へっぽこポケモン探検記




















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第八章 悪夢編
第百十八話 ルアンの正体
 ――カイとスバルがヤド仙人に再会したとき、ギルドではすでに彼らが脱走して二日が経っていた。しかしながら、ギルドは平常通りの生活で……?





 サーナイトのレイは、眠りから覚めたとたん慌てて“テレポート”を発動した。行き先は代理のものと化している親方の部屋の前だ。彼女はノックもせずに扉を開け放って、寝起きで目をしぱしぱさせている色ちがいのサザンドラに迫る。
「ラゴンさん、お話があります!」
「“いい”とも“だめ”とも言う前にノックすらしていないのだから緊急なのだろうな……」
「夢を、見ました」
 皮肉混じりの言葉に対し、レイが至極真剣な顔つきで食い気味にそう返したので、ラゴンは目を鋭くして彼女へ姿勢を傾けた。
「何を見た」
「カイ君とスバルちゃん、しっかり見張っているんですか!? ギルドにいるんでしょうね!?」
「監視はしっかり付けてあるはずだ」
「私の夢が予知夢なら……二人はもうここにはいません! しかも、あの光景は……!」
「……この二日間、いったいどいつらが監視してた?」
 軽く一オクターブは声が下がった。先程まで無礼千万だったレイですら凄んでしまいそうな威圧感で、ラゴンはそう尋ねた。
「シャナとルテアと探偵のローゼさん」
「クソッ、なぜシャインズへの感情移入率が高いあの二人と連盟の参謀なんぞを監視にさせた! 脱走の一つや二つ簡単に計画できるじゃないかッ!!」
 顔のついた手を机に叩きつける。机の音と、伝わってきた彼の感情にビクリと目をつぶりつつ、レイはかつてだしたことの無いような悲痛な声でラゴンに訴える。
「とにかく、二人を連れ戻さないと大変なことになるんです!」
「ならば今すぐに三人をここに呼べ、今すぐにだ!」





 ヤド仙人が倉庫のような場所から取り出した、あるものとは……。
「……」
「……」
「……えっと、これは……」
「ぬいぐるみ……ですよね。かわいい……」
 スバルの言う通り、ヤド仙人の手には正真正銘あの、布に綿を詰め込んだ代物、つまりぬいぐるみがあった。四つ足で、耳だか角だかわからないものが生えていて、色は沼の泥水のような緑と黄土色のブレンドで、腹は白い。目が細くてにんまりと笑っているように見える、ぬいぐるみだった。スバルはかわいいって言ったけど、僕にはなんだか不気味に見える。
「そうじゃ、こいつはみがわり。いわゆる依り代じゃな」
「「よりしろ?」」
「スバル、これを持っていてもらえるかの?」
「あ、は、はい」
 どうやら使い古されているようで、色があせて縫い目もどこからほつれるかわかったものじゃないそのぬいぐるみをスバルに渡し、ヤド仙人は僕の方を向く。スバルは、どうやらぬいぐるみの肌触りが気に入ってしまったようで、そのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめていた。
「一時的にじゃが、お前さんの中にいるもう一つの魂をそのぬいぐるみに移す。準備は良いかの」
「いや、いいわけないでしょ、急だなぁ。それに、ヤド仙人にそんな仙人みたいなことできたの?」
「だまらんか、わしは師匠ときびしーい修行を積んだのじゃ。ほら、行くぞ」
 相変わらずヤド仙人は問答無用だった。彼がいつぞやの“テレポート”のときのように両手を僕にかざして、カアッ、とか叫び始めたから僕は思わず目を閉じる。
 すると、なんだか全身がふわりと持ち上がったような感覚がして、何かが抜けていくような感覚が迫った。信じられないんだけど、本当にルアンの魂が僕の体から抜けているんだろうか。高いところから落ちるような感覚が断続的にしてきて、なんだか胃がひっくり返ったみたい。
「もう動いてもよいぞ、カイ」
「うぅ……気持ち悪い……」
 とりあえず目を開けて深呼吸。依り代らしいぬいぐるみ(“みがわりぬいぐるみ”とでも呼んでおこう)は、変わらずスバルが背中から抱きかかえるように持っている。
「カイ、大丈夫?」
「うん、さっきよりは楽……というか、むしろ体が軽い感じ?」
「私が抜けたのだから、そうなのだろうな」
「ふーん、そうなんだぁ……」
「……」
「……」
「え」
「え?」
 僕とスバルは同時に声を上げて同時に制止。しばらくそれぞれ思考する。今、何かが僕ら以外に声がした気が……。
 バッ、と。スバルの抱きかかえるみがわりぬいぐるみに、首がいたくなるほど素早く顔を向けた。
「え?」
「え」
「この口調」
「声ははじめて聞くけど」
「ルアン?」
「まさか」
「……そうだが」
 み、みがわりぬいぐるみが……。
「しゃべったぁああああ!!」
「こっちむいたぁあああああ!!」
 驚きのあまり、スバルが盛大にぬいぐるみを地面へ落とした。そ、そういえばルアンが中に! 中だよね? よくわからないけど!
「これスバル、ぬいぐるみを落とすでない! 汚れるじゃろうが! わしのお気に入りじゃぞ!」
「ご、ごめんなさい……」
 とりあえず我に返ったスバルが、慌ててぬいぐるみを拾って砂を落とした。
「痛かったでしょう」
「痛覚はない。心配は無用だ」
「ほ、ほんとにルアンなの……?」
「じゃから、わしが依り代に魂を移すと言ったじゃろうが!」
 どういうことか、何が起こったのかさっぱりわからない。が、混乱した中でもこれだけはわかる。
 ヤド仙人はやはり、ルアンの存在を知っていた――。


「さて――」
 とりあえず落ち着いた。そしてこの状況を理解した。とりあえず僕はヤド仙人に顔を向ける。
「どういうことか、説明してよね。ヤド仙人って、何者? ルアンのことどうして知ってるの? 僕はいったい」
「待たんか、物事には順序というものがあるんじゃ。まず、挨拶をさせてくれんかの」
 挨拶?
 ヤド仙人はみがわりぬいぐるみの姿になった(実のところ笑いを押さえるのに苦労して困る)ルアンへ歩み寄って、なんとその場で膝をついた。
「よくぞ戻られた。英雄殿」
「……その名で呼ばないでほしい。それに、神官とは言えご老体にかしこまられるのも困る」
 え、どういうこと? もはや疑問符以外の何物も頭の中にないけど、神官ってなに? ヤド仙人とルアンってどういう関係なの?
「私の名はルアンだ、カイやスバルと同じ存在だ。同じように、接してほしい……」
 ただのぬいぐるみが、なんだか哀愁漂っているように見えた。未だに無機物がしゃべっていることに違和感を覚える僕だけど、ヤド仙人は彼の言葉をあっさりと受け入れて、立ち上がり自分の椅子に座り直す。
「そうか……そうじゃのう。改めてルアンとやら……カイをいままで守ってくれって、ありがとうのう……」
「ねぇ、私たち話についていけないんだけど……どゆこと?」
 スバルが相変わらずぬいぐるみを抱き締めることをやめずに、顔だけルアンの正面を覗く。うらやま……いや、なんでもない。
「それは、私から説明しなければならない」
 ルアンの声は低くて、とても静かな落ち着いた声だった。今まで僕の体を借りてしゃべっていたから、スバルは彼の声を聞くのははじめてだ。
 だけど、耳に響くと言うよりは、直接脳に語りかける感じ。まぁ、当たり前か、ぬいぐるみに声を出す機能なんてないんだから、きっとテレパシーか何かなのだろう。
「カイ、スバル……いままで黙っていて、すまなかった。もう包み隠すこともない、全てを話す。私という存在が、なんなのかを」
 ルアンが、どういう存在なのか……。
「もうみなわかっていると思う。私は――“英雄”だった」





 英雄と聞けば、まずみんなは“英雄伝説”を思い出す。数千年という遠い昔、実際に存在したとある国とポケモンの話だという。
 ざっくり説明してしまうと、二つに分裂した国の争いを止めるため、争いの元凶となった“命の宝玉”を壊した“英雄”のお話。
「やっぱり……ルアンはその英雄、なんだよね……?」
 恐る恐る聞いた。ふと脳裏に、彼が英雄という単語で激昂したときを思い出す。
「……そうだ」
「じゃあ、ルアンは何千年も前のポケモンだけど、魂だけこの時代にあるってこと?」
 と、スバル。
「ああ。だが、英雄伝説にかかれていることは半分本当だが、半分は嘘か脚色か、書かれていないかだ。実際はそうではない」
 ルアンはそう前置きをして、今まで語られなかった全てことが、彼の口から語られた。
 彼の生きた時代は、元々全大陸が一つの国だったけど、思想の違いで二つの国
に分かれてしまった時代……丁度一番戦争がひどかった頃だったという。ルアンは、僕のように人里離れた山の麓で生まれて、“波導使い”となるために修行で各地を回っていた。
「あるときだ。私は偶然……いや、偶然で片付けて良いのかどうかはわからないが、とにかく一方の国の姫の立場にあるポケモンと出会った。それが全ての始まりといっても過言ではない」
 ルアン本来城にいるべき姫が、国から争いを無くすために旅をしていることを聞き、一緒に旅をすることになる。
「彼女から聞いた。そもそも、なぜ二つの国が争っているのかというと、それは宗教の違いのせいだ、と。宗教の違いは相容れることは難しい。両者は、お互いを負かして支配してしまおうと必死だった」
 旅をしているうちに、両国がいったいどうやって一方を支配しようとしているのかがわかってきた。兵力はほぼ互角、正面から戦い続けていれば、共倒れになることは避けられなかったから、それ以外の方法となると選択肢は限られてくるらしい。
「カイとスバルは知っているだろう。“眠りの山里”で君たちが見た“命の宝玉”……対価さえ払えれば、どんな願いも叶えてくれる代物を使って、彼らは大陸の支配を目論んでいた」
 命の宝玉、僕らは“対価のオーブ”と呼んで、三日月の羽根と取り込むとNDから目を覚まさせることができるといって、“器”と一緒に連盟が回収しようとしていたものだ。だけど、今は“イーブル”の手にある。
「私たちは、その“命の宝玉”さえ無くしてしまえば、戦争を終結させる突破口になるのではと考えた。姫と、そしてもう一人、インビクタ家の当主の協力を得て命の宝玉の行方と、破壊する方法を探した」
「インビクタ、って、あのインビクタ?」
 スバルが驚いたかおですかさず彼に尋ねる。インビクタ、って、確かウィントさんの名字だったよね。
「君たちのギルドの親方は、彼の子孫に当たる。だが、そのことはさほど重要ではない、いまは」
 ルアンは続けた。
 命の宝玉は、元々この世界にすむポケモンが、神様と接する唯一の手段として、まだひとつだった頃の王国が作ったものだったという。だから、宝玉を壊すのもその王家のポケモンがやらなきゃいけなかったんだけど……その王家とやらは、国が分裂する際に断たれてしまったのだそう。だから、宝玉を壊すことは絶望的だと思われたけど、意外なとことに王家の末裔の生き残りがいた。
「……私だった。全て計算されているように、王家の末裔が私だと言われた。まるでおとぎ話を聞いているかのようだった」
 僕らが“眠りの山里”へ行ったとき、宝玉と一緒に保管されてた“器”、そして彼の持つ波導こそが、紛れもなく命の宝玉を壊すために必要な要素だった。
「じゃあ、すぐに壊したんだね?」
「……少し、ためらった。宝玉を壊せば、私は死ぬからだ」
 え?
「死ぬって、どういうこと……?」
「宝玉を壊すには、私の全ての波導を放出しなければならなかった。生き物の気である波導を持たぬ者は、当然生きていられない」
 僕らはとっさに言葉を返せなかった。もし僕が、世界から争いを無くすために命を捨てなければならなくなったら、すんなり「はいそうですか」と言えるか……。ルアンだって、今こそ英雄と呼ばれているけれど。一人のポケモンとして、そんなことすんなりと受け入れられるはずがなかったに違いない。
「だが、誰かがなさねばならぬと思った。誰かを犠牲にするぐらいなら、私が争いを終わらせられるだけ幸せだと思った」
 だから、ルアンはやった。死を覚悟で宝玉を破壊した。
「……全て終わると思った。だが……」
「終わらなかったんじゃ」
 ここ来て、ずっと押し黙っていたヤド仙人が、低い声で僕らにいった。
「宝玉は、破壊されなかった」

ものかき ( 2014/08/02(土) 20:41 )