第百五十六話 “運命の塔”へ
――僕らは“運命の塔”へと向かう。そこで、全ての決着がつくはずだ。“イーブル”の“利用価値”に悩むミーナさんのことも。ルテアさんが目の当たりにした恐ろしい“ナイトメアダーク”のことも。シャナさんとエルザのことも。スバルとローゼさんの、カナメに対するけじめも。“命の宝玉”とルアンのことも。死と隣り合わせにいる、僕も。
全て、決着がつく。
★
高くそびえ立つ白い塔は、僕らを威圧するかのように荘厳にたたずんでいた。これには幾多の困難を乗り越えてきたシャナさんやルテアさんでさえも、若干息を飲むほどだ。いったいこの塔は、僕らをどこへ誘うんだろう……。
「で? どうなさいますか? ――リーダー」
やはりというかなんというか、威圧的なダンジョンを前にしてもひるまずに自然体でそう言ったのはローゼさんだった。彼の言葉に、首がおれるかというほど塔を見上げていたシャナさんが我に返ってこちらを見る。
「あ、ああ。……俺たちが向かうのは塔の頂上。最優先にすべきはやはり“満月のオーブ”を発動させて“ナイトメアダーク”を取り除く事だ」
僕らは全員で円を描くように固まって、シャナさんの言葉一つ一つを噛みしめる。
「いいか。“イーブル”が既に中にいるのか、俺たちの背後を狙っているのか。束になって襲いかかるかそれとも俺たちの戦力を分散しここに対峙する事になるのか……まったく予想がつかない。だが――」
シャナさんは指を一本突き立てる。
「頂上にたどり着くのは一人。……一人で良い。そしてその一人は」
天へと突き立てられた指が、今度はゆっくりと動いて僕に向けられる。
「カイ、お前だ」
「……はい……え?」
ぼ、僕? すると、全員が僕へ眼差しを向けてきて、ルテアさんなんか首を大きくたてに振ってうんうんとうなずいている。
「“満月のオーブ”を発動し終えれば、あとは空の“器”だけが残る。そうなれば、後はお前とルアンの仕事だ」
そうだった。“命の宝玉”を“器”のなかに取り込んで消滅させられるのは、鍵となる波導を持つルアンだけ。となると、必然的に“満月のオーブ”は僕が持っていた方が手っ取り早い。
「俺たちが命をかけて、“イーブル”の持っている“命の宝玉”を取り返す。それまで間、お前の事を五人のうちの誰かが守り抜く。必ず、な」
ごくり、と僕は生唾を飲み込んだ。みんなが、僕の事を命がけで……。それくらい、僕とルアンの役目は責任重大ってことか……。その役目の重さをさらに際立たせるように、シャナさんがトレジャーバッグから、淡く金色の光を放つ水晶を取り出して、ゆっくりと僕に近づいた。
“満月のオーブ”だ。
「これを、お前に預ける」
僕の目線に合わせてしゃがんだ彼は、あわてて差し出した僕の両手へゆっくりとオーブを置いた。その重みが、ずっしりと伝わってくる。みんなが必死に集めた“三日月の羽根”――NDを払拭するだけの力が、この中に全てあるんだ。
「さあ、総員――」
シャナさんが決然とした声とともに立ち上がった。そして、彼は僕らの先陣を切ってダンジョンへの一歩を大きく踏み出した。
「――“運命の塔”へ!」
★
最難関のダンジョンと言われるだけあって、最初こそあまり強くない敵のポケモンも階を重ねるごとにどんどん強さが増して行った。だがそれでも、僕らは協力しながら上へ進む。その間、“イーブル”からの奇襲は無く少々不気味と思えるほど序盤はおとなしかった。
“運命の塔”は高く、長い。何十階かを超えた辺りで、ルテアさんは早々にいま自分が何階のフロアにいるのか数えるのを放棄したみたいだ。だけど、早かれ遅かれ階なんてみんな忘れる。それくらいに頂上までの道のりは遠かった。ひいこら言って上った“空のいただき”がかわいく思えるくらいだ。
そんななか、唯一数を正確に数えられるローゼさんが、「次で四十九階ですねぇ」と言いながら階段を上った矢先――。
「――“リーフストーム”!」
「!!」
階段を上った先で、いきなり眼前に木の葉の嵐が巻き起こった! 僕らが驚くのもつかの間、鋭利な葉っぱが僕らめがけて容赦なく迫って肌を切り裂く――。
「“守る”ッ!」
――ことは無かった。
固まっている僕ら六人、そのすべてを覆いかぶせるほど広いバリアが、木の葉から僕らを文字通り守り抜いた。
「キィイイイイ!? なんですって!?」
巻き上がる木の葉の隙間から、金切り声を上げたジャローダの姿が目に入る。そして木の葉の吹雪が消滅したとき、その姿は完全に僕ら名前に露になった。
“四本柱”の一人――ジャローダのミケーネ!
「おーおーおー! さっそくヒステリックやろうのおでましかよッ!」
ドンッ! と僕のすぐ真横で強く足が踏み鳴らされた。声の主はすぐにわかった。このメンバーで“守る”を唯一覚えていて、とっさの相手の攻撃を的確に防いでみせた――ルテアさんだ!
彼は見る者を一瞬にしてすくみ上がらせてしまいそうな、犬歯を覗かせる猟奇的な笑みでミケーネの前に立つ。
「てめぇにはよーく、いろんな借り返さなきゃなんねぇからな! 俺が相手になってやらぁッ!」
バチバチッ、と全身の毛が逆立って帯電した。今にも爆発しそうな彼の電気エネルギーが僕の肌にビリビリと伝わる。
「あーら! 平民が何かをごちゃごちゃと抜かしていますわぁ!」
どうやらミケーネもルテアさんとやり合うつもりのようだ。ルテアさんは振り向かずに「手筈通りだ、先に進みやがれぇッ!」と僕らに檄を飛ばす。その言葉に、すぐにローゼさんが僕らへ「行きますよ!」と促し、真っ先に走り出した。ミーナさん、スバル、僕の順でその後に続く。最後に駆け出したシャナさんが、ルテアさんとすれ違いざま小さく叫んだのを僕は聞き逃さなかった。
「ルテア……死ぬなよ」
★
「ルテア……死ぬなよ」
彼がそう言い残して、仲間が全員次のフロアへと消えた。戦闘状態で身も心も興奮しつつあるルテアは、その言葉を鼻で笑って、攻撃的な笑みを浮かべた。
――ったりめぇだっての!
そしてミケーネに向かって“威嚇”の眼光を送る。
「ふん! 今回は手駒使わず自分の手でバトル……ってか! てっきりてめぇが弱すぎるから、それを隠すために紫の奴らを使ってるんだと思ってたぜ!」
「キィイイイイイッ! あんな低能な愚民どもと、あたくしの戦闘力がいっしょだと思わないでくださいませッ!」
「ちょうどいいぜ……試してみるかぁッ!?」
その言葉を皮切りに、全身の毛に帯電させた電気を最高潮にまで高め、耳を聾するような雷鳴とともにミケーネへと駆け出した!
“槍雷”という名を冠し、救助隊でもその名を馳せる事となった電光石火の雷撃である。
「“ワイルドボルト”ッ!」
もちろん、彼も何も考えずに相手の懐へ飛び込んだわけではない。
“リーフストーム”は使った後、特殊攻撃のたぐいの威力がぐんと下がる。それに、“つるのムチ”で応戦されても電気を身にまとっているルテアに触れれば、即座に感電しておだぶつだ。“くろいまなざし”はこの場では無意味。
彼は“眠りの山郷”での彼女を分析して、この技を防ぎきる術はほぼ持たないと瞬時に判断して不意打ちの先制に出たのだ。
――この一撃、避けきれまい!
跳躍! 彼は正面からではなく斜め上からの攻撃に出た。ミケーネは彼の動きにどうにか顔だけついていく。
「――ふん、これだから愚民は愚民だというのですわ!」
だが、金切り声を上げうろたえるかと思っていたミケーネは、なんとそんな罵声を上げながら避ける素振りも見せず、高圧的にルテアをにらむ。
「あんだ、と――ッ!?」
瞬間的にミケーネとの距離を縮めたルテアが、攻撃とともに叫ぼうとして――できなかった。
――ビクッ!
体がいきなり硬直した。ミケーネへ当てるはずの“ワイルドボルト”は、果たして、彼女に当たるほんの数センチ先でルテアの全身が動かなくなったことで失敗した。彼は地面へ崩れ落ちる。
「なッ……!?」
――何が起こりやがったってんだ……!
彼はなんとかもう一度立ち上がろうと試みるが、四肢に力を込めようとすると全身がびりりと強烈な痛みに襲われた。
――か、体が痺れて……うごかねぇ……! この俺が、“麻痺”状態だとッ!?
“麻痺”状態は、数ある状態異常の中でも、慢性的に体が痺れて動きがにぶったり技が出しにくくなるものだ。
だが、ルテアは“麻痺”状態にされるような技を受けた覚えはない。
「てんめぇ……っ、なにしやがった……!?」
彼はどうにか、恨めしそうな眼光をミケーネに向けつつうなった。図らずも先ほどとは逆にミケーネがルテアを見下ろす形となる。
「あぁら。こんなにあっけなくあたくしの技に引っかかるなんて思っても見ませんでしたわぁ!」
ミケーネはねっとりとした甲高い笑いを響かせた。ルテアが動けないのをいいことに、彼にとって耳障りでしかないその高笑いを長く続ける。
そして、その笑いの間に彼は己がどこで失態をしたかに気づく。
「! ……“へびにらみ”かッ」
「いまさら気づきましたの? ……でも、ご名答」
ルテアが跳躍した際、技が炸裂する直前でルテアとミケーネは目が合った。彼女がルテアに睨んだその瞬間に、もう技が繰り出されていたのである。
「“麻痺”状態となってノロマな今なら、あたくしの大技も避けられなくってよ!」
彼女がそう叫んで、先ほどカイたちに奇襲したときと同じ技を繰り出した。彼女の周囲に大量の木の葉が舞い始める。
「……はんッ! また、同じ技かってかッ!?」
だがルテアにとって、特攻が下がった状態での“リーフストーム”なんて怖くも何ともない。“麻痺”状態だからって舐められたもんだぜ……と思った矢先。
「“リーフストーム”!」
ゴォッ!!
先ほどよりも歯の量も、その鋭利さも、全ての威力が確実に底上げされた木の葉の嵐が、ルテアめがけて一直線に押し寄せた!
「なにッ――」
★
ルテアさん、ミケーネとのバトルを始めたのだろうか。下のフロアからの振動が、ほんの少しだけ僕たちのいる一つ上のフロアにも伝わってきた。相手はあの“イーブル”の四本柱。しかもミケーネだけは四人の中で唯一、僕らの誰とも戦ったことがないので戦闘力は未知数だ。
「ルテアさん……」
大丈夫だよね、きっと……。
「――大丈夫だ、きっと」
僕の不安を見透かしたように、先を歩くシャナさんが力強く僕に言った。そのとなりでスバルも強く頷く。
「だって、ルテアだよ?」
「あいつを信じよう」
「――グヘヘヘェ! 他人の心配してる場合かナァ?」
「!!」
全員が一斉に立ち止まった。そして示し合わせた訳でもないのに、僕らはみんなで鼻を強く押さえる!
な、なんなんだこの異臭……!
「くっ、臭いですッ!」
ミーナさんは、他のメンバーよりも強くこの悪臭に反応してしまって声が裏返っている。そうしている間に、フロアの向こう側から、のしのし、と灰色の物体がこちらへ近づいてくるのが見えた。それといっしょに、聞いただけで背筋に悪寒が走る笑い声が耳をつく。
「グヘ、グヘヘヘヘェ!」
「あ、あれは……」
四本柱の一人――ダストダスのポードン!!
「グヘェ……今日は誰をぼくちんの毒でべちゃべちゃにしちゃおうかなァ! グヘヘヘヘへェ!」