へっぽこポケモン探検記




















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間章9
僕の覚悟 後編
 ――チャオ! ボクの名前はフレデリック。大陸を回りながら旅をするカメールさ! やっと運命の人(なんと、スバルちゃんと言うんだ! かわいいだろう?)にギルドで再会を果たす事が出来た。だがそこへ、僕らの仲に水を差す奴が現れたのさ! 心配ないさすうぃーとなハニー! ボクはいまから彼を倒して、君を今すぐにヴァージンロードへと連れていぐぼぉおおおおおッ!?





「ぐぼぉおおおおおッ!?」
 バトル開始の合図を受けたとたん、カイは俊足でフレデリックの眼前に迫り、先ほどの鬱憤晴らしとばかりに、技なしの拳を一発お見舞いした。爆発的にわき上がる会場。フレデリックは不意打ちに近い衝撃に叫び声を上げた。
 だが。
「……!」
 カイが吹っ飛ばすつもりだったフレデリックは、倒れる事すら無かった。拳を受けて無様にくぼんだ顔から、声が漏れる。
「おやおやおや……今のは少し――」
 カイがそんな彼の様子に驚いたのもつかの間、フレデリックは殴ったカイの腕を掴んで引き寄せ、その勢いにのせて同じように拳を頬へお見舞いした!
「――痛かったよッ!」
 ドゴォッ、という打撲音とともに、カイはあっけなく吹っ飛ばされた。フィールド上の砂と背中がこすれ合い、五メートルほど離れたところで止まる。
 カイは悔しげな表情になりつつもすぐに立ち上がりリカバリーをはかった。反撃を食らったからといってうろたえることはしない。こんなことは、シャナとの繰り返しのバトルで嫌と言うほど味わってきたのだ。ただ冷静に、相手への認識を改める。
 ――あいつ……性格はペラペラなくせに相当強い!
「おーおー。あいつら技なしでやりやってんの」
 のっけからのリアルファイトに、ルテアは顔をしかめた。
 ――グレンじいさん流で言うところの“組手”みてぇだな。しかし、こんなことをさせるスバルもスバルだぜ……。バトルなんかさせねえで追い払っちまえばよかったのによ。それとも……。
「まさか、カイと一緒じゃいられねぇってか……?」

 吹っ飛ばされてから体勢を立て直した後、カイはすぐに両手に力を込めて波導を練り上げた。ここまでくれば、ルアンだけが使える技を出すことに一切のためらいは無い。全力で挑まなければ逆にやられるからだ。
「“波導弾”!」
 ――絶対によけることができないこの技、フレデリックならどうする!?
「おーぅ。リオルが“波導弾”を撃てるとは驚きだね!」
 だが相手は余裕たっぷりに相手の技を吟味した後、すぐに前転し、甲羅に体を引っ込めた。そして水を甲羅全体にまといながら高速でスピンをかける!
「あれは!」
“波導弾”は水をまとい回転の加えられた甲羅に当たって消滅した。命中はしたがダメージはない。
「カイッ! つったってる場合じゃねぇぞ!」
 カイが驚くのもつかの間、ルテアの怒声と同時に、彼の言うとおり弾丸のごとく甲羅がこちらへ高速に迫ってきた。
「“アクアジェット”!」
「ぐあっ!?」
 カメールの思わぬ反撃に全身で攻撃を食らう。背中から倒れる。
「“アクアジェット”をあんな風に応用だと!? まるで“高速スピン”との合わせ技みてぇだ……!」
 驚くルテアに、沸き上がる会場。中には一方的に押されているカイへ檄を飛ばす者もいる。と、その背後に再び声がかかった!
「まだまだ!」
 スピンしながら地を滑っていたフレデリックが、ブーメランの要領で再び目にも留まらぬ早さで迫ってきたのだ。カイはとっさに振り返り、技の当たる寸前で甲羅をつかんだ。そして背中から倒れ込む。
「“巴投げ”ッ!」
「わわわっ!?」
 本来向かうべき軌道を無理矢理ずらされたフレデリックは、バランスを崩し地面にぶつかって「わわっ、どわっ」と数回バウンドした。しかし、甲羅の中にいた彼は比較的軽傷だ。体制を立て直すため、顔を出したときに見せた余裕っぷりがそれを物語っている。肩で息をするカイは、未だに自分が出鼻をくじかれたまま劣勢であることを思い知らされた。
「ボクは負けられないっ! このバトルに勝ってすうぃーとなハニーちゃんを連れて帰らなきゃいけないからねッ! “冷凍パンチ”!」
「だからッ、スバルは“すうぃーとなハニーちゃん”じゃないんだッ! “はっけい”!」
 二人は一気に距離を詰め、お互いの技を相手に打ち込む、そしてよける。目にも留まらぬ格闘戦、肉弾戦にもつれこむ。拳を避け、蹴り入れる。甲羅に頭を引っ込めたかと思うと、再び拳が迫る。
 と、一歩だけフレデリックが後ずさった。ここぞとばかりにカイは足を踏み入れ、相手の懐に“はっけい”を叩き込もうとする、が――。
「バカヤロッ!」
 彼らから一番近い場所――ベンチから様子を見ているルテアが声を上げたが、遅かった。フレデリックはカイのその行動をねらっていたかのように笑みを浮かべ、その口をぱっくりと開けた!
「“竜の波動”!」
「っ――」
 ――今のはフェイク!?
 ほぼゼロ距離にまで踏み込んだカイが、目の前に放たれた“竜の波動”をよけられるはずもなかった。光線はカイをバトルフィールド端の壁まで激突させる。
「がぁッ……!」
 これには、中立の立場であるシャナも若干目を丸くし、スバルは思わず口を手に当てて息をのんだ。
「カイ……!」
「“アクアジェット”、“冷凍パンチ”、おまけに“竜の波動”……! 技を確実に打ち込むセンスもやべぇ……! なにもんだあいつ……!」
 独り言にしては大きすぎるルテアの声に、シャナも心の中で同意する。
 ――それに、カイは接近戦こそ得意になってきたものの、中・遠距離からの技に対処する術はほとんど持っていない! だが、それより……!
 今の接近戦。あのタイミングでフレデリックが一歩引いたのはどうみてもフェイクだということは、少しバトルを経験してみればわかることだった。だが、迂闊にもカイはそれにはまってしまった。
 ――迷うなよ、カイ! 心を散らすと負けるぞ!
 “竜の波動”を受けたカイは、その予想以上に大きいダメージにしばらく立ち上がる事が出来なかった。まだ膝をついただけで完全にダウンしていないおかげか審判は様子見状態だが、いつまでもこうしている訳にもいかない。
「おやおやおや……」
 と、そこへ。フィールド圏内にいるフレデリックが声を上げた。カイは顔だけその方を苦しげに見やる。
「残念ながら、カイ……ボクに勝つ事が出来ないその強さでは、スバルちゃんをどんな敵からも守ってあげる事はできないと思うよ」
「まだ……勝負は、終わってなんかいない……!」
 カイはどうにか足に力を込めて立ち上がる。ダメージの大きさはそのよろけぶりから誰が見ても明らかだった。だが、疑問に思う者も多いだろう。いくら体力の少ないリオルという種族とはいえ、“竜の波動”一発であんなに弱るものなのか、と。
「カイ……?」
 だが、長らくカイと共にいるスバルには、彼の小さな異変に気づいていた。そして、フレデリックもバトルを通して同じものを感じ取っていた。
 彼は何かを迷っている、と。
「ふーん……」
 フレデリックは、カイがフィールド圏内に戻るまでわざわざ攻撃せずに待っていた。観客はそれをフェア精神と賞賛し、さらに沸き上がる。
 彼は、カイが臨戦態勢に入って初めて口を開いた。
「やはり、彼女を幸せにできるのはボクの方、という訳かな?」
「……なんだって?」
「あぁ! ボクが彼女の夫となった暁には、いつも側にいて全力で守る! どんな不安も取り除く! ……ボクは未来の妻を守るために修行しているようなものだしね!」
 フレデリックはフィールドをまるで歌劇舞台に見立てたかのように大きな手振りで声を上げ、台詞の前半をスバルに、後半をカイに向けて放った。端から見れば珍妙なその行動に、場はドッと笑いに包まれるが彼自身は真剣そのものだ。それにカイも、スバルも、二人を知る者たちも、笑う事が出来ない。
 フレデリックは拳に冷気をまとった。
「さてさて……ここまでバトルをしてみた限りじゃ、ボクは疑問に思わざる得ないんだよ。今の君には彼女を幸せにできるのかな? “冷凍パンチ”!」
「ぐっ……!」
 カイはよろける。“冷凍パンチ”が迫ってくる。
 ――そうだ……僕は、ずっとスバルのそばに入られない。最後には、最悪の形で別れるかもしれない。それが彼女に一生の傷を残すかもしれない。
 フレデリックはすぐ目の前に迫っていた! だが彼は正面から拳を打ち込むかと思いきや跳躍する。カイの視界からフレデリックが消えた。そして、それに一瞬反応が遅れる。カイが上を向いたときには、もう真上から冷気のまとった拳が振り下ろされようとしていた。
「ボクと互角に渡り合っていること、それは評価してもいい! 何のためにそこまで強くなったかは知らないけどねっ!」
「なんのため――」
 彼の言葉に、カイは目を見開いた。





 会場の誰もが、その瞬間もう勝負は決まると思った。スバルは立ち上がり、ルテアは悔しげに目を閉じた。仲間たちはカイの名前を思わず叫んでいた。
 だが。
 ――ギィイイイイイッ!
「きゃあ!?」
「うわぁっ!?」
 鼓膜をつんざくような甲高い不快音!
 フィールド上に響き渡る“嫌な音”に、その場にいたほとんどが耐えきれず耳を塞ぐ。もちろん音の発生源から一番近い場所にいたフレデリックはたまったものではなかった。「おおおおぉう!!」と叫んで思わず冷気を解除して両手で耳とおぼしき場所を強く塞ぎ目を閉じたのである。
 目を開けたとき、そこにカイの姿は無かった。そして。
 ボコッ、とフレデリックの足下の地面が盛り上がったと思うと、目にも留まらぬ速さでで飛び出したカイが彼の懐へ渾身の一撃をお見舞いした!
「“穴をほる”ッ!」
「ぐぼおおおおおおおおっ!?」
 地面から宙に投げ出されたカメール、そこへリオルは跳躍しさらに追撃を加える。
「“はっけい”ッ!」
「ぐはぁっ!」
 先ほどのカイのように、フレデリックは“はっけい”の勢いに押され、フィールドの壁にぶつかった! 防御の隙も与えぬ電光石火の早業であった。
 思わぬ反撃に驚くフレデリック、「よっしゃああああっ!」と叫ぶルテア、ボルテージのあがるフィールド!

「――僕はッッ!!」

 そんな彼らは、地面に着地した傷だらけのカイの空間を震わせる叫びに静まり返った。
「……っ……僕はッ……!」
 肩、というよりもう全身で必死に酸素を取り込もうとするカイ。だが、彼はそれでも叫び続けた。
「僕は、嘘をついたッ! 僕は君の側にいると誓った! ずっと一緒にいると誓った! だけど、それが出来ないかもしれない! 君の側にはッ、ずっといられないかもしれないッ!」
 沈黙のフィールド。フレデリックは首を持ち上げる。そして水を打ったかのようなその場で、カイの一番近くにいるスバルは、その叫びを一番近くで聞いた。
「僕は嘘つきだッ! だけどッ! 君の幸せが僕の一番の幸せだということも……ッ、強くなるのはスバルのためであり、なにより僕のためであることもッ! 嘘じゃない! 本当の気持ちだッ!」
 膝をふるわせ、かろうじて立っている。だが、それでも胸を張り、大きく天を仰ぎ、魂のありったけを天井にこだまさせていた。
「君の幸せがッ、僕の側でないのならッ! 他の誰かの側であるのなら! 別のどこかの場所であるのなら! 僕は喜んで消える! 喜んで君を送り出す!  だけどッ――」
 そこでカイは、キッとフレデリックに視線を戻す。
「――君が僕を必要としている限り、僕の側にいる限り、僕が一番近くにいる限り! 他の誰よりも、僕は君を幸せにする! どんな奴が来ても、君を守り抜く! だから僕は強くなる! それが――」
 カイは、大きく深呼吸し……。

「――僕の覚悟だッ!」

「……」
「…………」
「………………」
 ドォオオオオッ! 
 一瞬の静寂の後、観衆が爆発したように沸き立った。もはやお互いの会話など聞こえないほどに。
「そうこなくっちゃね……!」
 フレデリックは立ち上がり、ビリビリとした空気に思わず口角を上げる。審判としての役割を守り、場で唯一沈黙を通しているシャナが、両者の思いの丈を全て吐き出したのを見届けて右手を上げた。
 バトル再開の合図!
「“ハイドロポンプ”!」
「“波導弾”!」
 その手が振り下ろされたと同時に、二人の技が炸裂した。
 フレデリックの四つ目の技――“ハイドロポンプ”は、カイの“波導弾”を前に水飛沫と化す。先ほど“波導弾”とは比べ物にならない威力だった。だがこれを予想していた彼は迫りくるそれを“冷凍パンチ”で消滅させる。だがその一瞬で遮られた視界を利用して、カイは既にフレデリックの眼前へ迫り、再び得意とする接近戦へ持ち込んだ。
 ルテアはハラハラしながらそれを視界にとらえつつ、ちらりとスバルの様子を見た。
 ――カイはあそこまで前向いてんだぜ! スバル、お前はどうする!?

 スバルは、震えるほど強く両手を握りしめていた。
 今まで、なぜカイがあそこまで強くなろうとしているのかわからなかった。わからないふりをしていた。本当は、彼女の心の中では、カイに対する罪悪感でいっぱいだった。
 いつまでも側にいてほしいとわがままを言ったせいで、カイが無理に強くなろうとしている。
 修行でボロボロになるカイを、自分のせいだと思った。カイが強くなろうとするたび、その罪悪感が自分の胸を刺激して見ていられなかったのだ。
 だけど、違った。
 彼は叫んだ。スバルのために強くなろうとしている事を。そして、それが自分のためだと。スバルの幸せが自分の幸せだと。
「カイッ……!」
 何を思い悩んでいたのだろう。
 関係ない事に巻き込んだなんて思う必要は無かった。最初から罪悪感なんて必要なかった。自分のせいでカイが無理をして傷ついているのだと思うなんて、ただの驕りだったのだ。
 カイは自分の意志で強くなることを選んだのだ。
 ――じゃあ、私は?
 いつまでも思い悩んでいること、自分一人の問題だと思っていること、カイを遠ざけようとすること、他人に任せたバトルに自分の運命を預けること。
 これが前を向く事? ――否!
「っ……!」
 スバルは立ち上がった。
 激しく技を繰り出す彼らに向けて、ありったけの声で叫んだ。
 ――勝って……! 勝って!

「勝って……ッ! カイーーーーッ!!」



「「!!」」
 スバルの叫びが聞こえた瞬間、カイは一歩身を引いた。フレデリックはその叫びに気を取られ、カイの後退の動きに合わせて踏み込んでしまった。彼は前のめりになる。
 ――来たッ!
 この瞬間が最大のチャンスとばかりに、カイは地面を蹴る。そして両手に波導を込めた!
「はぁあああああッ!」
 両手に込められた気持ちが、まばゆく光って白い刃を生み出す。
 ――やられる!
 フレデリックはとっさに“ハイドロポンプ”と“竜の波動”の連結技を繰り出した。パワーポイントの出し惜しみはしていられない!

「――“ハイドロブレス”ッ!」

 だが。
「なにぃっ!?」
 彼の連結技は、白刃によって真っ二つに両断された。そしてカイは、そのまま真上からフレデリックに向け、刃を振り下ろす!

「――“ソウルブレード”ォッ!」

 ドッ! 激しい音のあと、水しぶきが霧のように立ちこめて二人が見えなくなった。
 不気味なぐらいの静けさの中、霧が晴れた時フィールドの上には――カイのみが、立ち上がっていた。
 シャナが右手を振り上げる。

「フレデリック、戦闘不能! よって勝者――カイッ!」





「うおぉおおおおおおッッ!!」
「カイッ!」
 シャナの声が響き渡った後、一拍の静寂の後にフィールドに歓声が轟く。そしてルテアが絶叫したのと同時に、スバルはカイに向かって走り、万感を込めて彼の首に手を回し抱きしめた。
「え、えっと……」
 カイは先ほどの自分の叫びが、やはり自分で発したものだったのだと再認識して顔が熱くなる。大勢の観客、そしてスバル本人の前で行った自分の恥ずかしい所行に体が火照った。
 ――僕、なんてこと言っちゃったんだろう……! 
 だけど、スバルと話すのも、こうやって触れるのも。十数日ぶり――彼にとっては数ヶ月ぶりのように思えた――のことだったので、しばらくの間なされるがままになっていた。
「い、いだだだ……これは参ったなぁ……」
 と、倒れていたカメール――フレデリックが、情けないうめき声とともに立ち上がった。医療係のショウの治療の申し出をやんわりと辞退して、「いやぁ」と二人の前に立つ。
「マーヴェラス! 完敗したよ、カイ。バトルも、その他も――いろいろと、ね」
「いや……」
 カイは、先ほどまで嫌悪感すら抱いていた相手へ、照れくさそうに手を差し出した。
 不思議だ。あれほどまでに嫌いで苦手だったバトルをした後には、どんな相手でもこうしてわかり合える。
 カイはフレデリックとがっしりと握手を交わした。
「ありがとう。君のおかげで迷いが消えた」
「おやおやおや、なんのことかなぁ? 僕にはさっぱりだよ」
 フレデリックはそうはぐらかし、苦笑するカイから視線を外してスバルへと向き直る。
「すうぃーとな……いや、スバルちゃん。君の気持ちはしっかりと聞かせてもらったよ! そういうことなら、僕はここから立ち去る事にしようかな?」
 先ほどのスバルの叫びを思い出し、少しだけ寂しそうな表情をしつつ、彼はウィンクをする。するとスバルは上目遣いに言う。
「……ありがとう、フレデリックさん」
「……」
 スバルから初めて名を呼ばれたカメールは、一瞬呆けた顔をした。それが一瞬のうちに、今日一番の満足そうな笑みヘと変わる。
 ――これだから、女性というのは素晴らしい!
 フレデリックはその“素晴らしさ”を十分に噛み締めた後、カイの耳元へ近づいて軽いひじ打ちとともにヒソヒソとこう言った。
「どうやら自覚が無いようだから言ってあげるけどね、ナイスガイ! さっきのバトルであそこまで叫んでおいて、まだ“自分がリーダーだから”とは言わせないよ? さっさと彼女にキスなりプロポーズなりして立場をはっきりさせておくといい。ボクのような男にまた狙われないうちに、ね」
「えっ」
 ――ぼ、僕はそんなつもりで言ったんじゃ……! い、いやでも……! キスされたって聞いて自制がきかなくなったり、抱きつかれてこんなに心臓がバクバクするって……えっ――!?
 ぼふん、と、カイの顔がオーバーヒートして湯気が立った。
「じゃ、新しい女性を捜しにいくからボクはこれにて! チャオ!」
「あ! あの、ちょっと……!?」
 先ほどバトルをしたばかりだというのに、彼は傷だらけのその体で軽くスキップしながらバトルフィールドを後にした。頭が沸騰してしまって使い物にならないカイの横でフレデリックを呼び止めようとするスバルの声は、かける相手を失って宙に溶けてしまう。
「少し休んでいけばよかったのに……」





「いやーッ、どうなるかと思ったぜ! これでカイとスバルもまたうまくしゃべれるだろ! ま、雨降って地固まるってやつか?」
 カイの勝利のおかげか、それとも彼の叫びに満足したのか、いつになく上機嫌なルテアが審判を終えたシャナへそう声をかける。シャナはベンチに腰掛け一息ついて、「ま、それならいいが」と小さくこぼした。
 いまだに観客たちは熱が冷めぬ様子で、辺りはまだ騒がしい。
「――おい! シャナ、ルテア!!」
 と、そこへ二人を捜して放った大声が、彼らの頭上から降ってきた。二人は同時に真上の観客席の方を見上げる。
 声の主は、救助隊“フォース”のメンバーにして“双璧”の一人であるラングだった。二人にとっては“重力を味方にせよ”という教えをくれたありがたい存在で、ラングにとっても二人はかわいい後輩である。だが今の彼は珍しく二人へ憤慨を露にしていた。
「なーにこんな大所帯で油売ってやがるんだッ!! このクソ重要なときに遊んでんじゃねぇッ!」
「ど、どうしたんっすか……!」
「とっとと来い仲裁役員! 仕事だ、緊急会議だッ!」
「「緊急会議?」」
 既に出口へと歩を進めている彼の甲羅に二人が合わせた声をかけると、ラングはかったるそうに振り返って親指を階段へと向ける。
「“満月のオーブ”が完成したんだとよ! お前らのボスがお呼びだ!」
「……ああ、そうか、“満月のオーブ”の完成か……」
 ルテアは何でもないようにそう言ったのち――。
「……はッ!? 完成ッ!?」
 ――地から足が浮くかというほどに飛び上がって叫んだ。

ものかき ( 2015/06/08(月) 09:46 )