へっぽこポケモン探検記




















小説トップ
第八章 悪夢編
第百三十一話 夢の中へ 5
 ――スバルはソオンの声に従うがまま、“十万ボルト”を放った。その電撃はまっすぐにカイを覆う闇へと、矢のように迫っていき……!?





 ――カイの方を先に……二度と覚めない闇の中へと、ね――。
 ダークライの不気味な言葉を聞きとめた瞬間、ルアンは弾かれたように家へとダッシュした。
 だがそれと同時に、いきなり家の中で今まで見たことのない音と閃光が窓からあふれるのを見た。彼は思わず立ち止まる。家の中に感じるのは、カイを救おうとするスバルの強固な意志と、強すぎる電撃の波導。いったいあそこで何が起こっているのか、ルアンは最大限の脚力で家の前にたどり着き、ドアを蝶番ごと引きちぎらんばかりにドアノブを強くひねった。
 と、その時。
「ギィヤアアアアアアア!」
「ッ!?」
 まぶしい閃光と電撃音にまじって、断末魔の叫びが聞こえたような気がした。少なくともそれは、カイとスバルのどちらの声でもない。何が起こっているのか理解できないままに電撃はどんどん収束していって、あとに残ったのは廊下に横たわるカイの姿と、ルアンの前でへたり込んでいるスバルの後ろ姿だった。
 ――今の電撃は、まさかスバルが!?
「……スバル! スバルッ!」
 ルアンは近場にいたスバルから先に声をかけた。廊下にへたり込んだまま微動だにしないスバルの後ろから肩を揺さぶる。彼女の顔を覗いてみると、光の無いうつろな目を開けたまま呆けた顔をしている。
「頼むッ、返事をしろ! スバルッ!」
「……」
「スバルッッ!!」
「! はッ……!?」
 ルアンの強いゆさぶりと叫びで、彼女はやっとビクリと肩を震わせた。気が付いたその一瞬で瞳にも光が戻り、何が起こったのかわからない様子であたりをきょろきょろと見回す。そしてルアンがそばにいることに気付くと……。
「ああ……! ルアンッ……!」
 急速に訪れた安堵からスバルはルアンの首に抱き着く。そしてすぐに先ほどの状況を思い出すと、すぐにカイの元へ走り寄った。
「カイ……! カイ! 大丈夫!?」
 今度はスバルが倒れているカイの肩を揺さぶる番だった。だが、彼は穏やかな表情で気を失っていて目覚める様子がなかった。ルアンはそんなカイの様子を見ると必死に彼を起こそうとするスバルをやんわりと引き留める。
「彼は無事だ。一緒に連れて帰ろう」

「――帰る……くくっ、いったいどこへだい?」

「「!!」」
 いきなり第三者の声がかかり、二人は弾かれたように振り返った。彼らの目の前にいたのは、先ほどルアンが“千草の舞”で拘束したはずの、ダークライだった。
 彼はいつものように宙にたたずんで不気味に瞳を光らせている。スバルは警戒心をあらわにしながらカイを守るように抱いて、ルアンも同じく警戒を解かないまま柄にもなく歯ぎしりをした。
 スバルはひそかに、強く念じる。
 ――トニア、アリシアさん……カイを救ったよ! 三日月の羽根を使って!
「貴様……拘束したはず……!」
「あれで私を捕えたつもりかな? ナイトメアダークで魂が集まりつつある私の力を舐めてもらっては困るなぁ、くくっ」
 そしてダークライはスバルへと視線を移す。
「そしてスバル……なかなか面白い能力を持っているね。あの闇を退かせたのには驚きだよ。まぁ……」
 スバルが肩で息をする様子を、ダークライは目を細めながら見ていた。
「さすがにお疲れな様子だけど。くはは! いやしかし見上げた根性だね! さすがボスが――」
 そこまで言いかけて、ダークライはわざとらしく「おっと」とつぶやきそれ以上の言葉を紡ぐのをやめた。もちろんそれを黙っているルアンではない。
「貴様らはいったい、何をたくらんでいる?」
「さあね」
 ダークライはおもちゃをで遊びつくして満足した様子の表情になり、手に黒い塊を作り始めた。“悪の波動”の発射準備だ。
「一人は疲労困憊、一人は子守をしながらの戦闘を余儀なくされている。今の君たちならすぐに消せそうだよ……」
 ダークライが三人へ“悪の波動”を発射しようとした。
 その瞬間。

 ゴゴゴゴゴ……。
 強い地鳴りが家を強く揺らした。天井から埃や木の屑がぱらぱらと落ちてくる。ダークライは技をすぐさま中断した。そしていち早く状況の変化の原因を当てる。
「チッ……あの死に損ないの仕業か……」
「夢が、覚める……」
 ルアンも同じように天井を見やりながら状況を理解する。その言葉にスバルもピンときた。きっと現実世界にいあるアリシアが、三日月の羽根を使ってくれたのだ、と。
「残念だが、楽しい遊びはここでおあずけだ」
 ダークライはこの状況で、心底楽しそうな弾んだ声をしていた。そして陰となって床に沈んでいく。
「ルアン、スバル……次はどう楽しませてくれるのかな?」
「! 逃げ……!」
 スバルが引き留めようとしたときには、すでに陰の姿は無くなっていた。夢の中に、スバルとカイ、ルアンだけがぽつりと取り残されていた。





 辺りの地鳴りは秒数を追うごとに激しくなっていく。そんなカイの夢の中、そこから去って行ったダークライと入れ替わる形で、今度はスバルの頭上から声が降ってきた。
『スバル! ぶじ!?』
 スバルはその声の主の正体に気付き先ほどよりも顔に生気を取り戻した。決して物理的に上から声が降ってきたわけではないが天井を見上げてその名を呼ぶ。
「トニア!」
『ゆめのせかい、とじていく! はやく、だっしゅつして!』
「ど、どこに向かえばいいの!?」
『もうせかい、なくなっちゃうよ! とにかく、あかるいほう! ひかりのあるほう!』
「――どうやら、私たちもぐずぐずしている場合ではないな」
 ルアンにもトニアの声が聞こえていたようだ。彼の言うことにスバルは慌ててうなずく。家はすでに地震でぐらぐらと揺れ始めていて、倒壊するのも時間の問題であった。
 ルアンは立ち上がる。
「スバル、立てるか」
 そういいながらルアンが伸ばしてきた手をつかみ足に力を入れようとするスバルだが、完全に気が抜けてしまって下半身に力が入らなかった。「ど、どうしよう」と彼女はルアンの顔を見る。
「こ、腰が抜けちゃったみたい……!」
「問題ない」
「うわぁっ!?」
 ルアンはスバルがそう答えるのを予知していたかのように即答し、すぐに気の失っているカイ、そしてスバルを片手ずつ脇に抱え上げる。もちろんスバルにとってはいきなりのことだ。彼女はいきなり視界が浮き上がって妙な叫び声を上げてしまう。
「揺れるが我慢しろ!」
 ルアンはそう言うや否や、家の扉を乱暴に蹴破って外へと飛び出した。


 すると、どうだろう。扉の外はすでに“雲霞の里”ではなく、スバルがはじめに夢の世界へ来た時と同じシャボン玉のような色の空間が広がっているだけであった。そして――。
 ズザァアア……。
 ノイズのような、はたまた先ほどのような地鳴りとも判別がつかない音を立てながら、後ろから徐々に漆黒の闇が迫ってきている!
「ルアンっ、う、うしろッ……!」
「わかっている!」
 二人はどちらも、あの漆黒に飲み込まれたらお陀仏だと本能で感じ取った。夢の世界が閉じようとしている。カイが夢が終わろうとしている証拠だ。あの黒い部分は、すでに夢の世界が消滅して“無”に還った部分である。
 ルアンはもう何度目かわからない“神速”を使うために両足に力を込めた。今度は子供二人を抱えての大脱出である。彼は短く息を吐き、爆発的なスタートを切る。
 夢が無に変わる速度は尋常でなかった。彼が技を使い全力で走っているのにもかかわらず闇はどんどんその距離を縮めていく。
「ルアンッ! 頑張って!」
「ッ、二人ともッ、重いッ!」
「言わないでーッ!」
 女性の端くれとしてスバルは彼の発言を全面否定したかったが、今は実際自分が重荷となっているから目をつぶって精いっぱいにそう叫んだ。
「出口だッ!」
「!」
 スバルはルアンの救いの言葉に、目を開けて前を見る。もうすでに彼が走る地面以外も周囲が闇に覆われている中、まるで洞窟の出口のようにひときわ明るい光がぽっかりと穴を開けて待っている。だが。
「で、出口が小さくなっていく……!」
 カウントダウンの終了が迫っている。出口まであと数十歩。ルアンは最大限の集中力で出口へ向かうことだけを念じ続けた。“神速”の効力が切れえる前に。
 ――必ず、間に合わせてみせる!
 あと十歩。
 足が離れた瞬間に消滅する足場。
 ルアンの背ほどまで小さくなる出口。
 そして、彼は最後の一歩を大きく踏み込み――。
 ――光の中へ飛び込んだ。
「やっ、た……!?」

 ――チクリ。

「ッ!?」
 背筋に何かの違和感を覚えた。
 だがその瞬間、スバルの視界が真っ白になる。光に染められた箇所から感覚がなくなっていき――。





「わぁあああああああッ!?」
 スバルは飛び起きた。体毛が汗でぐっしょりと重くなっていた。彼女は荒い息をしながら視界一面に広がった世界を何度も探り見る。と、状況を理解するその前に……。
「うわぁあああああ! スバルーーッ!」
「きゃぁあああ!」
 ピンク色の物体が彼女に突進してきた。涙にぬれたその瞳を強くスバルに押し付けてきたのは、花柄模様の体が特徴のムンナ ――トニアだった。
「もっどてきたぁあああ! スバルぶじでよかったよぅッ!」
「と、トニア……!」
 ――彼がいる!? ということはここは……!
「スバルさん! 戻ってこれたのですね!?」
「アリシアさんっ……!」
 次に彼女の視界に現れたのはクレセリアのアリシアであった。いや、彼女はずっと同じ場所にいたのだが、トニアがいきなり飛び込んできて彼女の存在がわからなかったのだ。
 ――ここは、ギルド……! 私たちの部屋……。
 そして、ふと横を見る。自分のすぐ隣に横たわっているリオル――カイは、静かで穏やかな寝息を立てていた。
「私たち……もどって、これたんだ……!」
 スバルはその事実が胸に染みわたって初めて、思わず感極まってしまいぐっと涙ぐんだ。
 トニアやアリシアがその後しきりに何かを自分に向けて語りかけてきたが、正直そのほとんどが耳に入らなかった。だが、そのすぐ後に現れた流浪探偵・ローゼの、たった一つ発した言葉だけは、なぜか彼女の耳に鮮明に聞こえてきた。
「スバルさん――」
 その一言を言うローゼの顔はとても穏やかだった。

「――お帰りなさい」

ものかき ( 2014/12/15(月) 21:38 )