第百五十四話 嵐の前のギルド 2
――ミーナとスバルはギルドにとどまり、シャナとルテアは自分の家に戻っている。カイは“雲霞の里”へ向かっていて、ローゼはというと……。
★
「いやはや、これが本当の最後の晩餐という奴ですかねぇ」
流浪探偵・ローゼは食べきれないほどの料理を前にしてそうつぶやいた。いつも彼が利用しているトレジャータウンのカフェでのことである。
「さ、さ、最後なんてっ……やだよぅ!」
そして、たくさんの見知らぬポケモンたちの目にさらされながらも、ローゼの横であれば、とどうにか逃げ出さずに踏ん張っているカンナが、ポカポカとテーブル越しの向かいに座る声の主を叩いた。ローゼはカンナの狼狽ぶりに苦笑する。そういえば彼は悪ふざけを真に受けるタイプであった。
「ジョークですよ」
「じゃあ最初に“これはジョークですがねぇ”とかなんとか言ってよぉー!」
「それじゃジョークにならないでしょう」
ローゼはそういい返した後、カンナの声まねが割と自分に似ていた、とまるで見当違いの箇所に驚いた。
人間から転生を果たしたローゼは、決戦に赴く前に心残りを消化したい場所が存在しなかった。故郷があるわけでもないし、大切な者たちはトレジャータウン内に全ている。なので、出立までに彼がすることと言えば、珍妙な隣人と飯をたらふく食っておくぐらいしかなかったのである。
「いただきます」
そしてローゼは、常人であればとうてい片づけることのできないであろう量の料理にさっそく手をつけた。
「どうぞ、たくさん食べてください。ここは私のおごりです」
「い、いただきます……」
むしろこの場では、カンナの方がよほどローゼのおかれた状況の深刻さに恐怖していた。“運命の塔”に行った後、もしかするとこの隣人は戻ってこないかもしれないのだ。
カンナは、彼が元ニンゲンであること、そして巷を騒がす“ナイトメアダーク”の元凶がニンゲン時代の彼の友人であることも聞かされていた。だから、“運命の塔”へ向かうことには納得できる。だが、やはり。
――僕は、ローゼが無事に帰ってきてほしいよ……。もっとローゼと一緒にいたいよ……。
彼が“最後の晩餐”などとブラックジョークを飛ばすことや、自分の身が危険にさらされることに何ら興味を示さないのがもどかしかった。
そして、自分がこんなにも心配していることに気づかないフリをしていることが、とても、とても寂しい。それを話題に出せば自分が涙をこらえきれないことを知っていて、あえてこうして静かに一緒にいるその気遣いも、とても、とても寂しかった。
嘘でも、“無事に帰ってくる”と言ってほしい。別れがこんなにもつらいことを、感じてほしい。
「――おや、食べないんですか? カンナちゃん」
「ぼ、ぼぼぼ僕はオスですッ!」
からかうかのように放ったローゼの言葉に、カンナは条件反射ぎみに返した。そんな彼の様子にローゼは“見通しメガネ”越しの目を細める。
そしてまた食事が再開された。しばらく、沈黙が二人を支配する。
「……ねぇ、ローゼぇ」
「はい、なんでしょう」
と、その沈黙を先に破ったのはカンナだった。彼は上目遣いにローゼを見る。
「今まで僕が怖くて聞けなかった事、聞いてもいい?」
「もぁい?」
彼は口に含んだ料理を咀嚼し、飲み込んだ後、改めて彼の言葉を反芻する。
「怖くて聞けなかった事、ですって?」
「うん……ローゼは、どうして僕と仲良くしてくれるの?」
ピクリ、と。ナイフを持った手が宙に浮いたまま制止した。というよりも、ローゼの全身が硬直したかのように止まったのである。食事中に彼の手が止まる事自体天変地異並みの出来事なのだが、その拍子に“見通しメガネ”鼻からずり落ちたが、それを指で押し戻すことすらもできなかった。
いくら天下の流浪探偵といえども、カンナがそんな質問をしてくるなど一ミリも想像していなかったのだ。
「それは、いったい……どういう意味でしょうか」
ローゼは困惑気味のまま聞き返す。
「だって僕はポケ見知りで、臆病で、口べたで……一緒にいて役に立つ事なんて何一つ出来ないし……。なのに、なんでローゼは一緒にご飯食べてくれるのかな? なんで一緒にお祭りに行こうとしてくれたのかな? なんでアブソルに僕が襲われたとき、あんなに必死に守ってくれたのかな? ……って。ずっと不思議に思ってたんだ」
「……」
五年ほどの歳月を過ごした中で、ここまで長くカンナが喋るのを聞くのは初めてであった。彼のその言葉が全て終わって初めて、ローゼは空中で止めていたナイフを持つ手を、テーブルの上へと戻した。
「……それは――」
――かつてわたくしが人間だった頃の、唯一の手持ちのポケモンにとても似ていたんですよ――。
喉元まででかかったその言葉は、果たして、カンナの元へ届く事は無かった。
ウィントの計らいで下宿を紹介されたとき、カンナと始めて会った時。彼の人見知りぶりが、彼の臆病さが、彼の口べたさが。なにもかもパートナーにそっくりで、見ていてすごく面白くて。
そしてすごく安心できた。
だが、目の前にいるのは譲刃のパートナーじゃない。ニョロトノのカンナだ。
自分が今でもひどく安心できるのは、カンナが人見知りで、カンナが臆病で、カンナが口べただからだ。そんなところが、ひどく自分の心を和ませてくれるからだ。
そんな目の前の友達に、死んだかつての自分のパートナーを重ね合わせるのはとても失礼な事だと思った。
「それはですねぇ、カンナ」
フッ、とローゼは肩の力を抜いて、普段の飄々さを全て取っ払った真剣な眼差しでカンナの目を見る。
「あなたがわたくしの身を案じていてくれる友で、唯一のわたくしの隣人で、唯一衣食住を共にしてくれる家族だからです。それ以上でも、それ以下でもありません。あなたのその人見知りも、臆病も、口べたも。全て愛すべきあなたの個性です。わたくしはそんなあなただから、友達でいたいと思うのですよ」
「……ほんと?」
「おや、今までにわたくしが嘘をついた事はありましたか?」
カンナは少しだけ考えるそぶりを見せる。
「僕のおやつを勝手に食べたのに、僕が聞いたら食べてないって言った」
「おや」
「お祭りの屋台で綿菓子を買って下宿まで僕に届けてくれるって言ったのに、帰り道の間にローゼが一人で全部食べちゃった!」
「あらら」
「ウィントさんは人見知りにはグミをくれないってローゼ言ったけど、ぜんっぜんそんなこと無かったぁ!」
「いやはや……あっはっは! そんなこともありましたねぇ」
「笑い事じゃないよぉ!」
カンナは、心の底から泣きそうな目でローゼに抗議をしていたが、しばらく笑いの収まらないローゼを見ているうちに、自分もなんだか笑えるような事に思えてきた。しばらく二人して笑っていた。
だがローゼは唐突に笑うのをやめる。
「そうです、カンナ。わたくしも怖くてあなたに言えなかった事、言ってもいいですか?」
「えぇ?」
――ローゼに怖い事、だって?
またお得意の冗談かな、と勘ぐったカンナだったが、見れば目の前のルームメイトは至極真剣な顔つきだった。
「わたくし、“必ず”とか“絶対”とか、百パーセントの確率というのがどうしても信じられないのです。ですので、今までに誰かと約束を交わすことが、怖くて出来ませんでした。誰かに裏切られるのではないか、自分自身裏切ってしまうのではないか……そんな考えばかり先走ってしまうのです」
「……ローゼ」
「ですが、カンナ」
ローゼは、ナイフをテーブルの上において利き手をカンナの前へ突き出す。
「あなたとわたくしで一つ約束をしましょう」
「やくそく……」
彼はおそるおそる、その差し出された手の小指に、吸盤のついた自分の小指を絡ませる。
「わたくしは必ず、“運命の塔”からあなたのところへ戻ってきます――約束です」
カンナは、待ち望んでいた彼の言葉に、じわりと目元が潤んだ。
「うん……うん、約束だよ。指切り拳万だよ! 針千本だからねっ!」
震える声で、小指をつないだ手を上下に降る。
「はい――約束です、カンナちゃん」
「ぼ、ぼぼぼ僕はオスですッ!」
★
「リオナ! リオナってば!」
背後からぶつけられた声とともに、キュウコンのリオナは強く肩をつかまれた。彼女は渋々振り返る。この声の主が強引に自分の名前を呼ぶときは、大抵あまり良いことが起きないからだ。
「そんなに大声出してどうしたっていうの、レイ」
声の主――サーナイトのレイは、リオナの冷静すぎる対応でさらに躍起になった。
「どうしたじゃないわよ! あんたシャナとどうなってるの? 明後日の朝にはもう出発しちゃうのよ!?」
シャナ、という単語に心臓の鼓動が少しだけ早くなるのを感じる。だが彼女はそれを外には出さず、表面上は事務的に返すだけだった。
「別に……どうなってるって言われても、前に話した通りよ。『エルザや“イーブル”の件が全部片づいたら、改めて』って……」
「リオナは、それでいいっていうの?」
「えっ……」
驚いたことに、いつもならここで無理に話を引き延ばさないはずのレイが、珍しく食い下がった。どうしてここまで彼女が必死になるのか、リオナにはわからない。レイは両手でリオナの肩を強くつかむ。
「もう、会えないかもしれないんだよ? 今日でお別れかもしれないんだよ? いつまでも待ってるだけで、リオナはいいって言うの?」
――だから私も、あなたの言葉を待ってる。
リオナはシャナにそう言った。彼女はシャナの口から望む言葉が話たれるのをいつでも待っていた。それが、彼のプライドを守る一番の方法だと思った。
いや、それがリオナ自身が守りたいのプライドだったのかもしれない。
――想いは言葉にしなければ伝わらないというのに――。
「今気持ち伝えておかないと後悔するのはリオナなんだよ!? 男なんてみんな馬鹿なんだからッ!」
「……うん」
どうしてか涙がこみ上げてきた。途端に、あの後ろ姿が恋しくなった。明日になってしまえば、もう彼に話すことも、触れることもできなくなってしまうのか。
一度は自分の元を離れたシャナ。だがあのときは五年待った――待つことができた。だけど今日はどうしてだろう。再び五年待つわけでもないのに、会えない苦しさで胸が痛む。
きっと、もう待てない。
今でなくてはだめなのだ。
「……レイ」
「うん」
「私、行く」
「そうこなくっちゃ」
レイは嬉々として答え、一歩後ろへと下がる。両手を広げて発動したサイコパワーにスカートの裾が少し翻った。
「あなたを町まで送るわ。しっかり会ってきなさい!――“テレポート”!」
★
辺りはもう黄昏れ時を迎え、全てが夕焼け色に染まっていた。
「ここも、ひどく久しぶりだな……」
シャナは、ルテアたちのいる町の外れの林にぽつんと建つ小屋を、感慨深く仰ぎ見た。目を閉じれば、ここで過ごした日々の事が昨日のように思い出される。
初めてこの林に迷い込み、ドンカラスに襲われたところを、この小屋の主――師であるグレン老師に助けられた日。ルテアとエルザと三人で、彼の指導のもと修行を送った日。そして、師の最期を看取った日。傷だらけのスバルを助けてここで介抱した日。カイたちとともにもう一度ギルドへ戻る決心をした日。
申し訳程度に小屋の周りを囲っている柵の中に、薪割り場の切り株がまだ残っている。ふとそこに、まだアチャモだった自分の姿が現れて、幻のように消えた。
彼は感慨に耽りながら再度小屋全体を見回し、一息ついて入り口をくぐった。
小屋はいくつかの部屋に分かれているが、シャナがここの主になった後もずっと使っていない部屋が一つだけある――グレン老師の寝室だ。
彼はその扉の前に立ち、大きく深呼吸。
「失礼します」
律儀に声を上げて、その部屋のドアノブをひねって引いた。
立ちこめる埃っぽい空気に少しだけむせそうになる。だが、彼がドアを開けた事で新鮮な空気が入り込んできて、中の様子がよく見えた。なにもかも、グレン老師が死してからそのままの状態のままだ。シャナは老師が愛用していた安楽椅子に浅く座る。椅子はギッと軋んだが、しっかりと彼の体重を支えた。まだまだこの椅子も現役らしい。
どうして今まで、ここに入る事が自分の中でタブーとなってしまったのか、今ではもうわからない。相当ショックだったんだろうな、と自分で自分の当時の心情に少しだけ苦笑した。
彼は立ち上がり、箪笥へと手を伸ばしてみる。アチャモの時は到底届かない場所にあった引き出しの把手も、バシャーモとなった今ではゆうに手が届く。彼は一番上段の引き出しを開けてみた。
「……これは」
引き出しの中には、何やら大層なものをしまうためらしい木箱、そしてその上に封筒が置いてあった。
だが、宛名の欄を見た彼は青い双眸を見開いた。
“シャナへ”。
そこには確かにそう書かれている。彼は震える手で、封筒を切った。中から出てきたのは一枚だけの便せんだった。
――親愛なる弟子、シャナへ。
お主がこの手紙を読んでいる頃には、もうわしがこの世から去って何日になっておるかの? 感受性豊かなお主のことじゃから、わしの部屋を訪れるのですら相当時間がかかったじゃろう。
だが、お主がわしの死を乗り越えて、いつかこの手紙を読んでくれると信じておったぞ。
ああそう、この手紙と一緒に引き出しに入れておいた木箱の中身。あれは元々お主にやるものじゃったが、お主にだけこんな贈り物をしたら、一緒にいるルテアやエルザがうるさいと思っての。こうして取っておいた訳じゃ。ちなみにそれは、わしがアチャモを弟子にしたのを知った偏屈な古い知り合いから譲り受けたものじゃ。使い道はいまいちわからんが、お守りにでも持っておくとよいぞ。
シャナ、わしの残したお主へのまじないの言葉を忘れてはおらんじゃろうな?
“困難が訪れても心を強く持て。折れそうな時は独りになるな”。
お主の幸せを心から願っておる。お別れじゃ、シャナ。
グレンより。
「師匠……」
老師の残した最後の言葉を、彼は五年越しにしっかりと胸に刻み込んだ。手紙を読むのが遅すぎた自分に後悔した。
――俺の周りには、こんなにもたくさん俺の事を思ってくれている人がいるんだな。
彼は手紙を丁寧に封筒の中へしまい、そして片手に持っていた木箱を両手に持ち直す。グレンの手紙に書いていた“偏屈な古い知り合い”というのは、おそらく彼の修行仲間であった(カイたちはヤド仙人とか呼んでいた)ヤドキングのことだろう。ヤドキングがよこしてくれたという贈り物がなんなのか、さっそく中身を拝見することにした。シャナは蓋に手をかけて、そっと開けてみる。
「これは……宝石、か?」
彼の独り言の語尾に若干の疑問符がついた。木箱の中身は、大小二つの水晶玉のようなものだった。ひとつは七色に光る小さい宝石、もう一つは赤と黒の筋が入った透明な宝石。探検隊故多くのお宝を目にした事があるシャナにとっても初めて見る代物だ。確かに、老師の遺した言葉の通り、使い道はさっぱりよくわからない。
彼は首をひねりながら、よくわからないがとても美しいことは確かなその宝石に手を伸ばそうとした、その時。
「――シャナっ!」
「!?」
小屋の外で、くぐもった声に名を呼ばれた。ここにはいないはずの声、だが、聞き間違えるはずの無い声だった。
おもわず木箱と手紙を落とし、バッと反射的に駆け出す。玄関に出て、入り口の扉を思いっきり開けた!
――小屋の前に、息を切らしたリオナがいた。
入り口の階段下に、確かに彼女はそこにいた。どうやら全力で走ってきたらしい。金の毛に覆われた肩と胸が大きく上下している。か細く熱い吐息を漏らし、目の淵に光るものをためている。そんな彼女のどの様子にも、今目の前に彼女の存在があるということも、にわかには信じられなくてシャナは目を見開いたままだった。
「リオ、ナ……?」
「やっぱり、だめなのッ!」
リオナは叫んだ。
凛とした自信に満ちたいつもの声音ではなかった。誰かの支えなしでは、すぐにでも崩れ落ちそうな……何かを求める懇願の声音であった。
「やっぱりっ……だめなの……ッ!」
普通の人なら、今のリオナの言葉の意味を理解する事は出来ないだろう。だが、彼にはその一言で十分であった。いまだに収まらない走った後の息苦しさを必死に押さえて、リオナは続ける。
「今じゃなければだめなの! ずっとあなたを待っていたけれど、待っているだけではいけなかったの! 私がっ……私が、言葉に、しなきゃって……!」
赤い目から、一筋の涙が流れた。
「お願い……っ! いまここで愛してると言ってッ! あなたの言葉で聞かせて! そして、全てが終わってからじゃなくて、ここを発つ前に私に言わせてッ――」
シャナは拳に力を込めた。全身が火照るのを感じた。そして。
「――あなたを愛してるって……ッ!」
シャナは駆け出した。三段ある階段を一歩で駆け下りた。そうして激突せんばかりにリオナの眼前まで迫り、膝を折ったかと思うと。
強く、強く。その手で彼女を抱きしめた。
顔を頬へ寄せて、背中にまわした腕をきつく締めた。
金の毛並みに触れた。
全身で彼女の存在を感じ取った。
「リオナ……」
彼女は、待ち望んだ彼のぬくもりに、涙が止まらなくて胸が詰まった。
「ずっと、ずっと待たせて……すまなかった」
「シャナっ……」
「リオナ」
シャナはリオナの耳元で小さく、だが決然とささやいた。
「――愛してる」
夕日は、いつの間にか沈んでいた。
★
とても幸福な気持ちでリオナがうっすらと目を開けると、息がかかるほど近くにシャナがいた。彼はリオナを包み込むようにして抱き、床に寝転んでいた。そして、リオナが目覚めたのを感じたのか、そっとまぶたを開ける。
「気がついたか」
彼のいるこの小屋に走って行ってからの記憶が少しずつ蘇っていった。そうか、あのあとシャナが直接自分に愛してると言ってくれて、もう夜も遅いからとこの小屋で一晩過ごす事にしたのだ。なれない全力疾走などしたせいか、いつの間にか少しだけ眠りについてしまっていたようである。そんな自分を、シャナが側でずっと見守っていてくれていたと思うと、幸せでさらにフワフワとした感覚に陥る。
と、シャナはリオナを抱いたまま少しだけ床へ手を伸ばし、手探りで無造作に置かれた木箱へを掴んだ。そして、中身を開けて二つの宝石を取り出すとそのうちの一つをリオナへと握らせる。
「……これは……?」
寝ぼけ眼でリオナが小さく聞いた。
「グレン老師の置き土産……お守りなんだと」
「あら……」
その言葉に少しだけ目が覚めた。グレンは、シャナにとってとても大切なポケモンだ。彼女は幾分かしっかりした口調になってシャナの青い両目を見る。
「だったら、私なんかが持っていてもいいの?」
「だからこそ、持っていてほしい」
宝石を持っているリオナの手が開いたところに、シャナの手が包み込んで再びそれを握らせる。
「片方はお前に預ける。俺だと思って、持っていてくれ」
「……無事に帰って来れるよう、これに祈っておくわ」
リオナはそう言ってうなずいた後、シャナの頬にキスをした。