へっぽこポケモン探検記 - 第七章 英雄祭編
第九十九話 ほろ酔いピカチュウの想い
 ――第一回戦を無事に(?)通過したカイ。それがきっかけとなって緊張がほぐれた彼は、意気揚々と二回戦に向かうが、そのころ……。





 ピカチュウが二人、雑踏の中に紛れ込んで歩いている。一方は綿あめを頬張って幸せそうなピカチュウ。そしてもう一方は、片手にビール缶、片手に綿あめを持っているピカチュウ。仲間とはぐれて迷子になった私とスパークさんの二人である。
 事情を知らない人から見たら父と子に見えるかなぁ……。
 はぐれた仲間を探すはずの私たちだったけど、どちらかというとその目的は二の次に追いやられていて、祭りを満喫することが第一になりつつある。
「多分あいつ等のことだ”バトル大会でるぞ!”なんて馬鹿なノリでバトル大会に参加しているかもな」
 そんななか、彼が不意にそんなことを呟いたので、私たちの足は自然にバトル大会会場に向かっている。
 会話の話題自体は、もっぱらお互いの職業の話になっていた。
「そうか、スバルは探検隊だったのか」
「はい、まだブロンズランクなんですけど」
「ということは、はぐれたのは同じチームの……?」
「リーダーです。彼がポケとかを全部持ってしまっていて……」
「なるほどなぁ」
 スパークさんは一通り納得した後、「オクタン焼き食うか?」と聞いてきた。
「いいんですか? やった!」
 私はもろ手をあげて喜んだ。
 先程までは気を使っていたけど、すでに今はそんなことをする気が全くない。え? ちょっと図々しい?
 オクタン焼きの屋台に並んだスパークさんの横に、私はウキウキしながら立った。
 なんだろう、この人といると安心感がある……。

「スパークさんは、職業はなんですか?」

「ん? 実はな、私も探検隊なんだ」

「え、そうなんですか? じゃあ、はぐれたのは探検隊の……」

「あぁ、仲間であり……家族なんだ」

 そう言うスパークさんの口調は、今までと何かが違うようだった。『家族』という単語を言うまでに若干の間があったことに対し、私は思わず首を捻る。

「思ったんですけど、メガニウムもマグマラシもズルズキンも……血は繋がっていませんよね……?」

「ま、そう思うよな」

 するとスパークさんは、何が面白かったかはわからないけど、声をあげて鷹揚に笑った。私の首はさらに横へ傾く。何かおかしなことを言っただろうか?

「オクタン焼き二つ頼む」

「へいまいど」

 いつの間にか先頭に来ていた私たち。スパークさんが、せっせと八本の足を動かすオクタンさんにそう声をかけた。そして彼は、受け取ったオクタン焼きのひとつを私に差し出してきた。私はお礼を言って受けとる。
「――家族を証明する要素っていったいなんなんだろうな」
 オクタン焼きを食べながら再び歩き始めたとき、不意に彼がそう呟いた。まるで、自分に言い聞かせるみたいに。
「一般的には血がつながっているのが家族の条件みたいなことがあるんだが……それはおかしいと思うんだ」
「……じゃあ、いったい……?」
「今の私の子供はマグマラシとカメールの二人だ。無論血のつながりなんてないが、あいつらは二人共私を父だと呼び、認めてくれている。そんな子供達を精いっぱい愛して、守って、そして育てていくほかに……親として何がいるのだ?血のつながりは家族の必須条件なのか?」
「……意味がちょっとわからないです」
 私はしばらく考えて……素直に、スパークさんにそう言うしかなかった。
「私は以前に見たんだ。血こそは繋がっているのにまるで他人のような……いや、そんなもんじゃないな。敵対している関係の者たちを、な……。私はそんな奴を家族とは呼びたくない……」
 そう言うスパークさんの目には、厳しさと憂い……そして怒りが宿っていた。
「……どうして?」
 だって、私たちの子供は、親を変えられないじゃない……。
 どうしてそれでもスパークさんは、他人の子を“息子”と呼ぶことができるの……?
「簡単なことさ。子供たちは私を本気で父として認めているからな。たとえ誰に血がつながっていないとかいわれても私は父親をやめる気は毛頭ない。もしやめる時といったらそうだな――あいつ等の方が”このヒトが本当の父親だ”って言った時だけだな」
「……信頼してるんですね、息子さんたちのこと……」
 この人は、血の繋がりだけが家族だとは思っていないんだ。本当に大切なのは、絆……。スパークさんが、彼らを“子”と主張するまでどんなことがあったかは知らない。けど、その決意や責任は、紛れもない本物の父親のもの……。
 ――ズキィッ!
「うっ……!」
 ―瞬間、頭に鋭い痛みが走ってよろめきそうになった。
 そして脳内で何かの光景がフラッシュのように映し出される。

『――……ぁさん……!』

 女の子が……誰かに肩を寄せて泣いている……?
 誰……?
 あそこは、お墓かな?
 墓石に何も書いていないけど……。

「……お母さん……」

「――え?」
 なにかを口走っていた私に対し、スパークさんはギョッとした様子で私を見た。なぜだろう? 彼がものすごく狼狽している……。
「い、いや、あのな。別に私は、そ、そんなつもりで言ったわけではなくてだな……!!」
「え、な、何がですか……?」
 いきなりスパークさんが取り乱し始めた。私は訳がわからなくなって、とりあえずつぶやく。すると彼は……?
「ととととと……とにかくだ! 一旦泣きやんでくれないか……。ここじゃ人目が激しい……」
「え……?」
 私……今、泣いてる……?心底不思議に思って、私は自分の頬を触ってみる。すると、その手はすっかり濡れていて、スパークさんの言うとおり、私は知らないうちに……。
 前にも、こんなことなかったっけ……?
「えっ……うっ、ど、どうしてっ……? ひっく……!」
 私は別になんともない。なのに、涙はそれに反して堰を切ったかのようにボロボロと溢れだしていた。
 ただただ胸が苦しくて、痛くて……悲しくて。
 何かを吐き出さずにはいられなくなっていた。
 これはもしかして……私の記憶……?
「うっ、うぅ……! 止まって……やだ、私ったら……どうしてこんな……!」
「と、とりあえずこっから離れようか……!!」
 嗚咽のせいでうまく言葉が紡げないので、私は必死にコクコクと頷くしかなかった。スパークさんは、私の変な現象を自分のせいだと思ったらしい。あたふたとしながら、どこか落ち着ける場所へ私の手を引いた。





 私とスパークさんは、先程の屋台から程近い、屋外用のテーブルセットに腰かけていた。
 実を言うと、私は涙が止まるまでの間、他の人に姿を見られるのが恥ずかしくてずっとスパークさんに顔を埋めていた。そのせいで、彼の肩や背中らへんが私の涙ですごいことになっている。
「大丈夫か?」
「は……はい」
 熱を帯びた頬があつい。けど、どうやら涙は止まったようで、深呼吸して大分落ち着いた後に私は返事をした。
「その……さっきは悪かった。いきなりあんなことを言うべきじゃなかったな……」
 彼はひどく言いにくそうに顔を歪ませて、私に謝ってきた。でも、実際に私の涙が出た原因は、スパークさんじゃない。
「あ、それは……違うんです。スパークさんのせいじゃないんです!」
「え……? だけど――」
「実は私……記憶喪失なんです」
「はぁ、なるほど、記憶喪失……って! はいぃいいいいッ!?」
 模範的な驚き方だ。カイに同じことを告白したときもこんな感じの反応だった。
「え、記憶喪失って……つまり自分の今までの記憶が……?」
「抜け落ちているんです。……一部を除いて」
 今までに数回、夢で見たことはあるけど……。
「それで、さっきのスパークさんの話を聞いて、一瞬いきなり記憶がよみがえってきて……」
 名前の無い墓石の前で泣く女の子。その横に寄り添う背の高い誰か。あそこにいったい誰が埋められているかはわからない。だけど、すごく悲しくなって……。わたしは蘇った記憶を、正確にスパークさんに教えた。
「なるほど……それはもしかして、スバルの涙は、思い出したその場面で感じた感情なのかもな……」
 彼はうぅん、と唸った。そして、改めて私と向き直る。
「覚えているか? さっき、スバルは泣く前に『お母さん』と呟いていたんだ」
「え? 私が……?」
 全くわからなかった。どうやら、無意識に呟いていた単語らしい。と、いうことは、もしかしたらあの墓は……私のお母さん?
「うむ……どうやらその記憶は、私が家族について話したから思い出したのかもしれんな……」
 だとしたら、私は早くから母親を亡くしていたことになるのだろうか?
 今まで思い出した記憶は、“空の頂き”で聞いた謎の声、悪夢の中の痛み、そしてお母さんの墓……。
 いずれの記憶も、普通ではまず体験しないような記憶ばかりだ。いったい、私は何者なのだろうか?
「お母さん……私は、お母さんが死んじゃって、こんなに悲しかったのかな……」
「……」
 スパークさんは、しばらくの間虚空を眺めていた。そして、ビール缶をグイッと煽り、数メートル離れたくずかごへ投げ込んだ。カラァン、と感は音を立てながら見事くずかごへ命中した。
「よし、スバルよ!」
 スパークさんはその場に勢いよく立ち上がる。そして。

「――私を、“お父さん”と呼んでみなさい!」

「え、えぇえええええッ!?」
 そ、そんな! さっき会ったばっかりの人を“お父さん”と呼ぶなんて……。
「……酔ってます?」
「酔ってない! あと、敬語もだめだ! 今のスバルに足りないの……それは家族の温もりだッ!」
 いや、確実に酔ってるって、この人……。
「私は義理の二児の父親! この際一人二人“お父さん”と呼ぶポケモンが増えても問題ない!」
 え、ええ……? なんだか恥ずかしいよ……!
「お……おとう、さん……?」
「まだぎこちないな……もっかい!」
「お父さん……?」
「うーん、まぁいいだろう」
 私の呼び方に、満面の笑みを浮かべる“お父さん”。
 な、なんだかじんわりと来る語呂だなぁ……。
「お父さん?」
「ん? なんだ?」
「あっ、答えてくれた!」
「何を当たり前なことを」
「お父さん、私ちゃんと“お父さん”って呼べてます……?」
「違う! まだ敬語が抜けきっていない!」
 け、敬語かぁ……よしっ! 思い切って!
「お父さん! 私次はオニゴーリのかき氷食べたい!」
「おぉ! そうかそうか! ……って! コラ、なに便乗してかき氷を買わせようとしている!?」
「あ、バレちゃった」
 私がそう言った瞬間、二人で一緒に声を出して笑った。
「この様子なら大丈夫そうだな。じゃあ、バトル大会の会場にでも行くか」
「はい!」





『――ダブルバトル優勝は、正義のヒーローズとなった! 優勝した二人に惜しみない拍手を頼むぜ!』
「ん? なんだ、ダブルバトルはもう終わっていたのか……」
 私とスパークさんは、無事にフラッグの立ったテントのあるバトル会場へとやって来た。ちょうど、ダブルで優勝したというコマタナとマニューラ(すごい格好……)が、フィールドの上から降りてくるところみたい。
「どうやら、あいつらはダブルに出ていないようだな……」
「え? どうしてわかるの?」
 そう言うスパークさんの口調が、すでに断定口調だったから驚いた。私が聞くと、彼は当たり前のように「あいつらがバトルに出たら、確実に優勝するだろうからな……」と呟いた。
 スパークさんの連れはそんなに強いのかな……。
 そんなことを考えていると、いつのまにかフィールドの上には師匠が立っていた。あ、そっか。師匠はシングルの進行役か。
『長らく続いたバトル大会もついに最後のバトルとなった。――シングル決勝戦、選手の二人は前へ!』
 師匠は、(彼にしては)力強くマイク越しに叫んだ。すると、フィールドの両端から二人のポケモンが上がってくる。その二人は、メガニウムとリオル……。
 え!?

「カイ!?」
「リーフ!?」

 えっ……?
 私が叫んだと同時にスパークさんも同じタイミングで、だが違う名前を唱えた。
 待って、それってまさか……!?

ものかき ( 2014/05/26(月) 23:40 )