へっぽこポケモン探検記




















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第九章 “氷柱の森”編
第百四十一話 紐解かれた謎
 ――すべての謎は、いま紐解かれた。キースの伝達のもと一堂に集まろうとしている連盟のメンバー。一方、バトルの後すぐに、疲れで意識を失ってしまったカイは……。





 ドガァンッ!
「うわぁっ!?」
 な、なんだ!? 今の爆発音は!?
 僕は慌てて飛び起きる。
 た、たしか僕はシャナさんとバトルフィールドにいたはずだ。そして……。
 ――何も考えずに泣いていいんだよ、カイ……。
 そう、だ。僕は……自分の醜い感情にとらわれていた……。それを、シャナさんが身を挺して教えてくれたんだ……。
 でも、どうして今僕は自分の部屋にいるんだろう。いつの間にか気を失ってしまったのだろうか。だとしたら、シャナさんか誰かが僕を運んでくれたのかな。すごく申し訳ない。
 いや、だけど今はそれでどころではない。さっきの爆発音はいったいなんだったんだろう? まさか、また“イーブル”が襲撃に来た? 
 部屋の中から見える廊下の様子は、爆発でできたらしい煙がもくもくと立ちのぼっていてよく見えなかった。とにかく、状況をよく確かめなきゃ。そう思って僕が立ち上がった、その時。
「ゲホッ、ケホッ……! カイ……カイはいるか……!?」
 煙の中から、煤と焦げだらけのシャナさんが現れた。咳込みながら僕を呼ぶ彼のその手には、包帯が巻かれている。僕が負わせた傷だ。
「シャ、シャナさん……!」
 何から問いかければいいのかわからない。怪我のこと? この状況のこと? それとも、別の何か……?
「えっと、外で何が起こっているんですか……!?」
 とりあえず今の状況を知りたかったので彼へそう尋ねる。シャナさんは毛のところどころにできてしまった焦げを払いながらああ、と唸って……。
「マルマンが興奮して爆発しただけだ。心配するな」
 軽くそう言うだけであった。……いや、心配するなと言われても……。
「ど、どうしてマルマンさんは興奮しているんですか……?」
「そう、それだよ!」
「え?」
 どうやら、シャナさんもマルマンさんのように興奮しているらしかった。だがそれでも彼は僕を訪ねる本来の目的を思い出したらしく、部屋の外を指さしながら嬉々とした表情で僕を見る。
「連盟に召集がかかっている。カイ、お前も来い!」
「ど、どうしてですか……?」
「“イーブル”の居場所のめどが立った! スバルを助けに行くぞ!」
「ええ!?」
 スバルの居場所が!?
「で、でも僕なんかが参加していいんですか……!?」
「何言っているんだ当たり前だろう!」
「で、でも……!」
 昨日シャナさんは、バトルをしすぎた僕のことをギルドへの妨害行為だから連盟から追放せざるを得ないとか言っていたのに……!
「ああ、あれか! あれは嘘だ! 俺がでっち上げた!」
「そ、そうだったんですか……」
 ……って!
「えぇッ!? 嘘ぉ!?」





 寝起きで所々の毛が乱れたままだったけど、元々毛は短い方だし目立たないと信じよう。僕はそのまま急いでギルドの三階へ走った。
 いつもは装飾品も何も置かれていないギルド展望台も、今日は円卓状の机が中央にどっかりと置かれていて、そこにはすでに僕以外の全員が座っている。
「カイ君、よく来てくれました。座って!」
 唯一席から立ち上がっていて、よく見るとクマの酷い目をしたローゼさんが僕を一瞥しつつ鋭く言う。そしてすぐに資料らしい紙束を片手に持ち、全員をぐるりと見渡した。
「一刻を争うので無駄な前置きは省きます。“イーブル”と接触するであろう場所が特定できました」
「本拠地が見つかったのか!?」
 ラゴンさんが期待のこもった表情でたずねると、ローゼさんはゆるゆると首を横に振る。
「残念ながら本拠他ではありません。ですが、十中八九、彼らはこの場所に現れます。場所は――」
 ローゼさんは、席の横に置いてある移動式掲示板に不思議な地図を留めて、とある一つの島を指差す。そこは……!
「――“吹雪の島”の中にある、“氷柱の森”です!」
 ざわっ!
 場が一気にどよめいた。どこを指差すかと思えば、まったくの予想外の場所だったからだ。ざわめきの中には、探検隊と救助隊以外は訪れないあんな孤島に、とか、あそこは寒すぎて一分もいられないぞ、とか、本当に“イーブル”がここへ来るのか、とか……。ローゼさんの推理に疑念を抱くものもいた。
 吹雪の島は、名の通り一年を通してひっきりなしに吹雪が舞う凍てついた孤島。地面は氷が張っており、永遠にとけることはないと言われている厳しい島だ。確かに、“イーブル”がわざわざあそこまで出向く理由が何一つ思い付かない。だけど――。
 僕はローゼさんを見た。彼は、ざわめきの中のどんな単語を聞き取ってもまるで動じる様子がない。そうだ、彼は僕の知るなかで一番頭が切れる探偵なんだ。僕はローゼさんを信じている。
「諸君、静粛にしないか! まだ説明もうけていないだろうが!」
 ラゴンさんの一喝で場が再び沈黙に包まれた。ローゼさんはラゴンさんへどうも、と礼を言って話に戻る。
「吹雪の島の中腹にある“氷柱の森”ですが、ここは非常に特殊な場所です。いくらか昔の“星の停止”の影響をもろに受けていると言いましょうか……。とにかく、名前の通り氷の柱が連なる厳しいダンジョンですが、その氷の柱に、“イーブル”がそこへ向かう秘密が隠されています」
 早口なローゼさんは、掲示板から地図をはずしてぞんざいに地面へ投げ捨て、新しく図面のようなものをピンで留める。地面へ放られた地図はウィントさんが「あーあぁ……」と言いながら“サイコキネシス”で回収していた。
 ピンで止められた図面はどうやらよく見たらスケッチだ。ローゼさんの直筆らしい。四つの巨大な氷柱が書かれていて、その中心で何か電気の塊のようなものがほとばしっている。なんだか、スケッチから禍々しいものを感じる……。
「“イーブル”の目的は恐らくダンジョン最上部。資料によれば、この四つの柱の中央に踏み入った者は、そこから迸る電撃を受け、魂を抜かれ脱け殻だけの存在となるそうです」
「なッ……!?」
 僕は、周りにみんながいるのも忘れて思わず立ち上がっていた。ローゼさんはこちらを見る。僕が何を言おうとしているのかわかっているらしい。
「ま、まさかッ、スバルはそこへ連れていかれる……!?」
「……残念ながら。その通りです」
 ストン、と。腰が抜けてしまって僕はもう席に力なく腰かけるしかなかった。
 つまり、スバルはあそこで魂を抜かれる。体だけが残される。脱け殻になる。それって……。

 ――早く助けないと、死ぬよ?

「お、おいちょっと待てよッ! 冗談じゃねぇッ! どうしてスバルは“イーブル”にそんなことされなきゃいけねぇんだよッ!?」
 僕に入れ替わって立ち上がり叫んだのはルテアさんだ。シャナさんが尻尾を握っているから大丈夫だろうが、ローゼさんが滅多なことを言ったらきっと彼に飛びかかるつもりだ。
「それは、“イーブル”の……いえ、“イーブル”のボス個人の、目的のためだと思われます」
「何なんだよ目的ってッ!?」
「それは……」
 こればかりはローゼさんも一瞬目をそらして言葉を発するのをためらった。しかし、彼も覚悟を決めたのだろう。すぐにいつもの表情に戻って、断言した。

「――死者を、よみがえらせるためです」





「キースさんの開発した“記録玉”、これがたまたまスバルさんと接触したダークライの声を記録していました」
 キースさんが椅子にふんぞり返って「ふっ……」と手を額に当てる。僕以外に誰も見ていなかった。
「そのダークライの言葉に、ひっかかるものがありました。『私はボスに、“体が無事なら、精神はどうなっても構わない”と言われていてね』。この言葉が、この場所を特定する決め手となりました」
 ローゼさんはあくまで冷静に、淡々と事実だけを語るように言った。思わず僕の拳に力が入る。と同時に、ローゼさんの手の中の紙束も、ぐしゃりと音をたててつぶれた。
「ここからは証拠がないのでわたくしの臆測の部分もあります。ですが、皆さんにも知っておいてほしいことです。ボスは“命の宝玉”を使って“死者をよみがえらせる”という願いを叶えようとしている」
 命の宝玉は、それ相応の対価を支払えばどんな願いも叶えてくれる道具だ。
「そのために、“イーブル”を従えてNDを起こしています。彼らがNDで集めたポケモンたちの魂は、その願いの対価となるはずです」
「ど、どうしてそんな、臆測で“イーブル”の目的が“死者をよみがえらせる”ことだとわかるんですか……!」
 そう発したのはミーナさんだ。ローゼさんは、悲しそうに目を細める。
「……他力本願したくなる願いなんて、それくらいしか無いでしょう……」
「――話がそれているぞ」
 そこにすかさずフーディンのフォンさんの指摘が入る。ローゼさんは再び真剣な顔に戻った。
「そうですね、続けます。では、なぜ“イーブル”の目的のためにスバルさんの――彼女の脱け殻が必要なのか、ですが……彼らは、死者の魂をよみがえらせた後、彼女の体に入れるのではと推理します」
 だめだ、話が複雑で頭がこんがらがってきた。
「どういうこと……?」
「死者をよみがえらせるなんて、本来なら天地がひっくり返っても不可能です。それを“命の宝玉”を使って実現させようというのです。その対価は計り知れないことでしょう」
「つまり……なんだ? その死者とやらを完全に復活させるには対価が大きすぎるから、魂だけ復活させて体はこっちで準備しようって魂胆か?」
 ルテアさんが頭を抱えながらも単語をひねり出す。ローゼさんは彼の言葉に大いに頷く。
「なぜその白羽の矢がスバルさんへ立ったのかは定かではありませんが、これなら“イーブル”の行動の全てのつじつまが合います」
 そして、再び僕らをぐるりと見回す。
「小難しいことを長々と申し上げましたが、わたくしたちがやるべきことは至極単純、“氷柱の森”へ向かい、スバルさんを救出することです!」
「よし、決まりだな!」
 ラゴンさんが、顔のついた手でテーブルに強く叩いて立ち上がった。その表情は嬉々としている。
「明日の朝には“吹雪の島”へ出発する。詳しい役割分担は数人かで相談したのちに各自へ知らせるから準備に取りかかれ!」
 ラゴンさんの号令で全員が動き出した。会議室と化したギルドの三階から、三々五々とメンバーが散らばっていく。
 僕も、ダンジョンへ向かう準備をしなくちゃ! そう思って下へ続く階段の方へ向かおうとすると、背後からの呼び声と共に肩を強く捕まれた。
 振り返って見ると、声の主はローゼさんだった。
「カイ君、あなたにはまだお話があります」

ものかき ( 2015/04/25(土) 00:01 )