へっぽこポケモン探検記




















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第八章 悪夢編
第百二十話 刺客
 ――こんな運命、ひどいよ。カイは小さな心の悲鳴を上げた。一方いきなり宣告された彼の境遇を知るよしもないスバルは、ただ海を見つめて、英雄の逃れられない運命に涙しながら、彼らを待っていた。





 カイとヤド仙人を残して岬に座ってから、いったいどれだけの時間がたったのだろう。実際のところあまり長い時間ではなかったはずだが、この岬から見える風景がスバルの体感時間を狂わせていた。
「スバル」
 不意に、みがわりぬいぐるみとなってスバルに抱かれているルアンが、警戒心を呼び起こすような鋭い声で彼女の名を呼ぶ。
「ルアン、どうかしたの?」
「……水平線側から、何か来る」
「え?」
 そう言われてスバルは、空の色と同化して境目すら塗りつぶされそうな水平線に目を凝らした。自分の耳には自信があるが、今のところなにも聞こえない。だが、ルアンが言うからには必ずなにかがあると思った。
「……あ」
 視界の先に、何か黒い点のようなものが見えてきた。
 ――なんだろう、あれは。鳥ポケモン……? いや……。それにしては、やけに早く近づいてくるような……。
「スバル!」
「え、は、はい!」
 ルアンの叫びが、集中しきっていたスバルを我に返らせた。彼女にはなぜルアンがそこまで切羽詰まっているのか全くわからない。
「あれはまずい。すぐに二人の元へ戻れ!」
 ルアンは、どんどん近くなっていくその飛翔体の波導を肌で感じ取っていた。どす黒く、全身を纏う負のオーラが、ビリビリとこちらにまで伝わってくる。
 だが、近づいてきているのは波導だけではない。ルアンが叫んだあとも目を凝らし続けていたスバルは、こちらへ向かってくる飛翔体の速度が尋常ではないことをやっと思い知った。すでに肉眼でもその姿をぼんやりととらえることができる。オレンジの体と翼だ。
「あれは……!」
「スバルッ! 何をしている、走るんだッ!」
「っ!」
 やっとスバルは、弾かれたように走り出した。体を捻ってUターン、来た場所を全速力で駈け戻る。翼が風を切る音がすでに聞こえてくる。だんだんと、大きく。ぬいぐるみを抱きながら、息も切れ切れに走り続けるスバルだが……!
 ビュンッ!
「きゃああああああああッ!」
 オレンジの巨体がスバルたちの真横すれすれを通りすぎた。体重の軽いピカチュウとみがわりぬいぐるみは、その際の爆風とも言える風圧に耐えられずに、ものすごい距離を飛ばされる! 目をつぶって腹から叫んだスバルは、思わずぬいぐるみから手を離はなしてしまい、草の生い茂る地面に叩きつけられた。ルアンは大分離れたところに投げ出される。
「スバル! スバルッ、大丈夫か!?」
 ――神官! この体では何もできないではないか!
 ルアンはヤド仙人の計らいでみがわりぬいぐるみに固定されたゆえに何もできない自分を呪いながら、スバルの名を呼び続ける。
 スバルは名前を呼ばれつつも、激しく体を打ち付けれてしばらく動けずにいた。だが、目を開けると自分のすぐ近くに、先程の飛翔体が地面に着陸してこちら側を見ているのがわかった。
 そして息を飲む。
 橙色の体に、クリーム色の腹、翼の裏は青緑。二メートルは確実にあろうという圧倒的たたずまいと強靭な足に尻尾、二つの伸びた触覚……。ドラゴンタイプの中でも圧倒的存在感を誇るポケモン――。
 虚ろな目をしたカイリューが、こちらを見下ろしていた。





 僕は、死なない。
 そうスバルに約束したはずだった。たとえ君の能力があろうとも、僕は死なずに君のそばに居続けると誓ったはずだった。それなのに。
 僕は、死ぬ。
「僕は……これからスバルにどんな顔をすれば……!」
「まだ時間は残されておる。スバルや他の者に言うか言わないかは……お主が決めるんじゃ」
 僕に死を宣告した張本人であるヤド仙人は、僕のことを心底気の毒そうに、哀れむように見ていた。彼も、僕にこの事を言うのをあるいはつらいのだろうか。
 僕は、近いうちにスバルに……お別れを言っておくべきなんだろうか……。
 まだ、目の前に直面した事実に現実味がわかない。ただ、とても怖くて嫌だな、と強く感じているだけ。
「……ヤド仙人、僕……」
 ――きゃああああああああ!
「!」
 今のは、スバルの声!?
 ヤド仙人にも今の声が聞こえたようだ。頭上をキョロキョロと見回して険しい表情をする。
 スバルとルアンに、何かあったんだ!
 行かなきゃ……!
「こ、こらカイッ! 待たんか丸腰で……!」



 早く、早く二人の元へ! 僕は岬に向かって坂をのぼっていった。なにかとんでもなく悪いことが起こっているのだけはわかる!
 息を切らして、登る。少しずつ見えてきた岬の切っ先、そこになにか橙色の巨大な物体がたたずんでいる。
「スバルッ! ルアンッ!」
 名を叫ぶ、姿を探す。だが、否応なしにでもその物体が僕の目に飛び込んでくる。……いや、物体じゃはない。あれは……
 カイリュー!?
 ドラゴンポケモンの代名詞と言っても過言ではない珍しいポケモンがなぜここに!? この辺りにはいないはずなのに……!
 いや、だけど……カイリュー特有の威厳とかそういうことよりも、別のなにかが僕の背筋を凍らせる。
 全身から放たれる真っ黒な殺気、光を失った虚ろな目、時々言葉ですらもない呻き声を口から吐き出している。
 なんなんだ……? なんなんだこのカイリューは!?
「カイッ!」
 ! スバルの声がした。あのまがまがしい気を放つカイリューの後ろ側からだった。
「スバルッ! 無事なんだね!」
「なんとか……! 風圧に飛ばされただけ!」
「ルアンは!?」
「……ここだ!」
 ルアンの方はぬいぐるみの材質のせいか、かなりの距離を飛ばされてしまったらしく、カイリューからあらぬ方向の茂みの中から声がした。
 相手は動かない。警戒しているのか、それとも意識がないのか。敵なのか、味方なのか。
 だが、なんだろう……カイリューは僕だけを見ているのか……?
「スバル、なんか敵が僕を見たまま動かない! 今のうちにルアンを拾って安全なところへ逃げるんだ!」
「ひろっ……!?」
「カイを置いて逃げられないよっ!」
「カイリューが動かないうちに! 早く!」
 スバルは一瞬ためらった。だけど、僕の言う通りカイリューがゆらりと立ったままなんのしぐさも見せなかったのを見て決心がついたみたいだ。すぐに立ち上がってルアンの元へかけより、茂みをごそごそと探る。
「はぁ、はぁ……カイのやつ、わしを置いて行きよってからに……!」
「それ以上来ちゃダメだ!」
 ヤド仙人が遅れてここにたどり着いた。完全に視線が地面に向かっていて、目の前にカイリューがいることを気づいていない。慌てて声をかけると彼はやっとその存在に気づいて、動きを止めた。
「……これは」
 ――グルルル……。
 カイリューがまた唸った。僕らは後ずさる。
「まずい……“ナイトメアダーク”にかなり侵食されている。凶暴性が段違いだ」
「やっぱり敵の刺客……?」
「お主らが二人になるのを狙ったんじゃな」
 ルアン、スバル、ヤド仙人が各々意見を口にした。やっぱり敵なら、ここで倒しておかないといけない……。でも。
 僕は目の前のカイリューをもう一度まっすぐに見据えた。
 どうしてそんなに悲しそうで、苦しそうなんだ? 本当は戦いたくないのに無理矢理戦わされてるんじゃないか? 僕にはそう思えてならなかった。
 ――ォオオオオオオ……グオォオオオオ……!
『!』
 今度は吠えたカイリューに、僕らは全員ビクリと肩を震わせる。だけどカイリューは、まっすぐにこちらへ向かってくると思いきや、手で頭を抱えて首を振り、そして鋭利な爪は宙を掻き切る。まるで見えない敵に抵抗するかのように。
「あのカイリュー……なんだか様子が変だ!」
「わぁあ! 来るよ!」
 スバルの叫んだ通り、カイリューは僕の体ほどはあろうかというほど太い尻尾を、僕らへ横なぶりに弾こうとした。水をまとっている、あれは“アクアテール”か!
 仕方がない! 違和感とかどうとかそんなことをいつまでも考えていてはこっちがあっという間にやられてしまう。ならば……。
「はぁああッ!」
 ルアンが僕から離れているということは、僕は今自分の波導を最大限に使えると言うことだ!
 地面を強く蹴って跳躍、カイリューの頭上へ。その間に両手へ波導を送り、白い刃を作り上げた。
 悪いけど、この一撃で決めてやる!
「“ソウルブレード”!」
 今ならよく見える。目の前の敵から発せられる、あり得ないほど禍々しいオーラが。いま、少しでも彼を楽にしてあげられたら……!
 カイリューは顔をあげた。虚ろな目と僕の目が合う。一瞬、すべてがスローに見えた。

「…………か……カ、イ…………!」

「――え?」

 今、なんて……?
 僕の名を……呼んだ……?
 まさか――。

「カイーッ!」
 ハッ。スバルの声が耳をつんざいた。我に返るとすでにもう眼前に鋭い爪が迫っていて――。
「がぁッ……!?」
 意識が飛びかける。地面に背中から激突する。激痛。“ドラゴンクロー”を、正面からもろに食らい、だめだ、体が痛くて、動かない。
 だが、相手は待ってくれない。倒れた僕へすぐにまた爪を振り下ろす。だめだ……避けられない……!
「“サイコキネシス”ッ!」
 爪が僕に当たる直前で、カイリューの動きが止まった。なんとか痛みに耐えて顔だけ振り返ってみると、大粒の汗を流し両手を前へつき出しているヤド仙人がいた。
「ばかもんがぁッ! なぜ攻撃をやめたのじゃぁッ!」
「スバル、今のうちにカイを!」
「うん、わかった!」
「ま、待て私を放り投げろとは……!」
 スバルには彼の言葉が耳に入らなかったようで、彼女はみがわりぬいぐるみを放ったまま僕のもとへ駆け寄り、肩に手を回して僕を後退した。
「カイ! 大丈夫!? どうして攻撃をやめちゃったの!?」
 今になって、受けた傷がじくじくと痛んだ。たぶん血も出てる。だけど、なんだかスバルの声も、傷の痛みも、どこか遠くで感じる。思考だけがぐるぐると、一つの結論を何度も巡る。
 カイリューが、僕の名を呼んだ……? まさか、あのカイリューは……彼女は……!

 ――リン……!?



ものかき ( 2014/09/18(木) 19:36 )