へっぽこポケモン探検記




















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第十章 “運命の塔”編
第百五十三話 嵐の前のギルド 1
 ――シャナとルテアは、ラングに追い立てられるようにビクティニのギルド三階の会議スペースへと向かった。そこにはすでに連盟の偉いメンバーたちが顔を連ねていて、会議は二人が着席してから数秒で開始される事となった。





「――“三日月の羽根”が、ようやくすべてそろった」
 ビクティニのギルド、三階。
 定期的なものと化した連盟の会議も、緊急で開かれた今日だけは意外なポケモンの一言目から始まった。会議室特有の沈黙を破ったフーディン――救助隊“フォース”のリーダー・フォンの言葉に、その場にいたほとんどのポケモンが目を見開く。普段なら進行役として冷静さと威厳を保っているサザンドラのラゴンでさえも、両手の顔もろとも驚きで呆けた顔をしている。ここで冷静な表情でいられたのは、救助隊“フォース”の三人と、ラングからすでに話を聞いていた仲裁役員たちのみであろう。
「つ、ついに……ついにそろったというのか? 満月のオーブを完成させるための羽根が!」
 だがその呆け顔も一瞬のことで、ラゴンはすぐに低い声でフォンへ聞き返す。
「ここで嘘をつく必要もあるまい」
「大陸中に散らばった羽根をここまで短時間のうちに集めるとは……驚きです」
 ナイトメアダークを打ち破ることのできる“満月のオーブ”。それについて唯一正しい知識を持つクレセリアのアリシアが放ったその言葉の中には、静かながらも確かな尊敬の念が含まれていた。
「我らは救助隊だ。NDにかかった者たちをいち早く救いたいという気持ちはお主ら探検隊に負けていない」
 “オーブを完成させてNDを消滅させる”というのは、連盟結成当時より掲げてきた大きな目的の一つではあったが、ついに目前に迫ったそれに会議に参加してるメンバーたちはざわめきを押さえきれなかったようだ。
「ならば、今すぐここで“満月のオーブ”を完成させるべきだな」
 ラゴンは場にいるポケモンたちの小さなざわめきを払拭するかのようにそう言った。そして視線を扉の外へと向ける。
「レイ! そこで盗み聞きをしているんだろう? カイ、そしてスバルもここへ連れてくるんだ。NDが消滅する瞬間……それを彼らにも見届ける権利がある」
「――お待ちください」
 と、場に凛とした声が響き、ラゴンの声を遮った。彼は、まさかこの喜ばしい状況に水を差す声があがるとは微塵にも思っていなかったらしく、小さく目を見開く。そして、その声の主へ視線を移した。
「アリシア」
 そう、ラゴンに待ったをかけたのは、“満月のオーブ”の完成を誰よりも渇望していたはずのクレセリア、つまりアリシアであった。ラゴンは喜ばしい状況に待ったをかけられたこと以上に、純粋な疑問が沸き上がって尋ねる。
「どうしたんだ、まだ何か問題でもあるのか?」
 彼女はいつもの丁寧な雰囲気の上にクレセリアとしての威厳を垣間見せながら、厳かに言う。
「すでに、ナイトメアダークはこの大陸を浸食するにまで広がっています。ですから、完成した“満月のオーブ”の力を使うにしても、ギルドではその効力を十分な範囲に届かせることはできかねます」
 新たに発覚した事実に、場が小さくどよめいた。ざわざわとするメンバーの中で、いつもなら笑顔で状況を見守っているだけのビクティニ――ウィントが声を上げる。
「じゃあ君は、NDを完全に消滅するため“満月のオーブ”の力を最大限に発揮させられる場所はどこだと思うの?」
「偶然か、必然かはわかりませんが……」
 アリシアはウィントの疑問に、この複雑な状況をどう説明しようか困惑した様子であった。だがどうにか言葉を整理して、ゆっくりと話し出す。
「敵に奪われた“命の宝玉”も、ある特定の場所でしか使うことはできません。それが、“満月のオーブ”の力を最大限に発揮できる場所と一致しています。その場所は――」
 全員が、かつ目してアリシアの次の言葉を待つ。

「――“運命の塔”。私たちはそこへ向かわねばなりません」





「“運命の塔”といえば、最大難易度を誇るダンジョンにその名を連ねている場所だ」
 フレデリックとのバトルから数日。
 僕ら“シャインズ”はラゴンさんに厳かな口調で親方の部屋へ来るように言われた。ウィントさんがふわふわと部屋中を浮遊するのを横目に、いつも通り副親方のラゴンさんが主導で話を進めていく。そして、完成した“満月のオーブ”についての説明を受けたところだった。
「ま、確かにあそこはフロアが上へ上へと延々と続いていくダンジョンだからな……。そのてっぺんでオーブでも使えばそりゃ神秘の力がこの大陸全体に降り注ぐだろ」
 半ば投げやりな言葉に、彼の疲労の多さが伺えた。やっと“満月のオーブ”を完成したと思ったら、今度は難関ダンジョンのてっぺんでそれを使えっていうんだ。確かに疲れてしまうだろう。ラゴンさんはため息をついた。
「だが何よりもやっかいなのは、“命の宝玉”もそこで使わにゃならなんことだ。つまり――」
「――僕らが“イーブル”と鉢合わせることは必至……」
 僕がラゴンさんの言葉を引き継ぐと、横にいるスバルの体が一瞬こわばったのを感じた。
 “イーブル”はNDで集めたポケモンたちの魂を対価にして、“命の宝玉”で願いを叶えようとしている。僕らが“満月のオーブ”でそれを消滅させようとすれば、必ず先手を打って攻撃を仕掛けてくるだろう。
 たとえ、本来の“願い”を叶える必要がなくなったとしても。
 ……いや、だからこそ。今や彼らはどんな私利私欲に満ちたことでも願うことができるんだ。
「……止めなきゃ」
 ……と。震えた声でそう言ったのは、スバルだった。だけどその目は、しっかりと自分の決意が現れていた。
「私たちで、止めなきゃ」
「無論。そのためにすでに“運命の塔”へ向かうメンバーを決めてある」
 そう言って、ラゴンさんは体を預けていた背もたれから背を離し、前かがみになった。
「もちろん、十中八九“イーブル”と戦闘になるわけだから、半端者をつれていくわけにもいかないわけだが」
「「連れて行ってください」」
 僕とスバルの声がシンクロした。それを聞いたラゴンさんは、目つきが鋭くなり険しい表情となる。
「……相手はもちろん容赦はしてくれない。今回ばかりは、死ぬかもしれんぞ」
 僕は、スバルを見た。スバルも僕を見ていた。だけど、やっぱりその表情に迷いは無かった。僕はラゴンさんへと向き直り、スバルの気持ちと一緒に言葉を放つ。
「それでも、僕らは覚悟は出来ています。僕らで“イーブル”を、止める」
「……」
 ラゴンさんは沈黙した。そして――フッ、と破顔する。
「親方様? やっぱり思った通りになりましたよ」
 そして、窓際で外の景色を楽しんでいて、話なんか聞いていなかったんじゃないかと疑いたくなる様子のウィントさんに向けてそう声を掛ける。するとウィントさんは、にっこりとこちらを向いて、浮遊してきた。
「うん、やっぱりそうだよね! カイとスバルを“運命の塔”へ向かうメンバーに入れてあげて。……僕は、二人の覚悟を信じる事にするよ」
 そして僕らに、「カイもスバルもえらいえらーい!」といって、口にグミちゃんを押し込んだ……。



 “命の宝玉”を壊す。そんなルアンの使命と、自分でもカナメやダークライを止める使命を一緒に背負っている僕。
 “イーブル”のボスであるカナメ。かつて彼に一番近い場所にいたスバル。
 かつての仲間、エルザを止めること。誰よりも強くその責任を感じているシャナさん。
 ナイトメアダークが、その魂を吸い取る瞬間。それを目の当たりにしてこれ以上犠牲を増やしたくないと願っているミーナさん。
 “イーブル”の行ってきた数々の所行。それに一番熱く義憤を燃え上がらせているルテアさん。
 一連の騒動を引き起こした元ニンゲンの一人。その責任と敵への危機感を一番募らせているローゼさん。
 “運命の塔”へ向かうのは、全員で六人だった。
 ギルド出立は二日後ということになっていた。それまでは、準備をするのと同時に各々の時間を過ごすようにと言われた。それはつまり、“イーブル”との戦闘で最悪な結果となってしまった時のために、最後の別れをするようにという暗黙の通達でもある。最悪の結果への恐怖は、多分僕だけじゃなくてメンバーに選ばれた全員が感じている事だと思う。それでも、メンバーの全員が自ら“運命の塔”へ向かう事を志願したというのだから、僕はそんな彼らを心から尊敬している。





「ん? ミーナは一旦“空のいただき”の麓へは戻らねぇのか?」
 ルテアは丁度、家族の待つ街へ戻る準備ができたところであった。が、ギルド内ですれ違ったミーナが外へ出る何の装いもしていなかったので不思議と声をかけていた。彼の声に、ミーナはブーケのような体をひねって振り返り、声の主がルテアだとわかってその方へ近づいた。
「そういうあなたは戻るんですね」
「まぁな。顔だけは見ておこうかと思って……」
 ……特に妹の。と続けて言いかけたが、さすがにそれは喉の奥に引っ込めた。そんなルテアの心情を知ってか知らずか、ミーナはクスッと笑った。
「私は、里のみんなに会いにいったところでどうして戻ってきたのか根掘り葉掘り聞かれるでしょうし。“運命の塔”へ行くっていったらみんな私を里から出すまいと躍起になるでしょうし……」
 ……特に長老は。と続けて言いかけたが、さすがにそれはのどの奥に引っ込めた。ルテアもまたそんなミーナの心を見透かしたのか否か、ニィッと破顔一笑する。
「ミーナ。俺とした約束、覚えてっか?」
「……もちろん」
 ミーナは思い出す。あれは自分たちがが“眠りの山郷”から戻ってきたときにかわした約束であった。

 ――里に帰っても、ミーナと俺がお互いに強くなって、また何かあったときに来てくれると約束してくれ! それこそ、NDに打ち勝てるように!
 ――……わかりました、約束します。次に会ったときはお互いに強くなって会いましょう! こんどは、しっかりと救えるように!

「あの約束、果たす時が来たな」
「覚えてたなんて、驚きですね」
「おいおい、俺はミーナにどう思われてるんだ?」
「言っていいんですか?」
「おうよ」
「“無計画で破天荒なレントラー”。私との約束も忘れているかと思っていました」
「ぐぅッ……!」
 さらりと言ってのけたミーナの言葉が、鋭い矢となってルテアの急所に当たった! 彼は思わず片膝をつき、二人の間の空間で見えないゴングが試合終了の合図を告げた。勝者はもちろんミーナである。
「ふふっ……あはは!」
 ミーナはルテアが大げさに片膝をつくのを見て可笑しくなった。声を立てて笑ってから、目の縁にたまった涙を拭き取る。
「いや、でも……私がまだギルドにいて、そして“運命の塔”に行こうと決心できたのも――ルテアさん、あなたのおかげです」
「え、あ……お、おう」
 ルテアはまさか、至極真面目にそう付け加えられるとは思っていなかったらしく少しばかりうろたえた。
 ミーナは続ける。
「あなたの無意識に放っている言葉の多くは、自分の思っている以上にたくさんのポケモンたちを勇気づけています。……私も、その一人」
「……」
 ルテアは、なんだか今まだにもあまり感じた事の無いあたたかな気持ちが、胸に広がっていくのを感じた。こんな性格のおかげか、こんな言葉を真正面からかけてくれる者があまりいなかったのだ。親友はそれをあえて口に出していないのかもしれないが、それでもやはりどこか労いの言葉をかけてくれるのを待っていたのかもしれない。
「さ! もう家族の元へ行くんでしょう?」
 ミーナの明るい言葉で、ルテアはハッと我に返った。
「やっべぇ、そうだった。シャナを結構待たせてるんだったぜ! じゃあな!」
「気をつけて」
 ルテアは四肢に力を込め、あっという間に小さなシェイミから遠ざかる。だが、一回だけ振り返って、満面の笑みで高らかに声を上げた。
「ミーナ、ありがとな!」


「遅いぞルテア!」
「わりぃわりぃ!」
「……気持ち悪いくらいに上機嫌だな、なにかあったのか?」
「べーつになーんも! ――さぁ! 行くぜっ!」
 ルテアはシャナを置いて駆け出した。親友の目から見たそんな彼の後ろ姿は、いつもよりも軽やかに見えた。

ものかき ( 2015/06/12(金) 00:47 )