へっぽこポケモン探検記




















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第八章 悪夢編
第百二十一話 目を覚ませ
――目の前に現れた“イーブル”の刺客と思われるカイリュー。しかし、どこか様子がおかしいそいつに攻撃しようとしたら、そいつは僕の名前を口にして……?





 ――グォ……ォオオオオオオ……。
 カイリューは叫ぶ。どこか抗いのような、痛みに耐えるような。
 あれは、リンだ。間違いない。
 でも、どうして進化を? どうしてナイトメアダークに? もしかして、僕がヤド仙人の“テレポート”で里を発った後、リンの身にひどいことが起こったんじゃ……! “イーブル”に、何かされたんじゃないか……!?
「こっちに来る! やっぱりカイを狙ってるんだわ!」
「させんぞ! スバル、こうなったら二人でこやつを倒すのじゃ!」
「はい!」
「だ……めだッ……!!」
 スバルが僕の前に立ってほっぺたに電気を溜める。ヤド仙人も再び両手を前につき出す。
 リンを……攻撃してしまう!

「攻撃するなぁああああああッ!!」

 ビクゥッ!!
 ありったけの声で僕は叫んだ! 二人は同時に肩をビクつかせて目を大きく見開き、僕の方を振り返る。
「はぁッ……ぐっ……だめだ……! 攻撃しちゃ……!」
「カイ動いちゃダメ! 傷が……!」
「二人とも、前だ!」
 放り出されて仰向けに倒れたままのルアンが叫ぶ。はっとして二人が前を向くとカイリューがめちゃくちゃに爪を振り回してこちらに迫っていた。スバルがルアンをかかえ、ヤド仙人は僕を担いでさらに後ずさった。
「カイ! どうしてさっきから攻撃を止めるの!」
 彼女はものすごい剣幕で怒鳴る。だけど、ここだけは譲れない!
「あれは……! あのカイリューは……リンなんだ……!!」
「……リン……じゃと?」
「えっ!? ……まさか! どうしてわかるの!?」
「僕の名前を……呼んだんだッ!」
 スバルとヤド仙人の動きが止まる。
「リンは、“イーブル”に連れ去られて進化をさせられ、ナイトメアダークをかけられたのか……?」
 僕らの沈黙を代弁するかのように、ルアンが震える声で言う。
 ヤド仙人も拳を強く握りしめて眉間にシワをよせた。
「なんと……むごいことを……」
 ナイトメアダーク。とりついた相手を無気力にさせ、その魂を奪う黒いオーラ。
 そうだ、リンは苦しんでいる、無理に戦わされている! “イーブル”に操られて利用されているだけなんだ! だから……だから!
 立ち上がらなきゃ……! 僕はヤド仙人の背から降りて無理にでも立ち上がる。傷口はどうやら肩らへんに開いてしまったようだが(“英雄祭”の時の傷も完治した訳じゃない)、僕が……僕がリンを、止めなくちゃ……!
「みんな、お願い……手を出さないで。僕がリンを、止める……!」
「……いったいどうやって止めるというんじゃ?」
「僕の名を呼んだということは、まだリンの意識は残ってる! 僕が呼び掛ければあるいは……」
「だめよ! 危険すぎる! NDにかかったら、もう元には戻れないはずだよ!」
「シャナさんは大丈夫だったじゃないか!」
「でもあれは初期段階で……!」
「わしも反対じゃぞ! あの禍々しいオーラ……もう手遅れじゃ、もはやリンに自我は取り戻せん! それをわかっていてみすみすお主を危険な目にあわせるわけには――」
「リンはッ!! 僕の家族だッ!!」
 僕の叫びに、全員が沈黙した。
 そうだ……! リンは僕の家族、唯一の家族なんだ……! NDが一度かかったらほぼ脱却が不可能なのもわかってる。それを止めることが危険なのもわかってる。あるいは、これが“イーブル”の作戦なのかもしれないことも、全部わかってる。
 でも、理屈じゃない。
 目の前で家族が苦しんでいるのに、それをただ黙って見ているだけなんて、僕にはできない!
「僕は、リンを……助けたいッ!」
 僕は一歩を踏み出した。ヤド仙人の肩から手を離し、スバルとルアンの脇を通りすぎる。誰も何も言わなかった。そして、誰も僕を止めなかった。
 いま僕の瞳には、苦しそうに爪で虚空を裂くカイリューしか映らない。
 僕が……僕が、リンを目を覚まさせる。





 僕は前に一歩踏み出し、リンと対峙する。彼女は僕の姿を認めると、ゆらりとこちらに迫ってきた。
 “アクアテール”か“ドラゴンクロー”か、はたまた別の技か。だけど僕は恐れない。恐れてはならない。なんの構えも取らない。自然体で立つ。
 怖がるな、怖がるな、怖がるな。
「リンッ! 聞こえる!? 僕だッ、カイだ!」
「ォオオオオオオ……!」
 来る!
 リンが右手を振り上げた。その手に纏われているのは、バチバチと暴力的に迸る電気。あれは――“雷パンチ”!?
「リンッ! 目を覚ませぇッ!」
 僕の叫びは届かなかった。彼女は拳を僕の真上から降り下ろす! よけられない、いや――。
 ――避けたくない!
 無理矢理戦わされているのに、リンは悪くないのに、攻撃なんか出来るわけがない! ここでもし反撃してしまったら……リンは、二度と戻らない気がするんだッ!
「くッ……!」
 避けちゃいけない!

「――“守る”ッ!」

 ドカァン、見えない壁とリンの拳が衝突して激しく散る電気の火花が目を眩ませる。火花はもはや電気の弾ける音というよりは雷鳴に近い音となっていた。
 “守る”の技はいったい誰が!? 後ろを振り返ってみると、「カイッ!」と叫んだのはルアンだった。
「はぁ、はぁ……! 今のこの体では“守る”しか出せない! それに、使えてもあと二回が限度だッ!」
「ルアン……!」
「攻撃せずにリンを救うのは危険だ! だがそれが君の信念なら、従う!」
「……!」
「だからッ、その信念を貫き通せ! 必ず助けろッ!」
 ルアンは今まで、僕の体を使って技を出していた。ぬいぐるみに宿った今は、本当なら技を出すのも苦しいはずで、息も絶え絶えなのに……。
 ごめん、ありがとうルアン! もう少しだけ僕のわがままに付き合って!
 僕は再びリンに向き直った。
 リン、君は僕が必ず救う!
「リンッ、僕の声に気づいて!」

 “ドラゴンクロー”が迫る。僕は避けずにそのまま踏み込んで、リンの懐へ入る。爪が腕をかすった。鋭い痛みと生暖かいなにかを感じる。
 ――リンは毎日、僕が遊んで戻ってきたら家にいて、僕にご飯を作ってくれて……。
「リン!」
 今までに使った技は三つ。どれも強力な技だが、それらを使い回して攻撃してきているところを見ると、それ以外に技はないはず! 見切れ! 退くな! 彼女の目を見て呼び掛け続けるんだ!
 ――僕が熱を出したら夜通し看病してくれて、無茶をして怪我をしたら僕のために叱ってくれて……。
「リン! リンーーッ! 僕の目を見てッ!!」
 横なぶりの“アクアテール”をみぞおちに食らった。激痛にもう叫ぶことができなくて……草を踏みしめる音だけが、まだリンが僕を攻撃しようとしているんだとわかった。
「グッ……が……!」
 手足が動かない。呼吸をする度に肺が痛む。 
「リ、リン……ッ……! 君は、NDなんかに……ッ、やられるわけが、ない……!!」
 ――リンは、強い。心が強い。今だから言える。実の子供じゃない僕を大切に育ててくれて、“イーブル”に襲撃されたときも身を呈して守ってくれて……!
 “雷パンチ”が仰向けに倒れてる僕の頭上に降り下ろされた。動け……! 動け……! 今寝るわけには、いかない……!
「カイッ、カイーーーッ!!!」
「“守る”ッ!」
 ……ぼんやり霧がかった視界に、真上から降り下ろされた拳は見えないなにかに遮られた。ああ……ルアン……君が助けてくれたのか……。
 ――リン……僕は、そんなリンのことが、大切で、大切でしかたがないと感じたんだ。大好きなんだ……。離れて、初めて。君がかけがえのない家族だと気づいたんだ。
 リンの額から伸びる二本の触角の間に、光の球体がどんどん肥大化していく。今までになかった技だ……あれを、僕は食らうのかな……。
「まずいッ! あのカイリュー、まだあんな技を残していたのかッ!」
 ルアンが叫ぶ声が聞こえる。ダメだ……もう意識が保てそうにないな……! 信念を、貫くとか言っておいて……情けないなぁ……。
「どうするの!? ルアン!?」
「カイに攻撃するなと言われたが、やられては元も子もないわいッ!」
「私をカイの元へ……! スバル、走れぇッ!」
 技のエネルギーがどんどん肥大していく。スバルがルアンを連れて走ってくるけど、間に合いそうにないや……。
「間に合えぇええええええッ!」
 ルアンが柄にもない叫び声を上げるけど、もう遅い……。
「リ……ン……」
 ――ごめんね。

「――“はか、い……こう……せん”」





「間に合えぇええええええッ!」
 カイリューの“破壊光線”がほぼゼロ距離のカイに放たれた。だが、あとほんの少し、カイの元へはたどり着けない。スバルも、自分の足ではどうあっても間に合わないことがわかった。
 ――いや、まだだよ!
 スバルはルアンを両手でがっしりと持った。そして、腕を後ろに回し、腰を思いっきりひねる。
「スバル、まさかッ、まさか――」
「行ッけぇええッ! ルアーーーーーンッ!!」
 ブンッ!
 ぬいぐるみが高速で宙を舞った! カイに向けてスバルにフルスイングされたルアンは、体の感覚がないものの視界がぐるぐると回って何が起こったのか一瞬理解できなかった。だが、本来の目的を忘れてはいない。彼は倒れているカイと“破壊光線”の間に投げ込まれた瞬間に叫ぶ!
「“守る”ッ!!」
 最後の“守る”だった。彼らの周りに囲われたバリアが極太の光線に当たってガガガ、と音をたてる。だが“破壊光線”通常のそれと威力がまるで違った。本来なら絶対防御の“守る”がヒビが入る。
 ――やはりカイの体でないと技の力が……!
「持って、くれ……! 盾よッ!」
 バキィイン!
 ルアンの必死の抵抗もむなしく、盾は粉々に崩れ去った。無防備となったカイとルアンに、威力が落ちたがダメージには十分の光線が迫る。ルアンは、この時代に目覚めて初めて、目の前の光景に絶望を見た。
 ――やられ……!!
「わぁああああッ!」
 と、その時、ルアンの体がぎゅっと抱き抱えられた。視界が黄色に染まる。そして、カイの元にヤド仙人が覆い被さった。
「スバル!? 神官!」
 ――だめだ、君たちまで巻き添えに……!
 光線は、四人全員を巻き込んで炸裂した。


ものかき ( 2014/09/23(火) 12:04 )