へっぽこポケモン探検記




















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第八章 悪夢編
第百十六話 ギルド大脱出
 ――いつの間にか、僕は暗い澱の底から浮き上がっていた。ルアン以外の誰かが僕らのことをボスに教えたかもしれないというローゼさんの言葉に、僕は心当たりがあった。





 僕がトレジャータウンに来て、慌ただしい生活にも一区切りがついた頃。ふと、ある一つのことが頭に引っかかった。僕がリンとヤド仙人のいる故郷から命からがら逃げるときに、仙人から聞いたあの言葉だ。
『逃げきるんじゃ、絶対に捕まってはならん!』
 あのときのヤド仙人の形相は、まるで追っ手がどこから来て、なぜ平凡な生活をしていた僕をねらったのかわかっているような口振りだった。もしかして仙人は、はじめからなぜルアンが僕の中にいるのかもわかっていたからそんなことが言えたのかもしれない。
 でも、あの仙人が。
 あんなに僕に優しくしてくれたヤド仙人が。
 僕を命がけで逃がしてくれた仙人が……。
 僕とルアンを“イーブル”へ売るようなことをするわけがないよ……。
 故郷に、里に帰りたい。リンとヤド仙人にあいたい。今までにないほど強く、僕は思った。
どうしてリンが僕の育ての親なの? 僕の本当の親はどこにいるの? 教えてほしい。知っていることを、ありのままの真実を僕に教えてほしい。
 今、二人はいったいどこにいるの?
 僕はいったい何者なの?


「カイ……カイってば!」
 僕はいったい、なにをしていたんだっけ。あとのこと、さきのこと、何にも考えられずにぼうっとしていると、なんだかスバルが僕を何度も呼んでいたからそっちに目を向けた。どうして君は、そんなに泣きそうな顔をしてるんだい? 誰かがスバルをいじめたのかな。そしたら、僕が守ってあげなきゃ……。
「カイッ、私の声聞こえてる!?」
「うん、大丈夫……」
 そうか、僕は“英雄祭”の途中で急に息ができなくなって……気づいたら神妙な顔をしたローゼさんと部屋にいたんだ。誰か、ルアン以外に僕と彼の正体を知っているものがいるかどうかって聞いてきていて……。そしたら、また苦しくなってきちゃって、キースさんに診て貰ってたんだっけ。
「僕……何日ぐらい寝てたかな。いつの間にか、僕……」
「英雄祭の途中で意識がなくなって……今までずっとルアンと入れ替わっていたの。カイ、覚えていないんだね」
 何だろう、なぜかスバルの瞳をまっすぐに見つめることができなかった。僕は悪いことをしちゃったのかな。僕が寝ている間、いったいスバルはルアンとどういう会話をしていたんだろう。僕が、スバルの側にいられたら……。
「ごめん」
「どうしてあやまるの?」
「なんとなく」
 お願い、こっちをのぞかないで。僕はいま、自分がどんな顔をしているかわからないんだ。だけど、そんなことをスバルに言えるわけもなく僕はうつむくしかなかった。
「僕はもう、大丈夫だから……ローゼさんと話の続きがしたいんだけど、呼んできて貰っても良いかな」
 しばらく無言で僕の前に立っていたスバルだったけど、小さな足がうつむいた僕の視界から消えたのを確認して初めて、僕はまともに彼女のことを見ることができた。
 スバルの背中は、なんだか何かにおびえているように見えた。





「ヤド、仙人……? ですか……」
「あ、えっと、ヤド仙人っていうのは、彼が僕にそう呼ばせているというか、あだ名っていうか……! 実際の種族は、えっと、ヤドキングです!」
 何だか、すごく恥ずかしい……。僕は今までヤド仙人の本名を知らないでずっとあだ名で呼んでいたんだ……。
 とりあえず僕は再びローゼさんと二人でしゃべることとなったので、ヤド仙人とリン、ついでに僕が里にいたときのことを少しだけ話した。ローゼさんは見通しメガネを押し上げたり足を組んだりしながら僕の話をしばらく聞いていたが、一通りしゃべり終わるとふむ、と手を顎に当ててさすった。
「ほう……ではやはり、あなたの出生がルアンのことやその他諸々と密接な関係があるかもしれない、と言うことですね」
「はい……」
「ではやはりそのヤドキングを探すことが最優先となるかもしれません。わたくしたちが知りえなかった情報を知ることができるだけではなく、あなたのその不安定な体を治す術も、あるいは見つかるのかもしれませんねぇ」
 もし、ヤド仙人を見つけたら、連盟のみんなは彼をどうするつもりなんだろう。
 あのヤド仙人が、僕のことやルアンのことを“イーブル”に売ったとはどうも思えない。それに、本当にヤド仙人がそのことを知っているとは限らないんだ。僕の思い過ごしにすぎないのかもしれない。
 でも、ラゴンさんやギルドの救助隊のみんなは“イーブル”を倒すことで頭がいっぱいだ。ヤド仙人を問答無用でジバコイルにつきだしてしまうことも、あるいはあるのかもしれない。
「あの……」
「はい?」
 僕の小さな声にも、ローゼさんは敏感に反応して即座に声を返した。
「もしかしたら、僕がこんなことお願いしても無理かもしれないんですけど……」
「なんでしょう」
 彼が語尾を上げずにそう言った。やっぱりものすごい推理力を持つローゼさんのことだ、たぶん僕がこれから言うことも予測できているんだろう。僕も、覚悟を決めて言わなきゃいけない。
「ヤド仙人を、僕に探させてください」
「ふむ、目覚めたばかりのあなたももうわかっているのかもしれませんが……あなたの中に眠っている“もう一人のあなた”は敵か味方かわかっていませんので、連盟が今あなたを自由に行動させてくれるとは思えませんよ。たとえ――」
 ローゼさんはすらすらと僕に言いながらも、なぜか部屋のドアの方へ音もなく歩いていき、ドアノブをひねって素早く開いた。そこには、
「――信頼できるお仲間が一緒であっても、ね」
 いきなりのことに心底目を丸くしているスバルがいた。
 ど、どうしてここに……?
「盗み聞きとは感心しませんねぇ、スバルさん」
「え、えっと……あはは……」
 スバルは完全に逃げ腰で、笑うために上げた頬もピクピクとひきつっている。
 ローゼさん、まさかスバルが部屋の外で密の僕らの話を聞いていたのを気づいていたの?
「カイ君……この場合驚いた顔をわたくしではなくスバルさんに向けるべきではないのですか? 彼女は盗み聞きをしていたのですが」
「「す、すいません……」」
 僕とスバルの声が完全にシンクロした。ここはすかさず“小さくなる”をするしかない。とりあえず僕らは肩をすくめてうつむく。そうだよね、この場合スバルが咎められるべきなんだろうけど、僕は、スバルが悪いことをしたとは全く思わなかったなぁ。
 そんな僕らを見てローゼさんは苦笑いしながらため息をついた。
「まったく、あなたたちは……」



「先ほども言いましたが、たとえスバルさんが一緒についていたとしても、カイ君がいま外に出ること――たとえばダンジョンに出向くとかのいっさいの探検活動――を連盟は許してくれないと思います」
 僕とスバルは並んで座って、厳しい表情をしたローゼさんの言葉を聞いていた。
「それでもカイ君は“ヤド仙人”さんを探しに行きたいのですか?」
「……はい」
「彼が今どこにいるかも、無事なのかの手がかりもありません」
「はい」
「わたくしも連盟に協力してる立場上、あなたをトレジャータウンの外へと出すわけにはいきません。わかっていますね?」
「はい」
 ローゼさんが至極もっともなことを僕へ問いかけてくる。だが、誰がなんと言おうと僕の気持ちは変わらない。手がかりがないのなら探す。外に出るのが許されないなら、僕はそれを破ってでも探しに行く。
「それでも“ヤド仙人”さんを探しに行きたいのですか?」
 今までの僕ならきっとそんなことは思わなかった。毎日が平和なら、リンとヤド仙人さえいてくれたらそんなことはどうでもいいんだって。
 でも、僕は生まれて初めて思ったんだ。僕がいったい何者なのか知りたい。この目で確かめたいって。僕の大事な家族を、探しに行きたいって。
「スバルさんは? こう言って連盟の方針を破ろうとしてるカイ君を止めますか? それとも、片棒を担ぎますか?」
「ローゼさん、私の答えが変わらないのをわかっていて、わざとそういう言い方をしているんでしょ?」
 スバルは静かに微笑して、落ち着いた声で言った。
「私はいつだって、カイの仲間で味方です」
「スバル……」
 心がじーんとして暖かくなった。ここ数日あじわっていなかった安心感だった。ありがとう。言葉にしたかったけど、なんだか感極まってしまって声には出せなかった。
「いやはや……困りましたねぇ」
 ローゼさんは頭をかいて文字通り困った声をだした。が、その表情はとても晴れやかで「とても愉快です」とでもいいたそうな勢いだった。
「とりあえず……推理以外でこの頭脳を回転させるのは久しぶりのことですからねぇ」





 夜。
 僕は荷造りを終えてからすぐにトレジャータウンの入り口へ向かった。スバルとは別々にギルドから抜け出してここで待ち合わせる予定だ。
 そしてそれを指示したのも、監視の目があるなかでギルドをなんなく抜け出せたのも、すべてローゼさんのおかげだ。彼がいったいどんな手を使ったのだけは想像したくないけど、ギルドや連盟にバレたらたぶん、ただじゃすまないだろう(ラゴンさんの怖い顔が脳内に現れた)。そんな責任問題を顧みずに僕らを外へ出してくれたローゼさんには感謝しかない。
「カイ」
 背中の方から小さな声がした。振り返ってみると、何かのスカーフを首に巻いたスバルが立っていた。冒険のために装備をした彼女の姿も、とても久しぶりに見たように思えた。
「それは?」
「スペシャルリボン。特攻が上がるって……ルテアが」
「えっ、ルテアさんは僕らが抜け出したこと……!」
 まさか、ばれちゃったの? 僕がそう聞く前に、スバルは小さく首を横に振る。
「ローゼさんがルテアと師匠だけには言った、って」
「そ、そっか」
「で、どこの行くの? これから」
「うん……とりあえず、帰ろう」
 手がかりはなにもない。ましてや、ヤド仙人やリンが無事なのかどうかも定かじゃないし、僕やルアンのことについて知っているかどうかもわからない。一歩外に出れば“イーブル”に襲われるかもしれない。そのとき、スバルを守れるかどうかもわからない。
 でも、僕は知りたい。
「僕の故郷――“雲霞の里”へ」

ものかき ( 2014/07/07(月) 23:33 )