んで使っている事にな」
「私も右に同じ」
「んだよ! 文句あんのか!?」
「大ありさ!」
「いいや!」
キースとシャナ。全く同じタイミングで発言した全く真逆の反応に、ルテアはもちろんキースまでものけぞるほどに驚いた。シャナは、フッと顔をほころばせてキースの肩を叩く、そしてルテアを指差した。
「知ってるか? こいつ俺と探検隊組んでた頃、チームのリーダーだったんだぞ」
「え? シャナ君じゃなくてこの単細胞が、かい?」
「おいシャナ!」
「普段は自由気ままに行動して、言いたい事を言って、やりたい事をやっていた。よく反発して師匠に杖で頭を叩かれていた。もちろん、リーダーなんてやるような奴じゃなかったし、義父さんは『次期町長がこいつで大丈夫か』と頭を抱えていた」
「て、てめぇこれ以上言ったら――」
「――だけど、どうにも……ルテアは他人思いで情にもろい奴だ」
「……」
“ルテアの欠点暴露会”を始めたシャナへ、耐えきれずにルテアは“アイアンテール”を食らわせようかとまで思った時、彼の放った予想外の一言が、ルテアの挙動を停止させた。
「俺は、あいつが率先してリーダーになったのは俺とエルザのことを思っての事だったとずっと後になって気づいた。自分が二人を誘ったのだから、三人でずっと探検できるように、仲違いしないよう責任を持とうと思ったわけだ」
いつもならここで皮肉の一つでも出てきてもおかしくないはずのキースも、黙ってシャナの話を聞いている。
「救助隊へ異動する気があると知った時も、本当は人助け以上に未知のダンジョンを切り開いていく方が性に合っているルテアが、次期町長の責任感としてそっちを選んだのだと気づいた。……今回も、そうだろ」
シャナは、キースの横からルテアの方へ近づく。そして彼は、ルテアの肩に手を置いた。
「なぁルテア」
「お、おう……」
「お前のその他人思いなところ。責任感の強いところ。それに何度助けられたかわからない。お前が“フレイン”のリーダーでほんとに良かったと思っている」
こいつ、いったいどうしちまったんだ……? とルテアは、いきなりしみじみと自分について語りだした親友へどう反応すれば良いかわからなくなった。
「だが、な。ルテアのそんなところと同じくらい……いや、それ以上に。破天荒なところ。一直線なところ。強気なところ。情に熱いところ。そんなところを見て、俺はお前についていこうと思った」
「……シャナ」
「あえて五分かかる補助技を覚えて全てをカバーしようとする姿より、“ワイルドボルト”で先陣切る姿を見ている方が、俺はお前を信頼できる」
図らずも、彼の言葉にすこしだけ喉元がせり上がった。ほんのすこしだけ、涙がじわりとこみ上げてきた。
――ば、ばっかやろう! おれは涙ぐんでなんか無いぞ……絶対、なみだぐんでなんか……!
「決して無理しなくても、ありのままでも。お前についていきたいと思う奴はこれからたくさん出てくるぞ。
――だってお前は、いつだって俺たちの前にいるんだからな」
★
勝負はついた! ミケーネは完全にそう思っていた。だが、太いツルの中で力なく気を失っていると思っていたルテアの全身が強く光ったと思うと――。
ドガァアアアンッ!
「キィイイイイイイイッ!?」
ミケーネの全身が、強烈なしびれと痛みに襲われた。目の前が真っ白になり、長く長いその痛みに思わずやめてくれと懇願してしまいたくなる。そして、電撃からミケーネが解放されたとき、その場で力なく横たわる事になったのは自分自身。そしてダメージから“ギガドレイン”の解除された場所に――。
「――ふいー……どうだ! 俺の放った“雷”は!」
――ルテアは確かに、立っていた。
「な、なんです、って……!?」
もちろん、先ほどまで立ち上がる事すら出来なかった彼は、四本足をどうにか踏ん張り立っている状態だ。膝は笑っているし、“麻痺”が消えた訳ではない。
だがそれでも、ルテアは不敵に笑って立っているのである。
「ど、どういうことですのぉおおお!?」
「てめぇには一生! わっかんねぇだろーなぁッ! ――“ワイルドボルト”ッ」
彼は駆け出した。全身に電撃をまとわせ、矢のように迫る。ダメージと状態異常で動きが鈍ると思いきや、その速度はバトル序盤を遥かに上回っていた。
「リ、“リーフストーム”ッ!」
痺れの取れないミケーネは、だがそれでも遠距離技なら出す気力は残っていた。しかも今度は四倍に跳ね上がった特攻で出す“リーフストーム”である。
「おぉおおおらぁあっ!!」
だが、ルテアは九十度に方向転換! リーフストームの射程圏外へ瞬時に飛び出し、そしてすぐに四十五度曲がってミケーネの白い腹に思いっきり突っ込んだ!
「キィイイイイイイッ!!!」
重い一撃はミケーネに予想以上のダメージを食らわせた。腹から全身へ伝わる衝撃、鮮血が彼女の口から吐き出される。
「どれだけ技の威力が上がろうと! そのからくりがなんだろうと! 当たんなきゃ意味ねぇんだよ!!」
そう、最初から思い悩む必要など無かった。もとよりミケーネの素早さより自分の素早さは勝っている。“麻痺”状態にさせられて、一瞬でも心も弱っちまったんだからまだまだ修行不足だな、とルテアは思った。思う余裕すらあった。
小難しい事は考えず、自分のやりたい通りに。自分の出来る事をやる。それが、ルテアの最大の強さである。それを気づかせてくれたのは、まぎれも無く――。
――ありがとよ、親友!
ミケーネは彼の豹変ぶりに驚かずにはいられなかった。殊に技の威力については、先ほどとはまるで比べ物にならない。
「な……ど、どうしてこんなに威力がッ……!」
「ふん、教えてやろうか?」
ルテアは、倒れる彼女の首の上に、爪を立てた前足をのせて強気に言う。
「俺のもう一つの特性は“根性”! 状態異常になると技の威力があがるってこった」
「ぎ、ギィイイイッ!」
そしてルテアは、冷たくミケーネを睨みつける。
「てめぇは、目下のポケモンをあそこまであごで使っておきながら、のうのうと俺にほざきやがったな。『あれくらいの所行で冷静にいられなければ上に立つものとして失格だ』と……」
「そ、それがなんだっていうんですの!? “つるのム”……」
「てめぇが貴族とやらで、手下従えてんだか偉いんだかなんだかしらねぇがな――」
ルテアの全身の毛が再び逆立って帯電した。その様子をかいま見た彼女は、技を放つ事が出来なかった。
その姿が、眼光が、表情が。高飛車であるはずの彼女から戦意というものを残らず奪い去っていった。
「――リーダーってモンは、上に立つんじゃねぇ、前に立つんだッ! 顔洗って出直して来きやがれッ!」
そして放たれた“雷”は、瞬時にミケーネの意識を吹き飛ばした。