へっぽこポケモン探検記




















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第九章 “氷柱の森”編
第百三十三話 救助隊連盟本部
 ――ナイトメアダークの被害が深刻化していた。ギルドに住み込んでいると、NDにかかったポケモンが担ぎ込まれてくるのを嫌でも目撃してしまう。最近はトレジャータウンでもその被害の数は着実に増えているようだった。





 “イーブル”のボスの正体。浮かび上がった一つの可能性。
「……ぜ、……」
 これを、果たして誰かに相談すべきか否か。いや、だがまだ確固たる証拠など何もない。言うなればただの妄想に過ぎないことなのだ。まだやはり――。

「――ローゼ!」
「!」
 ローゼは鋭い叫び声に呼び覚まされふと我に返った。彼が周囲を見回してみると、円卓にぐるりと座っているすべてのポケモンからの注目を浴びていた。メンバーは誰も連盟の重鎮ばかりで、今自分が何をしているのかをやっと思い出す。
 今はビクティニのギルドの三階で行われている定例会議の真っ最中であった。今ローゼを呼んだのは、彼の横に座っているウィント=インビクタの声だった。どうやら自分が何か発言をしなければならない場面のようだった。
「ローゼ、呼ばれてるよ?」
「申し訳ありません、聞いていませんでした。もう一度ご説明願えますか?」
「なんだ、珍しいな」
 少し遠い席に座っていた両連盟のリーダーであるラゴンは少し驚いた様子で言った。いつもは聞いていないふりしてしっかり聞いているのに、とぼやきながらクリップボードに挟まれた紙をぱらぱらとめくる。
「明日は槍が降るかもなぁ」


「どうしたのローゼぇ。具合でも悪いのー?」
 会議も終わって、メンバーたちが三々五々散っていった頃、ウィントが小さい羽をパタパタと動かしながら、浮かび上がってローゼに聞く。
「いえ。すこぶる健康です」
「えー? うっそー。会議中に話聞いてないなんてローゼじゃなーい! ……あ、わかったぁ、グミちゃんがほしかったんでしょー! はーい!」
「違います、少し考え事をしていただけです」
 嬉々とした表情で口に青いグミを押し込もうとしているウィントの手を、ローゼはさりげなくガードしてそう返した。その行動に一度は落ち込むウィントだったが、ちゃっかりとその手からグミを抜き取る流浪探偵を見てウィントは再び目を光らせる。
「考え事ー?」
 ウィントはうーんと首をひねり少し考え込んだ。そして彼の眼前に穏やかな顔を近づけた。
「それ、結構重要なことなんだね。お話聞こうか?」
 その瞬間、力んでいたローゼの肩がほぐれた。なんというか、このビクティニはやんちゃな口調としぐさをしているが見ているところはしっかり見透かしていて、侮れない。だがそこが信頼できるのである。
「いえ……すいません、まだ今の段階ではお話しできません。が、時が来れば、あなたにはしっかりお話しましょう」
「はーい、りょーかいでーす」
 ウィントは手にブイサインを作りローゼにかざして見せた。
「……それはそうと」
「うーん?」
 ローゼは、どこかに忍び込ませていた赤いグミを今にも食べようとするウィントに問いかける。
「今日の会議に、仲裁役員と救護班がいらっしゃらなかった、ということは」
 ウィントは赤いグミをもぎゅもぎゅと咀嚼しながら「うん! ローゼの提案通り……」と言葉を返す。
「“シャインズ”と一緒に救助隊連盟本部にいるよー!」





 広い。広すぎる……。
「なんなんだここは……」
 どれだけ広いんだ、救助隊連盟本部……!


 ごほん、え、えっとまずは状況を飲み込まなければ……。
 僕は今、ルテアさんはじめとする救助隊の総本山である救助隊連盟本部へ来ている。救助隊の本部は探検隊――つまり僕たちのいる大陸とは別の大陸にあって、大陸間は専任のエスパーポケモンさんがたが“テレポート”で送ってくれるんだ。
 僕もいましがた“テレポート”で本部に飛ばされてきたんだけど……。
 広すぎるんだよね、ここ……。
 ビクティニのギルドがとってもかわいいものに見えてきてしまうほどに広く、そしてポケモンの往来が活発だ。ここは見たところエントランスのようだけど、どうやらここだけで奥行きがホエルオーよりも長いことは確かだ。
 そもそもまずどうして僕らが救助隊連盟本部に来ているのかというのは、話すと少し長くなるんだけど……。
「おうカイ! こっちだこっち」
 ……と、どうやらルテアさんたちも無事に“テレポート”を済ませたようだった。ひとまず僕は全員が固まっている場所へ小走りに向かう。
「よし、全員そろったな」
 シャナさんがここに来た全員――僕、スバル、ルテアさん、キースさん、ショウさんをぐるりと見回して一言いう。
「ここが救助隊連盟本部だ。カイとスバルは今からだいぶ上の階にあるキースのラボへ向かう……んだが」
 シャナさんはここまで言ったところで、なぜかげっそりと疲れた表情になってつぶやく。
「監視員は……今回必要だろうか」
「ったりめぇだてめぇ!」
 と、その言葉に食いつかんばかりに反応したのはルテアさんだった。監視員? なんだろうかそれは……。するとルテアさんは前足を突き出してビシィッとキースさんを指さす。
「こいつ一人にカイとスバルを預けたらどんな実験の実験体にされるかわかったもんじゃねぇよ!」
「ふん、単細胞に偉大なる私の実験をそんな風に言われたくないね」
「今のはせめて否定しろ! 実験しないって言えッ!」
 僕もものすごく心配になってきたけどキースさんは何食わぬ顔、というか先ほどよりもさらに涼しい顔をしている。
「いままで私が、診療ついでに患者に実験をして実害を伴ったことがあったかな?」
「前・科・が・あ・ん・だ・ろ・う・がッ! シャナに毒盛っただろッ!」
「……」
 シャナさんの顔が真っ青になった。そうか、だからさっきシャナさんはげっそりとした表情でそんなことを聞いたのか。というか、毒盛ったって……いったいキースさんはシャナさんに何をしたんだ……。
 ぽん、とビクティニのギルド唯一の医療班であるガーディのショウさんが、僕の肩に手を置いてさらりと言う。
「ま、頑張れ」
 いや、頑張れって言われてもいったいなにを……というかどうして僕だけに言うんだ……。
「というか、こんかいはどうしてショウさんも救助隊連盟本部へ?」
 スバルは、今から実験台になる可能性があるというのにまったく平気な顔してショウさんに尋ねる。
「親方に頼んで許可もらえたから付いてきた。キースは性格こそああだけど、技術はすごいしラボの設備も一級品ばかりだから見ておこうと思ってね」
「な、なるほど……」
 そう、僕らがここへ来たのはほかでもない。少し前に夢の中でダークライと接触した僕とスバルのことを心配したローゼさん、彼の提案で僕らの身体検査をキースさんがしてくれることになった。(ルアンもダークライと接触したけど魂が僕の中にあるから彼は診る必要がない)。で、キースさんが言うには、より精密に検査をしたいのならラボの方がいい、ということになって、救助隊連盟本部に来たというわけだ。
 ちなみにシャナさんは僕らの保護者としてついてきたけど、ルテアさんはシャナさんの保護者としてついてきたらしい。……今の僕らの状況が奇妙すぎて、もはやよくわからない。
「あ、いたいた! 兄さーん!」
 と、話し込んでいる僕らのところへ、聞いたことのない声が響いてきた。ざわざわとしている建物の中でも比較的よく響いた女性の声の方に、僕らは全員振り返る。
 すると、僕らの方へ美しい毛並を持ったレントラー(ルテアさんよりも少し小柄だ)と、黄色と水色の逆立った毛、四本足から延びる鋭利な爪が特徴のポケモン――ライボルトがこちらへ歩み寄ってきていた。いや、歩いてきているというより、レントラーの方は嬉々として小走りしてきていると言った方が正しいかもしれない。
 すると、彼らの姿に気付いたルテアさんは何を思ったのかそのレントラーの方向へ同じように嬉々として向かっていくではないか。
「リィイイイティアァアッ! 会いたかったぞぉッ!」
「兄さーん!」
 よくわからないが、リティアと呼ばれたレントラーに向かってそう叫んだルテアさんが彼女へ突っ込まんばかりに走っていく。僕から見たら、二人が感動の再会を今からしようとしているように見えた。徐々に縮まっていく二人の距離。すると。
 スカッ。
 リティアさんは華麗にルテアさんの脇を通り抜けた。アレ。
 ルテアさんも目を点にして僕と全く同じ反応をした。そして、彼女が自分を無視して素通りしたことにものすごいショックを感じたのか、そのまま膝をついてしまう。る、ルテアさん、いったいどうしたんだ……。
「り、リティア……」
 さて、ルテアさんを無視し僕らの輪の元へ駆け寄ったリティアと呼ばれたレントラーさんは、シャナさんの前でやっと足を止め……。
「シャナ兄さん! 久しぶり! こっちに来てたんだねっ!」
「久しぶりだなリティア、少し見ない間にだいぶ美人な嫁さんになったな」
「やだっ、もう! お世辞がお上手なんだからっ!」
「ぐぉッ!?」
 彼の言葉によほど照れたのか、リティアさんはポッと頬を赤らめてシャナさんに背を向け尻尾を振る。その尻尾の先がシャナさんの足にクリーンヒットして彼は悲惨な声を上げた。
「あら、ライトニング先生も戻っていらしたのね」
「やぁ、リティア君。まぁちょこっと用事でね。またすぐあちらに行くけど」
「あ、あの……どちらさまですか?」
 僕はあわただしい彼らの会話の中に無理矢理言葉を突っ込んだ。すると、僕らの存在にやっと気づいたリティアさんが「きゃぁ! かわいい!」と言って僕とスバルに顔を近づけた。
「かわいいお弟子さんたちね! 私はリティア、見ての通りレントラーよ。気軽にリティアって呼んでね! 実は……」
「リティアぁあああ! 兄である俺を無視して先にそっちに挨拶を済ませるとはどういう了見だテメェ!」
 膝をつくほどのショックから立ち直ったらしいルテアさんが、ものすごい形相で土煙を上げんばかりにこちらへ駆け戻ってきた。しかし、リティアさんは涼しい顔で一言。
「これの妹です」
「これってなんだこれって!」
「わ、ルテアの妹さん!? すごーい!」
 スバルが目を輝かせて叫ぶ。い、妹だったのか。どおりでルテアさんと自己紹介の仕方がだいぶ似てると思った。
「えっと、僕は探検隊のカイです」
「同じくスバルです!」
「うんうん、かわいい子たちね! いいなぁ、シャナ兄さんは。こんなかわいいお弟子さんを持って」
 ぼ、僕はまだシャナさんの弟子だと一回も名乗ったことがないのですが……。ああ、どうしてルテアさんの妹さんにまで浸透してしまっているんだ……。
「お、おれの弟子でもあるぞ!」
「え、いつそんなことになってたの?」
 ルテアさんが見栄を張るためにそんなことを口走った。するとスバルがすかさずそれに突っ込む。
「てめっ……“十万ボルト”おしえてやったろ!」
「ああ、そういえばそうだったね」
「忘れんな!」
「うわ後輩に忘れられてるって……だっさ、お兄ちゃん」
「がぁああ! 二人して俺をないがしろにしやがってぇえええッ!」
 すかさずスバルに援護射撃を送るリティアさん。初対面から一分もたっていないのにこの連携っぷりだ、リティアさんとスバルはもしかしたら似た者同士かもしれない。ちょっとルテアさんがかわいそう。
「あ、皆様お久しぶりです」
「ヴォルタ、久しぶり」
 と、こっちはこっちでやたらと腰の低いライボルトさんと穏やかなシャナさんが挨拶をしていた。
「えっと、こちらは?」
「ギルドの後輩だ。あっちでリティアと一緒にルテアをいじめているピカチュウがスバル。その横のガーディが医療班ショウ。そして彼がリオルのカイ。……カイ、彼は救助隊のヴォルタ、リティアの旦那さんだ」
「「こ、こんにちは」」
 僕とヴォルタさんの声がシンクロした。こちらはだいぶ穏やかな方のようだ。なんだかとても安心した。
「ヴォルタは有能な救助隊だ。話を聞いておくといい」
「は、はい。宜しくお願いします」
「そ、そんな僕なんて――」
「ヴォルタあッ! ちょっと来いッ!!」
「は、はいお義兄さんただいまッ!」
 ルテアさんの腹から響く叫びがヴォルタさんの声を見事にかき消した。僕との挨拶が途中だったにもかかわらず、彼はその声にビクリと反応をして雷のごとき素早さでルテアさんの方へと走る。その様子を僕はぽかんと、シャナさんは穏やかに見ていた。
「てめぇリティアに妙なマネしてねぇだろうな、あぁ……!?」
「め、めっそうもない……」
 しばらく二人のやり取りを見ていたシャナさんが、穏やかな表情に気の毒そうな表情を混ぜた顔でぼそりとぼやく。
「……有能だが、すこしかわいそうなヒトでな……」
「は、はい……」
 今の状況で、どれだけかわいそうかは十分に分かった。

ものかき ( 2015/03/17(火) 23:25 )