へっぽこポケモン探検記




















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第九章 “氷柱の森”編
第百四十三話 氷の雷
 ――吹雪の島へは“テレポート”で送ってもらい、僕ら六人は凍てつく孤島へたどり着いた。氷柱の森へ急がないとスバルが危ない、と思っていたけど、吹雪の島は覚悟していた以上に凍える場所で……!?



「ざ……ざぶい……!」
 吹雪の島へついた瞬間、震える声でそう叫んだのは、草タイプで寒さに弱いミーナさんだった。叫んだというよりは、叫ぼうとしてもつぶやくような声しか出なかったというほうが正確だけど、誰もそれを指摘する者はいない。なぜなら、ミーナさんのように草タイプでなくても、この空間は簡単に言葉など発せないほど寒い場所だからだ。
「くっそさむい……ぶ、ぶえっくしょんっ!」
 ルテアさんもルテアさんで、大きくくしゃみをした。そして「おいシャナ……俺をあっためろ……!」と言ってシャナさんへとすり寄る。
 メンバーのなかでも炎タイプ故か比較的元気なシャナさんは、腰の下へすり寄ってきたルテアさんをぞんざいに足で押し戻し、島全体が山となっている“吹雪の島”のてっぺんを目を細めながら見据える。
「時間がない、すぐにダンジョンへと向かうぞ」
「「ふ、ふぁい……」」
 ヴォルタさんとミーナさんが震えながら答えた。その横のローゼさんは比較的平気そうな顔つきで、歩き出した彼らの後を追う。僕も彼らの後をついて歩きながらローゼさんの隣に行く。
「ろ、ローゼさんはこの寒さでも大丈夫なんですね……!」
「まぁ、わたくしは水タイプながらなぜか寒さにはかなり強い体質でしてね」
「へ、へぇ……」
「技の方も水タイプの技はからっきし……というより使える技自体皆無ですが、氷タイプの技はかなり柔軟に使えますし」
「え、水タイプなのに水タイプの技を使えないんですか!?」
 僕は、その言葉が失礼かもしれないというのを忘れて思わずそういってしまった。すると、彼は眼鏡越しに苦笑いをして、複雑な声音で言った。
「いやはや、どうもこの体になった後も、口から水を吐く、という行為が全く想像できないのですよ」

 しばらく僕らは、ダンジョンの攻略に忙しくなった。出てくる敵ポケモンは当たり前だけど凍りタイプがそのほとんどを占めている。
 だが、ここで少しトラブルがあった。ダンジョンには複合タイプで水タイプのポケモンも結構多くいたんだけど、水タイプ相手には当然電気タイプのルテアさんにかなり気合いが入る。しかし、問題は一緒につれてきたヴォルタさんの特性が“避雷針”だったことで、ルテアさんの技はそのほとんどがヴォルタさんに吸収されてしまうという点だった。もちろん、これを知ったルテアさんがおとなしく黙っちゃいなかった。味方を倒してしまう勢いですぐさまヴォルタさんに食って掛かったルテアさんだったが、シャナさんが彼のしっぽをつかむことでかろうじてそれは阻止された。とりあえず、ルテアさんは避雷針で電気技の威力が上がるヴォルタさんの“補助”ということで話はいったん落ち着いたのだが……。ルテアさんが彼の補助という立場に納得するはずもなく……終始彼の鋭い視線をヴォルタさんは受けることとなった。
 まぁ、それ以外は特にトラブルもなく進んでいくことができたが、敵のポケモンのほとんどは先頭にいたシャナさんがバリバリ瞬殺していき、ほぼ彼の無双状態だったということは特筆すべき点だと言える。

 そして、数十分後。
 周囲の景色が少しずつ変わっていった。先ほどまでは葉っぱの先まで凍った針葉樹が所狭しと茂っているダンジョンだったが、そこを抜けると、木に代わってだんだん巨大な氷の柱が出現するようになる。そしてその柱の一部は「ピシッ」、だか「バリッ」、だかピンク色に近い電気を放出していた。どうやらダンジョンの中のポケモンも、この電流を放つ柱には近づこうとしないらしい。そして周囲のほとんどにその柱がそびえ立つようになったとき――。
「――着いたぞ、ここが氷柱の森の入り口だ……!」
 シャナさんが、厳かに僕らへ言った。
 ここが、氷柱の森。この先に、スバルが……!
 ――ゾクッ……!
 唐突に背筋へ悪寒が走った。全身が小刻みに震えて止まりそうにない。な、なんだ……いったいどうしたんだ……?
 僕は思わず自分の体を自分で抱くように、交差した腕を強く交差させる。今更氷柱の森の寒さに凍えた? いや、違う。それなら最初から震えているはずだ……!

 ――怖い。
 なぜだろう……なぜだか僕は、ここが怖い。恐怖で全身が震えるんだ。ここに来るのは生まれて初めてのはずなのに。
「……カイ君? 大丈夫!?」
 メンバーの中で目敏く僕の異変に気づいたヴォルタさんが、僕に身を寄せながら言ったのを皮切りに、次々とみんなが僕の方を向く。
 僕は大丈夫……。そういいたいのに歯がガチガチと鳴ってうまく言葉が繰り出せない。
 ――もう、こんな思いはしたくない……! 痛い。いたい思いは二度としたくない。死にたい。死なせてくれ……!
 記憶の中にはない景色、しかし鮮明に思い出される痛みと恐怖。これは、もしかして……!
「おい、カイ! 大丈夫か!? 返事をしろ!」
 シャナさんが僕の肩を強く掴んで揺さぶる。僕はそれでやっと目の焦点が合った。震える歯をどうにか食いしばって言葉を紡ぎだす。
「ぼ、僕は……! 僕はこの場所を、知っています……!」
「! どういう意味ですか」
 僕の言葉に意味深な何かを感じたらしいローゼさんが、こちらに一歩踏み寄って鋭く聞いた。
「ち、違う……僕は生まれてからここにきたことはありません……。でも……多分、る、ルアンが……っ!」
「ルアン!?」
 ルテアさんが大きく叫び、他の人たちは口々にその名前を口にする。そうだ、これはきっとルアンの記憶なんだ……! 彼は昔ここに来たことがあった。そして、さっき感じた震えるほどの恐怖と痛みを味わって……!
「る、ルアンは多分ここで……昨日ローゼさんがスケッチで見せてくれた氷の柱で魂を……!」
「なるほど……ルアンはきっとここで魂を抜かれ、消える前に誰かこの世にとどめておいたのですね……!」
 ――儂の祖先は、命の宝玉を使った神との接触を管理する神官だったのじゃ。そして、彼らが……その力を使ってルアンの魂だけを現世にとどめたんじゃ――。
 そうか……ヤド仙人が言っていたことはそういうことだったのか。本来なら氷柱の森で体から抜けた魂は消滅する。しかし、神官たちはその寸前で魂をとどまらせた。でも、だとしたら満身創痍ルアンが氷柱の森の最上部で受けた魂を抜かれるという体験は、とても苦しく、恐ろしく、いっそそのまま死んでしまいたいほどの痛みの体験だったという訳だ。
 君はとても、苦しんだんだね……!
「しかし、そうなるとますますぐずぐずはしていられません」
 ローゼさんが僕の様子を見るためにしゃがんでいた姿勢から立ち上がった。その場の全員の視線が下から上へ上がる。
「彼の受けた痛みがそれほど堪え難い者ならば、同じことをさせられようとしているスバルさんを早く救出しなければなりません」
 そうだ、その通りだ。ルアンのこの痛みは過去のことだ。どうあがいても変えられることではないし、取り除いてあげることはできない。でも、スバルは違う。僕らが早く助けにいけば、スバルはこの苦痛を受けなくてもよくなる。
「カイ君、いけそう?」
「だ、大丈夫です」
 ヴォルタさんの肩を借りて僕は立ち上がる。
 一秒でも早く、先に進みたい。





 ――氷柱の森・最上部

 吹雪の島上陸時よりも標高の高いこの場所では、荒れ狂う冷風もさらにその鋭さを帯びていた。湿り気の少ないサラサラとした雪が降り積もった地面も誰によって踏みしめられることは無く、強い風に煽られると粉のように白く舞い上がる。
 そんな、一見すると霧がかったような、生き物など到底すめそうにないその場所に集まっている者たちがいた。一般的にみたら酔狂な行動ともとれるその集団の名は――“イーブル”。
「諸君、よくここまで来てくれた……」
 フロアの奥にそびえる四本の禍々しい氷柱の前で、“イーブル”のボス・アブソルは彼の眼前でたたずんでいる四匹の部下に向かって厳かに言う。今は彼のトレードマークとも言えるマントは羽織っておらず、その代わりに地面へ横たわるスバルのクッションと鳴ってた。そしてアブソルは、四匹のうち一番左手で震えているジャローダに視線を移した。
「とくにミケーネ。草タイプにこの寒さは相当こたえるだろう。よく耐え忍んでくれた」
「……ボスのためならばたとえ火の中、吹雪の中、ですわ……!」
 普段は高圧的でねっとりとした口調が特徴のミケーネも、今回ばかりは震える声音でそう答えた。しかし、その忠誠心は凍てつく孤島へ来たからといって薄れる訳でもなく、むしろさらに強くなっている。
 アブソルは赤い双眸をきつく細めて本本の柱を仰ぎ見る。この禍々しいオーラを放ってるようにすら見える魔の柱は、果たして自分を見下ろして何を思うのか。歓迎するのか、それともあざ笑うのか。彼はそこまで考えた後、こんな感慨に耽るなどらしくないと思い直し再び四本柱に向き直った。
「……ここまで、長かった。ようやくここまできた。もう誰にも邪魔はさせない」
 彼の言葉に、その場の全員が強くうなずく。言葉はなくとも、もし邪魔がくれば容赦なく排除すべきという念は伝わっているようである。
 そして彼は最後にスバルを見た。ぐったりと横たわっていて意識がない。悪夢に体力をごっそり搾り取られ、たとえ何もしなくてもこの寒さには耐えられそうもない命。自分は今から、その一つの命を消す。
 彼は覚悟を決めた。
「では、始めよう――」





 何も聞こえなかった。ひどい耳鳴りが彼女に無音という空間を作り出していた。
 だが彼女は、再び自分の体が大きく揺さぶられたのを感じて細く目をあけた。自分は抱かれている。だれに? その姿は見えなかったが、巨大な氷の柱がふと視界に入る。きっと千年単位の樹齢の木ほどの大きさはあるはずだ。よく見るとそれは四つある。
 しばらくして、視界が再び地面と同じ高さに鳴ると、背中に凍てつく感触を覚えた。おそらく、氷の張った地面に寝かされたのだろう。仰向けになった今の彼女には、空いっぱいに覆われた、雪を舞い降らす曇天をよく見ることができた。
 ――ああ、きれいだな。
 彼女は、自分がどうしてそう思ったのかわからなかった。青空を見てきれいだなと思うことはあっても、曇天を見てきれいだなと思ってしまうなんておかしい。だけど、今の彼女には感情のコントロールが麻痺しているようだった。
 そして、しばらく空を見つめていた彼女の視界に、異変が起こった。四本の柱が帯電し始めたのだ。波打つようにだんだんとその強さを増していく電流は、最後には放電して四つの柱の中央部分に大きな電気の固まりを作る。
 ――ああ、あれはなんだろう……。私はあれで天国へ行くのかな……。
 彼女に聴覚がまだあったならば、耳も塞ぎたくなるような、電流の迸る音を聞くことができただろう。そして、彼女は気づくだろう。この電気は、彼女を安らかに天国へ連れて行くことなどしないということを。
 電気の固まりは、肥大し、一瞬脈打った。
 そして、雷が落ちるときのように。

 彼女のもとへ一直線に、強い電撃が落とされた。

「――ああああああああああああああああッ!!」
 痛い、いたい、イタイ――。
 悪夢などではない。一瞬で意識も飛ぶような激しい激痛。腕と、足と、首と、胴体と……そのすべてを引きちぎられる感覚。声にならない悲鳴。
 ――いや、いやぁ……ッ!
 助けを呼ぶ声も、なにもできなかった。自分が今何を考えているのかも。意識はあるか、ないか。それすらもわからなかった。
「ぁあああああああああッ!」
 ――助けて! たすけて……! だれでも、だれでもいい……! ダレデモ、イイカラ……ッ!

「――!」

 ……誰かの、声が聞こえた気がした。
 彼女の意識は、そこで唐突に途切れた。





 ゾクッ!
 今度に悪寒がしたのは第六感に非常に優れているシャナであった。彼は背筋に何かを感じ、その違和感の場所がある山の上をバッと見た。彼が顔を上げたのと全く同じタイミングであっただろうか、そこから迸る巨大な電撃とともに、激しい音がメンバー全員の耳に届いたのである。
「まずい……! 始まりましたよッ!」
 このことが意味することを理解するのに一番早かったのはローゼだった。彼は爆発的スタートダッシュでダンジョンの奥へと走り出す。もう最上階までは目と鼻の先であった。のこった五人はローゼの後を追う形で全力疾走する。出口の光が見えた。
 そこで、彼らを待ち受けていたのは――。

ものかき ( 2015/05/01(金) 10:46 )