へっぽこポケモン探検記




















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第七章 英雄祭編
第九十八話 バトル! 本戦開幕――正義のヒーロー現る!?
 ――本人たち曰く、『一応手加減をした』にしても、飛び入りで参加させた相手に容赦ないバトルを仕掛けた爆炎槍雷。これから繰り広げるであろうバトルもこんな感じなのかと思うと、僕は思わず泣きたくなってしまった。





「――いやー、いきなり悪かったな、お前ら……って!?」
 バトルが終わってしばらくたった後。
 さすがに自分達がやり過ぎたと感じたらしいシャナさんとルテアさんは、対戦相手であるファイアさんとルッグさんにお詫びをしに行っていた。僕は、その様子を脇からそっと見ている。
 マグマラシのファイアさんとズルズキンのルッグさんは、連れであるメガニウムさんと一緒に……熱々のお茶を飲んでくつろいでいた……。
「「そこなんでお茶ッ!?」」
 見事なハモりでつっこんだ爆炎槍雷。すると、ここではじめて彼らの存在に気づいた三人は、姿勢を正して彼らを見る。
「お前ら大丈夫か? シャナが攻撃したとこ」
「テメッ、“電磁砲”撃ち込んだのはどこのどいつだッ」
 シャナさんはルテアさんに言うが、彼はそ知らぬ顔をする。すると。
「いやぁ、僕らの弱さをしらしめられましたよ」
 そう言うルッグさんの口調は、お茶のおかげなのかひどくリラックスしている。
「傍観したり、怒鳴られたり、さんざんでしたよね僕たち……」
 ファイアさんはシュンとなっていたけど、何てことはない。確かに連携が足りなかったとは言え、爆炎槍雷(このふたり)が異常なのだ。……あれ、シャナさんがジト目でこっちを睨んできた。
「まぁとにかく、エキシビジョンマッチに付き合ってくれてありがとう」
 シャナさんとルテアさんは、二人に手を差し出す。相手二人はすぐにそれを握り返した。
「ま、大会本戦も見に行ってくれよ! そこのメガニウムの彼女は参加するんだろ?」
「はい!」
「だ、だから違いますって!」
 ルテアさんの二回目のからかいに、またファイアさんが必死になって否定していた。それを見たルテアさんはさらに豪快に笑う。見ると、ルッグさんとシャナさんは『こりゃだめだ』というふうにため息をついていた。
 なんでだろ?





 フィールドの真ん中でルテアさんが再びマイクに大声を上げている。本戦のルールやら、注意事項やらをわざわざハイテンションで説明し、そのたびにわざわざ歓声が起こる。説明ぐらいは普通にすればいいのに。
 そんな観客から少し外れたところでその様子を見守っていた僕とシャナさん。すると、彼が僕に向かってそう言ってきた。
「さて。いよいよだな、カイ。大丈夫か?」
「ひ、ひどいバトルにならいように頑張ります……」
 正直、今僕は緊張している。猛烈に。喉はカラカラだし、手汗はひどいし、胃はひっくり返りそうだし……。
 シャナさんは、そんな僕の心理を汲み取ってちょっと苦笑する。
「はじめての大会は誰だって緊張するよな。俺も初めてのときは緊張でガチガチだった」
「シャナさんがガチガチっ!?」
「そう、ガチガチ」
 ひとつも想像できな……いや、シャナさんならもしかしたらあり得るかも……。
「まぁ、俺は審判だから露骨な応援はできないが、出るからには優勝してくれよ」
「いや無理です」
「即答するなよ……」
 僕の裏返った返答に、彼は心底呆れてしまったようで。しょうがないな、と彼は持っていたクリップボードに挟まれた紙をパラパラとめくり、目を通した。
「最初の相手のことをちょっとわかっていれば、緊張もほぐれるだろ」
「え゛! そんなことしていいんですか!?」
 しゃ、シャナさん審判でしょ!?
「いいや。だからコレな」
 そう言って、シャナさんは人差し指を口に当てる。真剣な顔つきでシャナさんがそれをやると、なんだか滑稽だ。
「カイの初戦の相手は……」
 恐らく、対戦相手のことが書かれているであろう用紙をしばらく見ていたシャナさんは、「ん?」と言って空色の両目を細めた。
「誰だこれは……た、『ターマンマン・レッド』……?」
 『ターマンマン・レッド』??
 こう言っちゃ悪いけど、変な名前……。
「種族は何て書いてあるんですか?」
 後でバトルをするから、とかは関係無しに、単純に種族が気になった。そんな名前のポケモンの種族って……。
「種族名……?」
 僕の言葉を受けたシャナさんは、困惑気味に呟く。どうやら、言おうか言うまいか迷っているようだ。そして結局意を決したらしく、彼はこう答えた。
「『正義のヒーローはその素顔を誰にもさらしてはいけないのだッ!』……と、書いてある……」
「……」
 何者なんだ、僕の初戦の相手は……!
 シャナさんの計らいは、僕の緊張を解きほぐすよりむしろひどくさせる結果となったとさ……。





『――それでは、バトル大会シングルトーナメント、一回戦第二試合を開始する』
 フィールドにシャナさんのよく通る声が響き渡った。第二試合とは、すなわち僕が出る試合のこと。ガチガチの緊張もついにピークだ。死にそう……。
『対戦者は、両者フィールドへ』
 僕はギクシャクとした歩調でフィールドへと向かった。観客の誰かが「ママァ、あの人手と足が一緒に出てるよ!」と言った。は、恥ずかしい……!
 一方、僕の対戦相手は、僕がフィールドの所定位置に着いても現れなかった。
 ど、どうしたんだろう? 観客もだんだんとざわめきを強くしていく。ま、まさか僕、不戦勝……?

「――フハハハハッ!」

『!?』
 いきなり周囲に響く高笑い。それを聞いた僕をはじめとする観客のほとんどが、キョロキョロと回りを見渡した。すると……?
「とぅッ!!」
 バッ!
 フィールドの端から、何かの影が僕の前に飛び出してきた。現れたそのポケモンは、赤いマスクに赤いマントをつけて仁王立ちをしていた。マスクからはみ出るぐらいのフサフサの耳、同じような尻尾。どうやら甲羅があるみたいだけど……。
 そして、彼(彼……だよね?)はビシィッとポーズを決めてこう叫ぶ。
「正義の味方、ターマンマン・レッド!ただいま参上ッ!!」
『……』
 シン……。
 僕と、僕らを取り巻く観客、そして審判のシャナさんまでもがいきなり現れた対戦相手に言葉が出ない。なんというか……。

 か、かっこいい……!

 正義の味方だって!? じゃあ彼は人のために悪を懲らしめているっていうの!? それってすごいことじゃないか!
「……カイ……!?」
 あれ? 目を輝かせている僕に、シャナさんが『信じられない』という風に小声で呟いた。なんでだろう?
「ほう! 君がワタシの初戦の相手か! 正々堂々と戦おうではないか!」
「は、はいっ! ヒーローと戦えるなんて光栄ですッ!」
「ハハハハ! 君は初対面ながらワタシのことをよく理解しているな!」
 さっきまでの緊張は一体どこにいってしまったのだろうか。僕はいつのまにか、ガチガチの体がいい具合に解れていた。
 うぅ! レッドさんってどういう人なんだろう? ……というか、なにタイプだ? マスクのせいで種族が見えなくて、対策が立てられないじゃないか!
 ……え? 本当に種族がわからないのかって? だって、マスクしてるからわからないよ。
『……えー、では第二試合――始め!』
「正義のヒーロー、ターマンレッドの実力!今見せてやろう!ターァマン……キィイイイックッ!」
 シャナさんが試合開始の合図をしたや否や、レッドさんは華麗に叫んで“ターマンキック”を繰り出した!
「か、かっこいい!」
 “ターマンキック”は、どうやら“メガトンキック”と同じ技のようだった。ドロップキックの要領で僕に迫ってくるレッドさんに、僕は感銘を受けて思わず叫んでしまう。
 すると、どうやらそんな言葉を受けるとは思っていなかったらしい、レッドさんは「え」と言って一瞬だけ隙を見せた。
 僕はその隙に横に回避してキックをかわしておく。
「……フ、ハハハハ! 君はワタシの技の素晴らしさをわざわざ大袈裟に理解してくれるのだな!」
 そう言うレッドさんの口調は少々ひきつっていた。僕の反応はそんなにおかしかったかな?
 すると、観客の中から「ママァ、あの人趣味悪いよ!」という声が聞こえた。
「“水鉄砲”!」
「“電光石火”」
 レッドさんが放った“水鉄砲”を、僕は“電光石火”でまた回避してまっすぐに彼へ距離を詰めた。その間にも数発攻撃が来たけど、すべてギリギリで回避する。
 そしてレッドさんの前に出た瞬間、僕は力を込めた腕をつき出し横に薙ぎ払う!
「“はっけい”!」
「おっと、“殻にこもる”!」
 バシィイイン!
「いったぁあ!?」
 レッドさんが殻にこもったことで、僕が放った“はっけい”は甲羅に当たることとなった。か、固いよ……!
「からの……“シェルスピン”!」
「っ!?」
 レッドさんのターンはこれで終わりではなかった。甲羅を使って防御した後に一転、今度は甲羅を高速回転させて僕を攻撃した! 僕は避けようとしたけど、先程“はっけい”を打つために近づいていたので距離をとる暇がない。
「ぐわっ!?」
 甘んじて攻撃を受けるしかなかった僕は、甲羅を腹部に受けてしまって吹っ飛ぶ。
「まだまだ! “冷凍パンチ”!」
 そこへ再びレッドさんは、今度は拳に冷気を纏いながら走ってきた。くっ、やられてばかりでたまるか!
 僕は、レッドさんが“冷凍パンチ”を振り上げたその隙を狙って、彼の腕を掴み、背中から倒れ込んでレッドさんを投げ飛ばした!
「“巴投げ”!」
「ぬぉおっ!?」
 レッドさんはフィールドのはしギリギリまで投げ飛ばされ、体制を崩したようだ。僕はその隙に両手の白い突起に波導を込める。すると腕には、白く光る剣が現れた。
「むっ!? その技は……! なんだか危険な匂いがするぞ! ――“水牢牙”!」
 僕の技に危険を察知したレッドさんはそう叫んだ。すると、僕の周りから水の壁が取り囲んで、動きを封じてしまう!
 まずい……周りが見えない! レッドさんがどこから攻撃してくるか……!
「――“デッドドレイン”!」
「はっ!」
 声が聞こえたのは僕の後ろ側からだった。僕が振り返ると同時に、水の壁を突き破ったレッドさんが、腕に水のベールのようなものを纏って襲いかかる! あれは……食らったらまずい!
 しょうがない、ここは!
「――“ソウルブレード”!」
 僕は、右手に纏った白い剣をレッドさんへ飛ばした!
「ぐぉおおおッ!?」
 どうやら、僕のこの剣を飛ばせるとは思いもよらなかったらしい。“デッドドレイン”――“ギガドレイン”の水タイプバージョン――を放つ前に“ソウルブレード”を食らって水の壁に甲羅を打ち付けた。
「くっ……! まだまだ……! あれ?」
 すぐに起き上がったレッドさんだけど、僕はすでに同じ場所にはいない。
 ……レッドさんの目の前だ!
「うわあっ!?」
「もういっちょ! “ソウルブレード”!」
 驚く彼をよそに、僕は“ソウルブレード”を発動した。今度は遠距離ではなく、直接腕を振り上げてレッドさんを斬りつける!
「ヌォオオオオッ!?」
 ゼロ距離で技を打ち込まれたレッドさんは、今度こそ水の壁を突き破って吹っ飛んだ。その拍子に僕の周囲を覆っていた“水牢牙”も消滅する。
「はぁ、はぁ……」
 やっぱり神経使うな、この技……。僕は肩で息をしながら呼吸を整える。
「くうぅっ……!」
 ムクッ。地面に倒れていたレッドさんが、なんと再び起き上がった! “ソウルブレード”を二発連続で食らってまだ立てるなんて、何てタフなんだ……!
 そろそろ僕の体力も足らなくなってきた。まだ戦わなくちゃいけないのか……。と、僕がバトルの構えを取った、その時。
 ビリッ!
「?」
「ぬぉッ!?」
 な、なんだ……?
 なんだか布が裂けるような音がした後、レッドさんが叫び声をあげてマスクに手を当た。
「ま、マスクが……!」
「え、えーっと……」
 ど、どうしたんだろうか。もしかして、今の布が裂ける音は……僕の攻撃でマスクが破れちゃった音……?
「……」
「………」
「…………」
 フィールドに沈黙が流れた。どうやら、観客も僕と同じようにレッドさんのただならぬ事態に気づいてしまったらしい。
「――……フ、フハハハハハハッ!」
 ……と。唐突にレッドさんが、マスクに手を当てたまま高らかに笑い始めた。
「正義のヒーローであるワタシをここまで追い込むとは、なかなかやるではないか! 君とのバトルはなかなか楽しい!」
「は、はぁ」
「だがしかし! 今、ワタシに助けを求める声が聞こえたのだ! なのでワタシは、今からそこへ行かねばならぬのだ!」
「……えぇ!?」
『つまり、その……試合放棄ということで、負けることになるが?』
 シャナさんが控えめにそう言うと、レッドさんは憤慨した様子で叫ぶ。
「何を言う! ワタシは今から困っている人を助けにいくのだ!」
『え、あ……』
 シャナさんは、何を言えばいいかわからず言葉をつまらせる。
「ワタシは今からここから離れるが、君たちに正義の心がある限り、ワタシはいつも君たちの心の中にいるだろう!」
 レッドさんは、カッコよくそう言い残すと、クルリと後ろを振り返り、マントを翻して走り出す。
「さらばだ諸君! フハハハハハハハ!」
 そうして、レッドさんはフィールドから飛び降りて、観衆の波の中へ消えた。
「……」
『……』
 しばらくの間、レッドさんの高笑いは沈黙するフィールドに尾を引いていた。そして、完全に笑い声が消えると、シャナさんはハッとしてマイクに声を吹き込む。
『……えー……。ターマンマンレッドがバトルを棄権したことにより、第二試合の勝者は――カイ選手!』
「……え」
 ……い、いいのかなぁ……、これ……?

■筆者メッセージ
ポケモン不思議のダンジョン 葉炎の物語 〜深緑の葉と 業火の炎〜サイドでは、バトル大会ダブルバトルの様子が楽しめます。「第十話 出動!ターマンマンズ!」
ものかき ( 2014/05/25(日) 13:26 )