へっぽこポケモン探検記




















小説トップ
第八章 悪夢編
第百二十三話 残された者
 ――カイの唯一の家族は……リンは、死んだ。もうどれだけ願っても、二度と戻って来ることはない。





 暗い闇の中にいた。重く重い闇の中、そこで彼はうずくまっていた。小さく体を縮こまらせて、悲しみで震える体を必死に隠しているように見えた。
 これは、夢の中か。カイと私の夢が繋がっているのか。
 私は、背を向けてうずくまっているカイの肩へ静かに手を置いた。夢の中なら、実体がなくてもカイに触れることができる。
 だが彼は振り返らなかった。ただ静かに、泣いているだけだった。
「……カイ」
「……」
「私はなにもできなかった。側にいながら……」
 カイは顔をあげない。それでも、私は言っておかなければならない言葉がある。
「……すまない」
 あのときは色々な要因が重なり不可抗力でカイを助けることができなかったとは言え、目の前で見ていながら“守る”を数発打つ以外に、私はなにもできなかった。
 見ていて何もできないなど……こんなことは初めてだ。
 彼は私の言葉を受けて、少しだけ顔をあげた。だが振り返らずに、小さく言葉を紡ぐだけだった。

「……今さらどんなことをしても……もうリンは戻ってこないよ……」





「あ……」
 不意に目が覚めてしまった。なんだか、夢の中で誰かにひどいことを言ってしまったような気がする。自然と目から涙がこぼれ落ちてしまって、リンの死が、紛れもない現実の出来事だということを思い出した。
 ああ、僕の身に起こったことが、全部夢だったらよかったのに。
 と、視界にスバルが現れた。彼女も僕みたいに――いや、僕以上に目の縁にたまった涙をボロボロと落としていた。
「カイッ……!」
「ここは……僕、どうなったんだっけ……」
「ギルドだよ……。君があのあと気を失っちゃって。それで、レイさんの予知夢で居場所を知ったギルドの探検隊が迎えに来て、それで……」
「リン、は……?」
「……」
 僕が彼女の名前を口にすると、ただでさえ涙をこぼしていたスバルは、さらに目の縁にそれをためた。
「本当は、岬のどこかに埋めようとしたのっ……! だけどっ……だけど、カイ自身、まだどうしたいのかわからなかったから……!」
「ギルドに、いるんだね?」
 スバルは喉がつまってこれ以上しゃべることができないみたいだった。ただただ、肯定の言葉の代わりに首を必死に縦に振る。
「そ、う……」
 やっぱり、夢じゃないのか……。なんなんだろう、彼女のいないこの世界に生きている、ということ自体なんだか夢物語のようだった。なんだか気持ちがフワフワして、これが現実だなんてどうしても信じられなかった。
 スバルは目元を手で拭う。そして、努めて穏やかな表情を作って僕を見た。
「カイ、もう少し寝た方がいいよ。君の傷、実は思ったより深いの」
「……」
 死ぬって、こういうことなのか。
 僕は、いつか器を壊したら、リンと同じ場所へ行くのか……。
 そして、残された者は、今の僕と同じ気持ちを味わうことになるのか。
 そしてスバルは、会ったこともなかったリンでさえこんなに涙を流してくれているのに、僕がいなくなったら。
 僕は……僕は……。
 いつの間にか、目の前の景色がぼんやりとぼやけて、僕はもう一度、泥のような眠りについた。






 ――ビクティニのギルド・副親方の部屋。
 部屋には、そこの主である副親方兼連盟トップであるラゴンが席に座っている。彼の形相は持ち前の面構えも相まって、今は背後に鬼神でも見えるようであった。
 そして向かいには、流浪探偵ことフローゼルのローゼが自然体で立っている。ラゴンの怒りのオーラをももろともしない余裕綽々な態度を見せていた。
「連盟の参謀客とあろう貴様が、いったいどれだけ愚かなことをしたのかわかっているのかッ!?」
 バンッ、とラゴンは机に両手を叩きつける。
「勝手にカイとスバルを外に逃がしおって! 二人だけになってしまっては、“イーブル”に襲われたとき身を守れないだろうが! 今回は、レイの予知夢があったから最悪の事態は免れたものの……!」
「罰があるのならば、甘んじて受けましょう。はい」
 至極真剣な眼差しで言葉を発したローゼだったが、その態度が逆に自分を小バカにしたように思えてしまって、ラゴンはカッと頭に血が昇るのを感じた。
「貴様……ッ!」
「連盟の決定に反したのはわたくしに非があります。しかし、わたくしは自分のしたことが間違っているとは思っていませんねぇ、ええ、これっぽっちも」
「……一度、強く殴られたいようだな」
 もはやラゴンの怒りは沸点を振り切り、逆に一回りして冷静さを取り戻していた。この探偵には何を言っても通じない。そんな相手に怒る方が馬鹿なのだ、と自分に言い聞かせる。
「いいか、カイとスバル――特に、カイのなかにいるもう一人の魂は――“イーブル”壊滅の要であるかもしれないんだ。しかしお前は敵に、二人を消すチャンスを与えたんだぞ。それをわかっているのか?」
「……“もう一人のカイ”君が、敵か味方か素性がわからないと言って半ば軟禁に近いことをしたのは他ならぬ連盟なのですよ」
 ローゼは、ラゴンの言葉へ食い気味に切り返した。
「この際はっきりと言いますが、わたくしたちは“イーブル”の策略にまんまとはまっています。なぜわざわざ“イーブル”はボスまて総動員してまでトレジャータウンを襲ったのです? なぜボスはわざわざ“カイ”君と会話をしたのです? 拡散されたスピーカーは果たして偶然ですか?」
 一息で一気に、早口でそう捲し立て、ローゼは一呼吸つく。そして今度は、さきほどよりいくぶんかゆったりとした口調になる。
「わざわざそんなことをしたのは、“イーブル”にとって“もう一人のカイ”君が脅威だからです。そして、それを宿すカイ君も……。だから敵は、彼らを精神的に追い詰めているのです。それなのにあなた方ときたら、彼が敵か味方かだの……馬鹿馬鹿しい」
「ふん、お前は連盟がカイを精神的に追い詰めたと言いたいんだろうがな。えぇ? お前が逃がしたせいでカイは、肉親の死を目の前で見ることになったんだぞ」
「確かにわたくしがしたことはリスクが高すぎます。しかし彼らを逃がしていなければ、“もう一人のカイ”君は自分の正体を明かさなかったかもしれませんよ? それに――」
 ローゼの表情が一瞬陰る。
「――“イーブル”は、カイ君の母親を目の前で死なせることすらも、作戦のうちだったのでしょうね……」
 ――そう……相手方にも相当な策士がいる。そして、カイ君の育ての親であるリンさんの死期は、“ナイトメアダーク”を持つダークライであれば、自由に操作できます……!
 ローゼは柄にもなく歯軋りした。やはり、英雄祭の時にダークライを倒せていれば、と。
「“イーブル”は私たちの結束を瓦解させようとしています。今必要なのは疑うことではなく、お互いを信じることです。カイ君に必要なのもまた、信頼できる仲間です。なのに、連盟はまんまと罠にはまり、カイ君たちを疑った。それがどれだけ、彼らの負担になっているかわかりますか?」
「……どの口がほざく。貴様もだれも信用していないだろうが」
「……」
 しばらくお互いに睨み合った。ラゴンは相手の言っていることが合っていることをわかっていても、そしてローゼは、睨み合うことは生産的では無いとわかっていても、お互いにいがみ合うことをやめなかった。
 と、その時。
 バァンッ、と冗談のように部屋のドアが乱暴に開かれた。そして、中からずかずかとピンク色のポケモンが入ってくる。
「お主じゃな!? わしのかわいいカイをいじめとる“連盟”とやらの頭はッ!!」
「あ、あのヤドキングさん押さえてください……!」
 そのポケモン――ヤドキングの背後からなんとも気まずい表情をしたシャナが、彼を止めようと出した両手が空をさまよっている。
 二人はいきなりの出来事に目が点になった。断りもなしにいきなり入ってきた事への驚きより、なんと言うか、一人で騒ぐ老いたヤドキングを止めるマスターランクの探検家という構図がなんとも言いがたかった。
 ヤドキング――ヤド仙人はたしか里へ派遣した探検隊がギルドへ連れてきて、シャナが詳しい話を聞いているはずだった。なのに、これはどういう事だろうか。
「シャナ……」
 ラゴンは、片手を額に当ててため息混じりにシャナへ声をかけると、すぐに「すいませんッ!」と返ってきた。
 だがヤド仙人はそんなこともお構いなしにラゴンの座るデスクへずいずいと歩み寄る。
「お主、カイとルアンをこれ以上追い詰めてみるんじゃな、わしが黙っとらんぞ! 聞けば、敵か味方かわからんとほざきおってカイをここから外へ出さんかったそうじゃな! カイにとっては、ここが生まれた場所以外のはじめての居場所で、ここにおる者が初めての仲間なのじゃ! その者たちから疑われることが、どれだけ辛いことか……!」
「ご老人、我らには我らの事情があってですね……」
「お主らの事情などわしが知るか!」
「……」
 ラゴンの控えめな意見を、ヤド仙人は瞬時に一刀両断した。これにはラゴンも頭の血管が数ヶ所ブチりと音をたてる。対するローゼはほう、とほくそ笑み、シャナに至っては元来赤い顔が真っ青だ。
 ――やばい、これはさすがにヤバイ……!
 そしてラゴンは……。

「お前ら全員――出てけーーーーーッ!」

 ギルド中に響くような怒声が、三人の鼓膜を震わせた……。





「や、ヤドキングさん……」
 副親方室を“竜のいぶき”で追いたてられ、シャナは勘弁してくれという風にヤド仙人へ声をかけた。
 ルアンの疑いを晴らすため、という目的のもと話を聞く事から二人の会話が始まったはずなのだが、「なぜカイとルアンが疑われている?」という事になり、まさか副親方室に乗り込むとは、一体だれが想像したのだろうか。
 だが本人は、フンと鼻を鳴らして腕を組む始末である。
「わしはひどく不愉快じゃ。カイとリンのことがなければすぐにでも出ていったものを……」
「ラゴンさん――あのサザンドラもサザンドラで、色々大変なんですよ……」
「そんなことはどうでもよい。それよりお主……」
 ヤド仙人はふと立ち止まり、シャナを仰ぎ見る。
「グレンの弟子じゃな?」
「え……!?」
 シャナの師匠――五年前にこの世を去ったグレン老師のことが初対面であるヤドキングの口から出て、シャナは目を白黒させた。
「ど、どうして俺が弟子だと……! いや、それよりグレン老師をご存じなんですか?」
「お主の身のこなしが若い頃のあやつに似ておる。グレンとは古い仲での。若い頃は一緒に修行しておった」
 腕を組んだままヤドキングは昔を懐かしむようにうんうんとシェルダーの頭を縦に振る。シャナは、この老人の話題転換の気まぐれにはただただ戸惑うばかりだった。そして、彼の話し相手を長年勤めてきたカイはすごいなぁと、ぼんやりと考える。
「それぞれ別の道を歩み離れてからも、わしはちょくちょく手紙を出しておったというのに、あやつときたら返事も寄越さず……」
「……あ」
 シャナは思い出した。確かアチャモだった頃、グレン老師がヤドキングらしきポケモンからの手紙を開けるところを見たことがあるのだ。
 ――だけどあのとき師匠は、手紙の送り主を「自分勝手で気難しいやつ」とか言って手紙を破り捨てていたような……。
「まぁ、それは置いておいて、お主がグレンの弟子じゃからわしも言うが……」
 ヤド仙人が、神妙な顔つきになったのでシャナはふと我に返る。
「カイの事を……よろしく頼むの……」
「……」
 心からカイを大切に思っているヤド仙人の言葉が、元からのシャナの気持ちを、さらに確固たるものにした。
「……そのつもりです。俺はカイたちを信じています」


ものかき ( 2014/10/03(金) 23:38 )