“イーブル”――真の標的
――“イーブル”本拠地、ボスの部屋。
★
「まったく、彼らは相手にしていると暇しないね」
背後から聞こえた声に、“イーブル”のボス――アブソルは振り返り冷たい視線を送った。声の主は見る前からわかっていた。なんの断りも入れずに音もなく自分の元へ来るのは“イーブル”の中枢のうちでもただ一人だ。彼は静かにその名を呼ぶ。
「……遅かったなダークライ。まさか遊んでいたのではあるまいな」
「私が遊んだところで別に困ることもないじゃないか」
ダークライは陰から実体を現し、わざとらしく肩をすくめて見せた。
「君のためにわざわざ敵の夢の中にまでもぐりこんだんだから、お礼を言ってほしいね」
だがアブソルはそれを見ずに再び背中を向ける。
「目的は果たしたのだろうな」
「予定通りだよ、全てね」
間をおかずに答えたダークライは、いまだに興奮が冷めないのかくぐもった笑いをもらした。
「真の標的を確実に引きずり下ろす準備は完了した。その間にちょっと遊んでやったがね」
「そう言って実は負けそうだったのではないのか?」
アブソルは先ほどのダークライのように間をおかず聞き返す。ついでに普段表情をあらわにしないながら鼻で笑うという行為を添えた。ダークライの機嫌を損ねることを前提に挑発的な行為をしたのだが、今の彼はよほど機嫌がよろしいのか心外だ、と言って笑うだけだった。
「ナイトメアダークが広まれば広まるほど、私の力は強くなっていくんだよ。今や私の持っている力には誰も叶いやしないさ、くくっ」
ダークライは再び陰の中に納まり、背後を向いて視線を合わせないアブソルの眼前に迫る。そして、彼の羽織るマントで隠れていた、首もとのあるものを引っ張る。ジャラ、とアブソルの首からぶら下げているチェーンが音を立てた。そのチェーンには銀に光るプレート――タグが通されている。
彼は不気味に光る眼でそれをグッと引き寄せた。自然とアブソルの顔がダークライの顔へ近づく。
「長年追い続けていた君の目的、長年渇望してきた君の願い……それがもうすぐ叶うよ。喜ばしいことじゃないか」
「本当に、これで……」
「もうすぐだ。標的がこちらの手に入れば、もう願いはかなったも同然さ」
「……そうか」
抑揚のない声でアブソルは返し、タグを持つダークライの手を無言で引き剥がした。タグが再びマントの下に隠れて見えなくなる。
「こう、さ。もうちょっと喜んだらどうなの。相変わらず感情がないね」
誰かが喜び狂う様が、見ていて楽しいというのに、とダークライは思った。いや、喜びの感情だけではない。憎しみに叫ぶ様、絶望に震える様、恐怖におびえる様……そういう歪んだ表情は、どれを見ていてもダークライはとても楽しいのだ。
だがしかし、この目の前のアブソルは今までに、感情という感情を見せたことがなかった。なのでダークライはこのアブソルと一緒にいても正直楽しくない。
――まぁ、普段感情を出さないやつが取り乱す様は、ほかの奴を見ているよりきっと楽しいがね。
ダークライが彼と行動を共にするのは、その一つが大きい理由となっている。
――楽しみだよ。誰も彼も、いろいろとね。
「さて……では、行くとしようかな。次の一手を打ちにね。くくく……あはははは!」
ダークライの笑い声は、“イーブル”の本拠地に大きく反響した――。