へっぽこポケモン探検記




















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第九章 “氷柱の森”編
第百五十一話 真実
 ――スバルは、ニンゲンだった頃も含めて全ての記憶を取り戻した。僕のしてきたことは決して無駄じゃなかった。でも、記憶が戻ったスバルの顔はどこか寂しげで……。





 僕は結局、記憶を取り戻したスバルが駆け込んだローゼさんたちの下宿で一泊して、そのまま次の日の朝にギルドに戻ることになった。だけど、僕たちをそのまま見送るのかと思ったローゼさんは、なんと僕たちと一緒にギルドへ行くと言いだした。
「スバルさんが全ての記憶を取り戻したのなら早い話、連盟の皆さんに“イーブル”のこと――わたくしたちの知っていることを全て話した方がいいでしょう」
スバルはうつむいたまま小さくうなずく。そしてローゼさんそう言ったきり、黙りこくってただただ僕らの後を少し離れたところから付いていくだけになった。
 知っていること。スバルと、ローゼさんが知っていること。それっていったい、なんなんだろう。

 僕らがギルドに戻った後、ローゼさんはすぐに連盟のメンバーをギルドの三階へ集めた。僕と、スバルと、シャナさんにルテアさん、救助隊“フォース”の面々。ラゴンさんにウィントさん、アリシアさんとミーナさん。キースさん。そして、ローゼさん。
 全ての役者が一同に揃うのは、いったいいつ以来なのだろう? いやもしかしたら、これが初めてのことかもしれない。
「皆さん、“イーブル”について、全てがわかりました」
 ローゼさんはいつものように、前置きもなく本題に入る。
「お話ししましょう、“イーブル”の目的と、ボスの正体。そして、わたくしたちのことを」





 “イーブル”の本拠地は、かつてないほど重い静寂の中に包まれていた。
 “氷柱の森”での作戦に失敗し、ダークライが消えてからというもの、ボスであるカナメは放心状態で組織を動かすそぶりも見せない。四本柱たちは、自分たちの失態で連盟に目的を阻害されてしまったことに対する罪悪感を誰もが抱いていた。
 だが、そんな空気も数日が過ぎた今日。カナメはついに四本柱一同を集めた。
「諸君……」
 だが、ボスの声は弱々しい。
「今まで私は、この組織を作り上げた目的を、ただ“私の個人的な都合”とだけ言って諸君に話してこなかった。なのに、ただただ諸君は私への忠誠心でここまでついてきてくれた。……感謝している」
 いつになく真摯な態度のボスに、四人は少なからず驚きと狼狽を覚えていた。だが、すぐボスは次の言葉へ移る。
「“氷柱の森”での作戦が失敗した以上、私の目的は隠しておけなくなった。いまから話すことは、諸君の忠誠心を裏切る内容となる。話を聞いたあと、諸君がここを去っても私は文句も言わない。恨みもしない。……それをわかった上で、聞いてほしい――私の正体、そして……この世界で成し遂げようとした、愚かな私の目的を」





「おわかりのかたも多いと思いますが、スバルさんは今まで記憶喪失でした」
 森の中で倒れていたスバルは、シャナさんに拾われた時、目覚める前の記憶を失っていた。
「ですが、昨日。彼女はその記憶を含め、全てのことを思い出しました」
 少し場がざわついた。その中でも特にシャナさんは驚いた顔をしている。
「それを先にわかった上でお話をします。さて……どこから説明したものか」
 恐らく、話が複雑すぎてローゼさんもすぐに言葉が出ないようだった。ローゼさんの横に座っているスバルは少し暗い顔をしてうつむいている。すると、ラゴンさんが身を乗り出す。
「“イーブル”の目的……あんたは以前それを、“死者を蘇らせるため”だと言ったな。その死者とは、どこのどいつなんだ?」
「そうですね、質問してくださった方が説明がしやすいです。お答えします。その死者とは」
 ローゼさんは眼鏡を中指で押し上げて、スバルの肩へ軽く手を乗せる。
「スバルさんのことです」
「なっ……」
 なんだって!? スバルを蘇らせる!? だって、スバルは目の前にいるじゃないか。死んでなんかいないじゃないか……!
 場のざわめきの理由を察しているローゼさんはすかさず、「もちろん、彼女はこの通り生きていますがね」と言う。
「“イーブル”のボスは……スバルさんが死んでいるものと思い込み彼女をよみがえらせようとしていたのです。いまの今まで、ね」
 死んだと、思い込んだ……?
「ちょ、ちょっと待てよ!」
 ルテアさんがうろたえながら立ち上がる。
「“イーブル”のボスがスバルを知ってるって、どう言うことだよ!?」
「……それは、私が話します」
 ここに来て、初めてスバルが声を発した。ルテアに向けて言ったのか、それともみんなに言ったのか。敬語で静かなその声に、ルテアさんはとっさになにも言えなかった。
 スバル……。
「私も、ローゼさんも、そして“イーブル”のボス――カナメも、元々人間でした。そしてカナメは、私の、大切な――」

「こことは、まるで違う世界。人間とポケモンが共存している世界で、私とスバルは出会った」
 自らが語る驚愕の事実の数々に、部下がちゃんとついてこられるのかカナメは少し心配だった。だが、ここで質問を受けていれば話を前に進めることができない。
 カナメは瞬間、人間だった頃の自分の姿を思い起こす。光の無い目、感情の剥がれ落ちた顔、傷だらけの体。軍にいた頃は体術と銃の腕をよく買われていたが、あんなもの、人を傷つける以外になにも役に立たなかった。
 軍を退役したとき、自分は、何もない空っぽな存在だった。
 そんなとき出会った小さな希望の星――それが、紛れもなくスバルだった。
「スバルは、“願い人”という特殊な能力を持っていた。それ故に、その能力を悪用する輩に追いかけられる日々を送っていた。それで、私は――」

「カナメは、私と一緒に来てくれました。そして私を“ソオン”の力から解放する術を探すために頼ったのが……」
「このわたくしというわけです」
 ローゼさんがバトンタッチして言葉を繋げた。僕らは驚愕とも言える事実の数々に、もうだれも口を挟もうとしない。質問をいつまでも繰り返していたら日がくれてしまいそうだとこのとき誰もが思っただろう。
「わたくしも探偵をする前は、カナメ君と同じ軍の部隊にいた仲でしてねぇ。まぁ、その繋がりでわたくしも協力することになりました、が――」

「――譲刃は、組織に先手を打たれ殺された」
 そういうカナメの表情は、さほど悲しげなものではなかった。軍人であった彼にとって、“死”というものはあまりに身近な概念だった。少しでも気を抜けばいつだって襲ってくる“それ”がたとえ同志に牙を剥いたとしても、カナメの心は揺り動かなかった。
 それよりも、カナメの絶望のベクトルは他のことに向けられていた。
「彼が死に、スバルを能力から解放してくれる手だてを探してくれる貴重な協力者を失った。逃亡生活も限界に来ていて、私たちは途方にくれた――」

「私たちは、逃げ続けて……とある遺跡まで追い詰められました」
 ローゼさんがあちらの世界で死んでしまった後の話は、当たり前だけどスバルしか知らない。たった一人で事の続きをしゃべるスバルの手は震えていた。ここにはたくさんのポケモンが集まっていると言うのに、いまのスバルは独りでとてもちっぽけだった。
「アンノーンというポケモンをかたどった遺跡でした。そこで、私たちが……いえ、カナメが敵のポケモンへできる限りの抵抗をしました。その時、遺跡の壁が光って……」
 それを聞いたウィントさんの指がピクリと反応した。
「アンノーンたちは、いきなり来た私たちに激しく驚いているように見えました。羅列し、円を作り上げ――そこに黒い穴が開きました」
「時空ホール、だね」
 ウィントさんが真剣な眼差しで言った。そうか、ウィントさんはたしか親方業務をほったらかし……ごほん、親方業務の傍ら、星の停止で乱れた時空ホールを閉じる役割も担っているんだった。彼が反応を示したのはそういうことだったのか。
「今思えば、たぶんそうだと思います。私とカナメは時空ホールに吸い込まれて……。そこから、私は記憶喪失になって師匠……シャナさんに拾われることになりました」
 そこからスバルは僕に出会い、そして後は僕も知っている通りというわけか……。
 シン……。
 場はしばらく沈黙に包まれた。
 僕は、あらかじめスバルが元人間だということを聞いていたからダメージは少ない。けど他のヒトからすれば、スバルとローゼさんの口から語られる衝撃の事実の数々に、なんだか言葉を発する以前に理解がついていかないところがあるようだ。(救助隊のフォンさんは知能指数が高いフーディンというだけあって唯一表情が変わっていなかったけど。)
 そんななか、まだある程度精神的ダメージが少ないシャナさんが、それでも半分げっそりとした顔で口を開く。
「そこまでは理解できたが――いや、頭で理解しただけだが――まだひとつ、気になることがある」
「当ててみせましょう。なぜ時空ホールへ一緒に吸い込まれたはずのボスが、スバルさんを死んだと思い込み復活させようと画策するに至ったのか、ですね?」
「あ、ああ……」
 ローゼさんがシャナさんの言わんとした質問を先回りした。シャナさんは戸惑いながらもうなずく。
 確かに、スバルとカナメは時空ホールに吸い込まれて同じ世界に落ちたはずだ。たとえその間に二人がはぐれたとしても、それでスバルが“死んでしまった”と考えるのはあまりにも突拍子がない。
 ……いや。
 僕はもう一度考え直した。
 スバルがもし、記憶を失っておらず人間のままだったならまだ二人が落ち合う可能性は高かったはずだ。だけど彼女はピカチュウとなり、記憶を失った。そして、“イーブル”のボスのカナメはそんなスバルをいくら探し続けても見つからなかった。
 僕がもし同じ立場だったなら……スバルが生きているという希望をいつまで持ち続けられただろうか。
 だからといって、僕は“イーブル”を組織して、みんなを傷つけて、スバルをあんな目に遭わせたカナメに同情するつもりも、許すつもりも毛頭無い。
 僕がそんなことを考えていると、ローゼさんが口を開いたので僕はそちらに集中する。
「カナメ君は鉄の精神力を持つ青年でした。いくらスバルさんが見つからず、あまつさえ死んでしまったと結論付けたとしても……死者をよみがえらせるだとか、NDでポケモンを傷つけるだとか、そんな倫理に反することをする人間ではありませんでした」
 そして彼は、小さく付け足す。
「ですがやはり……絶対などというものはこの世には存在しないのですね……」
 ローゼさん……。
「おそらく、傷心のカナメ君に道を踏み外すように仕向けたのは――」

「次に目が覚めた時、私はこの世界で独り、アブソルの体になり倒れていた。一緒に時空ホールに落ちたはずのスバルは、そばにいなかった」
 カナメは首からぶら下がったタグを握りしめる。
「私はスバルが側にいないことに、あのときはまだ絶望していなかった。私はアブソルという慣れない体で、文化も何もかもが違う大陸中を回り、スバルを探し続けた。数ヵ月、数年と……。だが、いくらたっても見つからない。その時だ。あいつが現れたのは――」

「「――ダークライ」」

「そう……あいつが、私の前に現れた」
 カナメの口からダークライという単語が発せられた瞬間、四本柱の表情、殊にミケーネの表情が強く歪んだ。
 カナメの忠実なる部下である四本柱が唯一彼に不満を抱いているとしたら、それは紛れもなくダークライの存在である。素性もわからず何をたくらんでいるのかその腹の内も読めない。もしかすると寝首をかくために常にくっついているかもしれないというのに、ボスが彼を側におく理由が今までわからなかったのだ。
 カナメは、先程から手の中でもてあそんでいたタグを、部下たちにも見えるように掲げる。
「これは、俺がスバルへ託したものだ。ここに来てスバルが見つからず途方にくれた私に、ダークライはこのタグをちらつかせ、言った」
 カナメは、そのときのダークライの一挙手一投足を鮮明に覚えている。それほどに、あの瞬間でカナメの中の何かが変わったのだ。
 ――これが落ちているのを見つけた。持ち主は見つからなかった。落ちていた場所が場所だから、これ持ち主はもう……――。
「そして、ダークライは言った。もう一度スバルに会いたいのであれば、蘇らせればいい、と。奴は“ナイトメアダーク”で、命の宝玉を使い願いを叶えるための対価を集められるだけの特別な力を持ち合わせていた……」
 カナメは目を固く閉じ、歯を食い縛った。
「だから私は、ダークライと手を組んだ。人の道に外れたことをするのだから、必ずそれを妨害する輩が現れると思い、戦力――もちろん、諸君のことだ――をかき集め、“イーブル”という組織を作り上げた。“イーブル”とは、“災い”。この名は、私の罪を忘れないための特別な名だ――」

「“災い”……。自らそう組織の名をつけておきながら、結局、一番最初に災いが降りかかっていたのは彼だったというわけです。ダークライという災いが、ね。カナメ君はきっと、いいように利用されただけなのでしょう。実に……実に、愚かなことです」
 ローゼさんがここまで誰かを哀れむ様子は、今までにみたことがなかった。
 カナメもまた、被害者なのかもしれない。すべての元凶は彼ではなく、ダークライなのかもしれない。
「だがよぉ、探偵さん」
 と、ここでカメックスのラングさんがぶっきらぼうに声をあげた。
「ボスが生き返らせるはずだったスバル本人がここにいるんなら、“イーブル”はもう壊滅したも同然なんじゃないのか? あっちも戦う気力なんて、もうねぇだろ」
「「――いいえ」」
 スバルと、ローゼさんは全く同じタイミングでラングさんの言い分に突っ込みをいれた。完全に彼らの声がラングさんの語尾に重なっている。もちろん、僕らはみんながみんなその反応に驚かないわけがない。
「い、いいえって……どういうことだよ」
 食いぎみに自分の主張が否定されたラングさんが少々戸惑いながらも更なる追求をする。彼からすれば、正論を頭ごなしに否定されたような気分だろう。
 二人を代表するかのようにローゼさんが声をあげた。
「……残念ながら、“イーブル”は命の宝玉を使います。その対価にNDで集めたポケモンたちの魂も使うでしょう。断言します」
「……あん? どうしてだ」
「もう彼は、後には引けません」
「これ以上の争いは不毛だろ」
「不毛です」
「それをわかってても戦うというのか? “イーブル”のボスは馬鹿か」
「わかっていても、です。わたくしの知る崎谷要(さきやかなめ)という男は、一度手をつけたものには必ず落とし前をつけます」
 二人の言葉の応酬も、ローゼさんが一歩も引かずにラングさんが言葉をつまらせる形で終わってしまった。ローゼさんは一息ついた後、付け足すように静かに言う。

「彼らは、必ず……わたくしたちと戦い続けます。決着がつく、その瞬間まで――」

ものかき ( 2015/05/30(土) 18:35 )